表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/51

30


「あの……起きて下さい」


 澪と千影は手分けして眠り込んでいる教会の人間の肩を揺する。


「う、ん……ん?」


 教会の人間は一人、また一人と目を覚まし、ぼんやりした顔のまま体を起こしていく。


「わたしたちは一体……」


 一番偉い男、千影から先程聞いた名前だとハンクだったか。ハンクをゆすり起こすと、彼は寝ぼけ眼のまま、状況を理解しようとあたりを見回した。


「クレセントムーンの連中にやられたみたいです」

「むーん……」


 一度口からオウム返しのようにぽつりと言葉を発したかと思うと、目がカッと見開く。


「こんな子供騙しのようなことしてッ!!舐めているのかッ!!」


 額に青筋が浮かぶ。そしてがばっと起き上がり周囲に目をやり、


「聖女様は……!?」


 澪の肩を掴んで揺する。大の男、いい歳をした恰幅の良い中年男の気迫につい気圧されながらも澪は千影がいる方を指差した。


「あっちで私と同じ用にみんなのことを起こしてます……」


 彼はほっとしたように胸を撫で下ろし、肩を掴んでいた手は離した。ただ、澪に対して肩を掴んだことを謝ることもせずすぐに立ち上がり指を差した方に小走りで向かっていく。

 澪は眠り込んでいた最後のシスターを揺り起こすと、千影とハンクの方に向かった。


「聖女様、ご無事で!」


 まるで胡麻を擦るように姿勢を低くし、千影に媚びへつらうハンクと外行きのスマイルを浮かべる千影が見える。


「何が起こったんです?聖女様」

「……僕も澪ちゃんも眠っていたから詳しくはわからないんだけど」


 千影は涼しい顔で嘘を並べていく。いきなり黒い衣装に身を包んだクレセントムーンの連中が入ってきてなにか爆弾のようなものを投げ込んだ。それが地面に落ちてガスが発生して、自分と澪を含む全員が寝かされてカードのようなものを千影の隣において言ったのだと。

 確かに、ガス爆弾のようなものを使ったのは本当。でもそれは外から入ってきたクレセントムーンの連中ではなくネロリがあらかじめ設置していたものを一斉起爆したのだ。そしてカードを置いていったなんて真っ赤な嘘。あのカードはこちらに戻ってくる時に共闘作戦の1つとして渡されたものだった。


「これは……?」

「わからない、目が覚めたら隣においてあったから……」


 男はカードを受け取って、中身を確認してわなわなと震える。額にどんどん青筋が増えていく。


「羽無しに堕ちた下等種がッ」


 怒り心頭と言った顔で汚い言葉を吐き捨ててまだ寝起きでぼんやりしているシスターや協会関係者をかき集めて乱暴に扉を開けてどこかの部屋に入っていく。千影と澪はそれを見送って顔を見合わせた。うまく煽れたと。

 ロキたちは教会にあまり近づけない。理由は羽無しだかららしい。全員、教会の支配への反逆の証として白い羽を根本から切り落とした。羽無しは一瞬で教会の信者ではないとバレてしまうので近づくと排除される。ネロリや一部街中に潜るための情報収集をメインとするメンバーは例外的に羽を生やしているが、ネロリも澪がネズミがいることを案に伝えてしまったので例え嘘の特徴を並べたとしても見ない顔は今後警戒されるだろうということで潜入が難しくなった。

 今後、教会の内部に潜り込み内部から崩すのは澪と千影の役目になる。ロキやネロリ他の組織メンバーは外から崩す。ということになっている。

 その最初の一手としてのあのカードだった。

 あのカードには教会に対するレジスタンス側の戦線布告。自分たちはやっていないだけでいつでも聖女を殺しお前たちの儀式の妨げを出来るという宣言。それを全員が気絶から復帰した後、側に落ちていたと千影が手渡せば信じざるを得ないだろう。

 稚拙な手ではあるが、ハンクはまんまと煽られて信じ込んだ。そして、今後教会の方針としてレジスタンス組織に対して見下して相手にしない態度ではなく排除して殺すになるだろう。澪的には警戒されないほうがいいのではないのかと思ったが、それも次の外部から崩すの策に繋がるらしい。


「聖女様、ミオ様」


 全員が入っていった部屋の中から数人のシスターが現れる。


「突然の事に暫く放置してしまい申し訳ございません、こちらにどうぞ」


 数人のシスターの間に挟まれる形で男たちが入っていったのとは違う部屋に通された。


「只今、今回の問題に対して北方教会内で会議が行われております、こちらの部屋は安全ですのでこちらで暫くお待ちを」


 もう一度扉が開き、水差しやお茶やらお茶請けの乗ったキャスターが入ってくる。


「少し長引くかもしれませんので、ご休憩も兼ねてごゆっくりお休み下さい。足りないものがあればベルを鳴らしていただければお伺いいたします」


 シスターたちはてきぱきとテーブルの上を整えると頭を下げて出ていく。いくつかの鍵をかける音がした。


「……まあ、そうなるよね」


 この部屋の窓にも鉄格子がついている。対応が終わるまでここからは出すつもりはないのだろう。


「……」


 千影は目を閉じて何かを探るように手を伸ばすと、三という数字を作る。見張りの気配は3人。外鍵をかけて見張りを3人置く。かなり警戒されているらしい。今回は自分たちではなくレジスタンス組織が。


「なんか疲れたし、どうせ待ちだし」


 千影は腰掛けるとお茶請けのスコーンらしき物に手を伸ばす。澪もどうせ今できることはないと椅子に腰掛けてお茶のポットに手を伸ばした。

 おそらく、今回の件はすぐにすべての教会に通達が行く。レジスタンス組織クレセントムーンは教会全てから完全な敵認定をされる。ただ騒いでいるだけの烏合の衆と見下していた組織が、聖女の暗殺など簡単にできるがやらなかっただけと認識した教会は大慌てで対策を立てるだろう。


「澪ちゃん、僕ミルクティーにして」

「自分でやりなよ」

「澪ちゃんに淹れて欲しい……お嫁さんが淹れたお……ああっ!なんでレモン絞っちゃうの!澪ちゃんの意地悪!」


 ただ、澪と千影は次の教会に行くまではこのまま普段通りを演じなければならない。自分たちも反抗組織に加わったことを悟らせてはならない。次の教会での祈りの儀式の最中に事を起こすのだ。それまでは内部にいなければならなかった。

 この部屋での声は確実に聞かれている。昨晩千影が言っていたように教会関係の場所での会話はすべて聞かれていると思っていいだろう。このくだらないやりとりも全部一言一句漏らさずに聞いている者がいるはずだ。

 自分はいつもどおりに行動できてるだろうか。そもそもどうして自分がこんな壮大な陰謀に巻き込まれ、その上、命まで危険に晒されて、スパイ行為なんてしないといけないのか。つい数日前まで普通のOLだったのに。

 なにかしらを失敗すればこんな異界の地で殺されるかもしれない。それを思うと緊張してどうしても体が震えてしまう。平常心でいようと思えば思うほどに頭の中を死の恐怖が支配する。


「澪ちゃん」


 ふっと震えていた手元があったかくなった。千影の方に目線を向けると真剣で、それでいて優しい目がじっと澪を見ている。


「大丈夫」


 ああ、励ましてくれているのか。澪は初めて千影に好意的な感情が湧いた。


「これで大丈夫」


 千影は本当に頭が可笑しい変態ストーカーだし話も通じないけれど、自分を思ってくれているのは本当なんだろう。そう思うと少しだけ安心する。

 千影はぎゅっと澪の片手を握ったまま、もう片手でレモンティーのカップ持ち上げる。


「だって澪ちゃんが手でレモン絞ってくれたってことは、澪ちゃんティーってことだもんね。ミルクティーじゃなくてこっちで大丈夫だよ」

「は?きもっ!!!」


 ぶんっと振り払い、椅子から飛び退き三歩ほど後ろに下がる。


「近づいたら投げ飛ばすから」

「えー、もう僕のほうが強いのに」


 お茶のカップに唇を付けて澪を見ながら嬉しそうに啜る。


「うえっ」


 千影の言動気持ち悪すぎて一瞬で緊張や恐怖が吹き飛び、千影に対するおぞましさと嫌悪が頭を支配する。


「私のこと好きなら、気持ち悪い言動やめてよ」

「え?気持ち悪いことなんてしてないでしょ?」

「澪ちゃんティーとかキモすぎて本当に無理」

「あ、澪ちゃんの手汗入りレモンティーだよね、ごめんね」

「ノンデリ!!嫌い!!!」

「僕は澪ちゃんの全てが好きだよ」


 少なくとも、この調子でいる限り自分たちがレジスタンス組織と共闘していることが疑われることはないだろう。と澪は思った。


★~★★★★★の段階で評価していただけると、参考になります。

よろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ