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03

 小さな体を窓にねじ込み中庭に出る。生け垣に体を隠しながらなるべく物音を立てないようにひっそりと中庭を歩く。身を縮めながら壁沿いを歩いているとコツコツとヒールを鳴らす音がふたつ聞こえて生け垣の中に身を潜めた。


「ねえ、今の見た?」


 その声にひやっとして心拍数が上がる。もしかしてもう自分が逃げようとしているのバレているのか。しかし次の一言で澪の焦りは杞憂に終わる。


「聖女様、男の人だったわね」

「しかもすっごく美形……惚れちゃうかと思った」

「体つきは男だけど、聖女って言われても納得しちゃうわよね」


 先ほどの広間にはいなかったらしいシスター達が千影についてまるで女子校の昼休みのようなノリできゃっきゃと語っている。


「なんかアンニュイで儚そうで、ドキドキしちゃう」

「お供したい~」


 ああ、そうだ。千影は見た目が良いからモテるのだ。高校時代は確かそれこそ天使と呼ばれていた(らしい)ほどに見た目だけは美しい。そして基本的には外面もいいから誰にもやばいやつと思われていない。だから、自分を付け回していた男があの男だと、この男はストーカーだと言っても誰も信じてくれなくて苦労していたというのに。


「今回お供はないんだって」

「あら、どうして?」

「聖女様はお見初めした女性がいてふたりで行きたいからお供はつけないって」

「あんなお美しい聖女様にお見初めされる女性、どんな方なのかしら」

「きっと聖女様と同じくらい見目麗しい方なんでしょうね」


 素敵ね~~と口々にいいながらシスターたちは去っていく。

 その聖女様のお見初めした見目麗しい女性は、薔薇の生け垣の中で頭を抱えているというのに、そんな事に気がはずもなくきゃっきゃと騒ぎながら扉の奥に消えていった。


「くそ……」


 なんで千影が自分のストーカーになったのか、澪には皆目見当もついていない。

 ある日突然現れてある日突然ストーカーになり、しつこく付き纏い、周囲を懐柔して外堀を埋め昨晩家に押し入られて誘拐監禁か刃傷沙汰かになっていたわけで。

 澪自身は気が強く嫌なことは嫌だとすぐに言うし、かなり喧嘩っ早いタイプだ。見た目こそ可愛らしい小動物系なので一目惚れをされることもあるが、中身を知られると恋愛対象外になる。千影には特にその面を見せたはずなのに去っていくどころか「かわいい、すき」と更にストーカーがエスカレートしていった気がする。


「とりあえず逃げなきゃ」


 薔薇の生け垣から出ると体中がチクチクした。トゲで皮膚を切ったのと刺さったので不愉快な痛みが体のあちこちをじくじくと侵食する。皮膚だけじゃなくて心にも侵食するようにじくじくじわじわと嫌な感じがする。

 中庭を生け垣沿いに進み続けると大きな扉が見えた。騎士のような格好の男がふたり腕を組んで立っている。きっともう聖女のことは知れ渡っているだろう。だとしたら自分のことも知っているに違いない。

 そもそも澪と千影だけあきらかにこの世界の人間と異なる異質な見た目をしているのだから、自分のことが知られてなかったとしても不審者として捕まるだろう。どう突破するか頭をフル回転させる。

 扉が開いたときにいっきに駆け抜ける。いやそれだと直ぐにバレて捕まる。二人がいなくなったらこっそりと出る。たぶん門番が両方いなくなることがならないように二人体制でいるのだろうし、なにより二人がいついなくなるかわからない。ならば陽動してどこかに追いやってからこっそり抜け出す。これが一番現実的だろう。

 懐から先程こっそり拝借したナイフを取り出す。カバーを取ってむき身にするとあまりに鋭さに鳥肌が立った。これを石畳の地面に向かって投げる。そうすればかなり大きな音が出るだろう。確実に音の方を見に来るに違いない。気を撮られている隙に物陰に隠れながら逃げる。ぎゅっと柄の部分を握って投げようと構えた瞬間、


「あの、ミオ様……?」


 凛とした女性の声がして思わずナイフを落とした。土の地面にさくっと音を立ててナイフが突き刺さる。

 振り向くと先程司祭エイレンと共に応接室までついてきていたシスターが立っていた。


「ミオ様、探しました。……あの、こんなところで何をなさっていらっしゃるのです?」

「……」


 明らかに猜疑心の籠もった眼差し。逃げようとしていたとバレたら千影になにか言われるかもしれない。


「薔薇が綺麗だったから散歩を……」

「……ナイフを持って?」

「……白い薔薇綺麗だったから花束にしようと思って」


 明らかに苦しい言い訳。擦り傷と切り傷だらけでナイフを持って散歩はないだろう。こんなアホみたいな嘘じゃ騙されてくれないから素直に謝罪すべきか……?と考えていると、


「まあ、言ってくださればよいのに」


 シスターは地面に刺さったナイフを抜き取って嬉しそうに微笑んだ。


「でもよくわかりましたね」

「……何を?」

「この薔薇、とても茎が固くて棘も多いから園芸用のナイフだと切れなくて、このナイフで切り落としているんです」


 薔薇の棘をナイフで削いでから棘のなくなった茎を掴んで勢いよく切り落とす。ぶしゅっと赤い液体が吹き出して切り口から滴り落ちていく。まるで血のように。


「どうかなさいました?」

 シスターはさも当たり前というように別の薔薇の棘を削ぎ落とし、茎を切り落とす。また赤い液体が吹き出した。


「血みたい……」


 鮮血としかいいようのない鮮やかな赤。それに少しだけ粘着質なそれは匂いこそ鉄臭くはない物の血にしか見えなかった。


「ああ、こういう品種なんです」


 シスターは微笑みながらまた一本、薔薇を切り落とす。地面に赤が散って吸い込まれていく。


「この薔薇はセイントローズと言う特別な白薔薇です」

「花は白いのに、液体は赤いのね」


 花束のようになっていく薔薇を見てなんだか不気味で寒気がしてぶるっと背筋に嫌なものが走った。


「あなたの世界にはこういう薔薇はないのですか?」

「少なくとも水分が赤い色の薔薇……いや花はないかも」

「まあ……。それでは少し不思議に思うかもしれませんね」


 シスターは数度剪定を繰り返してあっという間に白薔薇の束を作り上げるとポケットからリボンを取り出してくるくると巻いて可愛いリボン結びにし花束を完成させた。


「はい、ミオ様。聖女様に送るのでしょう?」

「……え、ああ、まあ」


 花束を差し出される。未だにぽたぽたと断面から滴る血色の液体が不気味で仕方がないが澪は精一杯の笑みを浮かべた。


「ええと、ありがとう……その、」

「わたくし、チェルシーと申します」

「ああ、そう。ありがとうチェルシーさん」


 澪はお礼を言いながら花束を受け取ると、あまり花に触れないようにリボンの部分を握った。


「……?」


 なんだか、一瞬触り心地に違和感を覚えたが、


「まあ、どうかされました?」


 リボンの素材なんかも自分の世界とは違うのだろうと思って何でもないと答えた。


「それよりミオ様、もう中に戻りましょう。ミオ様のご準備もしなければなりません」


 チェルシーは澪をエスコートするように隣を歩く。もう今は逃げられないと思い澪は大人しく従うことにした。


「私の準備って……?」

「はい、その格好だとやはり目立ちますし、攻撃をされたらひとたまりもありません。聖女様ならば加護である程度防げますがミオ様にはその加護がないので」

「……はあ」


 ぼんやりと流していたが数歩歩いて我に返り立ち止まる。


「攻撃されるの!?」

「……ええ。この祈りの活動を気に入らない者もおりますから……。聖女様を排斥するための活動をしている過激派レジスタンスグループも存在を確認しております。まあ、所詮木っ端組織ですが、過去に攻撃を受けた例がございますので一応」

「レジスタンス……?」

「ええ……取るに足らない存在ですけど、あまり快くない存在です。わたくし達はこの世界の平和のためにやっていることなのに……」


 一瞬、シスターの声が低くなった。


「つまらないお話をして申し訳ございません……さあ、お入り下さいミオ様」


 しかし、先ほどとは違う部屋の扉を開ける頃には凛とした声に戻っていた。


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