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「とりあえず話ができる状態になったようだからよォ……」
あれから二十分ほどして、澪が寝かされていた隣の部屋に澪、千影、ロキ、ネロリと組織のメンバー中核の複数人の男女が集まっていた。あまり大きい組織ではないようで、リーダーのロキをあわせて五十人に届かない組織らしい。今ここにいるのはその中でも特に中心メンバーとなる数十人で、他のメンバーは偵察をしたり、協力者の手を借りて街中に紛れ込んで情報収集しているとのことだった。
「建設的なお話をしようぜ」
ネロリがまともな服に着替えたことで完全に落ち着いた千影は先程のべしょべしょの顔とは打って変わってロキを警戒心丸出しの目で見つめる。
「いきなり襲ってきたり、澪ちゃんを拉致するような組織とそんな話ができるとは思えないけど」
声色も冷たく冷静に戻っていた。
「ん~、拉致したかったのは澪ちゃんじゃなくて聖女のお前の方だったんだがな。聖女が男だなんて思えなくて女の方を拉致しようとしたのは俺のミスだ。悪かったな」
「だから何百回も言っただろう?聖女はミオちゃんじゃなくてチカゲくんだって」
ばちっとネロリはチカゲにウインクを飛ばす。千影は嫌そうに顔を歪めてすぐに視界からネロリを消すようにロキに視線を戻した。
先程までの雰囲気とは違って完全に両者の間に緊迫して張り詰めた冷たい空気が流れる。
「ミオちゃんには少し話したけど、俺達はこの馬鹿くだらない祈りの……いいや生贄の儀式を止めてぇんだわ」
生贄という単語にミオと同じ用に千影も反応を返す。
「生贄、どういうこと?」
「お前、祈りの儀式っていうのしただろ?しかもふたつも」
特に否定を刷る必要もないので千影は黙ったまま素直に頷く。
「その時、光と一緒になんか気持ちわりーもんが体に入ってこなかったか?」
千影は一瞬考えたあと、
「……確かに」
首を縦に振った。曰く、あの光りに包まれた瞬間モヤのようなものが体の中に侵食して、それが体中と意識に染み込んでいく感覚になるらしい。
おそらくその染み込んでいく感覚の時に体は無防備になるのだろう。澪がいくら呼びかけても反応しなかったのはその時間のはずだ。
「それはこの国に蓄えられた負の魔力なんだよ。だから儀式をすればするほどその魔力……あいつらの呼ぶ加護が聖女の中に溜まって強くなっていく。そんで、体に加護が刷り込まれてあいつらが求める生贄に近づいていくわけ」
確かに千影は白くなっている。先程儀式の間で感じた髪の毛の白さは勘違いではなかったらしい。両目も髪の毛も肌の色も白に近づいているのがよくわかる。見た目が神々しい存在のようになっていく。元々それこそ天使のような浮世離れした存在だった千影が更に人ではない存在のようになっていく。
「……そんなことしてどうするのよ」
思わず澪が口を挟む。
ロキは心の底から嫌悪していると言ったように眉を歪め、目を見開きガンっと机を叩いた。
「聖女サマという生贄の器に教会が不必要だと決めつけた負の魔力を全て押し付けて生贄の魂だけを負の魔力と一緒にお前らの世界に送り返すんだよッ!」
そして、一度ため息を付き座り直して続ける。
「お前らの世界には魔力っていうものはない。だからそれが何かしらに変換されて、結果的にお前らの世界で災厄が起こる。そうだなァ……天変地異だったりになることが多いんじゃないか?俺はそこら辺は詳しくはわからねーけど」
確かに自分たちの世界では大きな天変地異が起こることが多い。地震だったり大規模な火災だったり、大型の竜巻や台風だったり……
「俺達の国、というかこの世界の負を並行世界のお前たちの世界に押し付けて、俺たちの世界は美しく長閑で綺麗な理想郷を維持できんだよ」
吐き捨てるように語気を荒げた後、唇を噛むその姿は憎悪に燃えている用に見えた。
裏がある程度には思っていたが、こんな壮大で悪意にまみれた事実が隠されていたのかと頭を殴られたかのような衝撃が澪を襲った。しかし千影はあまりショックを受けたと言った様子はなく淡々と表情ひとつ変えないまま、証拠はあるのかとロキに問う。
「あんたのその明らかに変化した見た目と教会の奴らの態度じゃ信じらんね―か?」
「……」
千影は自分の手を見つめる。明らかに白く色素が抜けた肌を見つめて、椅子に深く腰掛け、
「やっぱり元々結婚式挙げてくれるつもりとか無かったんだね」
がっくりと肩を落とす。
「結婚式ィ……?」
「そうだよ、約束したんだ。この祈りの旅が終わって世界を救ったら澪ちゃんとの盛大な結婚式を上げてくれるって……やっぱり嘘だった」
震える声と肩にロキは目をまんまるに見開いて、澪と千影を見比べた。
「……お前ら結婚してんのか?」
「してません。この人の妄想です」
きっぱり否定する。どうせ千影は聞いてはくれないだろう。しかし、ここでロキやネロリ、他の組織の人に勘違いされてはたまらない。
「帰ったら婚姻届に判押すだけで結婚だよ、澪ちゃん」
「押すかよ」
「大丈夫。印鑑はもうちゃんと用意してるから、いつでも押せるよ。早く帰りたいね!」
本当に千影にとってこの世界のことなんて一ミリも興味がない。自分がそんな陰謀に巻き込まれて生贄として少しずつ作り変えられていくことにも全く興味がないらしい。
先程まで黙っていたネロリがお茶のカップを揺らしながら口を開いた。
「帰る?」
「うん、その儀式が終わったら僕は帰れるんでしょ?天変地異と一緒に」
「さっきロキが言ったけど帰るのは負の魔力を載せた聖女の魂だけだよ?聖女の肉体は帰れない」
切れ長の目が千影から澪に映る。
「おそらくミオちゃんも向こうに帰す意味がないから帰さないだろうね。そもそも君はおそらく西方教会でメロナとラクイに敵として認定されてるから、聖女サマを生贄として殺した後確実に消されるよ。そもそもが教会にとってはイレギュラーの邪魔者だし、探りも入れてくるし……僕はネズミとして潜り込んでたわけだから詳しいよそのあたり」
再度がんっと殴られたような衝撃が澪に走った。
「うそ……」
「あいつらは適当な嘘をついて欺いて聖女サマとして召喚した子に使命を全うさせて、生贄として捧げて自分たちだけが平和であれば良いと思ってるんだよ。君らの世界なんて負の魔力を押し付けるだけのゴミ捨て場くらいにしか思ってない。そもそも聖女信仰なんていうのも建前でしかない。まあ、ほとんどの一般人も信者も本当に聖女という存在が平和をもたらしてくれるって信じてると思うけどね」
冷静な口調のまま告げ、そのままずずずっとお茶を飲む。ロキは隣でその通りと頷いていた。
「……」
澪どころか千影も言葉を失う。この世界の裏に合ったもののドス黒さと闇の深さになんて反応すればいいかわからなかった。
黙り込んだ2人を見てロキは胸を張って立ち上がる。
「そんで、俺達はその悪習をぶっ壊すために結成されたレジスタンスってわけ!」
ネロリもお茶のカップを置いて笑みを浮かべた。
「そもそも、俺は負の魔力……俺達が使う黒い魔力が負の魔力だって言って取り上げる意味がわからねェ。こんな偽りの平和は許せねえ、だからこうして組織を結成したんだ!」
ロキがじゃーんと手を広げる。後ろで話を聞いていた他のメンバーがびしっと佇まいを正して敬礼のようなポーズを取る。
「ただ、俺達だけじゃどうしても入れねえ場所だったりできねえ事がある。それを聖女サマにやってもらいたい。聖女様が内部から、俺達が外部からぶっ壊す」
熱く拳を振り上げたロキを見てネロリが続ける。
「僕は魔力とかどうでもいいんだけど、戦えない平和な世界ってつまんないと思うからロキについてってる。みんなロキを信じてる」
メンバーはうんうんと頷いた。
「お前たちは、どうする?俺達に賛同して仲間になるか……ネロリに首を飛ばされるか」
いつの間にかネロリの手元にはティーカップではなく、首を簡単に落とせるくらいの大ぶりのナイフが握られていた。
和やかな空気は一瞬で緊迫した空気に変わった。澪は緊張で足が震えていたが、千影はうーんと口元に手をやって小首を傾げるばかり。
「このままだと……確実に教会か君たちに殺されるってことだよね?」
ロキの口角が釣り上がる。
「そうだなァ?賛同してもらえなかったらこの話を外に漏らされちゃまずいし、別に聖女サマを仲間にしなくても殺しちまえば、今回の祈りの旅は失敗に終わらせられる。聖女召喚は周期行事だからそんなすぐできるもんじゃねー、次までに今回の失敗を活かして作戦を練る」
「……僕は可愛い女の子の首は飛ばしたくないな」
ネロリはまるで玩具でも扱うかのようにナイフを軽く投げながらこちらを見ている。自分に優しくしてくれたネロリから溢れ出る殺意に、つつっと冷や汗が澪の額から流れる。
「君らは向こうに帰る方法を知ってるの?」
「お前らは鏡だか硝子だかを通ってきただろ?こっちとあっちを繋げることができるゲート……魔法陣は中央協会にある。そこで返還の呪文を唱えれば帰れる」
「君たちにそれはできるの?」
「俺達はそのやり方は知らねーけど教会のやつ、あ~エイレンのドタマに銃でも突きつければビビって開けるだろ」
「なるほど」
千影は納得したようにすっと手を差し出した。
「僕は向こうに帰って澪ちゃんと幸せな新婚生活送るって決めてるから」
ロキが一瞬品定めするように澪と千影を交互に見た後、
「概ねの利害の一致だ。よろしく」
千影の手を取って固く握手を交わした。
「男の手を握るって気持ち悪くて吐きそう」
わざとらしくにこやかに笑みを浮かべる千影と、
「俺も変態の手を握るって最悪の気分だから同じだな!」
それに答えるように爽やかに笑みを浮かべ、ぎちぎちと音がなるまで手を握るロキ。
千影も目的は教会トップのエイレンを脅してゲートを開けさせること。ロキの目的は教会そのものをぶっ潰すこと。両者利害の一致で共闘することが決定したらしい。
「千影、私はあんたとは暮らさない」
「も~照れちゃって……その話は後でね。で、ロキ……僕らはどうすれば良い?」
あからさまに流されたことにショックを覚える。もしかしてこの男には通じていないのではなくすべて流しているのではないかと。
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