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「う……」

 目が覚めて体を起こす。まるで酷い飲み会の後の二日酔いのような状態にぐらぐらと頭が揺れた。絶対にあの強制気絶のせいだともう一度枕に頭を預ける。

 ぼーっと灰色の天井を眺めているとガチャリと扉を開ける音がした。目玉だけそちらに向けると若干ぼやける視界の中に派手なピンク色が見えた。


「目ェ冷めた?」


 見ればわかるだろう。心の中で悪態をついてもう一度天井を見上げる。


「……水飲めるか?」


 そっと体を起こして水の入ったグラスを受け取り一気に喉の奥に流す。冷たい水分が食道から胃に堕ちる感覚と一緒にぼんやりとモヤのかかった視界も思考も晴れていく。


「どーも」


 がんっと割れんばかりに空っぽになったグラスをサイドテーブルに置いてロキに目をやる。


「さっき話し合いって言ってたけど……言っとくけど私はほんとに聖女じゃないから。聖女は千影……男のほうだから」

「それネロリのやつも言ってたけど、聖女が男なわけ無いじゃん」

「ネロリ……」


 やはりあのシスター姿の背の高い美女は教会に潜り込んでいたレジスタンス、クレセントムーンの仲間だったらしい。


「今まで何人も聖女サマを見てきたけど全員わからず屋の馬鹿女だった」


 ロキは本気で嫌なことを思い出したかのように眉を顰めて舌打ちをした後盛大に溜息をつく。


「今回はわからず屋馬鹿の男よ。あんたも負けず劣らずのわからず屋の馬鹿みたいだけど」

「言うね~。じゃあ、仮にあいつがみんなの言う聖女サマだったとしてあんたは一体何なんだよ?今まで聖女サマが男だったことも、二人組みだったこともないぜ」

「私は……」


 ――私は何なのだろうか?


 聖女のなりそこない?聖女のおまけ?いや違う。


「私は、光坂澪。一般人。それ以上でも以下でもない」


 そう、自分は自分なのだ。聖女という役職から何故か弾かれたとして卑下する必要はないし、そもそもとして聖女として祀り上げられてたとしても本質は変わらない。光坂澪は光坂澪。私は私。それだけなのだ。


「ふぅん、で、その一般人ミオちゃんはなんでここにいんの」

「それは……わかんないけど」

「うーん、、埒が明かね―、ちょっと動くなよ」


 ベッドの上にロキが乗ってきて澪の体を無理やり反転させる。そのままべろんっと上着をめくって背中を露出させて腰回りを探るように撫でる。


「ちょっ……なにすんの!変態!!」


 ばたばたと抵抗するが流石に上に乗られてしまえば体重差でどうにもならない。


「あれ?ここじゃねーの?」


 そのまま服と一緒に手が背中を這い上がっていく。かなり骨ばっていてところどころにマメがある。爪が少し長いらしく爪先が皮膚を擦ると少しだけ痛い。


「んん?」


 腰、背中、肩と探ってから驚いたように声を上げる。


「まじでねーじゃん!」

「何がよ」


 その裏返った声に澪は体を触られている不快感も忘れて質問を返した。


「聖女サマの刻印だよ、あー簡単に言うと生贄のマーク」

「いけ……!?」


 生贄という物騒なワードに今度は澪の声がひっくり返る。


「聖女様に気づかれたらまずいから前に付いてるこったないと思うが……」


 今度は仰向けにひっくり返され、胸元に手がかけられ。


「ぎゃっ!変態っ!!」


 ばっと強引に服をまくられる。


「あ?なんだこりゃ」


 澪の胸元にくっきりと残された千影のマーキングを見てロキが目を丸くする。


「生贄マークじゃねーけど、なんだ?この……きっしょくわるい模様」


 爪で触れた瞬間、じりりっと稲妻のような魔力が光ってロキの爪の先端をふっ飛ばした。


「うわっ」


 人体が焦げる嫌な匂いお互いに顔を顰める。


「これ、千影が……」

「チカゲ?」

「聖女」

「ああ、聖女はチカゲね。で?そのチカゲがなんだよ」

「……千影がつけた、印」


 そういえばGPSだと言っていた。つまりこの模様があれば千影は自分の位置を把握できるということだろう。ならばそれまで待てば良い。千影なら絶対にここを突き止めるだろうから。そう思い澪は少し安堵して体の力を緩める。


「あの男、女にこんな気色悪いマーキングするとか」


 ロキの指先がまた胸元の模様に近づいて、人差し指の腹で触れる。じゅっという音がして、


「女々しいやつ」


 次にロキの指の腹が離れた時、胸元のマークは消えていた。


「あ……」


 安堵したのも束の間、これでは千影は自分の場所がわからないだろう。無意識に冷や汗が伝う。


「まあ、それは良いんだよ別に。マークマーク」


 その後もロキは澪の体中に手をすべらせて聖女の刻印とやらを探しいていたが見つからなかったらしくみるみる顔色が変わっていく。


「ミオちゃん、まじでマークないんだけどまじであっちが聖女なの?」

「だから何度も言ってるでしょ……」


 ロキはようやく納得したらしい。長い髪の毛を一度かき上げると、


「ほんっと、お前らイレギュラーすぎ」


 心底楽しそうに目を細めた。ネロリと同じように狐目を三日月にして。


「2人組でこっち来るし、男が聖女だし、教会に洗脳もされないし、護衛もつけないし……なによりこうして話ができるしイレギュラーオブイレギュラー」

「会話なんて誰でもできるでしょ」

「できねーんだよ、今までそうだった」


 ロキは澪の上から退いて、どかっと無遠慮にベッドに腰掛ける。


「聖女サマってのは、召喚された瞬間あいつらに持ち上げられて自分が聖女サマだって特別な使命感で勝手に満たされて、自分が“世界を救う特別な存在だ”って洗脳されちまってあいつらの生贄用の道具に成り下がるからさァ、俺達の話に聞く耳なんか持ちやしね―わけ」

「……洗脳ってなんなのよ?」


 澪は乱された服を丁寧に着直しながら問う。


「ん~?無知な女にこの世界の事なんてなんにも教えず、都合のいい言葉ばっかり並べて持ち上げて、自分から生贄の儀式を全う刷るように仕向けるんだ、洗脳だろ」


 確かに、最初にこちらにやってきて世界を救って欲しいと言われたときこの世界のことなんてほとんど何も教えられなかった。一歩外に出て見た限り平和なこの世界の何を救えばいいのかと迷ったほどにこの世界のことを知らないまま巡礼の旅に出された。と思い出す。


「まあ、最初は言葉だけの洗脳だから半信半疑のやつも中にはいるかもしれねえな。でも、一度でも儀式を行うと見た目も変わって明確に力も得るだろ?そこでみーんな確信しちまうんだよ。”私は世界を救う聖女サマだ”ってな」

「じゃあ、洗脳される前にこうやって攫えばいいでしょ」

「それができれば苦労しないっつの。フツー馬鹿みたいな量の護衛の男共を何人も侍らせてるから近づくことすら基本難しいんだよ」

「あんた強いじゃない、さっきだって全員眠らせてたし」

「あれはよォ、あいつらが儀式に夢中になってて隙だらけだったからできたことだし、そもそも俺たちは基本教会に近づけねェからネロリがやる気にならないと成立しないんだわ」


 教会側がこの組織に対して脅威を感じていなかった理由が、そこはかとなく馬鹿にした雰囲気で彼らのことを話していた理由がなんとなくわかった気がする。


「……どれくらいこの活動を続けて何人の聖女を見てきたの?」

「……俺がこの組織を始めて何年か忘れたけど……人数は五人か六人くらいか?」

「世界を救うなんて大層な名目なのに随分と頻繁に聖女様はやってくるのね」

「まあ、あいつらにとってこれは周期性の恒例行事でしかねーからな。まあ、周期って言ってもわりと不定期だけどな。まあ、数年……長いときで十数年に一度この生贄の儀式があるわけ。組織を立ち上げてからは毎回阻止しようとしてるけど、一度も阻止できたことがねェ。情けない話だ」


 教会側はこの組織をお邪魔虫程度にしか思っていないから端から相手にすらしていないのだろう。だから脅威ではないし幹部連中以外にはあまり情報がなく、街の人々にはレジスタンス組織がある事くらいしか知られていないのか、ようやくすべて納得する。


「そもそもどうしてそんな行事を……そもそもなんで生贄なんて」

「それは……」


 かたかたっと空のグラスがなにかの振動で軽く揺れた。


「伏せろ」

「え?……わっ!?」


 ロキにがばっと覆いかぶさられ耳を塞がれる。そのすぐ後物凄い破壊音が響いてぱらぱらと破壊された壁の破片が舞った。砂埃やら塵で視界が一気に悪くなる。


「澪ちゃん」


 耳を覆われていても声が聞こえる。

 まるで沼の底から這い出すような、


「澪ちゃん……澪ちゃん……」


 ドス黒くて、ドス暗くて、悍ましいほど怒気と狂気を孕んだ低い声が。


「ふたつも祈りの儀式なんて馬鹿な事したなら相当負の魔力もらったってことだしなァ」


 ロキは澪の上から退いてベッドから飛び起きて千影の前に立ちはだかる。


「よォ、本物の聖女サマ」


 大げさに頭を下げて、挑発するようににやりと口角を歪める。


「お前、今、澪ちゃんの上に乗ってた?」

「乗ってた、あと脱がせた」


 続けて挑発するようなケラケラとした笑い方を聞いた瞬間、ものすごい殺気が千影を包み込む。自分に向けられてるわけじゃないのに全身の毛が逆立つほどの怖気が走った。


「すげー……こりゃネロリが喜ぶだろうなァ」


 余裕綽々の笑みを浮かべ続けるロキと今にも澪との約束を忘れてロキを殺してしまいそうな千影。双方がまんじりともせずにお互いに視線を向けている。


「ああ、とってもいいね!」


 ふっと聞き覚えのある声が上から聞こえて澪は視線だけ天井の方に向ける。その瞬間、ぽっかりと壁から天井にかけて空いた穴から、スラッとした長身の女性が降ってきて澪、ロキと千影の間に立った。

 ネロリの恰好は外であった時のシスターの恰好とはだいぶ違って目を見開いてしまう。

 胸と大事な場所だけ隠したほぼ全裸。マイクロビキニが近いかもしれない。巨大な胸はばるんばるんと揺れ、お尻をほぼ丸出しにして、靴だけはしっかりと履いたその格好はどう見ても変態露出狂そのものだった。


「聖女様、殺意が落ち着くまで……僕と遊ぼう!」

 澪に接してるときは違う色っぽい声で迎え入れるように両手を開いて千影を誘う。

「……へ」


 それを見た瞬間、千影の殺意が一気にしぼんでいくのがわかった。


「変態……っ!澪ちゃん!変態がいる!どうしようっ!!」


 正気を取り戻したらしい千影は顔を赤らめ、片手で顔を隠しもう片手をバタバタと振りながら澪に訴えかける。


「どの口が……」


 今まで幾度となく変態的な発言や行動をしていたのに、こういう直接的露出のはからっきし駄目らしい。


「聖女様どうして!?強い僕と遊ぼうよ!!」


 ネロリが一歩近づくと、千影は更に顔を歪めて二歩下がる。


「み、澪ちゃん助けて!!僕襲われてる、変態に襲われてるっ!」


 震えながら必死にこちらに助けを求める怯えた様はまるで子猫のようだった。


「あんた、強い女が好きなんでしょう。ちょうどいいじゃない」


 緊張感がなくなったのでいつも通りに軽口を叩く。


「いやああ~~違う!変態は嫌!!!強い女じゃなくて澪ちゃんが好きなの!!」

「ネロリさん、それあげるよ」


 ネロリは更に目を輝かせる。


「ミオちゃんからも公認だよ!さあ!僕と!戦おう!殺気の殺意を感じて僕はもう、もうっ!!逝きそうなんだっ!」


 恍惚とした顔でよだれを垂らしながら千影(変態)に迫るネロリ(変態)。千影はだんだんと壁際に追い詰められていきついにはそこでぷるぷると震えるだけになった。


「なんだあいつ」

「知らない」


 もう一歩ネロリが近づいたところで千影はひぃっと小さく悲鳴を上げて隣の部屋に逃げていってしまった。

 ネロリはくるっと振り向く。それも明らかにがっかりした顔で。


「あんな凶暴な殺意と殺しあえる(たたかえる)のを楽しみに連れてきたのに」

「その格好じゃなきゃ戦ってくれんじゃね―の。俺だって嫌だわ。つーか目のやり場に困るんだよその格好」

「駄目だよ、これは僕の正装なんだから……。これが一番ノーガードで死を感じて気持ちいいんだよ!僕はどんな風に死ぬんだろうね!ああっ」


 あきらかにギリギリの恰好にギリギリの理由での正装だということに澪があんぐりと口を開けて言葉を失う。

 恍惚としたりがっかりしたり忙しく表情を変えていたネロリは、千影が逃げていった隣の部屋がとても静かなことで殺意がなくなったことを悟り「残念」と漏らすとキリッとした美女の顔に戻った。


「まあ……とりあえず聖女様も落ち着いたみたいだし、戦うのは後にして話しの続きするか。ほらミオちゃんも立てるだろ」


 ロキに促されて立ち上がる。


「ネロリはまともな服に着替えてこい」

「はいはい」


 心底残念そうにネロリが扉を開ける。ひぃっ!と小さな悲鳴が聞こえた。千影にも弱点があることを知ったが、おそらく自分の際どい恰好では興奮させるだけなのだろうなあと澪は思った。あとあんな下品なマイクロビキニを着るくらいならば刺されて死んだほうがマシだなとも思った。


★~★★★★★の段階で評価していただけると、参考になります。

よろしくお願いいたします。


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