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「お疲れ様でございました聖女様」


 2度目の祈りの儀式が終わって、まだ白い光で明るい中、千影がゆっくりと近づいてくる。儀式に参加していた多くの司祭やシスターなどの教会関係者達は、一歩一歩こちらに近づいてくる千影を拝んでいる。中には涙を流している者までいてなんだかここにいるのは場違いだなと澪は思う。

 朝、日が昇ると同時に部屋に数名のシスター達が入ってきて寝起きでぼんやりしている千影と今回は澪にも色々と装飾を施し準備をさせられたかとおもうとすぐに儀式の間に連れて行かれて祈りの儀式をさせられた。おそらくまだ覚醒してから1時間も経っていない。非常に性急に感じた。


「澪ちゃん」


 立ち上る白い光の柱で逆光になって千影の顔は影になってしまっていたが、すぐ近くまで来ると見えるようになる。一度目の儀式が終わった後、千影の片方の目は真っ黒から色素が抜け落ちたように灰色がかかった色になっていた。今度はもう片目も灰色がかった色になっている。それどころか、髪の毛まで白に近づいている気がした。ただこれはもともと千影の髪の毛の色素の色が薄いからそう見えているだけかもしれない。


「聖女様、控室へどうぞ」

「澪ちゃんも一緒だよね」

「はい、ミオ様もご一緒にどうぞ」

 少し疲れたような表情を浮かべている千影と一緒に控室に案内される。

「ここでしばらく安静になさってください、聖女様」


 中年の男は控えていたシスターに水の入ったグラスを用意させると頭を下げて部屋を出ていった。ここは内鍵製らしく外から鍵を閉められることはなかった。


 千影は近くにあった椅子に座るとぼんやりと宙を見ながら少しも動かなくなる。


「千影?」


 呼びかけてもあまり反応がない、何度かに一回生返事が返ってくるだけだ。一度目の儀式の後もこうだったのだろうか。

 目の前で手を振ったり、肩に手をおいても薄い反応しかない。

 あまりにも強い光だったから目眩かショックを起こしているだけなのか、それともあの光はやはりよくないものなのか。この光をもう二回受けたら聖女はどうなってしまうのか。

 澪はお誂え向きにもう一脚用意されていた椅子に腰掛けると彫像のように動かない千影を足を組んで見守っていた。


「……」


 5分、10分、15分。反応がない。いつになったら戻ってくるのかと頬杖をついて見守っているとコンコンと扉を叩く音がした。


「ミオ様、少々よろしいでしょうか」


 聞き覚えのある落ち着いた女性の声。昨日の中年のシスターの声だろう。

 澪は立ち上がると扉を開けた。昨日のシスターが一人だけ立っている。


「はい、なんでしょうか」

「昨日のネロリの件でお話が……どうぞこちらへ」


 澪はぼーっと座りこける千影を一度横目で見てから扉を閉めた。中年のシスターに連れられて中庭の方に連れて行かれる。

 かつかつと大理石のような素材を踏みしめる音が二つ。


「……」

 なんだか違和感を覚えて澪は立ち止まった。


「そういえば、他の人はどこへ?」

「……みなそれぞれ持ち場についております」


 昨日はこの廊下を歩くだけで色んな人とすれ違ったのに誰の気配もないのは流石におかしいだろう。

 澪が警戒してそのまま足を動かさずにいると、中年の女性はくるりと警戒に振り返った。


「外まで連れてったほうがやりやすかったけど」


 そのまま足首まであるシスター服を豪快に脱いで天高く放り投げる。


「よォ、ミオちゃん。お迎えに来たぜ」


 ピンク色の長い髪の毛がばさっと広がった。今日は顔を覆うガスマスクらしいものはしていないらしく顔全体がはっきり見える。

 全体的に整った、しかし千影やネロリとは違った男っぽい骨感のある顔立ち。目元には何らかの化粧が程ここしてあるのか若干黒っぽい色が入っている。歯はギザギザと鮫を思わせるギザ歯。しかし一番特徴的なのは目だった。赤と紫が入り混じったかのようななんとも奇妙な色をしている。ピンク色の髪の毛と奇妙な色。服はこの前見たときと同じ上から下まで黒い服。なんというか、


「ちょっと前のビジュアル系バンドマン崩れみたい……」


 つい口に出てしまった。

「なんだそりゃ……ま、よくわかんないけどサァ、今が君を連れていける大チャンスなんだよね。女の子に手荒な真似すんの好みじゃないけど俺達と一緒に来てくんない?」

「……目的は?」

「決まってんじゃ~ん」


 ロキが澪の方に指先を向ける。

「聖女信仰とかダサいし古いからぶっ壊す。聖女はもういらない」


 そのままばんっとまるで澪たちの世界で言う拳銃を打つときのような動作をした。びっと光が放たれる。澪は撃ち抜かれると思ってぎゅっと目を瞑ったが光は澪の横を通り抜けるとそのまま数メートル先の廊下の突き当りで直角に曲がって直後に何かがドサリと倒れる音がした。


「盗み聞きとか趣味悪いよな」

「私は聖女じゃない」


 この男は自分を聖女だと思っているのだろうか。あれだけ教会や町の人々は千影を聖女だと認識してるのに


「またまたァ~、じゃあ何か?あの男が聖女だっていうのかよ?」

「そうよ」

「男が聖女になった事例とか聞いたことないし、変な嘘は言わなくていいから」

「嘘じゃないんだってば、教会の人でも街の人でもいいから聞いてみなさいよ」


 ロキは肩をすぼめて首を振り、

「そういう交友関係とかないから無理でーす、ほら俺がエスコートして連れてってやるよ聖女サマ」


 ごつ、ごつと足音をわざとらしく響かせて近づいてくる。

 澪は必死で考えていた。今自分が全速力で逃げて千影のところに向かったら捕まる前に間に合うのか。千影のぼんやりはもう終わっているのか。もし千影のぼんやりが終わっていない場合他の誰かに助けてもらうことはできるのか。

 ぐるぐる、回る。 


「そーそー。そーやって大人しくしてれば優しく抱っこして連れてってやる」


 そして決めた。


「話が分かる賢い子は好きだぜ」


 手が澪の肩に伸びてくる。


「私は賢くない人って好きよ」


 そのまますっと懐に入って胸ぐらを摑んで頭から地面にたたき落とした。

 澪が選んだのはロキに不意打ちを食らわせてから人がいそうな方に儀式の間の方に逃げる、だった。自分はこの世界にある力を持たない。だからそのまま逃げても追いつかれるだろうし、千影という博打は使いたくない。ならおそらくまだ人がいるであろう儀式の間か入口側に逃げたほうがいい。

 澪の策略に引っかかって頭からもろに落とされたロキは目を白黒させながら床に伸びる。澪はその隙に思いっきり走り出した。廊下の端まできて角を曲がる。ここをずっと活けば儀式の間の扉が。


「え、な……」


 曲がった先にあった光景に目を疑って足が止まる。たくさんの修道士やらシスターが倒れている。出血があったり怪我をしていたりということはなさそうだがぴくりとも動かない。眠っているように床に倒れ伏している。それも儀式の間の入口からここまで何人も何人も。

 これじゃあ、人の多い方に言って助けを求めるはできなさそうだ。ならもう嫌だけど千影に頼るしかない。千影はロキに明確な殺意があるのだから意識を取り戻してくれるかもしれない。

 また全力で走ろうとしたが倒れている人々の上を踏んでいくわけにも行かずにうまく走れない。そのうち後ろからあの強く床を踏みしめる音が聞こえてきた。


「今回の聖女様はホントに武闘派だな。フツーに痛かったわ」


 ロキは廊下で転がっているシスターや修道士たちを蹴りあげて道を作ると澪に急接近して腕を掴んだ。


「は、離して!」


 必死に掴まれた腕を上下左右にめちゃくちゃに振って脱出を試みるが力の差は歴然でどうにもならなさそうだった。


「聖女サマ確保~」


 そのまま横抱きにされる。


「ちょっ!!やめてっ」

「大丈夫だって、俺はまずはお話合いするタイプだから」


 ロキはくるくるっと何かを宙に描く。すると昨日見たあの黒い煙が底から溢れ出す。


「この惨状を見るとそうは思えない」

「あ~、そいつらはお話し合いできないから。あと別に殺してないし、寝てもらってるだけだから安心しろって」

「どっちにしろ……」


 黒い煙の一部が割れて空間ができる。昨日逃げていった空間と同じものだろう。


「ちょっと遅い二度寝のお時間だ」


 ふっと、手のひらが顔に触れた瞬間、脳みそが揺れるような気持ちの悪い振動と不愉快な船酔いのような感覚が澪の頭を支配して、そのまま意識を失う。


「じゃあ行こうぜ、聖女サマ」


 ロキは黒いモヤの中に飛び込む。すぐにモヤは掻き消えて跡形もなくなった。

 あとに残ったのは静かな朝日の照らす教会と廊下に死屍累々と積み上がった聖職者の山だけだった。



★~★★★★★の段階で評価していただけると、参考になります。

よろしくお願いいたします。


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