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「いきなりいなくなっちゃったからびっくりしたんだよ」


 振り向くと千影が向こうの方から小走りで近づいてきている。周りに教会の関係者はいないようだ。


「……時間切れかな」


 シスターは少し残念そうに笑って、掴んでいた澪の手をあっけなく離した。


「あ……」


 今度は澪が手を伸ばしたが、ひらりとかわされてしまった。


「王子様が迎えに来たからデートはまた今度ね」

「……王子様じゃないんですけど」

「そうなの?ふーん、王子様じゃないんだ」

「違います、ストーカーです」

「す……?よくわからないけどそっか」


 やはり、この世界にはストーカーという概念がないので通じないらしく首をかしげる。


「僕の名前はネロリ」

「ネロリさん」

「君の王子様候補に立候補した女」

「えっ……!?」


 ひらひらと手を降ってネロリと名乗ったシスターは向こうの人通りの中に消えていった。その後姿をぽーっと見つめていると体に衝撃が走る。


「捕まえた」

「ぐぇっ!」

「もう!勝手にどこか行かないで!逃げたかと思ったでしょ!」


 勝手に何処かに行ったのは自分ではなく、勝手に何処かに引き摺られていったのは千影の方なのにと思ったが言ったところで小首を傾げるだけだろうと黙る。


「聖女様だ……」

「聖女様がいらっしゃる」


 先程まで澪とネロリのふたりのときは全く反応しなかった人々が千影の登場でざわつきだす。千影は今まで見たことのないような嫌そうな顔をして澪の手を掴むと引きずるように来た道を戻りだした。


「ちょっと」

「ああいうのめんどくさいから」


 心底嫌そうに吐き捨てる声。千影にも嫌だとかそういう人間的な感情が合ったことに驚く。嫌だと思える勘定があるなら澪が普段何度も言っている嫌だとか辞めてとかそういうのを理解しない理由がわからないとも思った。

 人の少ない道を縫うように通って、大きな教会をすり抜けて横道にそれて街外れの方に離れていく。


「ちょっと、どこ行くの」


 てっきり教会に引き返していたのかと思ったがそうではないらしい。


「人のいないところ」

「……それってど、こっ!?」


 一瞬体が浮いたかと思うといつの間にか千影の腕の中に収まっていた。


「ちょっ!?」


 いわゆるお姫様抱っこをして走り出す。


「……澪ちゃん足遅いから」

「は……!?」


 足が遅いなんて今までの人生で1度も言われたことはなかった。それどころか昨日まで少し歩くだけでひぃひぃはぁはぁ言っていた人間に言われるなんて屈辱的だ。しかしながらたぶんこの唐突な運動能力と体力の飛躍的成長も千影が昼間馬車の中で言っていた力が強くなったの影響なのだろう。

 そのまま千影は街を外れて近くの森に入る。月明かりが強いおかげで真っ暗とは言わないが夜の森はやはり不気味で怖いがそれよりも先程から数分澪を抱えてかなりの速度で走っても息ひとつ切らさない千影のほうが怖かった。


「ねえ、ここらへんで」

「まだ」


 それからまた数分走り、


「ここ」


 開けた場所で唐突に止まって、降ろされる。

 そこは一面の湖だった。静かな湖面に月と星がきらきらと写って幻想的な光景が広がっている。まるで絵画のようではっと息を呑んでしまうほどの光景に見入ってしまう。

 ただ、ここに連れてきて何がしたかったんだろうとも同時に思う。僕はこんなに美しい光景を知っているんだと自慢したかったのか、それともロマンティックなデートでもしたかったんだろうか。


「ちか……」


 今日何度目かの衝撃。背中を思い切り押されたような後ろからの圧。


「げっ……!?」


 そのまま前につんのめって水の中に落ちる。ひんやりとした夜の冷えた水の感触が体全身を包みこむ。数秒かけて上にあがって水面に顔が出た瞬間、口を開いて抗議をしようとしたが、


「なっ!!??」


 水しぶきが顔に思いっきり飛んできて言葉が遮られた。すぐに千影が水の中から上がってくる。


「澪ちゃん冷たい!」


 もしかして逃げたと思って水の中に落として溺死させるつもりなのかと落とされた瞬間は思ったが、自らも水に飛び込みあまつさえ冷たいとぶるぶる体を震わせる千影を見てわけがわからなくなる。


「ちょっとほんとに何がしたいの」


 怒りだとか恐怖だとかそういう感情がさっぱり消え失せて呆れだけが残り、トーンダウンした声で問いかける。


「う~~~」


 千影は本気で寒がっているようで澪の問いには答えずぶるぶると体を震わせていた。唇の青い千影を見て本気で呆れ返りながら自ら上がろうとするとぐっと体を引き寄せられて驚く。


「ここなら、多分大丈夫だから」

「……は?なにが」

「ここ、人来ないからやっとまともに話せるよ」


 千影が自分とまともに会話をしたことなんて合っただろうかと澪は一瞬考えたが、すぐに教会のことが思いつき顔を上げる。


「わざわざ水に落とす必要は?」

「これを着替える口実」


 ぐっしょぐしょになって肌に張り付いている服の一部を引っ張る。確かにこれは着替えなければいけないだろう。しかし……


「気に入らなかったのそれ」

「澪ちゃんとおそろいデザインじゃないってさっき気づいたから……」

「……」


 心底どうでもいい理由で服を一着駄目にしたんだろうかこの男は。


「まあ、それは置いておいて……澪ちゃん聞いて」


 がしっと肩を掴まれて顔を近づけられる。きっとなにか大事なことに違いないと澪も真剣に目を合わせた。


「僕はウサギさんかもしれないだ、澪ちゃん」

「……は?」


 あまりにも唐突で素っ頓狂な声が喉の奥から勝手に漏れる。この男はどこかで頭でも打ってきたのだろうか。いや、狂っているのは元々か。


「寂しくて死ぬかと思った。澪ちゃんもう絶対に離れないで」


 張り手でもしてほしいのだろうかこの男は。軽蔑した目でじろりと睨む。当たり前だが千影には効いていないようだった。


「僕はこんなに澪ちゃんと一緒にいなきゃ駄目なのに、あいつらほんとにわかってなくて呆れるよ」

「何が」

「馬車から降りた瞬間勝手に囲まれて連れて行かれて、でも僕は澪ちゃんがいなきゃ嫌だから戻ってって言ってるのに聞いてくれなくて……無理矢理すぎるんだよね。そもそも相手の気持が考えられない人間って最低じゃない?僕は、ひとりは嫌だ、澪ちゃんと一緒にいなきゃ無理って言ってるのに無理矢理連れて行かれて、しかもなんか馬鹿みたいな控室?だか客室だかに閉じ込められそうになったんだよ!明日の祈りまでここにいてくださいって。監禁は犯罪って知らないのかな?」


 溜まりに溜まった怒りを早口で文句にしてまくしたてる。


「うーん、ブーメランって言葉知ってる?」


 千影は澪の冷静な返答にきょとんとした顔をした後、


「うん?投げる道具でしょ。知ってるよ。でも今それ関係ないよね」


 むすっと頬を膨らました。


「ああ……」


 どうして自分がされたら嫌なことが、他人……澪がされたら嫌なことには結びつかないのか本当にこの男の考えていることはわからない。話も気持ちも通じ合えない。


「あ、だからね、逃げてきちゃった」

「色々合ったのはわかったけど、どうしてここなら誰も来ないわけ?」


 誰も来ない場所なら探せばもう少し近場にもあっただろう。なのにわざわざかなりの距離を走ってここまで来る意味がわからない。


「裏にある湖は呪われてるから近づくなって言われたから」

「……呪われてるの?」

「らしいよ」

「そんな場所に私を放り込んだの?」

「一緒に呪われるならなんか素敵だなって思って……」

「ふざけるな!馬鹿!!」


 思いっきり水をかけて怯んでるうちに湖から上がる。服が水を吸って重くて動き辛いし肌寒いしで嫌になる。


「待ってよ澪ちゃん~」


 千影もすぐに水から上がってきて服が重いことに文句を垂れると、ぐしょ、だとかぶちょ、だとか汚い音を立てながら服を脱ぎ始めた。


「寒いんだけど」

「あ、そっか、ごめんごめん」


 千影がくるっと指を回すとぶわっと澪の周りを暖かい風が包み一瞬のうちに服も髪も肌も乾燥していく。者の数秒で澪は水に落ちる前の状態に戻っていた。


「僕はこうして~」


 またくるくる指を回す。朝みたいに謎のキラキラと白い光が現れていつの間にか澪のものと同じようなデザインの白い服が千影の体を包んでいた。この光景は何度見ても変身バンクにしか見えなくて、いくら顔がいいと言っても180cm近い成人男性の変身バンクを見させらるのは気分がいいものでなくて眉をしかめる。まあ、自分がこれをやられるよりはマシなのだが。


「どうかな?」


 きらきらと光が霧散した後、千影の格好はレースやフリル、リボンがないことを除けば澪のものとそっくりになっていた。


「いいんじゃない?」


 どうでもいいよ、の「いいんじゃない?」なのだが千影にはそういった裏は読めないので


「素敵ってこと?嬉しい!やっぱり夫婦はペアルックが一番だよね」


 くるくる回って女児のように喜んでいた。


「……あ、そうだ澪ちゃん」

「何」


 どうせまたくだらないことを言い出すのだろと目も向けずに生返事を返す。


「澪ちゃんが疑問に思ってること、僕も思ってるよ」

「え……?」

「ここは平和すぎる。中央教会があった街も西方教会も、この街も、それこそ道中だって脅威になりそうなものはなかった。レジスタンスクレセントムーンの事も明らかに見下してると言うか屁とも思ってないなら彼の言う世界を救うがわからない。探ろうとすれば殺意をにじませる。彼らにとって聖女っていうのは何かしらのコマでしかなくて、そのコマが従順に祈りの旅を終わらせることで彼らの本当の目的が達成されるんじゃないかな。聖女、というか異世界からやってきた人間にはその裏を知られるのは困るなにかがあるのかもしれない」


 長々と千影の口から語られる考察に澪は驚いて瞬きをするしか出来ず、彼の真面目な考察を噛み砕いて飲み込んで反芻して、


「い、いきなり真面目にならないでよ」


 そんな返し方しかできなかった。


「真面目っていうか、そう思ったことを言っただけ」


 頭の中でぐるぐると思考を巡らす。祈りの旅が終わった時達成されることはなんだろう。異世界の人間にその役目を追わせる理由はなんだろう。教会のコマとして使われた聖女が役目を終えた後は一体どうなるのだろう。


「澪ちゃん、教会の言うこと信じないようにしようね」

「その意見には賛同する」

「特に笑顔で近づいてくる幹部連中は胡散臭い」


 ぱっとメロナやエイレンの顔が思い浮かんだ。


「それも同意見」

「結婚式はここじゃなくて向こうで挙げたほうが良いかもね」

「それはさん……は?」

「そもそも、祈りの旅が終わったらあの最高のロケーションのチャペルで盛大な結婚式って話だったけどやってくれなさそうだもんね、そういうの」


 困ったという顔をする千影にまとまり始めていた思考が霧散するのを感じる。


「それはどうでもいい」

「どうでもよくないよ、僕らの旅の目的でしょ?」

「僕らの、じゃなくて……あ ん た の でしょ」

「僕の目的ってことは澪ちゃんの目的なんだよ!」


 もう話の通じないいつもの変人に戻ったらしい。


「っていうか千影、バッジは?」


 澪はため息を付いて水面の方に目を向ける。

 いつの間にか千影の胸元からバッジが消えている。


「あ、湖に落としたかも」

「……は~~~、魔法使えなくなったらどうすんのよ」


 もしまたレジスタンスが襲ってきたとして魔法の力をつかわれたら澪はあまり太刀打ちができないだろう。その際に頼りになるのは千影だけだ。


「いや、それがね」


 千影は指先からぽうっと光を放つ。


「バッジ、なくても魔法使えるようになったみたい」

「いや……なんで?」


 エイレンはバッジがあれば媒介して魔法が使えると言っていたがあれは嘘だったのだろうか。


「わかんないけど、使えればいいでしょ?」

「まあ……それはそう」


 澪はバッジが沈んでいったであろう湖を見る。湖面はあいかわらずキラキラと星空を反射して数多の宝石が散らばる紺色のじゅうたんのようで、美しい。教会を初めて見たときにも思った、目を疑うほどの美しさ。

 しかし、きっと教会にもこの湖にもなにかどす黒いものが沈殿しているのだろと思った。


★~★★★★★の段階で評価していただけると、参考になります。

よろしくお願いいたします。


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