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20(R-15)

「じゃあ、次は髪の毛やろっか」


 千影はまた指をくるくると回す。普段瞳にはハイライト一つ入っていないのに今日はやけにきらきらと目に光を宿らせている。


「……寝癖直すくらいなら自分でやる」


 髪の毛がふわふわと重力に逆らい始める。先ほど服が勝手に変わったときみたいに。


「澪ちゃんの髪せっかく長くて綺麗なんだから、今日も可愛くヘアアレンジしようよ。昨日のも可愛いかったっけど~今日は~」


 鼻歌が始まるや否や髪の毛が髪の毛が空中で勝手にゆるくパーマがかかったかと思うと一部が丁寧に編まれていき、いわゆる三つ編みハーフアップになっていった。結び目に控えめな金色のアクセサリーまで添えられている。


「わー、可愛い!似合うね!」


 鏡を見る。ヘアメイクと同時に顔にも少しお化粧を施されたらしく昨日に比べると全体的に華やかな見た目の顔になっていた。澪は内心ちょっとだけほっとしていた。

 これでツインテールだとか、大きくてあほっぽいリボンで結ばれたら恥ずかしくて死んでしまうところだった。まだハーフアップで良かったと。


「満足?」

「うん、すっごく満足。今日の澪ちゃんもすごく可愛い、胃の中に収めちゃいたいくらい」


 うっとりしながら頬を撫でる千影の手を振りほどく。


「はあ~~~~……あんたも身支度したら?」

「あ、うん、すぐするけど」


 また手が頬に伸びる。今度は撫でるのではなくて添えられて


「ちょっとだけ」


 唇が近づいてくる。


「は?ちょ……んんっ!!」


 抵抗する間もなく唇を重ねられて澪は目を丸く見開いた。何度かちゅっちゅと優しく唇が重なったかと思うと突然のことに対処しきれずぽかんと開いていた隙間に舌が滑り込んでくる。唇のうち側の粘膜をこすり無抵抗な舌に絡まる。


「ん、ん!?」


 舌に舌が絡まって呆けていた意識が一気に覚醒した。


「ちょ、ちょっと、襲わないって」

「ちゅーは襲うに入らない」

「このキスは入る!最低!」

「えー、入るの、じゃあしょうがないな~」


 千影は素直に唇を離して、


「じゃあこっちならいいでしょ?」


 そのままぎゅうっと澪の体を抱きしめた。そのまま耳元に顔を寄せて無防備な耳に舌を這わせる。


「ぁ、ちょ……」


 ぬるりと生温かい舌先が柔らかな軟骨の形を丁寧になぞっていく。まるで触手のようにぬるぬるといやらしく。


「ち……ぃっ!?」


 耳の中に舌を入れられてぞわっと体が震えた。耳の中に入れたものなんて乾いた綿棒くらいしかないのだから当たり前だろう。感じたことのない生温かい奇妙な感覚とぐちゅぐちゅという湿った音。一生懸命押し返しても今度は離すつもりはないと千影は澪の体を抱きしめる手を緩めない。


「澪ちゃん、お耳好き?」

「……はっ、なに、ばかなこと、やめっ……!」


 昨日千影に腹を舐められた時の感覚を思い出してしまう。ぞわぞわとしたあの感じ。不快感の中にほんの少しだけ混じる気持ちよさ。人肌の温かさから気持ちいいのか、それとも別の意味で、それこそ性的な意味で気持ちいいと思ってしまったのかわからないあの感覚。


「澪ちゃん可愛いよ、可愛いから食べたい」


 そのまま耳をぱくっと包まれ、じゅぶじゅぶと口全体でもてあそばれる。まるで本当に捕食されているようで得も言われぬものが背筋を這いあがる。だんだんと力が抜ける。


「このまま食べちゃいたい、全部」

「澪ちゃんは全部僕のだから」

「澪ちゃん、愛してるよ」


 低く甘い言葉が力の抜けた澪の体に染みていく。まるで洗脳のようにじくじくと。


「澪ちゃんも僕のこと好きだよね、ねえ言って?千影が好きですって」

「……」


 背中を撫でられて体が跳ねた。


「ほら、澪ちゃんは千影が好き……」

「ち……かげ」


 このまま流れれるまま言ったらどうなってしまうんだろう。本当に千影のモノになってしまったらどんなことになってしまうんだろう。きっと……。

 想像してぞっとしてはっと目が覚めて体に力が戻る。


「千影、ほんっと無理!」


 全力で押し戻すと千影はあっさりと体を離して一歩後ろに下がった。


「あ~。ちょっと足りなかったかあ~」

「た、足りなかった?」

「洗脳したら澪ちゃん僕のこと好きって言うかなって」


 洗脳されているみたいではなく、実際に洗脳されかかっていたらしい。


「あんた仮にもこの世界で聖女なんでしょ」

「うん、そうだね」

「それなのにこんな汚いやり方……」


 ぷるぷると震えながら怒りをあらわにするが千影はぽやんとした顔をした後、ちょっと困ったように眉毛を下げた。


「あ、唾液で汚れるのは嫌だった?」

「……は」

「ハンカチいる?」

「いらないっ!!」


 どすどすとなるべく音を立てて歩いてばんっとトイレの扉を開ける。


「……」

「あ~、やっと終わったか?」


 そこには呆れように苦笑する見知らぬ少し年上らしき男性と、


「おはようございます、ミオ様」


 満面の笑みのメロナが立っていた。


「え。え、いつから……」

 澪の顔は真っ青になる。まさか、まさかこのやり取りを聞かれていたのではないかと。こんな恥ずかしいやり取りを見られていたのではないかと。そんな辱めを自分が受けて良いはずがないと。


「うふふ……ほんの少し前からですわ」


 メロナは満面の笑みを崩さない。


「リップ音が聞こえたあたりから……仲の良いことで」


 男は肩をすくめて真っ青な澪と奥にいる千影を交互に見つめた。


「まあ、いいことでしょう?聖女様が幸せそうなら素晴らしい事ですわ」


 やはり、ほんの少し前でなく、ほぼ全て聞かれていたようだ。そう確信すると一気に体中の熱が顔に集まる感覚に陥った。


「あ、ああ……」


 言葉が出ない。弁明も弁解も。熟れた林檎のように真っ赤になって脳みそがショートして動けなくなって、ただただ口をパクパクしながら固まるしかできない。


「あれ、澪ちゃん……?誰?」


 中からいつの間にか支度を終えた綺麗な格好の千影が出てくる。それも顔色を変えることもなく涼しい顔で。


「おはようございます、聖女様。こちらラクイでございます」


 苦笑する男、ラクイは紹介されてぺこりと頭を下げる。飄々とした細身で背が高く、澪や千影より十ちょっと年上に見える見た目だった。


「………ああ、ええと……あの組織に詳しい人だっけ?」


 千影はラクイという男には心底興味はないようだが組織のことには興味があるので覚えていたらしい。


「まあ、一応は詳しい部類なんじゃないですかね。ま、立ち話もなんなんで……朝食でも食べがてらお話しますよ」

「だって、澪ちゃん」


 澪はまだフリーズしたままだった。千影につんつんと頬を触られても何の反応もない。石にでもなったかのようにその場に立ち尽くすだけ。


「じゃ、抱っこしてもってこ」

「それがいいんじゃないかー?」

「じゃ、よっと!」


 そのまま姫抱きにされて足が地面から離れてようやくこちらに戻ってきたらしい。


「ぎゃっ……!!?な……な、なん、なんで!?」

「澪ちゃん固まってたから。あ、ねえこれ王子様みたいじゃない?」

「ええ、本当に王子様みたいですわ聖女様」


 メロナは崇拝するように手を合わせる。ラクイはあんまり興味がなさそうで反応はなかった。

千影は聖女の加護なのか、昨日少し歩いただけでぜーはーしていたのが嘘のようにぎゅっと澪をお姫様抱っこしながらるんるんで廊下を歩いていく。その前を誘導するように嬉しそうなメロナが歩き、後ろを関心の薄そうなラクイがついていく。

 少し廊下を歩いて、メロナが右手の扉の前を開けると少し広めの食堂になっていた。もう既に4人分のしっかりとした朝食が用意されており、焼き立ての甘いパンの香りが鼻腔をくすぐる。

 澪は千影の腕から無理矢理降りて適当な席に座った。千影がその隣に座りメロナとラクイも腰を掛けた。


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