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02

 この建物はいわゆる教会のような建物らしい。

 全体的に白を貴重にしており、天使のような像や絵がいたるところに飾られている。窓から見える中庭らしき中庭庭園には白薔薇が咲き乱れており、異世界というよりもどこか外国の宗教施設のような場所にいる気分になった。

 先ほど、自分たちがいた場所は大聖堂にあたるらしく、大事な儀式をする場所だと教えられた。そういうところを含めて外国の宗教施設のように感じる。

ただ、ひとつ明らかに外国と違うのはここの人間らしき種族の背中にはこぶりながらも白い羽が生えていること。耳がいわゆるハイファンタジーの世界のエルフのように少しだけ長い事。


「どこからお話すればよいのか……」


 司祭の男はうーんと悩み、それから、


「ああ、私はエイレンと申します。この教会の司祭を努めております」


 丁寧に自己紹介をして恭しく頭を下げた。澪も釣られて頭を下げる。千影はあまり興味がない様子で澪の手に自分の手を絡ませて指先を擦り合わせていた。何度か叩き落としたが触手のようにすぐに絡まってくるのでとりあえず放置状態になっている。


「本当は聖女様ひとりにしかお伝えできないことなのですが……イレギュラー……ということで……」


 エイレンは用意されたお茶を一口すすり、カップを置く。


「ええと、聖女様……えーっと、女性の方」

「光坂澪です」

「それではミオ様と呼ばせていただきますね。ミオ様をこの世界にお呼び立てさせていただいたのは、この世界をお救いいただきたいからです」


 そういえば、鏡の中からそんなことが聞こえた気がすると澪は思い出す。


「救うって?」

「はい……この世界は白い魔力と祈りの力で安寧と平和を保っております。ただ……最近、よくない黒い負の兆しが現れておりまして、このままではこの世界には災厄が降り注いでしまいます。なので祈りの力で世界を浄化して我々の世界を救っていただきたいのです」

「はあ……」


 エイレンはシスターに目配せをする。ひとりの女が大きな地図を持ってきて机の上に広げた。真ん中に教会の絵があり、四隅に大きく印がつけられている。


「聖女の祈りの力でこの大陸に4つある教会で祈りを捧げていただきたいのです」

「祈りって……それって自分たちできないことなの?よっぽどあなた達のほうが似合うと思うけど」


 白い肌にそれこそ天使のような真っ白な羽。祈りを行うのはこの人たちでも問題ない、むしろそちらのほうがお似合いだろう。


「ええ……残念ながら……異世界からやってきた聖女様の祈りの力でしかこの負の力は浄化できない。世界を救うことは出来ないのです」


 そこまで言うとエイレンはバツが悪そうに澪と千影を何度か見比べるようにちらちらと目をやる。


「本来、聖女様は異世界の女性……この世界に召喚された際に女神の加護によって祈りの力を得るはず……なのですが……どうも……男性の方に……加護が付与されてしまったようで……」


 言葉を途切れ途切れに、申し訳無さそうに頭を下げるエイレン。


「じゃあ私は不要ってこと?」


 澪がうつむきながら彼に問うと、


「はい……誠に、誠に申し訳ないのですが……」


 エイレンは更に申し訳無さそうに大きな体を小さくしてもう一度頭を下げて謝る。澪はばっと頭を上げて心底嬉しそうに笑みを浮かべ、


「じゃあ、これ置いていくから、あとは勝手にやって!あ、これは聖女千影様です。あとはよろしく」


 笑顔で千影を差し出す。千影は指絡めたままきょとんとした目で澪を見あげた。


「私は元の世界に帰る、千影は聖女様としてこの世界を救う、この世界は救われる。それで良くない?ほら、全員にとってのハッピーエンドよ」

「確かにそれで問題はありませんね、せっかくこちらに来ていただいたミオ様には申し訳無いのですが」

「いいのいいの。きっとこいつならうまく救って……」

「やだ」


 千影の二文字の否定にエイレンも澪も、その場に待機していたシスターも固まる。


「どうして僕?」


 最もといえば最もの反応だろう。呼ばれたのは澪。本来この世界を救うのは澪の役目だった。それを関係のない自分がやれと言われたら嫌だと思うのは無理もない。


「澪ちゃんがいない世界に取り残されるとか嫌。澪ちゃんのいない世界は僕にとって価値がないもん……」


ぎゅっと澪の手を握る。目をチワワのようにうるうるとさせて。まるで見捨てられた子犬のような顔。しかしそれとは裏腹の拒絶の言葉。千影にとって間違えて自分に聖女の力がついてしまったのはどうでもいいらしい。


「あんた、薄情すぎない?世界の危機よ」

「澪ちゃんこそ薄情だよ。僕は澪ちゃんのいない世界は嫌だもん、だって澪ちゃん以外興味ないし」


 千影が目を細める。暗く淀んだ沼のようなハイライトのない目にぞっとして目をそらした。この男には、歪んだ愛を向けている澪以外はとことん興味がない。澪をねっとりとした視線で見つめるだけで司祭や周りのものは一切目に入っていないのだ。

 エイレンは随分と焦っているようで、額に汗を浮かべて澪と千影を見る。そして、机に頭を叩きつけんばかりに勢いよく頭を下げた。


「聖女様……どうか、どうかこの世界を……!どうか……!」


 体と声を震わせた必死の懇願。鬼気迫るものに澪は見入ってしまう。千影はようやく彼らを見て、少し口元に手を当てて考えたあと、


「うーん……そうだね。異世界で新婚旅行もいいかも」


 にこやかな笑みを浮かべて澪の腰を抱き寄せた。

「は?」

「祈りの新婚旅行、どう?澪ちゃん。婚前旅行になっちゃうけど」


 澪は言ってる意味がわからなくて固まってしまう。エイレンやシスター達は顔を見合わせた。先ほどの鬼気迫るようなピリピリとした空気が一気に崩れる。


「ああ、そういうご関係だったのですね!……失礼いたしました!」


 エイレンもシスターも目元も口元も緩めて微笑ましいものを見るように笑みを浮かべた。


「ちょっと、ちが、こいつは……!」

「ええ、ええ勿論、お二人を引き剥がすことなんていたしません。チカゲ様どうぞミオ様もご一緒にお連れになって下さい」

「そう、なら一緒に世界を救おうか澪ちゃん」

「まっ……!!!んっ!!」


 手でぐっと口を塞がれる。細い腕なのにあまりにも強い力に澪は眉をひそめる。


「ごめんね、この子照れちゃって。知られたの恥ずかしいんだって」


 先程まで深刻な空気に包まれていた部屋が今ではほのぼのとした空気に包まれている。澪は今更思い出して冷や汗を流した。


 またやられた、と。

この男は基本的に話が通じない。しかしながら周りに嘘を信じ込ませ、取り入るがナチュラルに得意だった。

 自分の連絡先や家がバレたのも、周りがこの男をストーカーだと信じてくれなかったのもすべてこの男が自分の預かり知らぬところで周りを懐柔し、あまつさえ親にさえ取り入って自分を囲い込みにきたからだった。

 この誰もが綺麗だと感じるルックスで、声色は優しく、対応も澪以外にはまともなのだ。

 あちらの世界の誰もが千影を”結婚を前提としたお付き合いをしている誠実で美形な彼氏“であると信じ込んでいた。澪は家に刃物を持ってやって来るギリギリまでそんな事を知らなかったのに。


「僕達……まだ挙式を上げてないんだ。その話をしに澪ちゃんの家に行ったらいつの間にかここにいたから。だから、祈りの旅が終わったらここで式をあげてもらいたいな」

「ええ、勿論挙げましょう。聖女チカゲ様とその妻ミオ様の挙式を教会を上げて盛大に行いましょう」


 交換条件のささやかな要求にエイレンは優しく微笑み返してそう告げた。


「約束してくれる?」


 やめろと叫びたいのに、ぐっと口元を押さえつけられてそれもかなわない。


「ええ、必ず」

「そう、なら善は急げだね」


 千影は澪の口から手を離して、すっと立ち上がる。


「準備してくるから大人しく待っててね」


 そのままにこやかに手を振ると、エイレンと周りのシスターを引き連れて千影は応接室を出ていった。

かちゃりという嫌な音がして澪は急いで立ち上がり扉を何度も開けようとするがかなり固い鉄扉らしくびくともしない。

 このままでは、あのストーカーと二人旅をさせられる。しかもこんな逃げ場のない知らない場所で……。

どうにかしないといけない、と思いながら周りを見ていると机に残された地図が目に入った。

 先ほどエイレンが言っていた4つの教会はこの大陸の真ん中のほうに固まっている。4つの教会の中央には大きな協会があり、そこに赤丸のマークが書かれていた。おそらくここは中央に位置する場所なのだろう。

 どこかに逃げて潜伏し帰る方法を探すか、ひとりでなんとかするしかない。異世界で向こうでやっていたようなことをやることになるとは……と嫌な気持ちになりながら地図を畳み、壁にかかっていたカバーのかかったナイフをこっそり服の中にしまい込み窓のほうに歩み寄る。

窓には鍵がかかっていないらしく上方向に引っ張ると小さな女ひとりなら外に出れそうだった。



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