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「う……うん……」


 瞼の裏からも白い光を感じて澪はゆっくりと目を開ける。白いレースのカーテン越しに日差しが入ってきているのが見えた。


「朝……」


 体が温かい。そして重みを感じる。段々と覚醒して頭を動かして状況を悟った。千影に抱きしめられながら眠ったらしい。


「ほんとに手出され……な」


 そこで気がつく。自分の服装があの馬鹿みたいなドレスから薄手のパジャマに変わっていることに。機能ベッドに引きずり込まれた後自分はすぐに眠ってしまったのだから着替えてはいない。ということは……


「千影っ!!」


 腕から抜け出すように飛び起きてばしっと肩を一発しばく。それでもすーすーと寝息を立てていたのでもう二発ほど肩を叩いた。


「ん、澪ちゃん、あ……朝から激しいっ……」


 艶めかしい声を漏らし千影は体をよじる。彼の服装もいつの間にかおそろいのパジャマになっていた。


「起きろっ!」


 ばんばんと叩くと千影はようやく目を開ける。朝日にきらきらと少し濡れた長いまつ毛が照らされてまるでなにかしらのエフェクトが掛かっているように美しい姿になんとなくイラッとしてもう一発肩を叩いておく。


「ねえ、これどういうこと」


 まだ寝ぼけ眼でぼんやりしている千影に見せつけるようにぎゅっと自分のパジャマを引っ張った。


「新婚さんの朝みたいだね……ふふふ」

「……」


 ぞぞぞっと朝一の怖気が体中に走る。冷えた冬の朝よりも体中が一気に冷たくなった。


「そうじゃなくて、勝手に着替えさせたの!?」

「うん、あの格好じゃ寝苦しいかなって思って」


 やはり着替えさせたのは千影のようだ。ということは、と今度は一気に体中に熱があがる。特に顔は真夏の日の下にいるように熱くて真っ赤になっていくのがわかる。


「…………脱がせたの?」

「うん、ついでに下着も変えた」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」


 声にならない悲鳴が口元から漏れる。寝ている間に服だけじゃなくて下着まで脱がされて裸まで間近で見られと思うと色んな感情が吹き上がって言葉にならなかった。


「旦那だもん。それくらいするよ」

「だっ……んな……じゃっ!ないっ!!」

「照れちゃって可愛い~」


 澪は枕を引っ掴みにやけ顔の千影の顔面に向かって思い切りフルスイングで投げつけて廊下に飛び出した。

 お手洗いと紹介された扉を開けてすぐに閉め鍵をガッチリと掛ける。洗面台の前に立ち鏡を見るとものすごく嫌そうな顔をしたぼさぼさ髪の女の顔が写っていた。千影はこの顔を見て可愛い可愛いというが明らかに可愛い表情ではない。千影にはやはり変なフィルターがかかっているらしい。


「……」


 恐る恐るパジャマを脱いで悲鳴を上げそうになった。


「き、きもっきもいっ!!!なにっ!!!なにこれっ!!」


 白くてフリフリのレースとリボンたっぷりの若干いやらしい下着をつけられていた。もともとつけていたのはシンプルで動きやすいカジュアルなものだったのにこんなヘンテコで下品なものをつけられるなんて心外すぎる。しかしこんな物どこから持ってきたんだろうと頭を抱えてしまう。


「はあ……」


 朝からシアワセが逃げるくらい大きくため息を付いて、仕方ないから顔を洗って戻ろうと鏡をもう一度見る。そして違和感に気がついた。


「なにこれ……」


 白いフリフリの下着に気を取られて最初気が付かなかったが、胸元……千影にマーキングされた部分が奇妙な形になっている。ハートの形に似た刻印に見える。痛みはない、でも擦ってみても消える感じはしない。周りの皮膚が赤くなるだけだった。


「これが、あいつの言ってた……」

「そー」


 鍵を締めたはずなのにがちゃりと扉が開く。またかよと思いつつ扉の方を見ると楽しそうな顔の千影が立っていた。


「可愛い形にしてみたんだ、気に入った?」

「……消して」

「だから言ったでしょ~消し方わかんないんだって」


 そのままスキップをせんばかりの足取りでお手洗いに入ってきて澪の前に立つ。


「あんた、昨日から調子乗りすぎでしょ」

「そお?いつも通りなんだけど」


 またきょとんとしたすっとぼけた顔をされ朝からコレ以上怒っても体力が持たないと思い直し息を整える。


「それより」

「……なによ」

「下着、やっぱり似合うね!すっごく可愛い!」

「え?」


 自分の体を見る。胸元に気を取られていたので今自分は品性の良くない下着だけの状態で危険人物に対面していることにようやく気がつく。


「カメラがあったら良かったのに、ここにはないからきちんと目で記録しておくね」

「出てけ!」


 押し返そうと手を伸ばすが手首を捕まれそのまま恋人繋ぎに持っていかれる。


「やーだ、やだやだ、可愛いの見たい」

「うざいっきもいっ!離せっ!」


 暴れれば暴れるほど千影は楽しそうに澪の手をにぎにぎと握るばかりで埒が明かない上に


「澪ちゃんのうざいとかキモいは好きってことだもんね」


 あり得ない解釈まで会得したようだ。


「きぃ~~~~~~~~っ!!」

「お猿さんごっこ?澪ちゃんはお猿さんより猫ちゃんだなあ~。ほらにゃーんって」


 どたばたそこまで広くもないトイレスペースで争って数分、澪の体力がつきた。


「澪ちゃんは朝から元気だね~」

「……皮肉?」

「心からそう思ってるよ、元気で可愛い、好き」


 ちゅっと投げキッスを飛ばされてぞっとして見えないハートマークを叩き落とす。なんだか気持ちが冷えたら体まで冷えてきて澪は自分の体を撫でた。


「……とりあえず、服」

「あ、持ってくる」


 ちょっとまってね~と千影はぱたぱた足音を立てて客室に戻っていき、一分立たないくらいで澪の昨日まで着ていた服と見たこと無い籠を持ってやってきた。


「なにそれ」

「欲しいって思ったら出てきた」

「……?」

「聖女の力って本当になんでもできるみたいで、願えばだいたい小さいとなら叶うみたい」


 ほら、と言って千影がくるくるっと中に円を描くと花と蔦をかたどった金色のヘアアクセサリーが空中から現れて千影の手の中に収まった。


「もしかしてこの下着もパジャマも……?」

「下着はそうだけどパジャマはメロナさんが持ってきてくれたんだよ」


 じゃあ、やっぱりこの趣味の悪い下着は千影の好みということになる。本当に悪趣味だと思いながら澪は千影の方に手を伸ばした。


「キス?」

「服!!」

「ああ、服ね。澪ちゃんは何にもしなくて良いよ」


 僕が着せ替えてあげる。語尾にハートマークがつくくらい上機嫌にそういうと千影は籠を台に置いて服を広げた。


「なんか……」


 服を広げた瞬間、ふわっとフリルとリボンが風にそよぐ。


「フリルとリボンが増えてる……」

「可愛いでしょ?」


 これもさきほど千影が言っていた聖女の力というものなんだろうか。

「澪ちゃんは可愛いから、もっと可愛くしたいなって思ったらこうなった」


 前よりも更に動きづらそうなほどにたっぷりのフリルと裾付近に大量にあしらわれた重そうな宝石らしき装飾付きのリボン。


「……そういうの好みじゃないんだよね」

「じゃあどういうのが良いの?」

「こんな乙女って感じ嫌だし、動きやすのが良い」


 千影はうーんと首を傾げ、服と澪を見比べて再度首を傾げる。


「このほうが似合うよ?」

「……」


 じっと何も言わずに睨む。


「しょうがないな~、そんなに嫌がるならちょっと変えてみるね」


 いつも嫌だとかキモいとか散々文句を言っているのはスルーなのにこの嫌は理解できたらしい。千影は服をぱっと宙に投げて何かしらを詠唱する。白くてフリフリのドレスは重力に逆らってふわふわと浮遊し、形を変えていく。


「動きやすいなら、丈は短くして……」

「ちょっと!それじゃあパンツ見えるでしょ!!」

「大丈夫、こうやってスパッツいれるから」

「……スパッツ……いや、それでも短い、もっと長くして」

「え~~、わがままだなあ~澪ちゃんは」


 ギロリ。できる限りの怖い顔を向ける。


「はいはい、そんな顔しないの。じゃあもう少し丈は長くして~……袖はぷっくり膨らましてレースつけて~」

「レースいらない!」

「いる」

「いらない」

「じゃあ、胸元におっきいリボンつけて良い?」

「……」

「ちっちゃいリボン」

「……ちっちゃいのなら」

「わーい、じゃあ、こうでいいかなっ!」


 宙を切るように手を降ると一瞬服が形を失って霧散し、澪を包み込みまた服の形に戻っていく。まるで魔法少女の変身バンクのようで恥ずかしくて顔が赤くなる。もういい年なのにこんな辱めを受けるなんて、と。


「わー、可愛い!」

「……」


 鏡を見る。昨日マリとエミに仕立て上げられた物よりはだいぶ動きやすく、軽くはなったがやはり趣味ではなくて、いつもの動きやすい恰好がしたいと切に思った。そしてこんな恥ずかしい服を二十半ばの女に着せて喜ぶ千影をさらに軽蔑した。



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