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「あんたってちゃんと謝れるんだ」


 今までまったく謝っていない「ごめんね」はいくらか聞いてきたがこんなちゃんと誠意のある謝罪は初めてだった。もしかしたら今日の経験を通して真人間に少し近づいてきたのかもしれないと思ってしまうほどのことだった。


「自分が悪いと思ったら謝るよ」

「今までのこと悪いと思ってなかったの!?刺そうとしたのも、勝手に恋人だとか婚約者だとかいったのもセクハラも今上に乗ってるのも!?」

「うん?澪ちゃんはそもそも僕のお嫁さんだし、セクハラなんてしてないよ。恋人とくっついて何が悪いの?」

「……」


 やっぱり話が通じない。真人間からは程遠いとがっくりと肩を落とす。


「これ」


 千影の手が首元触る。そこは先程ピンクの男にナイフを当てられた場所だった。


「小さいけどこんな場所に傷なんて酷いよね。ナイフを向けられるなんて怖かったよねごめんね」


 さわさわと触られる、そのままぽわっと一瞬白くて温かな光が千影の指先から発せられて、首の小さな小さな、ほくろくらいのかさぶた傷は一瞬にして消えた。


「ありがと、でもあんたも向けてきたでしょ」

「うん?」

「だから、現実世界でナイフで殺そうとしてきたでしょ」

「うん……ナイフなんて……あの男、最悪だね」


 まるでここに来るきっかけになってしまったことは記憶にないと言ったばかりの態度と罪のなすりつけをする千影にもうイライラすることすらできなくて再度がっくりとなり、肩の力が抜ける。


「怖いのは記憶を改竄するあんただよ……」

「あんたじゃなくて千影ってちゃんと呼んで?旦那にあんたなんてさみしいでしょ?」

「はあ……」


 もう大きなため息しか出なかった。


「僕っっ!」


 力の抜けた方を思いっきり掴まれ揺さぶられる。


「僕のせいで澪ちゃんが傷つくのは嫌!僕以外のせいで傷ができるの、ほんっとに嫌!僕もあんまり傷つけたくないのに!」

「はあ~~~~あんまりぃ~~?」

「澪ちゃんが逃げたりしたら足切ったりはするけどっ!そうじゃなかったら痛いことはしたくないよ!」

「へえ~~~~~~……際ですか~~~」


 もう話に付き合うのも意見するのも会話するのも億劫で揺さぶられるまま。


「だからね、レジスタンスもピンク野郎もね」

「はいはい……」


「全員殺すんだ」


「は…………」


 いつの間にか千影の目には先程と同じ殺意が宿っていた。ランタンが一つだけ灯った薄暗い部屋の中、部屋よりも黒い色のはずなのに爛々と輝くギラギラした目にぞくりと恐怖を感じる。自分に向けられる気持ちの悪い感情のほうがマシなほどの強い感情に蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない。


「あいつら澪ちゃんのこと聖女だって思ってるから、澪ちゃんが狙われる。もし仮に僕が聖女で澪ちゃんはただの可愛いお嫁さんなんだってわかっても、聖女の配偶者なんて恰好の的でしょ。だからどっちにしろ澪ちゃんが狙われる。だから皆殺しにしちゃえばもう

狙われない」

「じゃ……じゃあ別行動にしよう。そしたら私は狙われないでしょ」


 千影は首を横にふる。


「できない」

「嫌だ~とかわがまま言うと私が襲われちゃうよ、いいの?」


 こんな言い方するのは自分が卑怯に思えて嫌だが、千影と別行動のチャンスなのだ仕方がないと心に言い聞かせて上目遣いで訴える。


「できないんだよね、普通に」

「……?」


 肩を掴んでいた右手が澪の胸元に伸びる。こいつ結局襲うつもりか!?と内心焦ったが千影は先ほど口づけしたところを指でとんとんと叩いて


「マーキングしたでしょ」


 胸元を見つめながら言う。


「それが何?」

「澪ちゃんのこと独占したくて……一定距離離れたら勝手に離れたら苦しくなっちゃうような、そういう魔術をかけちゃったんだ」

「は……へ?どういう、こと?」


 澪には千影の言っている意味がわからず瞬きをすることしかできない。


「澪ちゃんは僕と離れられない呪いをかけられちゃったってこと」

「…………こんのクソ野郎が!!!私のことあんまり傷つけたくないっていっただろっ!!!」

「うん、澪ちゃんが離れなければ傷つかないよ、それに直接傷がつくとかじゃなくてなんか苦しいなってくらいだから大丈夫」

「この~~~~~~っ!あんたほんと無理っっ!!」


 ガタガタと暴れるが、流石に千影に上に乗られて体重で押さえつけられてる状態では退かすこともまともな抵抗をすることもできない。


「そもそもっ!!解除すればいいでしょ!!!」

「うーん、解除わかんないから無理」

「なんで掛けられるのに解けないのよ!!」

「それがわかんないんだよね、この聖女の力って思ったことだいたいできるんだけど解除したいって思えないからできないみたい」


 あっけらかんと言われて澪は驚きで動きを止める。


「……私が襲われていいっていうの!?」


 動きを止めた澪の頬を千影の手が撫でる。本当に美しく微笑み頬に手を添えて、


「大丈夫、僕が守るから」


 まるでどこぞの漫画の王子様のような笑みと台詞を吐く。普通の女の子なら一撃で堕ちるだろうが澪はさんざんこの男に迷惑をかけられこんな世界まで越させられているのだからこんなもので堕ちるはずがない。


「はあ……」


 もうどうしようもないと澪は深いため息とともにだらりと項垂れた。離れられないのならばせめて……と項垂れたまま口だけ動かす。


「殺すのはやめて」

「うん?」

「だから、私の前で人殺すの辞めて」

「うーん、わかった……」


 あんまりわかってなさそうだなと思い今度は顔を上げて真剣に千影を見据える。


「千影が人殺すところ見たくないから絶対にやめて」


 実際のところ知り合いが人を殺すのは見たくない。ただそれ以上にやはり自分が共犯者共謀者にされるのが嫌なのだ。そもそも澪ちゃんのために殺したんだと言われたら自分が一番悪くなるに決まっている。


「そっか、澪ちゃんがそう望むなら……」


 初めてきちんと交渉が成立した気がしてほっとする。流石にコレで嫌だと言われたら暴力に走っていた。


「ついでにこの呪いも消して」

「それは嫌」

「大事な大事な澪ちゃんの望みなんだけど?」

「うん?それとこれとは違うでしょ?」


 ああ、やっぱり駄目だこの男はとまた落胆する。


「それより、ねえ、澪ちゃん」


 頬をすりすりと撫でられて目線だけ向けると、千影の表情はまた気持ち悪い恍惚顔に変わっていた。頬を撫でる手つきも段々といやらしくなっていく。


「もっと僕の名前呼んで、千影ってたくさん呼んで?」

「……嫌だっ!!キモいっ!どいて!」

「100回呼んでくれたら無条件で退いてあげる」


 頬から唇で向かう手が気持ち悪くて首をブンブンと振る。


「……ほんとに退く?」

「約束するよ」


 はあ、とため息を付いて澪は念仏のように千影の名前を呼ぶ。それでも彼的には満足らしくニコニコしながら澪の喉の奥から無感情に放り出される「千影」という自分の名前を聞いていた。


「千影千影、千影……千影っ!!」


「はい、これで100回……よくできました」


 ぜーぜーと肩で息をする澪の頭をワシャワシャと撫でて千影は上から退くとそのまま澪を引っ張ってベッドに寝転びぎゅ~~っと強く抱きしめ直す。


「ぎゃっ……!!?約束と違うっ」

「上から退く約束はしたけど、抱きしめるの辞めるなんて約束してないもん」

「……この嘘つき野郎」

「嘘じゃないもん」


 ベッドに寝転がったことで一日の疲れが一気に襲ってきて抵抗する気力がなくなって力が抜けていくのを感じた。今日はいろんなことがありすぎて疲れてしまった。運動部で激しい練習をした日よりも歩いたし動いたし色々と感情的な起伏の大きかった。どんどん疲れがブワッと溢れ出して澪の体をずっしりとベッドに沈めていく。


「はあ、もういいよ……好きにして」

「うん、じゃあこのまま」


 千影は力の抜けた澪を今度は優しく抱きしめ直すと今度は優しく頭を撫で始めた。


「こうしてたい、良いよね」

「……それくらいなら」


 ふふっと嬉しそうな声を漏らした後千影は目を閉じて澪の頭を何度も何度も撫でる。


「澪ちゃんだいすき」

「澪ちゃんとずっと一緒が良い」

「澪ちゃん、澪ちゃん……」


 頼んでもないのにずっと先程のお返しと言わんばかりに何度も名前を呼ぶ千影に澪はもう何も言わずに目を閉じた。


「ゆっくり寝ていいよ、今度は僕が守ってあげるから」


 おやすみなさいと額にキスを落とされるのを感じながら澪はゆっくりと眠りに落ちていった。


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