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「で、あの組織は何なの?」


 澪は眼の前に出されたお茶を一口飲んでから支配人に問いかける。支配人は少し考えた後、言葉を選ぶように慎重に告げる。


「彼らはクレセントムーン。この世界には聖女という存在は必要ないと思っている、いわゆる排他的な考えを持つ組織の者です」

「聖女っていう存在は一部では排除すべきって思われるくらいには嫌われているってこと?」


 澪が更に問う。千影はその手のことには全く興味がないようで会話に参加するつもりはなさそうだった。今も澪とゼロ距離で座り、手をもみもみと握って遊んでいる。


「嫌われているなんてそんなことは……!みな聖女様に対して、敬意を持っております。確かにこの世界には聖女様たちの活動をよく思わないものもおりますが、ほんの一部です」


 もしかして、先程千影が言っていた月の模様のカフェもその一部だったのだろうかと頭の片隅でぼんやり思った。


「……活動をよく思わないっていうのは?」


 澪は邪魔な千影の手を叩き落として会話を続ける。


「聖女様たちがこの世界を守るために行っている祈りの旅に意味がない、寧ろ邪魔だと思っている……と聞きました」


 各地で祈りが捧げ世界を救う。たしかに中央教会の司祭、エイレンはそのように言っていたが実際に世界を救うとは具体的にはどういうことなのだろうと澪の中に疑問が浮かぶ。それをそのまま問うと支配人はうーんと頭を抱えた。


「実際、私達は教会のものではないのであまりわかっていないのです」

「……わからない?」

「はい、我々のような一般人には祈りでなんの効果があるのか、わかりません。確かに治安が良くなってるような気はしますが……」


 支配人が再度うーんと頭を抱えて言葉を探すが見つからなかったらしい。一つため息を付いた後、言うのを躊躇うように組んでいた手をもぞもぞさせ上目遣いで二人を見る。


「聖女様にこんなことを申し上げるのは心苦しいのですが……祈りは数年から10数年に1度行われます、その際はこの国を上げて聖女様の祈りの旅を支援していますが……その祈りの効果がわからないというものはやはりいるのです。おそらく、ですが、その結果として生まれたのがあのレジスタンス組織なのだと……私は考えています。ただ、私は何も知らないので本当に憶測でしかないのですが……」

「それでも襲いに来る、というより聖女を攫いに来るなんて、何考えてるんだか」


 ようやく千影が話に興味を持ったのか会話に入ってくる。


「我々もこのようなことは初めてで……そもそも聖女様たちがあなた達のように個人行動するのは稀なことですので……」

「どういうこと?」

「基本的に祈りの旅は教会の全面バックアップの元行われます。常に聖女様の周りには護衛が複数ついていますし、聖女様が特別ご所望されれれば、我々のような教会にあまり縁のない者が運営する宿やレストランなども使うことはあります。ただ、基本は教会が運営する施設内ですべてを済ませながら、旅はおわります。我々庶民は基本的に見守ることしかできません。今日ここに泊まると聞いて本当に驚きました」


 だから、レストランの店主のような中年男性はあそこまで恐縮していたし、今目の前にいるホテルの支配人もかなり言葉を選んでいるのか。澪はようやく市井の人間の態度に納得した。

 確かに協会関係者以外にとって聖女というのは特別な存在だが、街の人間からすると聖女は自分たちの生活とは程遠い存在なのだろう。


「クレセントムーンの目的って聖女を攫うこと?殺すこと?」


 今度は千影が質問をする。支配人は再び困ったような顔をして言葉を選び答える。


「すみません、そこまでは……。私たちが知っているのは、彼らが自分たちをクレセントムーンと名乗っている事、月のマークの黒い衣を身にまとい聖女を排斥しようとするレジスタンス組織であること。それだけなのです。何しろ聖女がこの世界にやってきた時しか活動していない組織ですし、全員顔を隠しているので素性がわからず……」

「ピンク野郎のこともわかんない?」

「そう、ですね。私達は何も……教会のものなら知っているとは思いますが」


 そこまで聞いて千影はよしっと立ち上がる。


「じゃあ教会に行く、ここから近いだろうし」

「え?今から?……ちょっと!」

「そう、今から。ほら行こ」


 無理矢理引っ張り上げられて立たされずるずると引き摺られる。そのまま支配人やスタッフたちの静止も聞かずに千影は澪を引っ張り出して宿を出た。いつの間にかもう日は傾いていて世界はオレンジ色に染まっていた。

 千影に引き摺られるまま夕焼け色の道をずんずんと進む。夕暮れの通りは昼間よりも人が多かった。この聖女の格好だとかなり目立つらしく、ほぼすべての人間が二人が通りを進んでいくのを見ていた。

ある者は拝むように手を組み、ある者は頭を下げ、ある者は連れ合いの者とひそひそと何かを話し、あるものは好奇の目で二人を見送り、ある者はただ突っ立って見つめる。先ほど襲ってきたレジスタンス組織以外の市井の人々は基本的に聖女に肯定的なのだろうと感じた。

 老年の者ほど敬虔そうな態度を取り拝むように見つめ、若い人ほど好奇の目や無関心そうな態度を取る。興味や好奇の目を含めても聖女に対して交換をもっているのが八割、興味がなさそうなのが二割、敵意や悪意は殆ど感じられない。

 そうやって人々の観察をしていると気がつけば教会の近くにいた。中央教会よりも少し小さいが立派で大きな建物。入口には騎士らしい格好をした門番らしき男が二人立っている。門番は二人を見つけると頭を下げ、即座に門を開いた。


「お勤めご苦労さまです、聖女様!」


 びしっと敬礼を決める。千影は興味はなさそうだったが少しだけ頭を下げる。澪はきちんと頭を下げてそのまま中に入る。

 教会の中は中央教会よりもこじんまりとしていた。花壇が少しだけある小さな通りの奥に一つだけ大きめの建物があるだけのシンプルな造り。


「ああ、聖女様……!」


 礼拝に来ていた数人の信者が二人のもとにやってきて手を合わせた。


「この世界をお救いくださるんですよね」

「この世界に安寧をもたらしてくれると信じております聖女様」


 わざわざ教会に礼拝にくる人間だから敬虔な信者なのだろう。集まってきて口々に聖女を称える。そういえば中央教会には信者らしき人間はいなかった。みな聖職者として教会に勤めているものばかりだったが、たまたまだったのだろうか。


「ああ、誓うよ」


 内心少しもそんなことは思っていないだろう。しかし、千影はいつもの外向けスマイルを浮かべて胸に手を当てる。

 信者はみな男女と合わず顔を赤らめて手を合わせた。そういえば、基本的に彼らは女である澪ではなく、千影を聖女だとすぐに認識する。しかしレジスタンス組織は澪を聖女だと思って行動していた。それはなぜなのだろうかと新しく疑問が浮かぶ。


「今回の聖女様は本当にお美しいと聞いておりましたが、想像の何倍もお美しい」

「心まで清らかで、本当に聖女にふさわしい」

「最初は男の方と聞いて驚きましたがどうか、この世界の穢れを……」


 本当に聖女の事しか伝わっていないらしく澪という存在の伝達はされていないらしい。誰も澪の存在に触れようとはしない。

 信者に囲まれて動けなくなっている千影をよそに澪はさっさと歩いて建物の中に入った。

 扉を開けるとそこは礼拝堂のような場所だった。蝋燭の明かりがいくつも揺らめいて幻想的で非日常空間の中でも更に非日常を感じるほどの幻想的な空間に息をのむ。

 かちゃりと、奥の方から扉のノブを回す音がして音の方に目を向ける。


「お待ちしておりましたわ」


 シスター服を身にまとった女性が礼拝堂の奥の扉から出てきてこちらに近づくる。最初は暗がりであまり顔立ちは見えなかったが傍まで来ると顔つきがはっきりわかる。高い身長、朗らかで柔和な顔つき、口元にも目元にも笑みを称えた綺麗な女性。見た目も顔つきもいかにも優しいシスターという見た目に思える。


「あら……?」


 奥からやってきた彼女は、澪の姿しか無いことに首を傾げる。


「聖女様はどちらへ?」

「まだ外に……」


 窓を指差す。シスターも窓から外の様子を覗いてうっとりした様子を見せる。


「聖女様が皆に慕われるのは当たり前のことですものね」


 心の底から聖女という存在に浸水しているような口ぶりと表情だった。彼女はしばらく窓の外を見てそれから澪の方に再度顔を向けた。


「ミオ様が羨ましゅうございます」


 彼女は信者と違って、澪のことは知っているらしい。


「……え?」

「聖女様のご婚約者様なんでしょう?」


 ふふっと頬を赤らめて微笑むシスターを見てそんな風に伝わっているのかと愕然としてしまう。


「いや、あいつが勝手に言ってるだけ……」


 あいつ、という言葉に一瞬口角がぴくりと動いた気がしたがシスターは口元に笑みを携え直し、


「あら、そんなお照れにならなくても……たいへん仲睦まじいとお聞きしておりますわ」


 惚気話を話す時の乙女にように続ける。


「この祈りの旅が終わったら結婚式を挙げられるとか……」

「……え」


 澪としてはなぜそんなところだけ広まっているんだと冷や汗が止まらない。現実世界と同じ展開だ。勝手に根も葉もないというか千影に有利な情報が広まり勝手に回りが信じ込み囲い込まれていく。この方法でだいたいすべて特定されて家まで押しかけられたのだから溜まったものじゃない。


「聖女との婚姻なんて名誉なことですわ」


 うっとりと窓の外を見つめるシスターに澪は必死に首を振って否定する。


「ほんとに違うの、あいつが勝手に言ってるだけで結婚なんてしないんだってば。第一あいつは私のストーカーだっつの」

「……す?すとーかー」


 ストーカーという概念がこちらの世界にはないらしい。シスターはきょとんとして首を傾げる。


「あー、付き纏ってくる人!」

「付き纏う……聖女様がそんなことをするはずないありませんわ」

「あいつはするの!ってか殺されかけたし……」

「……」


 シスターの顔色が変わる。わかってもらえたのかと一瞬思ったがズダンッとものすごい音が静かな礼拝堂に響き渡り音の余韻が静寂を支配した。



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