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 千影の目線が声の方を向く。澪も声の方に目線をやった。他の男同様顔をなにかのマスクで隠した桃色の長い髪の毛の人間が澪の首元に刃物を当てている。マスク越しのくぐもった声や、長髪からは男か女かわからないが体格がかなり良いからおそらく男なのだろう。


「あんたが今回の聖女サマ?ちっちゃくて可愛いなァ~」


 まるで誂うように、けらけらと笑う。初対面の人間から小さいだとか可愛いだとか言われるのは相変わらずイラッときて睨む。


「肝が座ってるねェ~。俺そういう子のほうが好み」


 投げ飛ばしてやると体に入れた瞬間、刃先がほんの少しだけ肌に触れた。


「あァ~……今動くと、このまま首と体がおさらばしちゃうけどいいのかァ~?」


 ナイフを持っていない方の手がさわさわと首の後ろを撫でる。分厚いグローブ越しにもわかるほど大きな男の手を感じる。


「細いねェ。ナイフなんて使わなくても折れちゃそ」


 澪の無力や小ささを嘲笑うかのように、けらけらと笑いながら首を撫でそのまま首筋を撫で頬を撫でる。


「おい。澪ちゃんに触るな、離せ」


 千影のドスの利いた声が気味の悪いくらい静かな室内に重く響く。


「ミオちゃんっていうの、いい名前だね」


 首元のナイフが離れて体に手が回される。


「じゃあ、ミオちゃん。俺と一緒に行こっか」

「僕の澪ちゃんに触るな」


 どすの聞いた悍ましいほどに敵意に満ちた低い声に澪の背中を冷たいものが走った。自分に言われているはずではないのに。


「僕の?あれ彼氏?」


 首元に刃物を当てられている間近に迫る死への恐怖と、千影の殺意に対する精神的恐怖で声が出なくて、でも答えないのも尺で「違う」と喉の奥から声を絞って伝える。


「あはは、なんだあんたのじゃないじゃん。聖女サマはまだ誰のものでもないの」


 グローブに覆われた手が澪の体をぐっと抱き寄せた。


「いるよね、あーいう勘違い男。あー可愛そうなミーオちゃん」


 また、不愉快にけらけら笑う男。澪は恐怖よりも見知らぬ男に体を触られている不快感に耐えきれなくなり、


「あんたも……馴れ馴れしい勘違い男だと思うけど……」


 睨みながら千影にいつも突くような悪態をついた。


「強気ィ~、まあなんでもいいけどほら、行こっ」


 一瞬、首元に当てられた刃物が離れた瞬間、


「知らない男についていくか、馬鹿がっ!!!」


 男の脇部分に自分の手を入れ、そのまま前に投げ飛ばした。


「おわっ!!?」


 小さな女が物理的に反撃してくるとは思っていなかった男はそのまま綺麗に投げ飛ばされる。


「澪ちゃん退いてて」


 再度白い光が千影の周りに集まる。澪が横に飛んだ瞬間、ぴきっと空気が割れるような何かが壊れるような音がしてピンク髪の男が再度吹っ飛んだ。そのまま背後のガラスを突き破る。ガチャ――ンとえげつないほどの大きな音が響き渡る。ピンクの男は数多のガラス片と一緒に自由落下していった。


「澪ちゃん大丈夫?」


 ぱたぱたと千影は走ってきて澪の前にしゃがむ。


「大丈夫、だけど……」


 黒い煙のせいで変色した部屋。ボロボロの壁と天井、血まみれで床に転がる複数の男。盛大に割れた窓ガラス。惨憺たる現状に足がすくむ。

 ばたばたと複数の足音が廊下から聞こえてきた。ホテルの人間か他の部屋の人間がやってきたのだろう。


「これは、一体」


 先程自分たちを案内してくれた支配人がぐちゃぐちゃになった部屋を見て目を丸くして絶句する。


「聖女が狙われてるんだ」


 千影が伸びている男に指を指すと支配人は更に目を丸くした。


「……この黒い月の模様はレジスタンスの」

「そー、聖女排斥運動過激派レジスタンス、クレセントムーンでーす」


 黒い煙のようなものがなにもない空間に現れて先ほど千影にぶっ飛ばされて落ちていったはずのピンク髪の男がなにもない空間からにゅっと首だけ出してきた。


「今日は撤収するわ」


 指を鳴らすと一瞬ですべての電気が落ちたように世界が暗くなった。


「ミオちゃんだっけ?次は連れて行くからさァ」

「……!!」


 暗闇の中、澪は耳元で声がして振り返るが、


「じゃあまたな」


 軽い調子の別れの挨拶の後、すぐに気配も声もなくなり、ぱっと電気がついたように世界が明るくなる。目が光に慣れてあたりを見回すが、先程まで伸びていたはずの過激派レジスタンスの男たちも黒髪の男もみんな消えていた。

 誰もが動けずにぐちゃぐちゃになった部屋に立ち尽くす。


「……澪ちゃん」


 名前を呼ばれて澪は千影を見上げる。まだ殺意のこもった真っ暗な目をしていた。


「澪ちゃん」


 そのまま千影は体を震わせながら澪の体を思い切り抱きしめて耳元で、


「あの男、殺さないとね」


 ぞっとするような殺意と悪意と狂気に満ちた声でぽつりと漏らす。


「……僕から澪ちゃんを奪おうとするなんて殺さないと。だって澪ちゃんは僕のなんだから、僕の可愛い澪ちゃんの体に触るなんてありえない、殺さないと。あんなのに触られて可哀想な澪ちゃん、ちゃんと綺麗にしないといけないよね。あんな汚い男に触られちゃったなんて本当に可愛そう。汚い男は髄液一滴この世に残らないくらいまでに完膚なきまでに消し炭にして殺さないといけないよね。だって可愛い可愛い澪ちゃんに触ったんだもん。殺さなきゃ、殺さなきゃ、殺さなきゃ」


 そこから堰を切ったように殺意を振りまく千影に周りは再度硬直するしかできなかった。今の千影は発狂という言葉がふさわしいだろう。だんだんと小さい澪の体抱きしめる力も強くなっていく。薄皮の下の細い骨がぎりぎりと悲鳴を上げて痛みを感じる。


「……お、ち……ついて」


 痛みに耐えながら澪は千影を押し返す。


「落ち着けるわけ無い。あの男はぐちゃぐちゃに殺す」

「このままじゃ……私が、圧死する」

「……あ、……ああ、、ごめん。昂っちゃった」


 力が緩まると同時に真っ黒な殺意がだんだんと落ち着いて行くのを感じて、澪の背中に伝っていた冷たい汗がすっと引いていく。


「ごめんね、痛かった?」


 先程までのドスの利いた声と殺意に満ちた態度と打って変わって捨てられる直前の子犬のようにか細い声と今にも泣き出しそうな瞳。


「普通に痛かった、ありえない」

「今のは本当にごめん……嫌いになった?」

「ああ、うん、嫌い度が3くらい上がったから退いて」


 昼間嫌いと言われてた時のように大きな体を小さくしてしょぼくれた顔をする千影の腕の中から逃れて唖然としているスタッフたちに近づく。


「ねえ、えーっと支配人さん?」

「あ、あ、は、はい」

「とりあえずどこか移動していい?さっきのクレセントなんちゃらっていう組織の事も聞きたいし」


 こんなぐちゃぐちゃの部屋じゃまともに落ち着けないと提案をすると支配人は連れてきたスタッフに指示を出して澪達は別室に移動することになった。


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