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「澪ちゃん、レイパーとか言ってたでしょ?いまも犯されちゃうとか思ってるでしょ」
「……犯してきそうでしょ、あんた」
「しないよ!えっちな事っていうのはね、お互いの同意が必要だから澪ちゃんが僕とえっちしたいってならないとできないんだよ」
「……なんでそこだけ倫理観しっかりしてるのよ」
「寧ろなんで澪ちゃんがそういう爛れた思考なのかわかんないよ僕は」
「……それは」
「澪ちゃんってむっつりすけべの」
口元が弓なりに釣り上がる。
「えっちな子だね」
「~~~~~~~っ!!」
お前にそんなことを言われたくないと抗議しようと体を起こそうとした瞬間、ちゅっと胸元に唇が落ちる。そのままほんの少しだけちりっとした痛みが走った。
「はい、お礼のマーキング」
ちゅっとリップ音がして唇が離れる。吸われた皮膚が少し赤みを帯びていた。軽く内出血をしたようだ。
「満足した~」
晴れやかな表情でそう言って頭上で拘束していた腕をぱっと解く。力の入ってなかった澪は一瞬ぐらりとなるが、
「キャッチ~」
千影に抱きとめられてそのまま腕の中に収まる。
「澪ちゃんほんとちっちゃくて可愛い」
「……」
「ご機嫌斜めなの?」
「……あたりまえでしょ!」
力の戻った体でにこやかな顔の千影を突き飛ばす。
「わっ!」
一瞬ふらりとした瞬間、後ろに飛んで距離を取った。
「これ以上触ったら怒るから」
「うーん、今は触らない」
「今はじゃなくて一生触らないで」
「澪ちゃんの許可が出るまで触らない」
「……はあ」
どうせ何を言っても無駄だし、この男に無理矢理な性行為の願望が今のところない事がわかっただけ良しとするかと思いながら外されたボタンを止め直して背を向けた時、
「なに、」
出入り口の扉の隙間から黒い煙のようなものが入ってきているのに気がつく。
「火事……?」
火事にしては静かすぎるし、焦げたような匂いも炎の熱さも感じられない。どちらかというと科学ガスに近いような気がした。
「澪ちゃん、どうし……」
様子の変わった澪に気がついて千影も澪から扉に視線を移す。
「なんだろう、火事かな……危ないから待ってて、様子見てくる」
一歩踏み出した千影の腕を今度は澪が思いっきり掴む。
「待って」
「?」
「この黒い煙、嫌な感じが……」
言い終わる前に、鍵を締めたはずの扉が勢いよく開かれた。一気に黒い煙が部屋中に万円する。広がった煙にまぎれてよく見えないが複数人が部屋に侵入してくるのが見えた。
「よっしゃ、聖女を捕らえろ」
くぐもった男の声と共に複数人の人間が澪に向かって突撃してくる。
「……わったし!?」
黒い影から手が伸びてくる。澪はそれを持ち前の運動神経で交わしながら後ろに下がっていく。
「聖女、大人しく捕まっておいたほうがいいぞ」
こちらもくぐもった声。マスクか何かをしているのだろう。
「聖女はっ、わたしじゃっ」
煙の主成分がわからない以上それを吸わないように服の袖で口元を覆いながら抗議するが、マスクをし
て耳まで塞いでいる男たちには届いていないらしい。
「いちゃいちゃしてたのに邪魔しないでよね」
一瞬、隣で何かが光ったかと思うと、煙が一気に消し飛び、複数いた男も吹っ飛ぶ。そのままばんっと壁に叩きつけられた。目線だけ千影のほうにやると、表情のまったくない千影が口元だけを歪ませている。その顔は先ほど賊に澪が襲われたときの顔と同じ、いやそれ以上に殺意に満ちた顔で。
「ち……」
言葉に詰まる。
千影は壁に叩きつけられた男のうち一人を持ち上げる。細腕一本で持ち上げているところ見ると先ほど度同じく加護の力を使っているのだろう。
「なにしにきたの?」
抑揚のない声のトーンのまま千影は男に話しかけた。
「わ、れわれは……聖女を……」
首元を掴まれて声を出しづらいのだろう。それでも男は声を絞り出すように言葉を紡ぐ。まるで千影の気でもひくようにゆっくりと。案の定男の言葉に気を取られていた千影の背後から別の男がばっと飛び出した。
「今この人と話してるから邪魔しないで」
目線を向けることなく後ろ足で煙の中を蹴り上げる。あまりにも強烈な蹴りだったらしく千影を襲った男は天井に叩きつけられた後、床に落ちて一度バウンドするとびくびくっと痙攣してそのまま動かなくなった。千影は動かなくなった男の頭の上に片足を乗せる。
「聖女をどうするつもりなの?」
ぎりぎりと片手で男の首元を締め付けながら、もう片足で頭蓋骨を踏み抜かんばかりに体重をかける。
「せ、聖女は……っ……こ、の……世界に……いら、ない」
男はひゅーひゅーと掠れ待機を漏らしながらも千影の問いに返答を続ける。
「だから、……排除、す……る」
そこまで告げるとがっくりと頭を垂れた。
「……排除ね」
千影は男をぽいっと床に放り投げる。
「この世界から排除されるのは君たちの方だと思うけどね」
そのまま足蹴にしていた男から足をどけると
「僕と澪ちゃんの新婚旅行の邪魔しないで」
何かを詠唱し始めた。白い光のはずなのになにか禍々しいものに見えた。殺意がそのまま具現化したような光。このままでは千影はあの二人を殺すのだろう。
「ちょ、ちょっとっ!!!」
このままでは千影が人殺しになってしまう。昼間の賊は逃げてくれたからなんとかなったものの、気絶した状態のあの二人が千影の次の攻撃から逃げられるはずがない。眼の前で人が殺されるなんてやっぱりまっぴらごめんだ。
千影を止めようと一歩踏み出した瞬間、強い力で体を押さえつけられた。
「あのさァ~」
いつのまにか自分を後ろに何者かがいた。
「そこの白いの。動いたら聖女サマ殺しちゃうよ?」