12
「ねえ、さっきのってどういう意味?」
オリーブの入った焼き立てのパンを一切れ平らげて澪は千影に問う。
「何が?」
「月の模様がとか、睨まれたとか」
「ああ、気にしなくていいんじゃない」
千影はよそ行きのまともな顔のまま丁寧な手つきでパスタを巻いて口に運ぶ。
「気になるんだけど」
澪が真剣に相当と千影はフォークを置いた。今ならまとも話ができるかもと期待をした瞬間、
「澪ちゃんが僕を気にしてくれてる……!」
気持ち悪いストーカー野郎に戻ってしまった。
「やっぱり僕が気になるんだね、可愛い澪ちゃん」
「違う、そうじゃなくて……」
「僕は澪ちゃんの口の端のパンくずが可愛くて気になってるよ」
「え、うそ」
口を紙ナフキンで拭って、窓の反射で口元を軽く確認する。
「そんな慌てちゃって可愛い」
千影が唐突にうっとりと頬を赤く染める。
「ねえ、こうやって向かい合って食べるってもう新婚さんだね……」
「……は?」
「これからは毎日こうやって向かい合ってご飯が食べれると思うとどきどきしてたまらないね。ふふふ」
ぞぞぞっと寒気が走る。この男の思考回路は本当に気味が悪いし飛躍している。警戒しながらなるべく食べている姿をフードを目深に被って隠し、食べている様子をなるべく観察されないように急いで食べる。
「リスみたいで可愛いね。そんなに急がなくてもご飯は逃げないのに」
パスタを具まで綺麗に食べきってお茶のカップを持ちながら千影は微笑む。窓から降り注ぐ午後の柔らかい日差しが微笑みを浮かべる千影をきらきらと照らす。色素の薄い髪の毛と真っ白な服がふんわりと光ってまるで、それこそ天使のようで腹がたった。
「あんたから逃げたいの」
「ずっと側にいたいくせに天邪鬼なんだから」
「……」
人外という意味では千影は天使に近いかもしれない。こんなにも話が通じないのだから。お肉の最後の一切れを口に運び、少し冷めた紅茶で脂っぽくなった口の中をさっぱりとさせる。最後にナフキンで口元をそっとぬぐった。
「ごちそうさまでした」
「……僕もごちそうさま」
ふたりが食事を終えてすぐ、
「聖女様~~お宿を取ってきました!」
マリンがスカートを揺らして席にやってきてメモ用紙を千影に渡す。
「この街で一番良い宿です」
「ああ、ありがとう」
千影はその紙を受け取ってマリンに微笑んだ。マリンは少し顔を赤らめる。
「なんか聖女様って本当にお綺麗なんですね、今までの聖女様の中で一番お綺麗かも」
千影は外行きのその笑顔を崩さないまま下がろうとするマリンの手を掴む。マリンは一瞬ビックリした顔をしたがイケメンに引き留められて嫌そうではなかった。
「ねえ、その歴代の聖女様はどこにいるの?」
「中央教会にいると聞きました」
「少なくとも僕は彼女たちに会わなかったけど」
確かに中央協会にはエイレンをはじめとした司祭やシスターたちしかいなかった気がする。
「いいえ、役目を終えた聖女様は教会にいるらしいですよ」
「じゃあ帰れないってこと?」
「うーん?帰ったって聞いたことはないです」
「そう、ありがとう」
千影は用済みだとでも言うようにぱっとマリンの手を離す。マリンは照れた感じで少し頭を下げてまたスカートを揺らしながら厨房の方に消えていった。
「不思議だね」
「何が?」
「教会の言ってることと彼女の言ってること、少し違うから」
確かに教会は式を上げるだとか、元の世界に戻れるとか色々と言っていたがマリンの言う事を信じるのならば聖女は結婚できないし、元の世界にも帰れないということになる。なにかを隠しているのか嘘をついているのか、はたまたマリンという少女が嘘つきなのかはわからない。
「それって私も帰れないの?」
「わかんない。でも僕が帰れないなら澪ちゃんも帰れないよ」
「なんで」
千影は何も言わずにふふっとだけ笑みを漏らしてそのまま立ち上がる。
「とりあえず宿に行こうか」
そのまま澪も立たせると強制的に手を繋いでそのまま店をあとにした。