8話「まだ知らないことがあるとしたら」
城からは追い出された。
実家へ戻るのも億劫だ。
ということで、私は、ディアの好意に甘えることにした。
本当は他者に甘えていては駄目だと思っていたのだけれど。でも甘えなくてはどうしようもない状況で。自身の美学を追求することだけが人生ではない、そう考えて、私は彼を頼ることにした。
ディアのところへ行くということは、生まれ育った国を出るということだ。そう考えると少々不安もあった。けれども私は彼が差し出してくれた手を握り進むことを選んだのだった。
出発から数時間。
無事隣国へ到着した。
ディアと共に馬車を降りる。
初めて足を踏み入れた地だ、そこは。
けれども嫌な感じはしなかった。
「ここが我が国です」
馬車を降りるとディアはそんな風にさらりとした紹介をしてくれた。
「空がとても綺麗ですね」
流れに流されてここへ来ただけの私だ、気の利いた言葉を発することはできなかった。
ゆえにそんなくだらない感想を述べてしまう。
呆れられるかもしれない、と不安を抱えながらも、その程度のことしか言えなかったのである。
ただ、それでもディアは、不快そうな顔はしていなかった。
「ではエリサさん。早速ですが城へ案内しましょう」
「ありがとうございます」
城から城へ、か。
縁とは実に不思議なものだと思う。
ずっとパッとしなかった私の人生にこんな展開が待っていたなんて。
だが、差し出された手を握らなければ、未来は拓けない。
たとえ不安でも。
たとえ悩む部分があっても。
それでも、良き明日を手に入れるためには、最初の一歩を踏み出す勇気が必要だ。
「本当に……すみません、色々お世話になってしまい」
「構いませんよ」
「もしあれでしたら、城で雇っていただけるととても嬉しいのですが……」
「雇う?」
「はい。掃除係とかであればできるかと。頑張ります、やる気はありますので」
軽い気持ちでそんなことを言ってみると。
「エリサさんほどの魔力を持った方に掃除係とは――さすがにそのような待遇はできません」
控えめに苦笑されてしまった。
今はとにかく職が欲しい。
生きてゆくための道が。
「本心としましては、エリサさんに、将来の王妃となっていただきたいのですよ」
「それは……私は余所者ですよ」
「余所者かどうかなど些細なこと。すべてはこの国の未来のためなのです」
どこか寂しげな顔をするディア。
「……未来の?」
思わず尋ねてしまって。
「我が国は魔物による被害を受けています」
返ってきた言葉に、一瞬息が止まりそうになる。
「ゆえに、最も必要とされているのは魔物に対抗できる力なのです」
彼の高貴な面に浮かぶ色は憂いを帯びていた。
「無理矢理その席に座らせるような乱暴な真似はしませんから、どうか安心なさってくださいね」
何とも言えない気分になりながら、ディアの隣を歩く。
「は、はい……」
私はこの国のことを知らない。だから深く考えてはいなかった。けれども、もし、この国に決して笑えはしないような事情があるとしたら。そう考えた時、私は、ただ言葉を失うことしかできなかった。少しも考えてみなかったようなことがそこにあるとしたら、と、今になって気がついたのだ。
「ディアさんには恩がありますので、私、できることならします」
「……ご無理なさらず」
「いえ。本気です。もし国のため人々のためにこの身に宿る力が必要なのなら、はっきりとそう仰ってください。きっと力になれるはずですので」
魔法使いとして生きてきたわけではない。
だが魔力は確かにここにある。
もしそれが誰かのために役に立つのなら、私は、なるべく積極的にその力を使いたいと考えている。