6話「現実は心を待ってくれない」
晩餐会の後、王城内の自室へ戻った私は、また一人寂しく深まる夜を過ごした。
放置されることにはもう慣れた。構ってほしいと今さら思うことはない。が、もうすぐ追い出されると思うとどうしても心は重くなってしまう。
なんせ私には行くあてがない。
実家へ戻る?
不可能ではないだろうけれど。
でもそんなことになれば残念の極み。
また以前の損な目に遭わされるばかりの日々に戻ってしまう。
できればそれは避けたい。
王城で雇ってもらえたなら良いのだが……それはさすがに難しいだろうし。
私の人生はどうしてこんな風なのだろう。
思い返せばいつもそうだった、手に入れたものはほぼすべて妹に奪われる――そして今回もそうなってしまった。
多くを望んではいない。それなのに、たった一つさえ上手く手に入れることができない。小さな幸せすら、この手の内に収まることはない。だがそれは妹のせいだ。いつだって彼女は私から奪ってゆく、だから私が幸せになれる日は来ないのだ。とても悲しいことだけれど。それはどうしようもない事実であり現実である。
そして、翌朝。
「おはようございます、エリサさん」
まるでそれが当たり前であるかのように、ディアが現れた。
「どうして貴方が……?」
「改めてご挨拶を、と」
「もしかして昨夜の件ですか?」
「はい、そうです」
ディアは落ち着いた雰囲気の男性だ。
こうして朝に目にしても第一印象に変化はない。
「もう少し先かと思っていました」
「善は急げと言うでしょう?」
「まぁ、確かに、それはそうですけど……」
気が早いなぁ。
そんな風に思ってしまう
「それで、少しは考えていただけましたか?」
ディアは真っ直ぐな目をして尋ねてくる。
私はその問いにすぐには答えられなかった。というのも、その件について真剣に答えを考えることはしていなかったからである。言われたことをそれほど真剣に受け止めてはいなかったし、あれはあの場での流れだろうと考えている部分もあった。なので本気ではない可能性も考慮してあまり真面目には捉えていなかったのである。
それでも、彼に関して悪い印象はない。
ずっと要らないと言われてきた。
だからこそ欲するような言葉をかけてもらえたのは嬉しかった。
「……嫌い、というわけではないのですが」
取り敢えず言えることから言ってみよう。
それが今の私にできることだから。
「まだ……分からないんです、急なことでしたので、色々……」
「そうでしたか」
「すみません……」
「いえいえ。急かすつもりはありませんよ。じっくりと考えていただいて問題ないですので」
ディアはそっと寄り添うような言葉をかけてくれた。
彼の温かさに触れるたび、心が柔らかくなるようだ。
「良いお答えをいただけることを願っています」
なぜだろう? 彼のことは信じたくなってしまう。
優しくされてその気になるなんて馬鹿だ。乗せられているだけ。そんな単純では女は幸せには生きてゆけない。
そんなことくらい分かっているはずなのに……。
それでも期待しそうになる。
それでも期待したくなってしまう。
馬鹿だな、と、自分で自分に言ってやりたい。
異性に親切にされて嬉しく思うなんて……。
◆
あれから数日。
その日はやって来てしまった。
――そう、王城から追い出される日である。
ルッティオの命令を持ってきた彼の部下から「本日中にここから出ていくようお願いします」と冷淡に告げられたのだった。
ああもうその時が来てしまった……。
やはり実家へ戻るしかないのか? でも嫌だ。あんなところには戻りたくない! あんな嫌な思い出ばかりの家になんて、もう戻りたくない。ここへ来ることでようやくあそこから脱出できたというのに! また以前のような薄暗い日々へ戻るなんて、絶対に嫌! そういう展開だけは避けたい。
それに、婚約破棄されて実家に戻る、なんてことになったら、両親からはきっと馬鹿にされるだろう。