5話「なぜか孤独さは感じない」
ディア・ボン・ボンジジュール、彼は隣国の王子だった。
辺りに広がる新たなる動揺。
それはつい先ほど捨てられたばかりの私が隣国の王子から結婚の誘いを受けたことによるものであった。
会場内の人たちは女性も男性も皆一様にハラハラしているようなそれでいてどこかワクワクしているようなそんな複数の感情が入り混じったような感情を顔に浮かべている。
ある紳士は「んんんぅ~? これはどういう展開ですかなぁ~?」などと言っていたし、その連れと思われるひげ面の男性は「こりゃまたまた急展開だな」などと呟きながらグラスに注がれた冷水を飲んでいる。
たまたま視界の隅に入っていた二十代くらいの女性三人組は手で口もとを隠すような動作をしながら「どうなっちゃうの!?」「驚きの展開の連続ですわね……」「この晩餐会おもろすぎぃ」などと思い思いの言葉を発している。
また別のところからは年を重ねた女性の声で「こんなことになるなんて、まさかまさかの三角関係……!?」とか「青春ですわねぇ」とか何やらこの状況を楽しんでいるような発言も聞こえてくる。
「と言いましても、あまりにも急ですよね。申し訳ありません」
「い、いえ」
「ですがエリサさん。私は本気ですので。よければぜひ考えてみていただきたいのです」
紳士的に微笑むディアは見るからに優しそうな雰囲気を漂わせている、が、だからといって油断してすぐについていくわけにはいかない。
確かに私は大切にされてはこなかった。残念な人生を歩んできた。けれどもだからといって安い女になったつもりはない。高級な女、と言いたいわけではないけれど。少し優しくされたからといってぽーっとなって好き好き言うような人間にはなりたくない。
せめて、心だけでも、凛としていたいのだ。
「すみませんが……突然そのようなことを言われましても困ってしまいます」
「それは、そうですよね」
「加えて私は先ほど婚約破棄されたばかりです」
「ええ、それは存じ上げております」
さらりと返されて、少しばかり苛立つ。
「事情を理解しているのであればどうして今そのようなことを仰るのですか!?」
思わず調子を強めてしまった。
「……申し訳ありません」
彼はすぐに謝罪してくれた――が、後になって湧き上がる罪悪感。
「あ……い、いえ、すみません私こそ……」
今さら謝ってももう遅いだろう、そう思いながらも謝っておく。
謝るべきと自分が思う時に謝らなかったというのはこの先ずっと心に引っかかりそうな気がしたからだ。
「それではまた、後日、改めてご挨拶させてくださいませんか?」
「はい」
「良かった……! では私はこれにて一旦失礼いたします」
と、取り敢えず、どうにかなっ……た?
ディアは深く一礼すると広間から出ていった。
私はまた一人になるけれど、もう孤独さは感じない。
なぜだろう。
不思議なことだ。
何も進んでいないのに。
それなのに、ディアがああ言ってくれただけで、心の状態は大幅に変化している。
明らかに彼に救われた。
強くそう感じる。
要らない、と言われるだけの私ではないのだと――今は迷いなくそう思うことができている。
「ようやく出ていったか」
ディアの退室を確認したルッティオは溜め息をつくかのように吐き出す。
「鬱陶しい男だった。な? メリー」
「ですねぇ」
ルッティオは隣にいるメリーの腕を軽く掴むとその身を自分の方へ引き寄せる。
二人の身体がぴたりとくっつく。
まるで付き合いたての若いカップルのよう、二人は人前だというのに欠片ほども躊躇うことなくいちゃついていた。
「けれど、ルッティオ様の勇ましさに圧されて、去っていきましたよぉ」
「かっこいいかい? 僕は」
「もちろんですぅ。かっこよさでルッティオ様に敵う殿方などこの国にはおりませんっ」