余命短い彼女
ある日の病院で二人は出会った。同じ高校の二年生だが、クラスが一緒になったことはなく、話したこともない。共通の友人もいない。
もしかしたら、一度くらい学校の廊下ですれ違ったことはあるかもしれない。どちらかが相手を意識して、「ちょっといいな」と思ったことがあるかもしれない。その程度の繋がりで、二人の人生が交わることはない。そう思っていた。あの時までは……。
「まさか、あなたと付き合うことになるなんて思わなかったな」
学校を抜け出し、公園に来た彼女が笑いながら言った。
「ま、成り行きだけどね」
「でも、あの日、病院であなたが声をかけてなかったら、こうはなっていなかったんだろうなあ。不思議だね、人生って」
「ババくさいな」
「おいっ」
「いてっ、ははは、でもさ、声をかけてきたのは君だろ?」
「え、そうだっけ?」
「そうだよ。君のせいで僕は不良になってしまったよ。優等生だったのに、学校を抜け出して公園でダラダラしてるなんてさ。人けがないからいいけど、補導されたら嫌だよ」
「よかったじゃない。私に染まってきたってことだね」
「まだまだだよ。君みたいな不良には追いつけないよ」
「ふふふっ、ちなみに私のほうが成績いいって知ってた?」
「嘘だろ」
「テストの順位、私のほうが圧倒的に上だからね」
「へー、気にしたことなかった。もしかして、前から僕のことが気になってたの?」
「そういう自惚れは女の子を引かせちゃうよ。今後のために気をつけたほうがいいよ」
「今後って何さ。ないよ、そんなの」
「わっ、今のはいいね。加点します」
「え?」
「今後一生、他の子と付き合うつもりはないってことでしょ?」
「いや、風俗通いするから、いたっ! 冗談だよ」
「最低……ふふっ」
「はははっ」
二人は笑い、ふと見上げた青空に目を細めた。彼は「平和だな」と呟き、彼女も同意した。包み込むような温かな日差し、肌を撫でる風、そして隣にいる相手の存在。感じたそのすべてを取りこぼさないよう、目を閉じて心の中を空っぽにする。
「……さてと」
しばらくしてから彼女が目を開け、自分の鞄を彼との間に置いた。そして中から包みを取り出し、広げた。
「へえー、いつもと違って大きな鞄だと思ったら、君って大食いだったんだ」
「はい、また減点」
「冗談だって。僕の分も作ってくれたの?」
「そうだよ、どう?」
「まあ、加点しておこうか」
「どうもどうも」
お弁当を食べ終えた二人は、穏やかな陽気の中、ぼんやりと遠くの空を見つめる。やがて彼女は、鞄をどかして彼の肩に寄り添った。
「……ああ、幸せだなあ。あと何回こうしていられるんだろうね」
「ははは、なんだよ、それ。ババくさい」
彼は笑った。彼女はその笑いが消えるのを待ってから言った。
「……私、もうすぐ死んじゃうんだ」
「え? それって、その、病気で……?」
「……うん」
「じゃあ、あの日病院にいたのは……」
「そう。ごめんね、せっかく恋人になったのに……。本当はね、付き合う前に言うべきだったけど、あなたに告白されたとき嬉しくなっちゃって。ああ、これで死ぬ前に青春っぽいことができるなって。……ねえ、私がいなくなったら、あなたは他の子と付き合っちゃう? ……なんてね。いいんだよ。私のことは忘れても……」
風が強く吹き、彼女の髪を揺らした。彼女は口に入った髪を指で払いのけ、彼の顔を見つめた。彼も見つめ返す。二人の顔は自然と距離を縮めた。
「……僕も君に言ってなかったことがあるんだ」
「え? なあに?」
「実は、僕も長くないんだ」
「……ん?」
「病気でさ」
「そう……え?」
「君とあの病院で会ったのも、つまりはそういうことなんだ」
「あ、そうなの……」
「うん」
「……ちなみに、あと何年?」
「まあ、そんなに長くはないかな。ちなみに君は?」
「私も長くはないかなー」
「そうか」
「うん。でも、こんなことってあるんだね。神様が結びつけてくれたのかな。向こうで会ったらお礼を言わなくちゃ」
「ああ、そうだね。僕が言っておくよ」
「うん……。それで、あと何年くらいなの?」
「まあ、そんなに時間はないかな。でも、二人で楽しい思い出を作ろうよ」
「うん、うん、それで、何年?」
「まあまあ、で、君の余命はあとどれくらい?」
「いや、あなたは何年なの?」
「うーん、君は?」
「いや、教えてよ! なんで全然教えてくれないの!?」
「はははっ、君のほうこそ教えてくれないじゃないか」
「それはそうだけど、こういうのは男の子が率先して言うものだよ」
「いやいや、そんな話聞いたことないよ」
「私もだよ! えっ、こういうのって被るの!?」
「落ち着きなよ。大きな声を出すと縮んじゃうよ? 僕の寿命がさ」
「私のでしょ! 虚弱さをアピールしないでよ!」
「それで、被るって?」
「余命が短い女の子と男の子が出会うこと! いや、まあ、あるかな? 恋愛小説とかで……」
「そうだね。まあ、出会った場所が病院だしね。でも確かに、物語みたいだ。余命が短い男の子と女の子が出会うって」
「なんで、『余命が短い男の子と女の子』って言い換えたの……。あのね、私のほうが絶対余命が短いからね」
「じゃあ、あとどれくらいか言ってよ」
「だから、あなたから先に言ってよ。あと何年?」
「ふっ」
「え?」
「君、墓穴を掘ったね」
「それは私みたいな人に対して、不適切な言葉のような気がするけど、何?」
「君は今、あと何年か聞いたね。つまり、それは君の余命は年単位であることが露呈したのさ! 自分があと余命数年だから、相手もそうだろう、と君は思ったんだろう」
「そ、その言い方。じゃあ、あなたは一年もないの?」
「ま、そういうことになるかなあ。ああ、君と一緒に来年の春を迎えられないんだなあ。君と一緒にお花見がしたかったのになあ、もっと早く出会っていればなあ!」
「春、ね」
「ん?」
「つまり、あなたは冬まではもつわけだ。あーあ! 私、あなたと一緒に年を越したかったなあ! いやあ、残念だなあ! そうかあ、私のほうが余命が短いかあ! これは優しく扱ってもらわないとなあ! 私のためにいろいろとサプライズとか企画してもらわないとなあ!」
「いやあ! 冬とか遠すぎて頭に浮かばなかったよ! 今は五月だから、春のほうが近いしね! 君は秋ぐらいまでもちそうだねえ! いやー、そうかそうか!」
「決めつけないでよ! はあ……それで、余命はあとどれくらいなの? いい加減はっきり言ってよ」
「あと、五かな」
「五!? 五って言ったね今! フゥゥゥゥゥ! 五ヶ月! はい、残念でしたあ! 家まで送って私の鞄を持って途中で飲物買ってね暖かいやつね! おなか冷えちゃうからあ!」
「ふふっ、はははっ! 僕は五ヶ月なんて一言も言ってないよ」
「まさか……週? 五週間なの?」
「ふふっ、はははは! おい、肩を揉めよ」
「態度、悪……でも、私の余命を聞いてもそうしていられるかな」
「え?」
「私の余命はね……四」
「嘘だろ、四週間? ハエ以下の寿命じゃないか……」
「そういうわけだから、優しくしてね。女王様のように扱いなさい、愚民」
「せめて姫だろ……でもね、僕は自分の余命が五週間だなんて一言も言ってないよ」
「え、じゃあ、五日なの? オタマボヤ並じゃないの……」
「ふふふっ、ははは、オタマボヤは知らないけど、はーはっはっは! おい、女! おっぱい見せろやあ!」
「もう、荒くれ者じゃない……でもね、私は四日とは言ってないよ」
「え、嘘だろ? あと、四時間? いやいやいや、さすがにそれはないだろ! カゲロウ以下じゃないか!」
「ううん」
「え、じゃあ四十分?」
「違う」
「え、じゃあ四分!?」
「それも違う」
「ええ、じゃあ四十秒? おいおいおい、ははは、もう冗談はいいよ。いや、ごめん。僕も悪乗りした。短い間だけど、これから二人でいい思い出をたくさん作ろうよ。どちらが余命短いか、マウントなんて取らずにさ。サプライズもお互いに計画したりして、ははは……本当は一緒のタイミングで死ねたらいいのにな……」
「私もそう思ってたよ」
「ふふふっ、さて、じゃあ、何する? ゲーセンでも行く? ああ、海とかもいいなあ。どうせ、二人とも夏までもたないんだろうし、これから体力もなくなってくるだろうしさ」
「いや」
「ん?」
「そっちじゃなくて」
彼女はそう言うと鞄を彼と自分の膝の上に置いた。彼はずっしりとした重みを感じた。そして……
「あと四秒、三、二、一……」