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【完結】獄中都市の惨劇  作者: トウカ
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第2話 孤立

眠い。とても眠い。

青年は土曜日にも関わらず公演会場を訪れ、ホールの最後列に座っている。

今日は昼から夕方まで教壇に立つお偉方が話す講義の内容を真面目にまとめている、はずだった。

想像以上に単調な話が続き、子守唄のごとく眠気を誘ってきたのだ。ノートを見ても、字が汚すぎて後で解読できるか怪しい。

何故自分が休日にこんな場所を訪れる羽目になっているのか、夢現(ゆめうつつ)のまま自問自答する。だが、何度尋ねても答えは同じだった。

赤点の救済措置を講師に懇願しに行ったところ、この講義内容をまとめて提出しろという使命を授かった。そうすれば加点措置を考えてやると言われ、ふたつ返事で引き受けたからだ。

しかし、あまりにも退屈な話の連続に、こうして睡魔との激しい闘いに身を投じているわけである。

少しでも眠気を覚まそうと周りを見渡す。

百名ほどは収容できる大きなホールで、その七割方は席が埋まっている。なかなかの盛況ぶりだ。

しかも皆、熱心に耳を傾けている。感心な事である。

青年も三十分ほど前までは、彼らと同じ側にいたのだが、昼食に食べたハンバーガーが良くなかった。


「こんなぼっさい格好で失礼いたします。本来、着る予定の服を誤って汚してしまいましてね…」


やけにへりくだった言い方をする講師だった。この手の講演会に出る人物としては珍しいタイプだ。


「私が皆さんに今日お伝えするのは先日発表した未知のウィルスについてです。では、まず資料の(いち)ページ目をご覧ください」


最初はどうにかメモしていた手が次第に動きを緩め始める。

時計を見ると、十四時五十分をまわっていた。

この講義は何時に終わるのだろうか。寝ぼけているからか、頭がぼーっとする。

講師の穏やかな声にゆっくりとした口調が眠気に拍車をかける。

何度も押し寄せる睡魔に抗えるはずもない。重力に従うがまま勢いよく頭が落ちるので、その反動で目が覚める。

何度も繰り返しているうちに首が痛くなってきた。

ここまで記したメモの内容でもどうにかなるだろうと高を(くく)り、青年は本能のまま眠りに落ちた。



窮地(きゅうち)から清水を救った男は、彼女の手を取ると路地から抜け出す。

清水は連れ出されるまま走っていると、街の様子の異変に気が付く。

談笑しながら歩く男の二人組のうち、片方が突然狂ったように隣りにいた男に襲いかかっている。似たような光景が至る所で起きていた。

悲鳴を上げながら走る人々を執拗(しつよう)に追いかける連中は、先程の変質者と同じように眼を真っ赤に染めている。正気を失って歩き回る姿は、まるでゾンビのようだ。

清水たちが走る進路にいるゾンビを男が鉄パイプで殴り倒す。顔が歪み、歯が二、三本飛んでいった。

普通の人間であれば即死レベルだ。

男の容赦のない一撃に、思わず清水は後ろを振り向く。

倒れたゾンビはよろめきながらも立ち上がり、再び近くの獲物を探し回るように歩いていた。

歪んだ顔で歩き回る姿は恐怖でしかなかった。

パトロール中の刑務官がゾンビに向かって発砲する。

しかし、ゾンビたちは血を流しながらも、その歩みを止めなかった。

奴らは不死身なのか。

拳銃の弾が無くなった刑務官にゾンビ達が群がる。彼の顛末(てんまつ)に清水は思わず目を逸らす。

四方から血の臭いが漂ってくる。

地獄と化した獄中都市をひた走る。

もしかしたら目の前を走るこの男もゾンビになるかもしれない。

自分自身も例外ではないはすだ。

そうなったらどうすればいいのだろうか。

不安と恐怖に駆られながら、清水はただ男の後をついていくしかなかった。

三分も全力で走っていると、清水の足がどんどん重たくなる。口の中からは血の味がする。日々の運動不足もたたり、身体が限界を迎えていた。

清水は息も切れ切れに男に呼び掛ける。


「ちょっと…どこまで行くの!?」

「跳ね橋に決まってるだろ!」


跳ね橋までどれだけ距離があると思っているのか。

あそこは島の最北端にある島の唯一の脱出路だが、そこまで走るというのか。体力が持つはずがない。

ようやく男は走るスピードを緩める。

路肩に止められた車のロックを開けると運転席に乗り込んだ。

この男は車を持っているのかと驚いた。

獄中都市にいて車を持てる人物はかなり少ないはずだ。この男は何者なのだろうか。

車体をよく見ると、「獄中都市大学」と印字がされていた。

近くに迫るゾンビの魔の手から逃れるため、慌てて助手席に乗る。

サイドウィンドウに体当たりするゾンビを蹴散らすように、男は車を発進させる。

ゾンビに襲われる心配がなくなり、ようやく安堵する。


「おじさん、大学の人?」

「ああ、大学の職員をしている。俺は成瀬(なるせ)信行(のぶゆき)。君は清水美幸さんだよね?」

「なんで知ってるの?」

「職員だからね。できるだけ通っている人の顔は覚えるようにしてるんだ」


ゾンビの群れは急速に広がっているようだ。どこを見てもゾンビが人を襲い、獲物を探していた。

清水はその血生臭い光景を直視しないように横目で成瀬を見る。

見たところ三十代前半くらいだろうか。

無精髭を生やしており、髪も乱れている。

大学の職員にしては、だらしがなく見えた。


「あ、おじさんにお礼言ってなかった。助けてくれてありがとう」

「どういたしまして…って、俺まだ二十五歳なんだけど!」


まさかそこまで若いとは思わなかった。

文句を言うなら見た目を整えて欲しいと思ったが、さすがに言えなかった。


「あのゾンビみたいなのって何なの?」

「さあ、俺にもわからない。でも、どう見ても意思疎通ができる感じじゃないし、人間に目がけて襲ってくるのも気になるね」


道路を塞ぐようにゾンビが二匹横断している。

成瀬はアクセルを強く踏み、一気にスピードを上げる。避けようとハンドルを切るが、二体目は避けきれず鈍い音がした。

清水は振り返ろうともしなかった。どうせどんな姿になろうと、奴らは立ち上がるのだろう。

街を離れるにつれ、伸びた草が生い茂っている。

これが本来のこの土地の姿なのだろう。車が通れる幅しか草刈りが行われていなかった。

元々この島には小さな集落があったらしいが、過疎化が進んだため廃村となったそうだ。

その跡地に獄中都市を建設したため、島の中心部以外はまだ手つかずだ。

自然溢れる中には、さすがにゾンビはいないようだ。人がいないので当然ともいえる。

平坦な道をずっと眺めていると、さっきの出来事が夢なのかもしれない、そんな錯覚さえ覚える。

しかし、服に飛び散った血痕が清水の意識を現実に引き戻した。


「清水さんさ、()()()()さんって知ってる?」

「え?」


清水は突然の話題に目を見開く。彼はチラリと清水を見た。


「何でそんな事聞くの?」

「俺は彼女の行方を探してるんだ。書類上、死亡扱いになっているんだが、遺体が見つかっていないんだ。それに彼女だけじゃない。他にも学内に二人、同じように遺体が見つからないまま死亡扱いになっている人がいる」


成瀬が一条希美を探している理由がわかると、清水は強張った顔がやや緩む。

この男は約一ヶ月前に消息を絶った友人と何か関係があるわけではなさそうだ。


「そうなんだ。私もあの子を探してるの」

「友達だったの?」

「まあ、同い年の女子なんてそうそう出会わないし」

「確かにね。向こうで服役中から知ってたの?」

「いや、獄中都市に来てから知り合った。大学で知り合って、意気投合って感じ。でも彼女は突然いなくなった。家にもいないし、刑務官に言って探してもらったけど見つからなかった」

「このGPSで探せなかったの?」


成瀬は自分の首にある首輪を指した。


「調べてもらったけど見つからないって」

「見つからない?」

「GPSの反応は海にあるって。だから自殺したんだろうって」

「…自殺か」

「でもそんなはずない。あの子がいなくなった前の日、明日二人でご飯食べようって話をしてたの。それなのに突然自殺なんてするわけない。絶対何かあったんだよ」

「でも、もしかしたら気の迷いとか…」

「その次の日は私の誕生日だったの。だからお祝いしてくれるって」


清水はつい語気を強める。彼女がそんな事をするはずないというのは、接してきた自分が一番よく分かっていた。


『誕生日プレゼント、楽しみにしててね』


いつものにこやかな笑顔を浮かべる一条希美。


『いいよ、そんなの』

『美幸に絶対似合うと思うの』

『ありがとう。楽しみにしておくね』


一条希美とはそんな会話をして別れた。それ以来、彼女は姿を消した。

清水は拳を強く握った。


「そうか、それは確かに変だね」


十分くらい走ったところで、島の端が見えてくる。

跳ね橋はまだ架かっている。

ちょうど刑務官たちを乗せた車が列をなして渡っていた。最後の一台が橋の中央を越えたあたりを走っていた。

このまま便乗すれば外に出れる。非常時なのだ。多少のことは大目に見てもらえるだろう。

しかし、刑務官の車が渡り切ると橋の角度が少しずつ上がっていく。

それに気付いた成瀬はスピードを上げるが、虚しくも跳ね橋が完全に上がりきってしまった。

車を降りると、斜めに傾く跳ね橋を見つめる。


「そんな…」


対応が早すぎる。あの異常事態の発生から間もないはずだ。

こんなに早く島を切り捨てるような選択をできるだろうか。

まさか、この状況が起きることが分かっていたのか。

成瀬は大声で向こう側に呼び掛けるが、何も反応はなかった。

足元には荒波が絶壁に激しく打ちつけている。

本土との繋がりは唯一この跳ね橋のみだ。

この通路が閉ざされたという事は、この島は完全に孤立したという事を意味する。

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