第17話 居場所 (1)
「もう一度お尋ねします。黒岩先生はどこにいるんですか?」
成瀬の矢継ぎ早の物言いに追い詰められる久保田。その額には汗が滲み出ていた。
この状況で黒岩の居場所を話す事を何故そこまで躊躇うのか疑問に感じる。
何か知られたくない事があるのだろうか。
蝉の鳴き声が何重にも響く。繰り返し鳴る自然の騒音がさらに大きく聞こえる。早くしてほしいと久保田へのストレスを募らせる。
ようやく観念したのか、久保田は食いしばっていた力をふっと抜いた。
「…島の南に黒岩先生の研究所がある。恐らくそこにいるはずだ」
「どうして隠していたんですか?」
「言わないでほしいと先生に言われていたからだ。研究の過程は誰にも見られたくないと」
後ろめたい気持ちがあるのか、顔を背け答える久保田。
「その研究所まで案内してもらえますか?どのみち、ここにはこのままいられないでしょうし」
ここには食糧も手洗い場もない。長時間籠城する事はどちらにしても困難だ。
「案内っていっても、ここからかなり距離がある場所にあるぞ」
「車があるので、そこは大丈夫です」
「…わかったよ」
久保田の案内があれば黒岩康正に会う事が叶うだろう。あとはワクチンを分けてもらえれば、あんな屈辱的な姿にならずにすむ。
次の行き先が決まったので、どう車まで戻るか話し合う。
部屋を出ると廊下の途中に階段がある。そのまま降りたら、すぐ目の前が正面玄関だ。そこから出れば、車まで最短距離で行ける。
この短時間で何度も場所を行ったり来たりしているので、疲労が身体に溜まっているのを感じた。
先程のゾンビとの格闘もあり、もう少しここで休みたかったが、残り時間を考えるとのんびりもしていられない。
バリケードを外すと、薬師寺は扉の外に耳を澄ます。
「物音はしないですね」
成瀬は机の上に置いてあったカッターを清水に渡した。
「護身用に持っておいた方がいい」
「わかった」
清水は受け取るとポケットに仕舞った。
部屋の前にゾンビがいた時に備え、念の為に成瀬と薬師寺が扉の前に立つ。
扉を開ける役は清水が引き受けた。久保田は一番安全な部屋の隅で佇んでいた。
どうにもこの男は気に食わないなと清水は思ったが、頭を切り替えて扉のノブに手をかける。
「三、二、一…」
清水は二人に合図を送ると、扉はバンッと大きな音を立てる。
部屋の前には誰もいなかった。廊下を見ても奴らの姿はなかった。
まだこちらの存在には気づいていないのかもしれない。
部屋を出ると、足音を立てないように壁沿いを歩く。
先導して歩く成瀬が階段を降りる途中で足を止める。ここにもいくつか死体が倒れていた。異臭に耐えながら死体を避けて歩く。
一階まで降りると、成瀬は手すりから顔を出して入口を覗く。
外の様子が気になったので、清水も同じ様に顔を出した。
扉の前には何匹ものゾンビが入口前に群がっていた。十匹以上はいるだろうか。
さっき突き落としたゾンビ以外にもまだこんなに残っているのか。
中に入りたそうにガラス扉に向かってぶつかっている。
誰かがゾンビを入れないように鍵を掛けたらしい。
入口扉は分厚いガラスでできている。おかげで奴らを足止めできていたが、この状況では正面突破は難しいだろう。
「扉の前にゾンビがうろついています。十匹はいると思います。入口は鍵が掛かっていて入ってこれないようです」
「あ、俺が鍵をかけた」
最後列にいる久保田が平然と答える。全員彼の方を見た。
そういう事は事前に言って欲しい。前もって共有してくれていれば別ルートも検討できたはずだ。
清水は久保田を睨みつけるが、彼は全く意に介していなかった。
ゾンビが溢れ返る正面玄関からの脱出は諦めるしかなかった。
「一階の奥に職員用入口があります。そっちを見に行ってみましょう」
車がある場所から少し遠くなってしまうが仕方ない。
全員その案に頷くと、成瀬の背中についていく。
一階に降り立つと、体当たりするゾンビが、こちらに気付いてて唸り声をあげる。さらに強くぶつかり始め、大きな音を立てた。
鍵が掛かっているなら大丈夫だと自分に言い聞かせながらも急いでその場を離れる。
音が小さくなるにつれて、職員用入口と書かれた扉が見えてきた。
その時、背後から大きな音が聞こえてきた。
後ろを振り返ると、入口のガラス扉をゾンビ達が押し倒していた。
まさかあの扉を打ち破ったのか。いや、それよりもゾンビ達がこちらに向かって一直線に走り寄ってきた。
あの数はとてもじゃないが相手にできない。
もう進む以外の道はなくなった。
「行きます!」