第14話 捜索 (1)
「黒岩先生じゃない…!?」
背の高い成瀬と薬師寺の後ろにいたので、男の顔がよく見えない。
彼らの身体の隙間を縫って、どうにか男の顔を盗み見る。
少し茶色がかった髪に、カジュアルな服装だ。年は三十代後半くらいだろうか。
首輪は付けていないので、外の人間である事は間違いない。
虹色研究会の設立者にしては若すぎる気もする。
それにこの男の顔を見ると賢いようには見えなかった。大きく見開かれた眼と野性的な面持ちは、爬虫類を連想させる。
しかし、この男が黒岩康正ではないなら誰だというのだろうか。
成瀬が知らないという事は獄中大学の職員でもないはずだ。
男は怪訝な表情で成瀬を見る。
「あんた達は誰なんだ。黒岩先生の知り合いか?」
「あの、ひとまず中に入れてもらえませんか?まだゾンビが館内にいるとも限らないですし」
薬師寺の言葉に男は頷くと、少し待てと言って一度扉を閉めた。すると、また部屋から物を引きずるような音がした。バリケードを余程厳重にしていたのだろう。
物音が止むと、男が扉を開ける。今度は人が通れる程の幅になっていた。
成瀬から順に部屋に入る。最後に清水が部屋に足を踏み入れると、男は大きな声を上げる。
「うわぁ!?」
男は大きく尻もちをつくと、その拍子に後ろにあった一人用のソファが転がった。
「な、何?」
清水は咄嗟に後ろを振り返る。しかし、後ろにゾンビがいるわけでもなかった。
男が何にそこまで驚いたのか分からなかった。
成瀬が慌てて男に駆け寄る。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
「あ、いや、すまない。三人いるとは思わなくて…」
「もう驚かさないでよ」
成瀬の手を借り、男は立ち上がる。
扉を締めた後、ゾンビが集まってくる可能性もあるので、念の為軽くバリケードを元に戻した。
部屋の中は書斎のような内装だった。シンプルな絨毯が敷かれ、大きな書斎机が窓際に置かれている。両壁には天井に届く高さの本棚が備えられ、専門書がぎっしりと詰まっていた。
書斎机の前には大きなスペースが空いている。普段ここにはバリケードに使っているソファやローテーブルが置かれていたのだろう。ここは黒岩の研究室でもあり、来客時の応接室としても使われていたのだろうと想像がついた。
男は書斎机を椅子代わりに、どかっと座り込む。
「俺は久保田俊彦だ。外で記者をしている。何度か黒岩先生を取材させてもらっていて、今日も約束があってここに来た」
「私は成瀬です。こちらは薬師寺さん、清水さん」
順を追って飛ばす久保田の視線が清水で一度止まる。
さっきから何だと言うのだろうか。
昔まで記憶を遡っても久保田の顔に見覚えはなかった。
「久保田さんは何故こちらに?」
「…黒岩先生に取材しに来たが留守だった。それで出直そう思ったが、外に奴らがいて出られなくなった。そしたら、あんた達が来たってわけだ」
「そうだったんですね。あの、我々はシーズウィルスについて黒岩先生に話を聞きたいと思っています。黒岩先生の居場所に心当たりはありませんか?」
「…いや、知らない」
答えるまでに間があった。久保田は何か隠しているなとすぐに分かった。
成瀬は静かに息を吐いた。彼も久保田が何か隠している事に気付いたはずだ。
「そもそもあんた達は何でシーズウィルスの事を知りたいんだ?」
そういえば事を急ぐ余り、こちらの目的を話していなかった。
「説明が遅くなってすみません」
成瀬は薬師寺に話したように久保田にも島の状況やタイムリミットについて話した。
「そんな…」
久保田の顔に動揺の色が浮かび上がる。危機的状況である事をようやく理解したようだ。床をじっと見つめたまま動かない。
「ひとまずこの部屋を調べさせてもらいます」
成瀬は本棚の書籍に手を伸ばす。
久保田から話を聞くより部屋を調べた方が早いだと判断したのだろう。
ここにはシーズウィルスの情報が何かしらあるはずだ。
「黒岩先生の研究資料だぞ!勝手に触るのは…」
「非常時です。先生にはお会いした時に説明します」
「怒られても俺は知らないからな」