第13話 獄中大学 (3)
「そんなので上手くいくの?」
「こっちは協力できる仲間が三人いるんだ。なんとかなるさ」
「ええ、なんとかなりますよ」
二人にそこまで言われると、いけるような気がしてくる。
清水は覚悟を決め、成瀬の案に乗る事にした。
作戦を決めると、それぞれ定位置に向かう。
一発勝負だ。失敗はできない。
ゆっくりと息を吐く。
廊下に出るとゾンビに聞こえるように手を叩いた。
「鬼さん、こちら!手のなるほーうへ!」
予想通り奴らは扉の前から離れ、こちらへ向かってきた。
清水はゾンビを背に走り出す。よりにもよって全員成人男性と思しきゾンビだ。運が無い。
廊下に転がる死体を避けながら、西館への連絡通路に向かう。二匹のゾンビが死体に足を取られて転んでいた。
残り一匹に追いつかれそうになるが、どうにか所定の場所に辿り着く。
そこには作戦通り、成瀬と薬師寺が待ち構えていた。
彼らの後ろに下がると、成瀬が鉄パイプを大きく振りかぶる。
迫りくるゾンビの顔にクリーンヒットさせる。
清水は倒れ込んだゾンビの口にガムテープを巻き付ける。これで噛みつかれるリスクが無くなった。
ついさっき成瀬からもらった物が早速活躍するとは思わなかった。
だが、口を塞がれても両腕で必死に抵抗してくる。事を遂行できないので、薬師寺の手も借り両手首をガムテープで縛り上げた。
薬師寺がゾンビの足を持つ。持ちたくはないが背に腹は代えられない。
清水はゾンビの頭を持つ。重い。どうにか力を振り絞り、上へと押し上げる。
薬師寺のおかげもあり、ゾンビを窓の外に投げ落とす。
まず一匹。
西館の入口はさっき塞いだので、もう二階までは登ってこれないはずだ。
これをあと二回繰り返さないといけないのか。
清水たちの苦戦に気づいた成瀬は、ゾンビを倒すと、手足に向かって何度もパイプを振り下ろす。
折れた手足では抵抗する力は無くなる。おかげで一匹目よりはだいぶ楽になった。二匹目は最初と同じ要領で外に投げ落とす。
最後の一匹の口を塞ぐ。だが、頭を持ち上げようとしても全然持ち上がらない。
自分の非力さを痛感する。薬師寺の方もかなり辛そうだ。
「俺がやる!」
清水に代わり成瀬がゾンビの頭を持つ。薬師寺も最後の力を振り絞り、窓の外に投げ捨てた。
ようやく終わった。清水は立っていられず座り込む。
腕も足も重い。身体中から汗をかいていた。無我夢中で気付かなかった。
成瀬と薬師寺も息を切らして座り込んでいる。
「はぁー、しんど」
「さすがに疲れましたね…」
これほど人道から外れた事をしても何も感じなかった。
ゾンビだから、と割り切る余裕もなかった。殺されない事に必死だった。
成瀬や薬師寺も同じ思いだろう。
どうにか立ち上がると、重たい足取りで黒岩の研究室に向かう。ようやく彼に会えると期待に胸が膨らむ。
シーズウィルスの事、ワクチンの存在、聞きたい事はたくさんある。
途中の講師室を覗き込むが、誰の姿もなかった。やはりゾンビに襲われないように、どこかに避難したのだろうか。
廊下の中央で倒れている死体を尻目に見る。ゾンビが躓いていた死体には見覚えがあった。確か国語の講師だ。
生徒に敬語を厳しく指導する講師として有名だった。清水自身も例外ではなかった。
その彼も今や言葉を発する事もなく、首から血を流し、地に伏している。
生きている自分を改めて幸運に思った。
廊下の最奥に辿り着くと、成瀬が扉をノックする。だが、中から反応はない。
ゾンビがいたから、警戒しているのかもしれない。
ドアノブに手を掛けるが、ドアを開けようと扉を押しても、部屋の中で何かがつっかえているようで開かないようだ。
ドアの隙間から部屋を覗くと、棚や椅子でバリケードが敷かれていた。
「先生!助けに来ましたよ!」
「もうゾンビはいないのか!?」
部屋の中から男性の声が聞こえてきた。三人は顔を見合わせる。間違いなく彼は生きている。
「ええ、奴らは倒しました。もう大丈夫です。ここから逃げましょう」
呼び掛けに答えるように中の物が動かされる音が聞こえてくる。
扉がゆっくりと開けられるが、まだ警戒しているのか五センチほどに留められた。
その隙間の奥からは、怯えたようにこちらを覗く男の姿があった。
ゾンビじゃないとわかると、さらに大きく扉を開いた。
成瀬は男の顔を見て驚いた。その男に全く見覚えがなかったのだ。
「黒岩先生じゃない…!?」