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異通者奮闘記  作者: ラク
三章:エルクワール学園生活
33/46

学校生活


エルクワールに戻ってきて早一週間。

特になんの変哲もない日常を僕は送っている。


…いや、ホント普通ですよ?7時に起床、7時半には寮の食堂で朝食を摂り、朝8時半までに登校する。

午前は座学を真面目に受け、午後は実技訓練を必死になってこなす。

うん、極めて普通だと思う。こんな当たり前のことを失敗する学生がいるとは思えないほどだ。

まぁ一部不真面目な学生は簡単に失敗するだろうが、それは置いておくとして…。


それじゃあ…


「なんで僕は朝っぱらからこんな猛ダッシュをしなきゃいけないんだろうなぁっ!」


大声で怒鳴りながら校舎に向かって走る。もちろん全力疾走だ。

走りながら首を少し後ろに向けてみると、アイズと先ほどまで一緒に居た男子女子の集団が僕と同じように必死な顔で走ってきているのが見える。

おかしい。いつも通りなら既に教室で図書室から借りている本を読んでいるぐらいに暇があったはずなのだが…どうしてこうなった?と、ちょっとだけ現実逃避に朝の様子を思い出してみる。






「おはようユキト君。今日もいい天気だよ」


「うん?ああ、おはようアイズ。食堂で会うなんて珍しいな」


僕がお世話になっている寮の一階は食堂になっていて、平日も休日も大抵営業している。

だが、アイズは実家から学校に通っているので食堂で会うのはかなり珍しい。

四角いトーストを齧る手を止めて、目の前の席に座るアイズを見る。


「いや、少し手違いがあってここにね…って、その前になんなんだ、その赤い液体は」


「うん?これ?」


トーストに塗られた物とテーブルの上に置いてある瓶を指差しして答える。


「普通のいちごジャムだけど…」


「…じゃむ?」


「ああ、そうか…ジャムの知識もないんだよなぁ。この世界…」


バターもあるにはあるのだが、僕は朝食と言ったらジャムパンだ。

お菓子の発想自体がないこの世界には当然なかったので、食堂の厨房を借りてジャムを自作したのだが…あの時おばちゃんたちが変な目で見てたのはこれが原因か…。

はじめて見る物なんだから、ああいった反応をするのも仕方ない。


「まぁ、百聞は一見に如かずって言うし、とりあえず口に入れてみー」


「…美味い…のか?」


「アイズって、意外と甘いの好きだし、気に入ると思うよ?はい」


そう言いながら瓶の蓋を開けて、スプーンを突っ込み、アイズに手渡す。

恐る恐るといった感じで口に含み、動きを止める。


「どう?」


「…驚いた。これは…美味いな!」


「って、しーっ!声大きいってアイズッ!」


慌ててアイズの口を塞ぎながら辺りを見渡すと、思わず叫んだアイズの声に反応したのか、食堂で食事していた何人かがこちらを見ている。


「ほら、大声出すから皆迷惑して…」


「いや、そういった感じじゃなさそうだぞ?」


「…は?」


言われて見て改めて周りを見渡して、視線が合った何人かの思考を読む。

うん。確かに違うな。迷惑って言うか…。


「興味…かな?」


「ウォンスール君」


「うん?」


声がしたほうを向いてみると見覚えのあるクラスメイトの男子生徒がテーブル脇に立っていた。

転入したときに少し話したような気がするけど、普段はあまり喋ったことはない。


「や、おはよう」


「う、うん?とりあえず…おはよう」


「その、僕もそれ一口食べてみても…いいかな?さっきからずっと気になってて…」


「え、ああ、うん。それは別に構わないけど…」


そう答えてから、別のスプーンをテーブル端の箱から取り出し、瓶からジャムを掬って手渡す。

スプーンを受け取り、しばし観察。

その後ぱくりと口に含み、表情が一気に変化し、そして…。


「美味い!」


「おおう」


満面の笑みで手作りジャムを味わっているクラスメイトを見て、ほんわりとした気持ちで思わず見とれる。

ああ、なんかこの顔見るの久々かも…近所の子供にクッキーやらなんやら配ったときの反応と良く似てる。


「あの…ウォンスール君」


「はい?」


今度は背後から小さな声。

振り返ってみると、同じく見覚えがあるクラスメイトの女子生徒。


「あ、あたしも食べてみて…その、いいかなぁ?」


「いいよー」


軽く応じると、すでに用意してたのかスプーンを瓶に入れて口に運ぶ。

するとすぐに顔が緩む。


「おお~…甘くて美味しいかも」


そう言ってうっとりとした表情でスプーンを口に含んでいる。

その様子を見て、遠まわしに観察していたらしいまわりの人間が一気に集まってきた。


「ボ、ボクもいいかな?」


「わ、わたしも!」


「じゃ、じゃあ俺も!」


特に断る理由もないので、いいよと答え、全員が口にスプーンを突っ込む。


「ほわぁ…」


そして全員が同じようにとろける。


うん、なんていうか…皆幸せそうですなぁ。

と、思いながら皆を見つめていると壁に掛けてある大きな壁時計が目に入り、直後に頭が真っ白になる。


「…なぁ、皆。時間は大丈夫かな?」


全員がほわぁっとした顔で時計のほうに振り向き、そして全員揃って体がビクリと震えて硬直。

そんな中、食堂の入り口から管理人のおじいさんの声が聞こえてきた。


「お前さん達、こんなところに居ていいんかの?もう8時20分過ぎ取るんじゃが…」


それを聞いた瞬間、食堂に居た全員が悲鳴を上げた。






というわけだった…なーんだ。思い出せば簡単なことじゃないかーあっははははー。


「って笑い事で済むわけあるかぁっ!」


「…すまない。ボクが大声を出したばっかりに…」


「謝罪は後でいいから、足を動かせ!」


ようやく横に並んだアイズに大声で怒鳴り返す。

キレてはいないが、かなりキレそうな状況だ。


と言うか、ぶっちゃけ僕がキレそうになる状況とは結構珍しい。

でもまぁ、理由が理由だ。純粋に怖いだけなんだ。

遅刻が?いやいやいや、遅刻自体は別に構わない。1度や2度で成績に影響があるわけじゃないから別にいいんだ。

問題は…。


「うふふふふ…貴方たち遅刻しましたねー?」


昇降口に足を踏み入れた瞬間、バチバチという雷音と共に声が聞こえる。

目の前にはにこやかな顔をして小さな本を取り出す通称【妖精先生フェアリーティーチャー】リスナ・ウォンテッド。

見た目は手のひらぐらいの大きさの妖精なのだが、ちゃんと教員用の紺色のキャリアスーツを着て、金色の髪はきっちりと後ろで束ね、背中には4枚の薄緑色の翅が生えている。

普段は2年生の担当教師らしいが、最近遅刻防止キャンペーンに乗り出したらしく毎朝昇降口を見張っている。


「あ、あの…リスナ先生。これには深い事情が…」


「でも遅刻しましたよねー?」


ニコニコと笑っているリスナ先生だが、目が笑っていないのは一目瞭然だ。


うう、やっぱりダメか…とアイズに視線を向けると、彼はもう諦めたらしい。

潔く目を瞑って処罰が下るのを待っている。

背後をちらりと振り返ってみると、皆がっくりと肩を落としながらも整列している。


…ああ、楽しかったなぁ学園生活…とか思いながら僕も目を瞑る。


「うふふ…皆さん理解が早くて助かります~ではでは~」


目を瞑っているせいで様子はわからないが…音は聞こえる。

バチバチという雷音と共にバララララという何かが捲れる音…恐らく、愛用の魔法書がぱらぱらと勢い良く捲れあがっているだろう。


「覚悟、決めてくださいね?」


ちょっとだけ先生の声色が変わった瞬間。

雷撃魔法っぽいのが僕らを襲った。






「うう…朝っぱらから酷い目にあった…」


「ま、遅刻したならしょうがないわね…ご愁傷様」


机に突っ伏して体力の回復を図っていると、ロナが僕の机の近くまで来ていた。

別のクラスの癖にわざわざ様子を見に来てくれたらしい…暇な奴だ。

少し放れた席の方を見てみると意識がないらしいアイズが目に入る。

どうやらあちらの方が酷い目にあったらしい…南無。


「やっぱりアレね。リスナ先生怒らせたらダメね、うん」


「…そうだな。ホントに死ぬかと思ったし…しかし、あれだけの電撃魔法で衣服がまったく焦げてないのはどういうことなんだ?」


「リスナ先生は精霊魔法の先生だからねぇ…属性系はお手の物なんじゃないかな?」


「…って今思い出したけどあの人詠唱無しで魔法使ってたな…」


詠唱無しで魔法発動はかなりの技術と修練が必要と物の本に書いてあった気がする…どんだけスペック高いんだよあの先生、と溜息を吐く。


「ところでユキ。精霊学の教科書持ってきてる?」


「持ってきてるけど…お前忘れたのか?」


「うん。昨日の夜予習やってたから机の上に忘れてきちゃった」


「ん、そっか。ちょっとまってろ…今」


出すから、と続けようとした瞬間。

さっと精霊学の教科書が横から飛び出てくる。


「ボクが貸そう」


誰?と思いながら本が出てきた方に視線を向けると、憔悴しきった顔のアイズがぶるぶる震えながら教科書を手に持っている。


「………」


僕とロナは呆れた目でアイズを見つめ、アイズは無理に笑顔を浮かべ始める。

…いや、アイズ。ロナのためっていうのはわかるけどさ。


「…はぁ、ありがたく借りとくわアイズ」


呆れた目を解かずにロナが教科書を受け取ってから教室を出て行く。

そしてロナが教室から出て行ったと同時に床に崩れ落ちるアイズ。

床に倒れているアイズに向かって僕は言う。


「…無茶しやがって…」


「…男とは…見栄を張るものだ…ガクッ」


そこまでしなくてもいいだろうよ。とは思っても可哀想なので僕は口にはしなかった。






午前は座学なので比較的安全だ。

だが、午後は実技なので比較的怪我をしやすい。


そう。こんな風に。


「お前らさっきから卑怯すぎるだろっ!」


森の中を必死に駆けながら大声で怒鳴る。


「仕方ないだろー?」


「そうそう、これも授業なんだし」


「だから頑張って逃げてね~」


クラスメイトの男子生徒2人と女子生徒1人が口々に言う。


今日の実戦授業は【複数の敵に追われた時の対処法】と【複数の人数でターゲットを追う時の対処法】だ。


だからまぁ、彼らの行動は間違ってはいない。

間違ってはいないがしつこすぎる。

さっきから撒いたと思って一息吐いた瞬間、捕捉されるといったパターンを何度も繰り返しているからだ。


「ほらほら。怒鳴ってる暇があるんだったら反撃したら~?」


と、女子生徒がほんわか口調で言ってくるが、手に持っている1.5m程の長弓ロングボウには既に黄色の魔法の矢が番えてあり、少しでも隙を見せた瞬間狙い撃ちされるのは目に見えている。

とてもじゃないが反撃できるはずがない。


…ついでに言うとこの状況でニコニコと満面の笑みで走ってくるこの状況がかなり怖かったりする。

同じように追従している男子生徒2人のほうをちらりと見ると、こちらも笑顔だが見事に顔が引き攣っている。

追われる立場なんだが…心からご愁傷様と言いたい。


「っと!」


余計なことを考えていたせいか、木の根に足をひっかけそうになって、慌てて意識を戻す。

が、そんな油断を見透かしたかのように、顔の横を黄色の閃光が駆け抜けた。

驚いて足を止めてしまい、しまったと思いながら顔を顰める。


「ふふふふ、追い詰めましたよ~?」


ざざっ…と追従していた男子生徒2人が女子生徒を追い抜き、僕を取り囲む位置を取る。


(うん、良い位置取り…逃げられないなコレは…)


すかさず、右手の魔工石に弱めに魔力を流し込んで剣を構築する。

弱めの魔力なのは訓練だからだ。


「………」


「………」


「………」


「………」


無言で過ぎていく時間。

3人ともタイミングを計っているんだろうけど、安易に踏み込めないってのがわかってるんだろうなぁ…。


もちろん、飛び掛ってきた瞬間斬りつける心積もりだ。


だけどまぁ、このまま待っていても埒が明かない、なので。


「先手必勝っと!」


左手を掲げて、一般魔法の光源魔法を使う。

これは主に灯り用の魔法だ。しかし、使い方を変えれば一瞬だけ照らすフラッシュ効果により目くらましにも使える。

…まぁ、全部エフォニエさんの受け売りなんだが。


3人とも一瞬の閃光を予想してなかったらしい。

目元を隠すように手を翳している。


その隙を逃さず、一気に左にいた男子生徒に飛び掛る。

まずは大きな両刃の斧バトルアックスを持っている小柄な子だ。

斧の柄辺りを狙って剣を下から振りぬき、手から斧が零れ落ちた瞬間、がら空きの腹に蹴りを入れる。

男子生徒の体が勢い良く吹き飛び、背後の木にぶつかってぐったりと座り込む。


(よし、まず1人!)


「ちぃ!」


フラッシュの効果から立ち直ったのか男子生徒の1人が斬りかかって来た。

持っているのは片手用の曲剣ショテル

…あんな曲がった剣どうやって持ち運んでるんだろう?と思いつつ、相手の袈裟斬りを背後に飛んで避ける。

着地した瞬間、足首に鋭い痛みが走る。

足首に目を向けると貫通して地面に突き刺さっている黄色い矢が目に入る。

しばらくしてれば消えるだろうが、10秒はこのままだ。

背後をちらりと振り返ると、ロングボウを構えた女子生徒が今度は背中を狙っている。


「降参しますか~?」


「…それもよさそうなんだけど…なっ!」


右手に構えていた剣で地面を抉って土を飛ばす。

狙いは目の前にいるショテルを構えている男子生徒の目。

土が飛んでくると予想してなかったのだろう、まともに食らって頭を振ろうとしているのが見える。


そして土が目に当たった瞬間勢い良く振っていた剣を振り向きざまに背後に投げつける。


「きゃっ」


水平に回転しながら飛んでいった剣はロングボウの本体に当たった。

壊れてはいないようだけど、突然の衝撃に思わず悲鳴を上げてロングボウを落とす女子生徒。

そして当たったのを確認した瞬間、短く呪文を詠唱。


「―汝、刃となりて、敵を切り裂け、ブレイド!―」


返す右手の手刀で背後に50cmぐらいの大きさの白い三日月型のブレイドが飛び、ようやく土を掃ったらしい男子生徒の顔に直撃。


「ぐあ…」


…顔に当てたのはまずかったか?でも狙ったわけじゃなかったし…まぁ、あとで謝っておこう。

ブレイドが当たったのを確認してから振り返り、足首に刺さっていた矢が消えるのを見て、体勢を整えて弓を拾おうとしている女子生徒の懐に潜り込み、ナイフを首に突きつける。


「降参しますか~?」


先ほどの彼女の真似をしてみたのだが…やるんじゃなかった…意外と恥ずかしい。


「そ、そうします~近距離戦は勝ち目薄そうだし~」


カランッというロングボウが地面に落ちる音と共に女子生徒の声が妙に辺りに響いた。






「ふむ、特に問題はなさそうだよ」


「そうですか…よかった~」


ミストさんが患部から手を離しながら言い、それにほっと一息吐く僕。

先ほどの実技訓練で蹴った男子生徒がなかなか起き上がらなかったので、肩を貸して保健室まで送り届けたのだ。


「だから、大丈夫だって言っただろー?そんな柔な鍛えかたしてねえよ」


憮然とした様子で言う男子生徒に思わず苦笑い。


「いや、だって心配じゃないか。いくら【訓練リング】してるって言ってもさ」


【訓練リング】というのは実技訓練で必ず配られる金属性の腕輪だ。

両手両足に装着することによって、死なない程度に魔法や身体の攻撃能力を弱めてくれる。

それに付け加えて、持っている武器の刃に薄く魔力を張り、切断力や打撃力等も弱めてくれるという訓練にはもってこいの魔法具だ。


「死なないから大丈夫だって、まぁここまで連れてきてくれたのは感謝するけどな」


「そりゃどういたしまして、でもやっぱり痛いのはどうにかしてほしいよなぁ…」


「…それについては全面的に同意する」


男子生徒と顔を見合わせてお互い苦笑い。

いくら【訓練リング】をしていると言っても、痛いものは痛いのだ。


「それも訓練の一環ですからね~仕方ないですよ」


「…まぁ、剣やら斧やらが当たっても痛くなかったらおかしいからな」


ミストさんが答え、男子生徒が笑って付け足す。


「それじゃあ、僕は先に帰るなー?もう訓練終わってる時間だし」


「おう、俺はもう少し休んでから帰るわー」


「お疲れ様でした。ユキト君また明日」


手を振ってくる2人に苦笑しながら保健室を出る。


「さて…と今日も屋上行きますかね」


そう1人ごちて屋上に向かう。

別に誰かが待っているわけじゃないが、あそこの空気はかなり好きだったりする。


階段を登り、ドアを開け、屋上に足を踏み入れる。

西日が差し込んでオレンジ色に辺りが染まっている。


「んー…温かい」


ベンチに座り、ほっと一息。

今日の午後はかなり頑張って訓練をしたので少し疲れた。


(ちょこっと寝てから帰るかね…いつも通り)


これが…今の僕の日常。

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