寄り道
大変お待たせしました。16話目です。
ひとまず、クール皇子との話はついたので当初の予定通り、ユリアと共に城を出る。
もちろんロナとアイズに合流するためだ。
合流場所の魔法店の「エフォニエ」は余り街に出たことがないユリアでも知っているくらいに有名なお店らしく、場所も結構わかりやすい場所にあるらしい。
そのため、城を出てからはユリアが案内役として先導してくれていた。
だが、そこに向かっている途中で一つ問題が発生する。
それは…。
「…ここ、どこらへんなんだろうな?」
「さ、さぁ?」
二人揃って道に迷っていた。
それはもうあっさりと。
周りを見渡してみても、先ほどまで人通りが賑やかな路地を歩いていたはずなのに、今は薄暗く人通りが少ない路地に入ってしまっている。
「しっかし、さっきまで普通に市場っぽいところを歩いてたはずなのにな?」
「ですねぇ…」
「ってかユリアは道わかってたんだろ?生まれ育った街なんだからさ」
「そう言われましても…確かに生まれ育った国ですけど、そんなに街を出歩くことなかったんですよ?」
「あー…これもテンプレか」
「てんぷれ?」
「…悪い、なんでもないから気にするな」
箱入りお姫様。
そんな単語とデフォルメ姿のユリアがダンボール箱に入っているイラストが頭に浮かんだが何馬鹿な事思いついてるんだ。と、即座に頭のゴミ箱に投げ入れる。
迷ったことは気にしててもしょうがないしな。
さて、本格的にどうしようかと考える。
あまり二人を待たせたくもないのもあるが、お姫様が路地裏に居ていいもんじゃないだろう。
ユリア自身も一応着替えてはきてはいるが、顔まで隠してるわけじゃないし、いつバレて騒ぎになってもおかしくない。
「あ、こっちの道行って見ませんか?まだ行ってませんし」
「そうだな、そっちの方行くか」
僕的には既に方向感覚もわかんなくなりつつあるので唯一土地勘がありそうなユリアが先導する。
まぁ、それでも先ほど言ったように道が判るわけではないので土地勘も何もないが。
「…あ、あれ?」
別の路地に入った瞬間。
先を進んでいたユリアが足を止めたため、危うくぶつかりそうになる。
急に止まったことに怪訝に思いながらも問いかける。
「うん?どうした?」
「い、いえ…そのぅ…」
「なんだ?この先進むんだろ?」
「…こ、ここを通るんですか?」
「はい?」
何やら言いにくそうなユリアを見て、訝しみながら先を覗き込んでみて、足を止めた理由がわかった。
「…あー…なんか…ごめん」
「…いえ、わたしこそ…すいませんでした」
その…なんか僕たちが来るのはちょっと早い区域だったらしい。
路地は先ほどと比べて、人が行き交う数が多くなり、左右の店舗が大小さまざまな宿らしき店舗が並んでいる。
宿の前や小さな路地の入り口には露出の多い鮮やかな色の服を纏った女の人達が通りを行く男の人達に声をかけたりして誘っている。女性がつける甘い香水が辺りを漂い、この通り全体に妖しげな雰囲気を出していた。
ユリアがその通りを少し見渡して思わずといった調子で呟く。
「…もしかして、これが噂の娼婦通り?」
「…っておいおい、この通りって城でも噂になってるレベルなのか?」
「ええと、その…お恥ずかしいことですが…お城のメイドさん達がたまに話してることあるので…」
「あー…そうなんだ…」
大丈夫かこの国?と一瞬思ったが、こういう情報を知っているのもメイドとして当たり前かもしれないと自分の認識を改める。
それにこういう類の商売も人間の生理的なものだから仕方ないだろうし、そういうのが盛んでも別にいいんだけどさ…まだ真昼間なんだけどなぁ。
「わ~…見てくださいユキトさん。あの人、あんな凄い服着てますよ…」
「うん、ジロジロ見るもんじゃないから、そういう視線で見るのはやめようなユリア」
「うっ…だって目に入っちゃいましたし…」
「まぁ、気持ちはわからんでもないがな、目のやり場が困るし…って言うかちょっと香水の香りが結構強いなぁ…」
母や妹とかで少しは香水の匂いには慣れてたつもりだったのだが…やはり、こう女性が多いと全然違う。
って、ぼけっとしてる場合じゃなかった。
こんなところお姫様がいていいわけないんだから、早くここから離れないと。
「ユリア。とにかくここから離れよう…っていない!?」
さっきまで隣に居たはずのユリアに視線を向けるといつの間にか姿が消えていた。
慌てて辺りを見渡してみるが、どこにもいない。
「おいおいおい、この場所で迷子はまずすぎるぞ…」
呆然としながらも、まだ近くに居ないかと少し慌てつつも探してみる。
道すがら小さな小道をいくつか見つけたので覗き込んでみたが、すぐに顔を戻す。
…なんか、見ちゃいけないところをいくつか見た気がするが、あまり思い出さないようにしておく、と言うか記憶を封印する。
(路地に入ったわけじゃない…とは思うけど、どうしたもんかなぁ)
本格的に頭を抱えたくなってきたところで、一つ名案が思い浮かぶ。
(あ、念話すればいいんじゃん)
っていうか一番最初に思いつくだろ、その選択肢…と後悔しながらも、ユリアの顔を思い浮かべて念話を繋げてみる。
『ユリア?』
『あれ?ユキトさん?』
『どこに行ったんだ?結構探してるんだけど…』
『あ、すいませんでした。ちょっとお店の人に呼ばれちゃいまして…』
『…お店の人?』
『はい。あ、ユキトさんの後ろ姿見えたので合流しますね』
そう念話で言われ、後ろを振り返ってみるが、ユリアの姿は見えない。
どこだ?と思いながらキョロキョロと来た道を探してみるが、一向に見つからない。
「ユキトさん?」
「うん?」
「あの…何見てるんですか?」
「いや、ユリア探してるんだけど…」
はて?声は聞こえど、姿は見えぬ…。
「あ、魔法を使ってるのか?でも、透明になる魔法ってあるのか?」
「魔法なんて使ってないですよ!透明になる魔法も聞いたことないです!って言うかいい加減認識してください!」
いや…だって、ねぇ?
数分前まで空色のワンピース着てたくせに、何故か周りの女の人みたいに露出が多い服着たユリアがいるなんて、誰が認識できるかって言うんだ。
それに何より…。
「ぶふっ…くふふふっ…」
「って、急に笑い始めないでくださいよ!」
思わず僕が噴出すとユリアがぷんすか怒り始める。
いくらなんでもその格好はなかった。
「いや…だって、ねぇ?奥さん?」
「何ですか奥さんって!?」
「こんな小さい子が背伸びし過ぎたかのような露出の多い服着てるだなんて…くはっだめだ。笑いが止まらない…」
今ユリアの着ている服は正直かなり露出が高い。背中は腰の辺りまで開いているし、胸元は少し厚めの布に綺麗な刺繍が施されているが、肩から袖までは薄く透き通るような布で構成されている。腰から足元もギリギリ見えるか見えないかの微妙な透明感がある。
だが、先ほども言ったように背の小さい子には似合わないと断言していい。
なんだか「小さい子供が母親の服を無理やり着た」といった感じがしてしまい、扇情的に見えるというより、おしゃまな感じがするのだ。
「ひ、ひどいですよ!結構頑張って着たのに!あと小さい子って言わないで下さい!」
「いやまぁ、言いたい事はよくわかるけどさ…流石に背伸びしすぎだろ?」
ニヤニヤしながら僕が指摘すると、やはり自分自身でもある程度気づいていたのか、頭を抱えてぶつぶつ言い始める。
「ううっ…確かにわたしもちょっと背伸びしすぎたかなーって思いましたよ?でも、もうちょっと褒めてくれたっていいじゃないですか…」
「あー悪かったってば、で?なんだってそんな格好になってるわけ?」
「まったく…もういいです。この服は、そこの露店の人に勧められて着てみたんですよ」
「…露店があるのか?こんなところに?」
「えぇ、そこに…」
そう言ってユリアの指を挿した先には確かに露店はあった…だが、
「…なんか明らかにこの場所専用の服…って感じなのばっかりだな」
近づいて露店に飾ってある服を眺めてみるが明らかに露出が高い服ばかりだった。
「おう、姉ちゃん。その格好で彼氏には気に入って貰えたかい?」
服を見ていると露店商のおっちゃんが元気よく声をかけてくる。
30代ぐらいの人かな?
「うう…ダメでしたー。おじ様!もう少し派手なのありますか?こうなったら徹底抗戦するつもりなので…」
「おおう。手強い彼氏だな…これでダメとは…おっしゃ!おっちゃんのとっておきで勝負してみな!」
「いや、これ以上派手なの着なくていいから。って言うかおっちゃんノリ良すぎだろ」
思わずツッコミつつおっちゃんが手渡そうとした品を掴んで止める。
おっちゃんの手に載っていたのは明らかに布地が少なそうだったので広げる前に止める。
たぶんだが…広げられたら直視する自信がない予感がする。
「あっはっはっはっは。彼氏さんちゃんとご機嫌じゃねぇか。よかったな嬢ちゃん」
「ううん。この人の場合これが普通かもしれないのでご機嫌なのか微妙なのですよ」
「それはもういいから…さて、おっちゃん。この服いくら?」
「お、話が早いね兄ちゃん。銅貨30枚でどうだい?」
キラリと目を輝かせるおっちゃん…やっぱりか。
「え?え?え?」
一人何もわかっていないユリアが首を傾げつつ、僕とおっちゃんの顔を交互に見るが気にせず懐の財布からお金を取り出す。
「声かけられて、服着せられた時点でもう負け試合だよ…はい、銅貨30枚」
ちなみに通貨は銅貨・銀貨・金貨が使われており、銅貨100枚で銀貨1枚になり、銀貨10枚で金貨1枚になる。
だいたい銅貨一枚で100円ほどの価値がある。
つまり、この服一着で3000円ほど…まぁ、よしとするか。
「ユリア。こういう露店で買ったことないからわかんないんだろうけど、普通はいきなり試着させて表歩かせたりしないからな?」
「え?じゃあ、なんで…」
「一度着ちゃったら、また着替えするのが面倒だろ?そうなると買ったほうが早い。で、僕たちはどちらかというと急いでるほうの人間だから、元の服に着替えなおすのはありえない…そうなると、このおっちゃんには絶好の獲物ということなんだよ。ま、宣伝にもなるんだろうけどさ」
「いやー、兄ちゃん物分りが良すぎて好きになっちゃいそうだよ」
本当に嬉しそうに銅貨を受け取るおっちゃん。
それを見て溜め息を吐きながらも、ついでにおっちゃんに尋ねておく。
「あ、おっちゃん。ついでに聞きたいことあるんだけど…魔法店の「エフォニエ」って場所知ってる?」
「ああ、この路地を進んで途中の横道を左に行けば見えてくるはずだよ」
「そっか。サンキュおっちゃん。行こうユリア」
「おっと、忘れもんだぜ嬢ちゃん」
そう言ってユリアに紙袋を投げ渡すおっちゃん。恐らく前の服だろう。
「え?あ、はい。ありがとうございました。それじゃあ、わたし達はこれで失礼します」
「またどこかでな~」
手を振るおっちゃんに手を振り、路地を進む。
すると、気まずそうにユリアが声をかけてくる。
「すいません。ユキトさん、お金支払って貰っちゃって…お城に戻ったらお支払いしますから…」
「いいよ、別に。ちゃんと見ておかなかった僕も悪いんだし…そういえば寒くないのかその格好?」
少し進んだところでユリアに問いかける…時期的には寒くないかもしれないが、ユリアが今着ている服は全体的に布が薄いため寒いかもしれない。
「あ、これ少し魔法がかかってるみたいなんで寒くないですよ?」
「…なるほど」
恐るべし、魔法社会。こんな服にも魔法技術が使われているのかと軽く戦慄する僕。
でも、よくよく考えてみると、僕が今羽織っているローブには防御魔法がかかっているのであまり珍しい技術でもないのかもしれない。
(なんか…だんだんこっちの世界のほうが技術的に勝ってる気がしてきたな)
元の世界では科学は発展していたが、こういうオカルト的な恩恵はまったくない。
せいぜい、繊維を改良して、少し動くと暖かくなる機構が備わっているぐらいだった。
と、そこまで考えたところで件の魔法店が見えてきた。
大きな木の看板には大きな緑色の文字で「エフォニエ」と書かれており、左右に黒いコウモリのような看板。軒先には大小様々な色のツボが置いてあり、中を覗いてみると、色とりどりの液体が入っている…。
「って、虹色はどうやって出してるんだよ!?」
と、ツボの中身の異様さにツッコミながらも絵本に出てくる魔女の館みたいだな。と印象を受ける。
ユリアが看板を見上げながら呟く。
「…もうお友達さんは来ていらっしゃるかもしれませんね~」
「ここまで結構時間かかったからなぁ。ま、平手一発は覚悟しておくか…痛そうだけど」
そう言って僕は魔法店「エフォニエ」のドアを内側に引いた。