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灯油販売車の音楽が聞こえたときに・子ども部屋で・不老不死の薬を・触らないよう念を押されました。

 幼き頃から入ってはいけない部屋があったというと、友人や同級生に驚かれる。続いて、きっと大きい家なんだろうと想像されての興味が投げかけられるのだけれど、その回答には残念ながら彼らの興味を満たす要素は持ち合わせられていない。最初は公営住宅、次にアパートにて暮らし、金を貯めてなんとか一軒家を買ったという父母の家は、先祖代々の座敷牢のような怖くも秘密の詰まった部屋があるわけではない。ただ、引っ越す度に絶対に入ってはならない部屋が設定されるというだけだ。一軒家も中古物件を

購入したので、鉄筋で珍しい物件であったけれど、人は一人死んでるかもしれんと父は快活に笑っていた。その部屋に何を置いていたのか、子どもの自分は知る由もなく、ただ扉に手を掛けるだけで烈火のごとく父が怒るので、いつも泣きべそをかいて母の元に走っていた。だが扉に手を掛けたと言うと、母も怒るので、成長するにつれて触ることすら許されないと言う刷り込みは非日常から日常へと変わっていき、何の疑問も持たなくなった。そうして私が嫁ぐと決まった時、父母は私にその部屋の由来を教えると夫と共に呼び出した。私は何の興味も持たなかったが、夫はその秘密に心を躍らせていたらしい。

 夫には付き合っている頃からその話をしていたし、友人にも何気なく話していたからこそ私は子どもの頃の思い出を語るよう言われたとき、何の迷いもなくその話をしていた。その時の夫の嬉しそうな顔は今でもたまに思い出される。目はらんらんとして、秘密を継承することに心底喜びを感じている顔だ。私と言えば、かえって昔から教えてもらえなかったことを教えてもらえるというので、親子なのに他人よりも緊張していた。そうして話してもらえたのは、この家の家系についてから始まった。

そこで聞かされた話では、ある一族の昔話で、時代は竹取物語にまでさかのぼる。かぐや姫に口移しで不老不死の薬をもらったといううだつの上がらない厩の男がいた。その子孫となるのが実は母の血筋で、父は婿入りしたわけでもないのにそのおかしな伝統を受け継ぐことを了承したらしい。不思議なことに、男の子がなかなか出来ないのがこの家系の特徴らしく、女は嫁入りしたとて伝統を受け継がねばならない。そして私は一人っ子だった。だからこの伝統を受け継がなければならないらしい。それは嫁入りなどで家が分けられても死ぬまで続く。厩の男の子孫がいる限り、絶対に入ってはならない部屋を一つ作らなくてはならないという。なんでもその無人の部屋には、かぐや姫の使いが、厩の男を探しにやってくるというのだ。そこで誰かが居たら、連れて行かれてします。だから子どもには厳しく接したのだと、私は今頃になって怒鳴られたことを父から謝られた。もう気にしていなかったが、そんな謂われがあるとはつゆ信じられなかったが、なぜか夫は神妙な顔をして頷いていた。

 「部屋を一つあけるだけでいいんですか」

 「壷を置いてくれ。もう木箱に入れっぱなしだが、それを必ず直系の子どもが置くんだ。引っ越すときも直系の人間が必ず持ち出す。それが目くらましになるんだと伝わっているんだが・・・」

 父は直系でもないのにやけに詳しくその手順を教えてくれた。母はただ頷いているだけだ。どうやら父と同じように夫もこの秘密とやらに魅入られているようで、非常識で非現実的な伝統を神妙に頷いて聞いている。私は産まれた子供にもこの伝統をしなければならないのか、と少々の嫌悪感さえ抱いていた。子どもにこんなことを押しつけたくはないが、やらねば誰かが連れ去られるのだと脅かされてしまうと、もう何を言う気力も無くなって、ただ頷くばかりだった。かえって夫に、君が聞くべきだろうと怒られてしまったほどだ。直系の女は冷めていて、婿の夫はこの秘密に燃え上がっている。その点は、夫を選んで良かったのだろうとぼんやりと考えた。引っ越しの手順、亡くなったときの手順、それらを記した紙をもらって、私は夫と新居に引っ越した。

 暮らすのはマンションの一室だ。夫は帰るなり、子ども部屋と予定していた部屋を指さして、ここにしようと目を輝かせて言う。私は内心うんざりしながら、そうねとだけ答えてさっさと木箱を運んでしまった。その晩は新婚のような浮き足立つような感覚が妙に冷めてしまって、でも私は次の年に男の子を産んだ。彼は今は大学生になる。依然として一人っ子だ。なぜか一人しか子どもに恵まれないのがこの家系の特徴らしい。彼にいつか私も伝えなければならない。その時に彼はどんな感想を持って、どんな表情をするのだろう。私にはまだそれが分からない。

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