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幕間③












   幕間③












その時、芽衣ちゃんのお母さんである美月さんはスーパーにいました。サラリーマンであるご主人の給料日前の週です。一家の食卓が1ヶ月のうちで一番質素になるのがこの時です。今日は何が特売かしらとスーパーの棚に目を光らせながら歩いていました。


「あら、中村さん」

「あら、佐々木さん」


すると、近所の奥様にばったりであった。


「そうだ、中村さん、聞いた?」

「何をですか?」


声を顰めてそっと片手を口元に当てた佐々木さんの奥さん。美月さんはその様子を見て、すぐにすちゃっと佐々木の奥様に体を寄せる。ザ、噂話のお時間である。


「見つかったらしいわよ」

「何が?」

「おたくの芽衣ちゃんも同い年でしょ?ほら、あの」

「あの……」


佐々木の奥様の籠の中のこんにゃくを見ながら、なんだかとてもこんにゃくが食べたいわ、今夜はと思いながら奥様の言葉に耳を傾けていた。


「昨日の夜遅くに」

「えっと、何が見つかったんですか?」


ツチノコか何かだろうか?


「だから、ほら」

「はぁ」


中年のおばさんというのは、あれよあれ、とか、わかるでしょ?ほら、とか、どうも画像等のイメージと固有名称が脳の中で紐付けされていないらしく、人やものの名前と顔を結びつけるのが苦手な人が多い。指示語ばっか使ってくる。脳を使わないとますます錆びるぞ!


「あの」

「……」


だからなんだっちゅーねーん!


これがもし、ミュージカルだったら、美月さんはここから突然、歌いながら踊るはずである。あのだけじゃ分からないのーよー、みたいなね。しかし、突然天啓下りる。おばさんとおばさんには宇宙の神秘とでも言おうか、突然繋がることがあるのである。


「あ、あの?」

「そうなの、あの!」

「なんでそんなことを知っているんですか?佐々木さん」

「それがね」


二人のみお互い理解して話を進めているが、我々は全然ついていけないぞ、おーい!

しかし、二人は我々を置いておいて、噂話を続ける。ちなみにおばさんの世界では、情報の速い人は尊敬されるのである。そんな尊敬にあやかった佐々木さん、たっぷりドヤ顔をした後に話を続ける。


「コンビニで深夜バイトしてた子が発見したのよ」

「え、コンビニ?コンビニってどこの?」

「あの、ほら、あそこよ。近くの」

「え、あそこ?」


見事といっていいほどに固有名詞の出て来ない会話である。ところで、このコンビニでバイトしていたお兄ちゃんが、佐々木さんの親戚の子だったのだ。それでいち早くニュースをゲットした。


「なんか突然ふらふらとコンビニに入ってきた男の子が裸足でね」

「ええ」

「パタンと倒れちゃったみたいなの」

「あら!」

「慌てて救急車を呼んだ後、朝までバイトしてたら警察が来たっていうじゃない」

「へー」

「それが行方不明になっていた子だったのよ」


ここで、佐々木さん、大いに手を振る。噂話の時によくおばさんがやりますよね。あの招き猫みたいにやるあれよ。


「その病院に行った子はどうなったんですか?」

「警察によるとこんこんと眠ってるらしいわよ」

「大丈夫なんですか?」

「いや、大丈夫なんじゃない?病院にいるんだし」


そこでとりあえずほっとした。


「ね、何があったのかしら?」

「さぁ、どうでしょう?」

「なんかモデルみたいに綺麗な男の子なんだって、優君がいってたけど」


優君というのは、コンビニでバイトしていたお兄ちゃんのことだ。綺麗な男の子と言われて美月さん、以前話しかけた時に見たトシ君の顔立ちを思い出す。確かに綺麗な男の子ですよ。すると佐々木さん、スーパーの壁にかけられた時計を眺めて叫ぶ。


「あら大変、こんな時間。ドラマの再放送が始まっちゃうわ」


おばさんを暇なんだろうと舐めてはならない。夕方は忙しいのだ。きっと相棒の再放送でもみなければならないのだよ。


「じゃあね」

「はーい」


水谷豊さんによろしく、でももしかしたら暴れん坊将軍の再放送かしら?

その後である、美月さん、更年期にはまだ早いのだが、なんだかカッカと体が熱くなり、浮き足だった。


どうしよう?どうしよう?


しかし、冷静に考えてみると、行方不明になってた人が戻ってきたのだから、別にどうもしようもないです。一番の大変な問題は解決されたわけで、後は細々な問題を解決すればいいわけだし。それに大体美月さんは部外者です。


そうだ!こんな時は!


そして、美月さん、民衆を率いたジャンヌダルクもかくやと思うような颯爽とした足取りで、スーパーを闊歩する。そう、主婦にとってスーパーは戦場なのです。お野菜コーナーを抜けていつもはお豆腐や厚揚げのコーナーを素通り。鮮魚のコーナーにわき目もふらず通り抜けてゆく。


お祝いしないと!


そして、給料日前の一番砂漠な時に、誰かのお誕生日でもなく、ご主人が昇進したわけでもないのにステーキ肉の棚へ行く。


「あら、高い」


念の為にヒイフウミイとゼロの数を数えてみました。これが一つ少なかったら絶対買うのになっと。

そりゃ誰だって買うでしょうっと。


片手を軽く拳にして握って口元に当てながらじっとステーキ肉の値札を見る。


ままよっ!


さっきまで少女っぽい動作で牛のなれの果ての肉の塊を眺めていたが、ずばっと手を突っ込んでカゴに突っ込んだ。まるでくのいちのような素早い動作でした。さすが芽衣ちゃんのお母さんである。そして、その場を立ち去った。


カメラはここで、あえて美月さんを追わずに停まってステーキ肉のコーナーを映し続けよう。小さな男の子をカートの座席のところに乗せたお母さんがゆっくりと一人左から右へと通り過ぎていきましたとさ。


「ママッ、ママッ、あのね」

「はいはい」


そしてまたカメラは誰もいないステーキ肉コーナーを映し続けていたが、そこにカラカラとカートを押しながら戻ってきた女性がいる。我らが主役美月さんである。淡々とした顔でステーキ肉コーナーに辿り着くと、粛々とお肉のパックを丁寧に一つ一つ戻してゆく。


あら、諦めたのかしら?


しかし、諦めたのではなかった。和牛を棚に戻し、某⚪︎⚪︎国産の肉へと入れ替える。給料日前ですからね!


***


「ただいまー」


美月さんが台所で今晩のご馳走を作っていると、娘の芽衣ちゃんの声が聞こえる。美月さん、黒胡椒のあのぎりぎりと言わせながら削るやつ、ペッパーミルを手にしたままで玄関にすっ飛んでいった。


「芽衣ちゃん!」


靴を脱ぎながら家に上がろうとしているところへ、母がエプロンをつけてペッパーミルを手にすっ飛んできて目をキラキラさせている。芽衣ちゃん、そのお母さんの様子を眺めながらこう思いました。


お母さん、ボールを投げたご主人のもとに投げたボールを咥えて戻ってきて褒めてもらいたい小型犬みたい。


「ただいま」

「おかえり」


目をキラキラさせながらペッパーミル抱えながら褒めてもらいたそうな小型犬をスルーして、家に上がりリビングのソファーへと向かう。


どさっ


制服のまま崩れ落ちた。


ねむー


そう、芽衣ちゃん、この時、寝不足だったんですよ。ほら、前日は午前様まで回るのを待ってからトシくんをコンビニ近くまで送り届けてましたから。そこへ、玄関でスルーされた小型犬、なんかおかしいなと怪訝な顔になって娘の後を追いかける。


「あの、芽衣ちゃん」

「はい」

「もしかして、知らないの?」

「なにを?」


ソファーにどさっと座ったまま、自分の背後にいる母親をのけぞった姿勢で眺める娘。そのだるーい様子を見て、母は、だるーいを別解釈しました。つまりは、トシ君が見つかったことをまだ知らなくて娘はどんよりしているのだと。


これは美月さんにとって想定外でした。


以下、美月さんの想定していた芽衣ちゃんとの場面↓


「ただいまぁ」

「芽衣ちゃんっ」


タタタと玄関へゆく美月さん。

靴も脱がないままでお母さんに向かって言う芽衣ちゃん。


「お母さん、聞いて、トシ君が」

「知ってるわよ。見つかったんでしょう?」

「なんで知ってるの?」

「そんなのどうでもいいじゃない。やったわね、芽衣」

「お母さんっ」


そして、そこで母娘揃って、ぴょんぴょん飛び跳ねるのである。うさぎか?


以上


しかし、現実の娘は、なんと、まだ知らないようだ。ナヌー!

ペッパーミルを片手に、眉を顰める美月さん。

その時、考えていたのはこうです。感動を最大限に表現しなければならない。こんなめでたいことを適当に伝えるわけにはいかないぞと。これはだって我々母娘にとって、感動的な場面なのだからと。


「ちょっと待ってて」


そして、美月さん、大事に抱えていたペッパーミルを傍のテーブルにトンと置くとピュッとリビングを出ていった。一方娘の芽衣ちゃんは……


美月さんのこの最後の ちょっと待ってて を聞いておりませんでした。なぜなら、体力の限界が来てソファーにどさっと腰掛けてそのまま瞬殺で眠ってしまったからです。


娘が夕方からいぎたなく寝てしまっているのを知らずに、美月さんは階段を駆け上がる。そして、芽衣ちゃんの寝室と夫婦の寝室の間にある小さな部屋に入る。そこは、お父さんの書斎。置いてある机の引き出しを上から順番にあけ、そこにないのを見てとると壁に造り付けの棚を隅から隅へと見渡し、目的のものを見つけた。道具一式を取り出して机に並べると、今度は紙を探す。しかし、見つからない。


「チッ」


ちょっと荒んだ顔になり、きっちり舌打ちをすると、机の上にはパパのデスクトップのPCと並べてインクジェット式プリンターが置いてあるのですが、そこのトレイを引っ張り出してコピー用紙を数枚取り出す。ことは急を要するので、これで代用しよう。それから、洗面所へと赴き、うがい用のコップに水を入れて持ってきて、硯と筆と墨を道具の中から取り出すと、硯に持ってきた水を少し流し入れ……


シーコ、シーコ……


ちがーう!!!


途中までやりかけてハッと気づく。一刻を争うのに、墨をすってどーする、自分!あくまで墨の香りとか風合いを求めてどーする!墨汁でいいんじゃぁ、こんなもんわ。


ドバドバ


で、硯に必要以上にドバッと墨汁を入れると、乾燥してパサパサしている筆を浸した。浸してから筆先を整える。


なんて書こう?


コピー用紙を前にして首を捻る。しばし考えてからこう書いた。


祝発見


書き終わった後にそれを腕をぐんと伸ばして眺め、今度は近づけたり遠のけたりしながらその効果を確認する。なんか足りない。首を捻る。


あ、そうだ。


もう一度机の上にコピー用紙を置くと、一つ書き足した。


祝発見!


それを持ち上げてもう一度ぐんと両腕を伸ばした状態で眺め、ニコニコとした顔で頷く。

いいね!いいね!自画自賛である。


そして、ハッとする。一刻を争うのであった。


そこで、パッと立ち上がるとスタタっと廊下に出て、スタタタタッと階段を降りてゆくのであるが、お母さんっ!気をつけて。階段を駆け降りるなんて、全く。


「祝ハッケーン」


そして、リビングに入りながら、コピー用紙を、ね、あの、あれです。ほら、マスコミに注目されているような裁判の審議が終わってその結果を半紙に書いて裁判所の中から走って出てくる人がいるじゃないですか。あれみたいなのをやりたかったわけ。派手っしょ?感動するっしょ?パッと娘に向かって開いて見せた。


しかし、娘は、ちょっと待っててといった母の言葉は聞いていなかったし、今に至ってはソファーでいぎたなく爆睡しています。


「ちょっと、芽衣ちゃん!」

「ぐー」


こんなに一生懸命一刻を争ってお習字をして、しかも、危ないのに階段を中年の身で駆け降りてきたのにっ!

ソファー前の毛足の長いラグにペタンと正座してガッカリした美月さん。本来なら世紀の瞬間になるはずでした。逃した。しかし、ぐーぐー寝ている娘を見ながらふと思う。


そうよ、この子、彼氏のことが心配で夜、ちゃんと寝られなかったんだわと。


そこで気を取り直して、やり直し。ペタンと正座していたのを膝でよっちらおっちら爆睡娘の方へとにじりより、


「芽衣ちゃん、芽衣ちゃん」


ペチペチと娘の素足を叩きました。大事なコピー用紙を側に置いておいて。

芽衣ちゃん、突然パチリと目を開いて母親と目を合わせる。


「え、うそ、寝てたの?今」


それから、体を起こすとフワーッと大欠伸しながら、両腕を天井に向けて体をうんと伸ばした。今だと思った美月さん。さっきの玄関で見せたのよりは幾分か控え目な小型犬スマイルになりながら、側に置いたコピー用紙を開いて見せて娘の注意を促す。芽衣ちゃんそれを見ながら一文字ずつ声に出して読んだ。


「しゅく、はっ、けん」


小型犬スマイル。目が更にキラキラしている。


「なに?なぞなぞ?」

「違うわよー」


はて?祝発見。その心は?


なぞなぞではないと言ったのに、なぞなぞなのだろうと思い、考えを巡らす芽衣ちゃん。発見といえば、コロンブス、石の国発見。1492年。


「コロンブス」

「何の話?」

「コロンブスの卵と解いて、今晩はオムライス」

「違うわよー」


そう、今晩は和牛ではないがステーキです。


「発見といえば?」

「アメリカ大陸」

「もっと小さいものよ」

「どっかの島?」

「生きて動いてるものだって」

「新種の動物か何か?」


結局なぞなぞになっている。


「ツチノコ?」

「もうっ!トシくんが見つかったって話です」

「ああ……」


娘は驚きませんでした……。


「ちょっと、何よ、やっぱり知ってるんじゃない」

「まぁね」


母、ここで、愕然とした。


「……」

「ねむー」


寝足りない芽衣ちゃん、母が愕然としているのにも関わらずもう一度ソファーに横になる。


え……、なんで喜ばないの?

そこで、そのまま聞いてみた。


「なんで喜ばないの?」

「喜んでるよ。わーい」

「……」

「ね、お母さん、お願い。ご飯までちょっと寝させて」


そして、芽衣ちゃん、今度はうつ伏せにソファーに寝転ぶとぐうぐう寝始めた。


困ったのは娘と一緒にぴょんぴょんしたかった美月さんです。行き場のない興奮を持て余しながら、トボトボと台所に戻り、まな板に広げてあった肉の元に戻る。ほら、某⚪︎国産肉は和牛と違って硬いからさ。叩かないと……。


ピザ生地などを伸ばす綿棒を片手に虚な目で牛肉をいたぶる美月さん。


どしっ、どしっ……


この勢いで人間の頭部を殴打したら、女性のか弱い腕力でも人を殺しかねん。しかし、この物語はそういう話ではない。


どうして、あんなにあっさりと。芽衣ちゃんって冷血な人なのかしら?


どしっ、どしっ……


それとも、知らないうちに芽衣ちゃんとトシくんって破局してたのかしら?


どしっ、どしっ……


でも、おかしいわ。だって、トシくんがいなくなった時、芽衣、大泣きしてたって警察のお姉さんが言ってたじゃない。

そこで、とうとう手を止めて、顔をあげた美月さん。キッチンの小窓から一番星が見える。別れても、好きな人?うーん。別れても好きなら、とりあえず見つかったら嬉しいんじゃないの?


そして、母、メタメタに叩かれた牛肉の前でハッとした。


そうよ!照れてるのよっ!


チーン


そうよ!本当はめちゃめちゃ喜んでいるのを、芽衣ちゃんったら隠しているんだわ。もう。

そして、浮かない顔をしていたのがまた子犬の笑顔になってあげていた顔を牛肉に戻す。その牛肉はちょっと若干、叩かれすぎていた。


あら?


気を取り直して、その肉をバットに移し、パイナップルを上から並べておく。パイナップルは硬い肉を柔らかくする作用を持っているらしいぞ。そして、塩と胡椒を振ろうとした。あれ、胡椒がない。ペッパーミルはダイニングに置いたままだった。


***


「芽衣ちゃん、ご飯よぉ」


そこで、パチリと目を開けた芽衣ちゃん。


「着替えてきたら?」

「ああ、うん」


制服のままだったので部屋に上がり着替えてから降りてきた。ダイニングチェアを引きながら、テーブルに広げられているものを見て目を丸くした。


「お父さんが、出世することにでもなったの?」

「お父さんは多分、これ以上出世することはないわよ」


あっさりちゃっかり非情なことを予言する美月さん。


「じゃあ、なんで?」

「そりゃ、ふふん」


エプロンをつけたままテーブルの傍で、腰に手を当ててドヤ顔をする美月さん。芽衣ちゃん、そのお母さんの様子を見て、ハッとした。


「宝くじでも当たったの?」

「なんでそーなんねん」


なぜか時々、関西人でもないキャラが関西弁を話すことがある。お許しくださいませ。


「だから、ほら」


自分も食卓につき、しつこくまたテーブルの端っこに置いておいたコピー用紙を取り上げる。


祝発見!


「……」


母のお日様のような笑顔を見ながら、無表情になった芽衣ちゃん。ナイフとフォークを取り上げるとキコキコと肉を切り始める。


「もうっ、もうちょっと喜んだら?芽衣ちゃん」

「わーい、わーい」


それから、ステーキソースのかかった肉をパイナップルの切れ端とともに口に入れる。


「あ、甘酸っぱい」

「ダメだった?」

「いや、イケてる」


ハワイアンなステーキである。しょっぱさと甘さの絶妙加減がよろしい。キコキコと食事を楽しむ芽衣ちゃんを眺めながらニコニコしてる美月さん。


「もう、芽衣ちゃん、もうちょっと素直になったら?」

「素直?」

「本当は踊り出したいくらい嬉しいくせに」

「はぁ」

「今すぐにでも飛んでいきたいくらい気になってるくせに」


キコキコ


なんか言ってるなと思いつつ、誕生日でもクリスマスでもないのに供されたステーキに舌鼓を打つ芽衣ちゃん。

ここで美月さん、時々母親が陥る感覚とでもいうのでしょうか?大人の女としてこの若くてテクニックを持たない芽衣ちゃんに恋愛アドバイスをしようとしました。いわゆる母親のやる痛い行動の一つである。


「あんまり可愛くない態度ばっか取ってると、愛想尽かされちゃうわよ」


チーン


「ただいまぁ」

「あら、早いわね」


残業や付き合いの多いお父さんが珍しく早く帰ってきた。カラカラとリビングのドアを開けて入ってくる。


「お父さん、早いじゃない」

「うん。イベント会場から直帰したから」


そして、食卓を見て驚いた。


「なに?なんかのお祝い?」

「ああ……」


美月さん、思い出しました。帰ってこないと思ってて、お父さんの分の牛肉を買っていなかった。


「あ、パパ。これ、食べてね」

「え?」


咄嗟に立ち上がり自分の席を譲る美月さん。


「ママの分は?」

「いいの、いいの。ダイエット」


妻を見て、娘を見る。娘は話している父親と母親を交互に見る。

そこはかとなく漂う気まずい雰囲気。多分、美月さんはお父さんの分の牛肉を買っていなかったよね、的な。


「いや、いいよ。君が食べなよ」

「違うのよ。これは、パパの分だし」

「焼いて、おいておいたの?」


ステーキ肉を焼いて置いておくと不味くなります。普通は帰ってきてから焼くよね?


そこは曖昧に受けて仕舞えばよかったのに!モテる男とモテない男はこういうところが違うぜ!


「わたしは、パパがもう家に近づいているって魔法のアンテナでわかっちゃうのよ!」


エプロンをつけたまま堂々とそんなことを言い出した美月さん。トシくんの前ではわりとぶっ飛んだ人の芽衣ちゃんも、美月さんの傍に置くと霞んでしまう。そして、お父さんの文也さんは常識人。芽衣ちゃん、自分の皿を差し出しながら申し出た。


「これ、あげるよ。お母さん」

「だから、お母さんはダイエット」

「わたしもダイエット」


そこで、お皿をもう一枚持ってきて、2枚分の肉を3人で分けた。一杯のかけそばならぬ、2枚のステーキ肉。

やっと3人で落ち着いて食事を再開した時に、文也さんが尋ねる。


「ところで、何の記念日?」

「ああ、お父さん、知ってる?あの、高校生の男の子が行方不明になってた件」

「なんか言ってたね」

「見つかったんだって」

「そうなんだ」


キコキコ……


「でも、それは我が家でステーキを食べるほどにめでたいことなの?」


どっちかというと関係ない場所で起きた出来事ですよね?文也さんから見たら。


「何言ってんのよ、お父さん」


食事の手を止めて声を上げたお母さんを見つめる芽衣ちゃん。美月さん、何を言い出すものやら……。


「……」


その後、口を開いたままでしばし沈黙した美月さん。


「同じ子供を持つ親として、無事お子さんが戻ってきた親御さんの気持ちというのは痛いほどにわかるじゃない」

「うん」

「だから、ステーキぐらい食べないと」

「そうか」


親の話を黙って聞いていた芽衣ちゃん。グラスの水を飲みました。


「ところで、このお肉はちょっと硬いですね」

「あら、まだ、硬かった?」

「和牛じゃないよね」

「給料日前ですしね」


夜が更けてゆく。


***


「もぉ、はいめいさん」

「あ、シロちゃん、おひさです」


お辞儀。<(_ _)>


「ほれ、これ、この前寿司屋でマスで飲んだわ」

「お」

「日本酒っていけるんだっけ?」


菊姫のあらばしり、石川県、加賀のお酒ですね。


とぽとぽとぽ


「では遠慮なく」

「どうぞどうぞ」


くいっ


「これはまた飲みやすい」

「大吟醸だからね。雑味が見事にないよね」

「お寿司に合いましたか?」

「おいしかったよ。寿司は白子軍艦と白魚がピカイチだったな」

「白子食べるところが、先生らしいですね」

「まぁね」


くいっ


「じゃなーい」


ドンっと盃を置く、シロ、うさぎである。


「おう、もったいない、こぼれるじゃない」

「ものすごく久しぶりに登場するっていうからいそいそときてみたら」

「うん」

「なんですかっ、なんですカァー、あの、あの……」

「まぁ、まぁ、落ち着いて」


感極まり、言葉に詰まり、息をできなくなる、うさぎ。


「もっと、僕は、歌って、踊れて、というか、絡めて、ツッコミもボケもできて」

「はい」

「恋愛コンサルの経験も豊富で、新たなヘタレであるトシくんの役にも立てたと思うのに」

「うん」

「なんすか、あの、ちょいもちょい役」


(ちょいもちょい役:トシくんが学校からの帰り道、「お茶会に遅れちゃう」と言いながら走り抜けるのを見た、あのうさぎ)


なめとんのか、ボケエ!!!!

うさぎの怒りのドロップキック!!やべ、後ろ足、力強いぜ!


「ごめんごめん」

「なんで、あんな、なんで……」

「言っちゃっていいのかなぁ」

「はい?」

「ま、飲んで」


とぽとぽとぽ


「今度はなんですか?」

「チリワインのアルパカ」

「ほぉ」

「まぁ、飲んで飲んで」


くいっ


「なかなか」

「これね、むっちゃ安いの」

「そうなんですか?」

「うちのお母さん、美味しいもの見つけるのうまいんだよ」

「へぇー」


しばし、酒を楽しむ。


「酒で誤魔化すなー」


うりゃあああああ

ドロップキック、アゲイン。


「だからさ、シロちゃんのことを思って誤魔化してんじゃん」

「どういう意味よ」

「つまりはですね……」


子供の頃から無意識に好きなものというのがある。小説を書いているときは遊び脳が全開で、理屈で考えるというより考える前に浮かんできて言葉を綴っていることが多く、ウサギのシロちゃんも無意識から湧き上がってきたキャラです。


私、不思議の国のアリスと、アリスの中に出てくるウサギが結構好きなんですね。

最近はカエルも結構好き。そういう、自分の好きな動物とか要素って無意識に繰り返し作品に出てくんです。

今回、ファキを書いていて、トシくんが消えてしまう場面で自分はアリスのウサギが好きなものだから、ウサギが出てきた。書き終えて投稿している途中で気がついたのです。あたしが、スーツ着てオシャレなうさぎを書くのは初めてじゃなかったじゃんと。


これ、シロちゃんじゃん。


まずった。シロちゃんを登場させたのに、セリフを一つも与えなかった。(正確には一つ与えた。お茶会に遅れちゃう)


チーン


「わ、忘れてたってことですかぁ?」

「うん」

「もおおおおおお」


ポカポカポカポカ

殴られております。リアルでも毎日、息子にポカポカされておりますが。


「いや、でも、シロちゃんのことは忘れてないんだって」

「忘れてたじゃないですかっ」

「また、ウサギが出てくるファンタジー的な話を描きたいなって思ってるの」

「ほんとに?」

「私はしつこい女なんだよ」


学校の怪談が好きで、そういう、小学生の時に感じていたああいう世界を言葉にしたいなという思いが結構ずっとあって。


ここで影響受けてるのが、7番目のサヨコ 恩田陸と、トイレの花子君です。それと、ちょっと違うけどスティーブンキングかなぁ?スタンドバイミーのような雰囲気。子供だけが感じる、大人になる前の感覚に怪談という不思議をかけたい。ジュブナイルに対する憧れでしょうか。


「そこにウサギが出てくんですか?」

「うん」


動物かける少年というのが結構好きなんですよね。


「それは、いつ書くんですか?」

「決めなきゃ、だめ?」

「もうっ」


ポカポカポカポカ


「やめてやめてやめてやめて」

「口だけですよっ、口だけなんですよぅ」

「でも、飲兵衛のウサギはちゃんとハートの真ん中にいるからさ」

「クー」


時限警察って設定を、どうやって学校の怪談と繋げるんだよ。やれやれ。


「時限警察もので、さらっと書いてくださいよ」

「えー」


時限ものも好きですねぇ。時をかける少女とか、バックトゥーザフューチャー、ミステリ的要素かける時限が好きです。


「書いたもんがちですよ。別に出来が悪くたっていいじゃないですか」

「もっと本、読まないとな」

「そうですよ、先生、本、読まなすぎ」


チーン


「最近、読んだよ」

「あれは漫画デスゥ」


そう、ゴールデンカムイ、一気読みした。最近エッセイを書いていなかったのと、活動報告をサボったのは、ゴールデンカムイのせいでした。


「ゴールデンカムイ、良かったわぁ」

「ちょっと下ネタがきついですけどね」

「女性の友達には紹介しづらいわぁ」


ちなみに、私は少年少女青年女性、漫画は全部読める。ただし、男性かける男性はよっぽどのことがなければ読みませんけどね。


「でも、先生は、小説書いてんだから、小説読みなさいよ。漫画読みすぎ」

「すみません、すみません」

「小説読んでると思えば、徳川家康、読んでるし。それは、自分の小説と関係あるものですか?歴史小説書くつもりでもあるんですか?」

「まっさかぁ」

「もっと真面目にやりなさいよ」

「すみません、すみません」


このうさぎ、基本、説教うさぎ。説教するうさぎって設定が気に入ってるキャラです。


「才能あるんだから」

「お!」


さらりとすごいこと言ったな。


「才能あるの?私」

「磨いとけ」

「ええーっ」


大いに照れたぜ。


「死ぬ気でやれ!」

「いやーん」


顔を隠して幼子のようにイヤイヤする。中年になっても自分の一部は永遠の子供である。

才能があるかどうかなんて、信じたもん勝ちです。


勘違いって結構重要なスキルだと思うよ。

幸せは勘違いの先にある、かもしれない。


2024.02.15












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