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First Kiss⑦












   First Kiss⑦













その日は、授業が終わった後に一斉下校となった。市中で男子高校生が理由もはっきりしないまま行方不明になったために、危険性がないと判断されるまでは近隣の学校に放課後の活動を自粛するよう通達があったためである。


普段なら顔さえ合わせていたらおしゃべりをしているわたしたちも何を話せばいいのかがわからず黙りがちだった。バスの中で夏帆ちゃんが口を開いた。


「なんか面白がってるやついない?」

「そんな人いないでしょ。というか怖がってるよね」


高校生を狙った連続性のある犯罪で、自分が次の標的になるのではないかと少なからず怯える人もいたわけです。


「怖がりつつ、面白がってるやつもいるような気がする」


車内の吊り革にぶら下りながら、みんなの会話を聞いていた春菜ちゃんがため息をついた。わたしはその顔を座席に座って下から見上げてた。春菜ちゃんが口を開く。


「いなくなったのが身近な人じゃなきゃ、テレビの中で起きたことみたいにどこか遠いことのように思えるんだろうね」


そこでみんなが暗い顔になりました。トシ君とみんなは子供の頃から一緒に大きくなっているから……。ボソボソと夏帆ちゃんがいう。


「こんなことがうちらの身に起きるなんて思ってなかった」

「うん」

「トシ、大丈夫かな……」

「……」

「ひどい目にあわされたりしてないかな」


みんなの会話と顔色を見ながら、自分の膝にのせた手提げをキュッと握る。このカエルはやっぱり大事に保護して、人間に戻してちゃんとみんなの元に帰してあげないと。そんなことを思いながら見上げてると春菜ちゃんがこっちを見た。


「芽衣」

「ん?」

「大丈夫?」


心配されている。なんと答えたらいいかわからず、曖昧に笑った。


「ちゃんと寝られてる?」


そう言ってる春菜ちゃんが寝不足なんじゃないかと思う顔色だった。わたしはというと、昨日の夜はぐっすり寝ている。でも、そのことをそのまま伝えるのも非常にすまない気がして、やっぱり曖昧に笑いつつ、


「大丈夫」


そう答えておいた。


まず、春菜ちゃんが、それから順に他の子も降りてった。そして、わたしも降りた。そばに誰もいないのを確かめてから、トシ君に話しかける。


「みんなのことを騙してる気がしてすごい罪悪感」

「俺も」

「いや、元はと言えばトシ君のせいだし」

「いや、俺が好きでこうなったんじゃないし」

「それはそうですね。すみません。前言撤回」


そして、顔をあげるとコンビニが目に入る。


「アイスでも買って帰りましょうか」

「芽衣ちゃん……」

「いや、テスト期間でもないのに放課後真っ直ぐ家に帰っても手持ち無沙汰だし。それに甘いものを食べたら元気が出るし」

「芽衣ちゃんってけっこう食いしん坊だよね」

「それ、いうの2回目ですね」


アイスが溶けないように急ぎ足で帰った。


「ただいまぁ」


家に帰るとおかえりと母が顔を見せる。いつもだったらそのまま部屋に篭ったりしないのだけど、今日は真っ直ぐ2階に上がりました。部屋に入ると床に座ってトシ君のペットを取り出して蓋を開けた。


「やれやれ」


狭いところに閉じ込められるのがよっぽどいやらしい。のそのそと出てきた。わたしはアイスを取り出して開けました。なんとなくシンプルにバニラアイスにしておいた。ひと匙掬うと先にカエルに差し出した。


「ほら」

「ん」


そろそろと木ベラについたアイスをちろりと舐めて、カエルは微妙な顔になった。


「まずいの?」

「奇妙奇天烈な味がする」

「いや、アイスだよ?」

「でも、カエルは味覚が敏感だから」

「え、そうなの?」

「まずい」

「あら」


しょうがないので、結局一人でアイスを食べているところに母が階段を上がってくる音がした。


「トシ君、やばい。隠れて」

「隠れるってどこに?」

「ベッドの下かな?」


かちゃりと音がして母が顔を出した。


「芽衣、何やってんのって、あ、アイス?」

「なんか食べたくなっちゃって」

「そう」


部屋の入り口から入ってこようとはせずにじっと娘の顔を見てくる。


「なんかおやつ持ってこようか?」

「いや、いい。アイス食べたし」

「そう」


そのまま何か言いたそうにしながら、しかし、何も言わずにすごすごと引き下がってゆく。


「トシ君、もういいよ」

「芽衣ちゃん……」


すると、トシ君、非常にブルーな様子でベッド下から出てきました。


「なんか埃っぽかった」

「ああ、はいはい。ちょっと待ってて」


それで、昨日、お風呂に入らせようと持ってきてたお椀を窓際から下ろす。


「昨日のお水でいいですか?」


するとトシ君顔を寄せてクンクンと水の匂いを嗅いでいた。ちょっとびっくりした。


「匂いわかるの?」

「けっこうわかるんだよ」

「へぇ」


恐る恐るちゃぷんと入り込んで、一旦頭まで潜ってチャプチャプと体を洗い、そのあと目玉のオヤジがお椀でお風呂入っているようなスタイルになって悦に入っている。


「写真、撮っていい?」

「やめて」

「いいじゃん、撮るよ。記念に」

「記念にしないで」


しかし、撮った。大事にしよう。この写真。


「ところで、お風呂に入りながら聞いてほしいことがあるんだけど」

「うん」

「思うに、これは呪いなんじゃないかなと」

「呪い?」

「有名なお話があるの、知らない?カエルの王様」

「カエルの王様……」

「王様が悪い魔女の魔法でカエルに変えられていて、それで、お姫様のキスで人間に戻る話」

「あ、なんか、あるね。そういう話」

「トシ君もそれで人間に戻るかも」

「へ……」


お椀のお風呂で、人間臭く背中を淵に寄っ掛からせてお風呂に入っていたトシ君は、少しずるっと滑った。


「それって……」

「うん」

「お姫様ってのは芽衣ちゃんだよね?」

「まぁ、そうなるね」

「……」

「そんなんで元に戻るかどうかわからないけど、実験してみない?」

「え……」


うん、わかったとすぐにいうと思ってたが、トシ君、しばらく凍ってた。


「やなの?」

「いや、やってわけじゃ……」

「じゃあ、なに?」

「心の準備というか」

「こんなことに、いる?」

「……こんなこと」

「キスって言ってもそんな、映画で見るようなすごいのじゃなくって、さ。それに大体今、トシ君カエルじゃない」

「……」


腑に落ちないというか割り切れないというか……、微妙な顔で固まっている。


「なんでそんな顔をしているのか聞いてもいい?」

「初めて……」

「初めて?」

「ずっと好きだった芽衣ちゃんと初めてキスするのに、こんな状況だなんて我が身が呪わしい」


そして、水かきのついた両手で顔を覆うとさめざめと泣き始めた。


「だから、そういうのじゃないんだって」

「じゃどういうのなの?」

「人間と人間ならそういうのなのかもしれないけど、カエルと人間ならちょっと違うでしょ」

「ううっ」


落ち込んでいるのでしばらくほっておいた。


「落ち着いた?もういい?」

「芽衣ちゃん、なんでそんなに事務的というかサバサバしてるの?」

「いや、これで戻るならそれに越したことないでしょ?」

「どきどきとか全然してないよね?」

「してるよ。これでも戻らなかったらどうしようとか」

「そういうどきどきじゃなくて……。ううっ」


またしばらく放置。それから説得。彼の置かれた状況を考えて、少し優しく話しかけることにしました。


「ね、トシ君。まずは人間に戻らないと」

「うん」

「これは、心肺停止してしまった際の医療行為のようなものだと思って、ね?」

「……」


とりあえず時間をかけて心を落ち着かせた後に、相変わらずお風呂に入ってたカエルをお椀から出してティッシュで軽く手足の水だけ吸い取った後にベッドの淵に近いところにちょこんと置いて、自分は床に直接ペタンと座る。


「いい?いくよ?」

「うん」


カエルが目を瞑った。目を瞑るんだと思い、その後、つくづくとカエルのトシ君を眺める。


「芽衣ちゃん?」


トシ君、パチリと目を開けた。そして、スマホを構えているわたしを見た。


「何やってるの?」

「あ、いや、せっかくだから写真を撮っとこうかと」

「なんで?」

「いや……」


なんか可愛いんだよね。アマガエル。……名残惜しい。

トシ君はそんなわたしをしばし眺めてから言った。


「もしかして、カエルの方がいいなとか思ってないよね?」

「まさか」


カエル、ちょっと憮然とした。


「失礼、失礼。さ、気を取り直してもう一回」

「……」


もう一回律儀に目をつむるトシ君。

さよなら、カエルのトシ君と心の中で思いつつ、ちっこいちっこいカエルに顔を寄せて、キスというよりはチョンとぶつかった。


しかし……、


「どうして?」

「やっぱりか」

「え、やっぱり?」


キスしてみたものの、やはりアマガエルはアマガエルのままだった。トシ君、魂が抜けたように呆然とした。呆然としているトシ君には隙がありました。そこで、すかさずカエルをばっと掴み、掴んでない方の手を顔の前に立てて拝んだ。


「南無阿弥陀仏」

「芽衣ちゃん?」


トシ君の声がひっくり返っている。それには構わず、今度は本当にどきどきしながら、そのカエルを壁に向かって投げつけた。これに2回目はないなと思ってて、神様仏様、お願いしますと思いながら投げつけた。


「何すんだよ、殺す気?」


すぐ傍で、今度はちゃんと空気を震わせた聞き慣れた声が聞こえた。つい、何も考えずにパッと見てしまった。


「すみません」


そして、さっと下を向いてベッドからタオルケットを手探りで手繰り寄せる。


「不本意ですが見てしまいました」

「……」


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