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中村芽衣、参上!













   中村芽衣、参上!













   とある高校のとある部室に

   中年男性と女子高生がいる













「ああ、観客が邪魔だなぁ」

「ですね」

「ちょっとこれだとわからないなぁ」


二人はIPADの画面を眺めながら唸っている。


「もっとちゃんとした映像が欲しいですね。やっぱり」

「公式戦までにな」

「にしても、練習試合に出してこないなんて」

「だから秘密兵器なんだって」


二人とも似たような顔をして腕を組む。二人が見ているのはとある試合の映像で、その中では一人の女子選手がサーブを決めている。彼女がサーブを打った後に、会場に湧き上がる歓声。映像は観客席の上の方から覗くように撮られている。


「もう、公式戦まで日がありませんよ。監督」

「だよな」

「でも、この佐々木選手、最近になって入部したばかりで、中学の時は他県だし、データが少ないんですよ」


芽衣ちゃんの調べだと彼女は、中学の時には他県で有名なバレー選手だったのですが、高校に入学した後になぜか素直にバレー部には入らずに別の部に所属していたらしい。後々その情報を掴んだバレー部顧問と部員が時間をかけて口説き落として手に入れたD高校の新たな秘密兵器。


「落ちるっていうんだよな」

「落ちる?」

「急に落ちて、視界から消えるっていうんだよ」

「消える魔球すか?」

「そんなところだな!」


二人でため息をついた後、やれやれと首を振る。若干、双子のように息が揃ってるんだが……


「やっぱ、監督、ここはちょろっと行ってみますよ。潜入調査。ちょっとそこまで」

「お前、それ、違法行為じゃ」

「個人宅侵入じゃなし、ばれませんって」


ヘッヘッヘと笑う中村芽衣。ゲゲゲの鬼太郎の鼠小僧*1みたいな笑い方だったぜ。


「それにしても、この映像もよく手に入れたな。これ、他県の公式試合だろ?どうやって?」

「監督、それは、知らない方がいいかも」

「え……」

「大丈夫ですって。わたしはどこからどう見ても、普通の女子高校生。まさかそんな女子高校生があれやこれや」

「あれや、これや?」

「だから大丈夫ですって」


ヘッヘッヘと笑う中村芽衣。ゲゲゲの鬼太郎の鼠小僧みたいだったぜ。先生、その子、信じちゃっていいの?


そして、打ち合わせを早々に済ませ、今日は皆の練習に付き合うのをやめて部室を出る中村芽衣。校舎を出るとグラウンド近くにある普段はあまり人が使わないトイレに入り、着替えた。出てくる。ジャージ姿である。しかし、よく見るとそのジャージはこのY高校指定のジャージではない。その後、トイレの鏡の前で長い髪を一つにまとめて結ぶ。それからその髪をヘアピンで小さくまとめた後に、なんと通学用に使っているリュックからカツラが出てきた、黒髪のボブ、ストレート。それをすちゃっと被ると、更にリュックから眼鏡が出てくる。


なんでも出てくる魔法のリュックだな!


ちなみにそのメガネは趣味の悪い赤い縁のメガネ。結構太い縁である。それをかけると、あら不思議。


芽衣ちゃんってね、猫っ毛っていうのかな?自毛が細くてちょっと茶色がかっててふわふわしたロングなんです。黒髪ストレートではない。更にここまで派手なメガネをかけてると、人間みんな派手なところに目がいきますから、目撃証言を取ったとする。10人中、10人が


「派手な趣味の悪いメガネかけてました」


メガネのことしか覚えていないでしょう。これが狙いなわけ。


伊達に刑事ドラマを見ておりません。こんな自分のどうでもいい趣味が、春菜ちゃんのために役立てられるなら。鏡に向かってにやりと笑う中村芽衣。自分はトスはあげられないし、「Yこうー、ファイ、オウ、ファイ、オウ」などと掛け声あげながら走り込みする乙女たちの横を、自転車で並走するしか能がない。ボールを受けようとして顔面を強打し、鼻血を出して倒れるような人間ですが、


そんな、運動能力のない人間ですがっ!

そんな人間にも、大切な人のためにできることはあるんです!


大切な春菜ちゃんのために、自分の使える能力は最大限利用する。


こんなことをするようになるまで、気づいておりませんでしたが、実は中村芽衣には 草(=スパイ)としての素質がある。


草の素質とは、なにか……

それは、目立たないことなのです。人の印象に残らないこと。


自慢ではないが、自分の顔は十人並で平凡!しかも、たとえば敬愛する春菜ちゃんのような脈々とした生命力やリーダーとしてのオーラとでもいうのでしょうか?そんなキラキラしたオーラがない!見事な脇役!


つまり、地味。取るに足らない人物。これは、買おうと思って買えるものではない。この地味な本物の自分のベースを最大限に利用しつつ、草として活躍する際には、ド派手な何かを纏って仕舞えばいいのです。そのド派手な何かを外して仕舞えば、


もう、誰も、わたしがその派手な人物と同一人物だと認定できる人はいない。


ふっふっふっふっふ、一人、グラウンド脇のトイレの鏡の前で忍び笑いする女子高校生。


中村芽衣、目的のために手段を選ばない女。一つ間違えると犯罪者?また、純粋な愛に走る女。


さ、こうしてはいられません。公式試合までもう時間がないのです。

潜入先のD高校へ向かう中村芽衣。


***


この潜入に至るまでのプロセスの、ちょっと回想。

佐々木事件が起こる前に、いつか必要になるかもしれないと思ってD高校の校内の様子についても調査はしていた芽衣ちゃん。利用されたのは彼氏のトシ君。


「校内案内図というのがあるでしょ?」

「ん?」

「あれをスマホで撮ってわたしに転送して」

「なんで?」


きょとんとした顔で聞き返すトシ君。そこにビシッと言い返す。


「理由は聞かない」

「はい」


かなりのパーセンテージで言いなりになっている彼氏。それから自分のスマホを取り出し、写真を撮る仕草をして見せながら説明を追加する彼女。


「で、こう、光が反射してたりするのはダメよ」

「はぁ」

「ちゃんと歪まないように、まっすぐ綺麗に」

「よくわかんないんだけど」


ちょっとめんどくさいなと思ってるトシ君。しかし、使えない部下を使い回す上司のように結論を叩き込む芽衣ちゃん。


「ま、とにかく送ってNGだったら、リテイク依頼するから」

「はい」


中村芽衣、意外とやり手である。そして、写真が手に入った後に、写真を見ながら細かな状況を追加で確認する。特に体育館周り。


「バレー部の部室はここの辺りなのね」

「たしか」

「たしかじゃ困るんだよ」


コメダ珈琲*2の片隅で凄みを聞かせる、中村芽衣高校二年生女子。飲み物だけにしておこうと思うのに、今日もついシロノワールミニ*3を頼んでしまいました。芽衣ちゃんはね、一人娘であるのとお父さんがそこそこの規模の会社員ですので、お小遣いが多いんです。


「はい、後で確認します」


素直に従う松尾俊之、高校二年生男子。


「で、ここで着替えて、こういう経路で体育館に入るの?」

「まぁ、そうだね」


そこまで甘いものを食べるわけではないけど、嫌いではないトシ君、質問に答えながら彼女のシロノワールの上の生クリームをちょっとだけ盗んだ。一人っ子はしかし、食べ物を盗んでも怒らないぞ。


「体育館で練習するのは、月から金まで?」

「ああ、いや、他の部と交代で使ってるはず」

「女子バレー部は何曜日?」

「そんなん知らないよ。俺、テニス部だよ」

「調べて」

「へ……」


中村芽衣のスパイ活動に完全に巻き込まれているトシ君。立っているものは彼氏でも使え。


「調べるってどうやって?」

「別に普通に聞けばいいじゃない」

「なんで俺が女子バレー部のこと根掘り葉掘り聞くんだよ」

「そこら辺は適当に、つうか理由なんか説明しなくても、その色気を使えば!」

「いろ……」

「誰だって簡単にペラペラ話すでしょ?」


チーン


いきなり色気なんて言葉を使われて、顔が青ざめる。

トシ君にとっての芽衣ちゃんには、色気なんて下卑た言葉は似合わないのに、似合わない言葉を目の前で使われた……。それも若干ショック。しかも、その色気に芽衣ちゃんは全く靡かないのに、こんなとこで、色気なんて言われた……。


「俺、そういうキャラじゃ……」

「持っているものはきちんと利用しなきゃ、ほら、もう一口食べていいから」

「……」


シロノワールミニを上の生クリームだけでなく下のデニッシュまで切り取ると彼氏の口元にフォークでかざし、人間の生きる道について力説する中村芽衣、高校二年生。別にさっき食べた一口で満足だったんだけどと思いつつ、つい食べてしまう松尾俊之、高校二年生。


***


そんなこんなで、トシ君が聞き込みのために自分の色気を使ったのかどうかは謎だが(そんなことは芽衣ちゃんにはどうでも良かった)、D高女子バレー部が、何曜日に学校の体育館で練習し、何曜日に走り込み等の体育館外での活動をするかまで調べ上げた中村芽衣。ちなみに体育館の構造はこの前練習試合でお邪魔した時に調査済み。


自分の通うY高から、D高へと移動する。


何食わぬ顔で自分の通う場所ではない高校に正門から堂々と入る芽衣ちゃん。ほんというとちょっとだけドキドキしたけど、でもね、わたしはどっからどう見ても本物の女子高生に見えるはず!と思いながら堂々と肩で風を切って歩いてました。つうか、その前にあなた本物の女子高生でしょ?ってことなんですけどね。とほほ。


まっすぐに体育館に近づく。校内の地図はすでにあらかた頭に入っている。裏口から入りました。体育館のステージ裏から館内を覗く。するとコートの中でネットを張って練習しているみなさんの姿が目に入る。そのメンバーを一人ずつチェック。いた!秘密兵器佐々木!


しめしめと思いつつ舞台裏から体育館の2階へと続く細い階段の手すりに取り付く。2階とは言っても、体育館の壁越しに細い通路がぐるりと一周つながっているだけ。明かり取りの窓の光を、必要に応じて遮光カーテンで塞ぐ。そのための通路であって普段は誰も来ない場所である。


足音を忍ばせながらその通路を進み、バレー部が練習している様子がうまく撮れそうな位置を探す。バスケットゴールの後ろのあたり、皆、練習に集中していて上は見上げない。楽勝、楽勝。スマホを構えてカメラを起動させビデオモードにする。下ではちょうど順番にサーブの練習をしている。流しでどんどん人が変わる。次が佐々木だ。


佐々木がボールを構える。芽衣が隠れたところからカメラを構える。しばし、佐々木はボールをかまえてぴたりととまり集中している。なんというのかな、カメラを構えていた芽衣もざわりと鳥肌が立つ。


こいつ、やっぱ、ただものじゃねえ。


スパイ冥利に尽きるというか、やはり春菜ちゃんのために一肌脱いでよかったぜと思ったその時だった。ボールを構えて俯きがちにしていた佐々木がサーブを打つ姿勢を崩し、不意に顔をあげたのである。そして、まっすぐ芽衣の方を見た。


げ、見られた。


途端に佐々木が何かを言ってこちらを指差し、下で練習をしていたバレー部の人たちが佐々木を中心に集まりざわざわとする。芽衣、さっと身を壁際にさげ、彼女たちの視界から逃れた。


佐々木望、お、そ、る、べ、し。なんちゅー動物的第六感持ってますねん。シックスセンス?


脳みそも筋肉でできてる女子たちが下で騒ぎ始めてる。まっすぐに芽衣の方に向かって突進しようとコートを斜めに横切り、舞台裏の階段へ取りつこうとする。その数、4、5人。足音がドタドタと聞こえる。


姿を見せて、適当なことをいってごまかすか、或いは逃げ去るか、一瞬で判断を迫られる。

この高校の生徒でないとバレたら厄介である。逃げ去るしかない。しかし、あの、筋肉メスゴリラたちをどうやってまく?知力体力の体力では勝てる訳はない、では!


ちょっと惜しいと思ったが、自分のカバンについていたマイメロ*4のキーホルダーをはずし(お気に入りでした)、階段の反対方向、芽衣が今いる位置より奥の方へぽんと投げる。マイメロのピンクが無機質な床の上で目立つ。


すまん。


ちょっと合掌する。からの、壁際に天井から下げられている真っ黒で分厚いカーテンの後ろへ姿を隠した。ちょっと埃っぽかった。しばらくするとドタドタと足音がする。


「誰かいる?」

「え、いないよ」

「でも、さっきはいたよね?」

「わたしも見たよ」

「あ、あれ」


誰かがマイメロを見つけたのだろう。さすが脳みそも筋肉でできていて、考えるより先に体が動く人たちです。ドタドタと奥の方へ走ってゆく。そこでそっとカーテンを抜け出ると彼女たちが走ってゆくのとは逆の方向へと進む。しかしだな、階段に踏み出す後少しのところで、誰かが振り返ったらしい。


「あれだっ」


尖った声が後ろから上がる。

中村芽衣、絶対絶命。足の遅さはピカイチだ。筋肉女子に見つかる。どうしよう!


しかし、ここは必死に階段を降りると、そのまま舞台裏から外へ出て前へ闇雲にまっしぐらに進む。たしかこっちの方にあったのはグラウンドと、あとは……部室が固まってあったような。すると、確かにプレハブの小屋が並んでいる。そこでくるりと曲がり、物陰に隠れる。メガネを外して背負ってたリュックに放り込むと次にカツラを外し放り込み、手慣れた仕草で髪に刺していたピンを外してゆく。他校のジャージを着てはいるものの、いつもの芽衣ちゃんに早替わりした。


さて、どっちの方向に行こうかな。


リュックを背負い直して歩き出そうとした時である。


「ねぇ、ちょっと」

「きゃっ」


いきなり手首を捕まえられた。それは追ってきた女たちではなく、男子の声。そばに誰かいたなんて、やばいっ。戦々恐々として後ろを振り向く、中村芽衣、絶体絶命!


「あ、やっぱ」

「へ」

「何してんの?こんなとこで」


ところがそこに、ポロシャツに半ズボンでラケット抱えたトシ君がいる。


「なんだ、トシ君か」


バックミュージックは、サイコ*5からまんが日本昔ばなし*6へチェンジだ。だーだらったら、ってやつだ。


「なんだじゃないよ。ね、何それ、さっきカバンに入れたの」

「なんだ、そこまで見てたの?」


すると、ドタドタと数名の女子が走ってくる。二人を見かけて足をとめた。


「あ、松尾君」


息を切らしながら、話しかけてくる女子たち。


「ね、こっちの方に女の子がかけてこなかった?」

「女の子、どんな?」

「どんなって……」


顔を見合わせながら息を切らしながら思い出す女の子たち。


「真っ赤なメガネかけてたよね?」

「うん」

「真っ黒でこのくらいの長さの髪で……」


身振り手振りを交えながら一生懸命説明する女の子たち。

それって……と思いながらチラリとすぐ傍に立つ芽衣ちゃんを眺めるトシ君。彼氏が余計な口をきく前に口を開く芽衣ちゃん。


「いませんでしたよ」

「へ?」

「わたしたち、さっきからここにずっといたけど、見ませんでしたよ。ね、トシ君」


にこやかに笑いかける中村芽衣。


「……うん」


中村芽衣のスパイ活動にすっかり巻き込まれている松尾俊之。


「あなた、見かけない子ね。誰?」


ふと追いかけていた謎の少女から松尾俊之と一緒にいた女子へと関心が移る。トシ君はね、モテるんですよ。皆にいつも注目されてんです。


「松尾君の友達?」

「ああ、か……」


そこで、皆様から見えない角度で彼氏の脇の辺りを、芽衣ちゃんつねりました。そして、彼氏の代わりに言葉をつぐ。


「友達というか、知人というか、もと同じ中学で」

「そうよね。うちの高校じゃないわよね。どうしてうちのジャージ着てるの?」


中村芽衣、脳みそ、瞬時にフル回転。


「ちょっと遊びにきてて制服濡らしちゃったんで、借りたんです」

「誰に?」

「……」


松尾君に借りましたと言ってもね、サイズがどう考えてもおかしいっしょ。


「ね、ちょっと、練習戻んないと」

「ああ……」


そして、ふとみんな我にかえる。そう。松尾君の女友達なんてどうでもよかった。監督に怒られる。ゾロゾロと帰ってった。


「ね、芽衣、何やってんの?」

「ちょっと顔貸して」

「は?」

「いいから、ね」

「いや、俺、部活中だし……」

「じゃ、こんなとこで何してんのよ」

「ちょっと部室に忘れ物して取りに来たら、変なことしてる女の子がいたからさ」

「……」

「よくよく見たらなんか芽衣じゃん。びっくりした」

「もう!声かけないでよ!」

「へ……」


突然キレる彼女。しかし、悲しいかな、芽衣ちゃんが大好きなトシ君、理不尽にキレられてもそのキレている人が中村芽衣だと……、


オロオロする。


「え、ごめん。まずかった?」

「まずかったわよ。あのまましれっとふらっと校内を抜けたら、誰の印象にも残らなかったのに。よりによって松尾俊之と一緒にいるところを見られてしまった」

「なんかまずいわけ?」

「トシ君は、目立つんだよっ」

「へ……」

「地味で目立たないというわたしの最大の長所が……」

「それ、長所なの?」


部活の途中にも関わらず、先輩やコーチに怒られるよりも芽衣ちゃんにキレられる方が大問題なトシ君、相変わらず油を売っている。横で、クーッとばかりに本日の不手際を一通り悔しがる中村芽衣。


しかし、中村芽衣の利点はまだある。割り切りが早いことである。


「まぁ、しょうがない。とりあえず、部活戻って」

「はい」

「それから、コメダ集合」

「え、今日?」

「時は急を要するので」

「はい」

「よろしい、じゃ、後で」


どう考えても上校が下級兵士に命令するような口調でそう言い切ると、くるりと踵を返すと正門から堂々と抜け出ると、一足先にコメダへと向かう。今日は頼みませんでした。シロノワールミニ。珈琲屋に来といてなんですが、珈琲の飲めない芽衣ちゃん。紅茶を頼む。それから、トシ君がくるまでの間、ぶつぶつと色々と考えていました。


「芽衣?」

「あ……」


思考深まるときに、彼氏現る。


「今日は頼んでないんだ。シロノワール」

「それどこじゃなくて」

「つうか、なんか腹へった」


どさっと芽衣ちゃんの向かいに座り込む。

すると、芽衣、パシッとメニューを渡す。


「なんか頼みなよ。呼び出したのはこっちだから奢るから」

「え、いや……」


男としてビミョーっす。高校生だけど、彼女に奢られるってのは。


「いいから、さ」

「……」


芽衣ちゃんは、一人っ子で割とお小遣いを潤沢に頂いている。そして、彼氏が頼まないのを見てとると勝手にナポリタンを頼みました。喫茶店の王道、ナポリタン。頼んだ後に、芽衣ちゃん、サクッと本題に入ることにした。


「あのね、今年になってから女子バレー部の2年に入った佐々木望って知ってる?」

「知らない」


トシ君、一人の女子を除いては、あまり女子に興味がない。


「その人の情報が欲しいの、というか具体的に言えば彼女のサーブを動画で撮りたいの」

「サーブ」

「消える魔球らしいんだよ」

「へぇー」


他人事だと思いながら、頬杖つきながらぼんやりと芽衣ちゃんの話を聞いているトシ君。しかし、芽衣ちゃん熱く語る。


「真正面からの動画と、真横から撮ったのと、欲しいんだよ」

「うん」

「今日、それを撮りに行ってたわけ」

「撮れたの?」

「撮る前に気づかれた」

「そっか」


腹も減ったし喉も乾いたなとコップの水を飲みながら、彼女の話を適当に聞いている。


「でも、今日、わたしとしたことが敵と口を聴いて素顔を晒してしまいましたから」

「敵……」

「もう、直接は動けないわけ、そこで」

「お待たせしましたぁ」


話が佳境に入ったところで、熱々のナポリタンが届いた。芽衣ちゃん徐にそのナポリタンを彼氏の前に置く。


「さ、食べな」

「芽衣は食べないの?」

「トシ君が食べていいよ。お腹減ってるんでしょ?」


芽衣ちゃんが優しく笑ってる。でもね、悲しいかな、この人と一緒にそれなりに時間を経てきました。芽衣ちゃんが、こんなにストレートで優しいなんて、きっと何か裏がある。

このスパゲッティは食べてはいけないのではなかろうか。

野生の本能が食べるなと告げている。


「冷めるよ。早く食べな」

「はい」


しかし、結局こうなる。中村芽衣、こと、松尾俊之に対しては最強である。トシ君、フォークでナポリタンをクルクルとする。


「で、トシ君に相談なんだけど……」

「……」


やっぱりこうなる。


「佐々木望のサーブの映像を……」

「いや、そんなん撮れないでしょ?」

「撮らないでいいんだよ」

「へ?」

「普通ね、監督やコーチって選手の癖や悪いところを本人に見せて直させるために」

「直させるために?」

「選手のサーブやレシーブを映像にして持ってるから」

「そっちの方がもっとハードル高いって」


キャンキャンとなく子犬を、ちょっと目を細くして眺める飼い主、芽衣。大丈夫、この犬は完全に手懐けている。完全に。


「校内とはいえ、窃盗だよ。窃盗」

「まあ、いいから、まず食べな。お腹減ってるんでしょう」


芽衣ちゃんがトシ君のすぐ前で両手で頬杖をつきながら、ニコニコと笑っています。ニコニコと。


「食べな」

「はい」


待てからのゴーである。大人しくナポリタンを頬張る。


「大体、そんな映像、どこにどんなのがあるのかなんて部の人しかわからないでしょ?」

「だから、あなたが部室に行ってガサゴソとする必要なんてないのよ。トシ君」

「へ……」


立っているものなら彼氏でも使う中村芽衣。ここで、フォークを持っていないもう片方の空いていたトシ君の手を両手で握る。ぎゅっと。


「せっかくイケメンに生まれてきたのだから、それをいかそう」

「……」


チーン……


「2年生だと部への忠誠心が深いと思うから、1年生女子の中からターゲットを見つけてさ。その子にやらせるのよ」

「いやいやいやいや」


限りなく犯罪に近い気がするのはわたしだけか?


「そんなん、どうやって理由を説明するんだよ」

「理由は聞かないでお願いって言って迫ればいいじゃん。トシ君の実力ならできるって」

「俺、そんなキャラじゃないから」

「なにをっ!いっつもそんなことばっか言って。キャラってのはねぇ、崩すためにあるんだよ。初期設定を破壊して、将棋で歩兵が成り上がってと金になるようにっ!君も変化を……」

「いやっ!ダメっ!無理っ!」


ナポリタンを食っといてなんですが、ナポリタン如きでそんなことやってられっか。


「もぉっ」


芽衣ちゃん、怒った。ほおをふくらまして怒った。


「じゃあ、わたしが何をしたらやってくれる?」

「へ?」

「わたしがトシ君に何をしてあげたらやってくれる?」


芽衣ちゃんとしては、取引というのは交換条件が必要。いわゆる対価というものです。それだけに申し出てみた。深い意味はない。

しかし、トシ君は……


悲しいかな、男子高校生、言われた瞬間にパッと思い浮かんだことがある。

思い、浮かんだことがある。しかし、恐れ多くも芽衣様に、そんな邪なことを頼むことはできない。


「……」


そして、その刹那にむっちゃ色んなこと考えちゃった。

二人の初めてを、こういう取引みたいなのでしてしまったら、今後、俺らどうなるの?ってことで。何かそういう行為のたびに対価を求められるのではなかろうか。それって、普通の彼氏彼女って言える?いえないですよね。


そんなんやだ。絶対やだ。


「いくら芽衣からの頼みでも、それだけは絶対断る」

「ええー!」

「俺、そういうキャラじゃないから!」


トシ君はですね、基本女子に非常に冷たいモテ男なのです。ただ、芽衣ちゃんにだけかしづく人なんです。これ、黄金設定。しかしかしづくと言っても、女王様のご命令に従って若干男娼のようなことをしてみてごらんなさい。こりゃ流石に株価暴落。


作者により、却下。


「もう、試合まで時間ないのにっ」

「……」


ちょっと怒って血行が上がり、顔を赤らめている芽衣ちゃん。怒った顔も可愛いなと思いながら眺めているトシ君。


「もう、これ、あげないっ」

「……」


結局、食べかけのナポリタンは取り上げられ、芽衣に食べられてしまった。


***


そして、その週の週末、モスバーガーで女の子と会ってる芽衣ちゃんがいました。


「こんなんで大丈夫だったの?」

「……」


真剣に目を見開いて画面を食い入るようにみている芽衣ちゃん。


「ああ、うん。大丈夫。取れてる、取れてる」

「で、これが、正面から」

「あ、そっちも撮ってくれたの?」


映像を確認した後に、女子に抱きつく芽衣。


「佳奈ちゃん、ありがとう。この恩は一生忘れない」

「いやいや、大袈裟な」

「さ、遠慮はいらない。好きなだけ食べて。今日はお礼に奢るから」

「芽衣、その予算はどっから出てるの?」


自腹でございます。変装用アイテムも自腹でございます。部費で落とすにも摘要はなんて書くんじゃいって問題があるからな。


「それにしても……」


もう一度映像を見直す芽衣ちゃん。


「確かに落ちる」

「もう、バレー部でもないわたしたちには掠りもできないよ。ハッと気づくとドスンと落ちてる感じ」

「うー!前代未聞の危機だよー!」


結局芽衣ちゃん、部活中の佐々木ではなく、体育の授業中の佐々木の映像をもと同中だった佳奈ちゃんに頼み込んで撮ってもらったんです。神様がこちらに味方をしたのか、ちょうど体育の授業でバレーをする機会があった……。


モスバーガーの窓際の席で、それぞれ好きなものを頼んでつまみながらおしゃべりする。


「春菜とみんな、元気?」

「うん、元気」

「相変わらず芽衣は春菜のために駆け回っているのか」

「うん、まあね、へへへ」


幸せそうに惚気る。普通はこういう顔は彼氏の話をしながらするものではなかろうか。


「ま、でも、春菜がいたらさ、なんか安心じゃない?」

「安心?」

「確かに望ちゃんのサーブはすごいし、バシって決められると、ストレートで決められ続けるけどさ。なんか勢いにのまれる、精神面で負けちゃう部分もあるような気がするんだよ」

「うん」

「だけど、春菜ってそういうやばい雰囲気になった時に、みんなを立て直せる人じゃん」

「ああ……」


芽衣ちゃんの頭の中に今、バレーのユニフォーム着た春菜ちゃんの凛々しい様子が蘇っています。


「追い込まれても常に冷静な判断力で的確な指示を飛ばし、チームを立て直す」

「そうそうそんな感じ」


Y高校の飯塚春菜に対する選手としての評価です。結構有名なんですよ。春菜ちゃん。


「かっこいいよねぇ」


顔を両手で隠しながら、足をバタバタさせながらいう芽衣ちゃんのことをじっと眺める佳奈ちゃん。


「もし、春菜が男だったら、芽衣、絶対好きだったよね?」

「……」


その言葉に足をバタバタさせてたのをピタと止めた芽衣。パッと隠してた手を外して佳奈ちゃんに向き合う。


「そういう風に言うのはやめて、なんか汚いから」

「え……」

「わたしの春菜ちゃんに対する好きはそういう好きじゃないから」

「ああ……」


やっと少し、芽衣ちゃんの春菜ちゃんに対する好きのアウトラインが見えてきたかもしれません。


「それはそうと、芽衣、トシとはうまくいってるの?」

「ん?」


なぜ、この話題になった途端に一気にテンション下がる?中村芽衣。


「ああ、まぁ、よくわかんないけど」

「そんなこと言ってると、他の女の子に取られちゃうよ。トシ、すごい人気あるんだよ、わかってる?」

「……」


なぜか、説教部屋に入れられた。ズズズ、モスシェイクのバニラを啜りながらしかめ面になる芽衣ちゃん。若い子は代謝もいいし、動き回ってるからそんな自殺的飲料を飲めていいね。


「別にそうなったらそうなったで」

「もう、また、そんなこと言う」

「別に意地悪なんかしてないもん」

「それならいいんだけどさ、なんかトシが一生懸命なのみてるとこっちまで切なくなるんだよ。ね、お願いだから、優しくしてあげて」

「優しく……」

「そう、優しく。彼女らしいことしてあげて、たまには」

「彼女、らしいこと?」

「そう、彼女らしいこと」


軽く目を瞑る。彼女らしいこと、彼女らしいこと、彼女らしいこと……


「それって、具体的に何をすることなのかな?」

「あ……」


ズズズ、芽衣が中年から見たら自殺的飲料、バニラシェイクを啜る。

個人的には、そのまま、気の利かないまま、変わらないでいてほしい。芽衣ちゃん♡

そのほうが、ウケるからだけど……。


***


それからしばらく経った後の後日談


「な、トシ、知ってるか?」

「何を?」

「柳川市女子バレー部伝説」

「なんじゃそりゃ」


昼休みにダラダラしていたら、圭介君が話しかけてくる。窓際の席。空いた窓から風が入ってきて、眠気を誘う。午後の授業は教科書のかげで昼寝したいなと思うトシ君。


「この前練習中にとある選手がふと上を見上げると」

「うん」

「あの体育館の2階の踊り場というか細い通り道のところで黒い髪でボブというのか?それで、赤い眼鏡をかけた女の子がバレー部の練習を見ていたのだと。ぼうっとさ」

「……」


それは明らかに芽衣のことではないかと思い、トシ君、目が覚める。


「それで?」

「そこで、女子バレーのみんなが階段を上りそこへ行ってみると、マイメロのキーホルダーだけが落ちていて」

「マイメロの?」

「そう、マイメロの」


芽衣の好きなやつだなと思う。


「そこを前に進むと、なぜか前にいたはずの女の子が瞬間移動で後ろにいて」

「……うん」

「階段を降りてく後ろ姿がチラリと見えたらしい」

「なるほど」

「それで、今度は方向転換して確かに逃げた方向へ階段を降りて追って行ったはずなのに、忽然と消えてしまったというんだよ」

「はぁ、それで、伝説なの?たったそれだけで」


机にだらしなく上半身を預け、顔だけあげて圭介君をみるトシ君。


「話はここで終わらないんだ」

「え……」


圭介君、ここからさらに語りに熱が入る。


「ここまでなら、なんか変な出来事だったねで終わるんだけど」

「うん」

「うちの女子バレー部の一人がたまたまなんかの時に、元同中の今は別の高校でバレーやってるやつにその話をしたんだと」

「それで?」

「その高校にも出てたんだよ!赤眼鏡の女子!」


チーン


「目撃されてて、やっぱり忽然と消えたんだと!」

「ああ、それはそれは……」

「それで、今、もっぱらここらの女子バレー選手たちの間で噂になってるんだよ。赤眼鏡の女子!」

「うん」

「幽霊じゃねってさ」

「え……」


トシ君、かなり引きました。ドン引き。


「バレー部の万年補欠か何かの選手が、こう、病気になってか事故か代表選手になれずに死んでしまってさ」

「……」

「それで、化けて出てんじゃないかって」

「……そう」

「それで、うちの女子バレーの奴ら、その拾ったマイメロのキーホルダーを」

「キーホルダーを?」

「神社に持ってってお祓いしてもらった挙句引き取ってもらったんだって」


チーン


「神社に?」

「そう、神社に」


トシ君、軽く眩暈がした。


「それは大変だったね」

「怖いよな!」


芽衣に……、もう二度と同じ装束でどこにも行くなと言わないと。ただ、芽衣の場合……


「マイメロ持ってたって、いつの時代の学生だったんだろうな」

「そうだな」


この話をしたら、しめしめと例えば公式試合中に他校生を驚かせるために例の装束でチラリと現れてみたりするかもしれない。それがフェアプレーと言えるだろうか?


「どうした?トシ。なんか顔色が悪いぞ」

「いや、なんでもない」


そして、更に挙げ句の果てに捕まってしまうかもしれない。どうするべきか……。

トシ君の悩みは尽きない。


2023.06.06


作者による適当な注釈


*1 ゲゲゲの鬼太郎の鼠小僧

 ゲゲゲの鬼太郎は水木しげるの日本の漫画作品。初出1960年。

 鼠男は 人間と妖怪の間に生まれた半妖怪。鬼太郎の友人であるが、保身や金のためなら平気で裏切ることもある。(Wikipedia参照)


*2 コメダ珈琲

 名古屋発祥のフルサービス型喫茶店、らしい。 同社ホームページより。


*3 シロノワール

 シロノワールは喫茶店チェーン 珈琲所 コメダ珈琲店で提供されているスイーツ商品。同社の看板商品の一つである。 開店した1977年より販売。デニッシュパンにソフトクリームが載せられており、シロップが付随している。(Wikipedia参照)


*4 マイメロ

 素直で明るい、弟思いの女の子。宝物はおばあちゃんが作ってくれた可愛い頭巾。サンリオHPより

 サンリオの長寿キャラクターでございます。


*5 サイコ

 1960年 ヒッチコックによるホラー映画である。効果音は……、文字化しづらいな。失礼。


*6 まんが日本昔ばなし

 1975年から1994年まで放映された、日本各地の伝承をもとに作られたアニメ。この独特の世界観に幼少時むっちゃハマっており、今でも時々、


「ああ、あの、まんが日本昔ばなしでお爺さんが食べていた握り飯はうまそうだったなぁ」(よだれ)


と思っております。自分的にはまんが日本昔ばなしと水戸黄門にはかなり影響を受けている。汪海妹






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― 新着の感想 ―
[一言] 汪海妹様 いつも楽しく拝読しております<(_ _)>(*^-^*) 芽衣ちゃんって けっこう イイキャラしてますね! ここへきて ものすごく濃ゆい個性をお持ちだということがわかって 俄然…
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