First Kiss⑥
First Kiss⑥
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一時的に視点をカエルのトシ君に移します。
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午前中の授業が終わり、昼休みになると弁当箱を持って春菜と瑞樹が芽衣の方にやってくる。そんな二人に芽衣が話しかける。両手を合わせて上目遣いにいう。
「ごめん。今日、お昼ちょっと別で食べます」
「ああ……」
「カエルの世話があるんで」
「うん」
「それとすみません。ちょっとトイレ行ってくる間、これ見ててもらえませんか」
そう言って、窓辺に立てられた俺の方を指差した。
「そんなに心配ならトイレに一緒に連れてけば」(トシ)
そんな俺の言葉を無視して芽衣はパタパタと教室を出て行った。春菜と瑞樹は芽衣がいなくても芽衣の机で弁当を食べる気らしい。後ろの席の方が気分がいいのだろう。前の席の椅子を後ろ向きにガタガタと動かして座ると、二人で意味ありげに見つめ合う。
「ね、春菜」
「ん?」
「芽衣、大丈夫かな?」
「ああ……」
「春菜も気づいたよね?」
「……」
「このカエルのこと、芽衣、トシって呼んでた」
瑞樹が俺を指差しながらそんなことを言った。そこで、春菜がため息をつく。
「どうしよう?春菜。芽衣、話している感じとかはいつもと同じだけど、ちょっと普通じゃないんじゃない?突然、カエルを飼い始めて、学校に持ってくるのだって普通じゃないじゃない。なんか話しかけてるし」
たしかに……
二人の話を聞きながら、自分としても頷いてしまいました。
「誰か、大人に相談した方がいいのかな?芽衣のお母さんとか」
「もうちょっと様子をみよう」
「でも……」
「トシがちゃんと戻ってきたら、多分大丈夫だしさ」
そこで、二人の間に重い沈黙が訪れた。なんだかすみません。
「トシ、戻ってくるのかな?」
「そのつもりです」(トシ)
「ね、警察の捜査ってどうなってるか、知ってる?」
「ああ……」
「知ってるんだ」
「松ちゃんにお父さんが聞いたんだけど」
「うん」
「警察が監視カメラを調べた限り、あの空き地からつながる道路から出てきた車両に外部の車両はなかったんだよ」
「どういうこと?」
「トシを車で連れ去った外部の人間なんていなかったってこと。全部ここらに住んでる人の車だったんだよ」
「え?」
「だから、その時にあの区域を出入りした車両の持ち主を中心に調べてて、もし、車両の持ち主がシロだったなら次は車を使わずになんらかの手段で区域内のどこかの住宅に連れ込まれたんじゃないかって」
「ええ?」
「物理的にはそれしかないだろうって」
「じゃ、一軒ずつ疑われて調べられるってこと?」
「そうだね」
スッゲー、迷惑、かけてるじゃん。俺。今の今までそんな大騒動になっているとは知らなかった。
チーン……
「ね、でもさ、なんで突然トシがそんな目に遭うの?」
「わかんないよ、そんなの」
「誘拐されたってことかな?」
「でも、今まで金銭的要求とかは受けてないわけだし」
弁当を開きながらそれには手をつけずに、二人が暗い顔をしている。なんか、みんなに心配かけてるって実感しました。かけたくてかけてるわけじゃないんだけどね。
「何か見ていけないものを見てしまったとかじゃないのかな?」
「見ていけないもの?」
「うん。犯罪に巻き込まれたんじゃないの?そのくらいしか考えられないよね」
確かに、見てはいけないものというか、変なものは見た。でも、犯罪とかそういうのじゃないんだけどな……。すると、瑞樹が恐る恐ると口をひらく。
「ね、トシ、生きてるよね?」
「生きてます」(トシ)
「……」
「ね、春菜」
「絶対生きてるよ」
「うん。生きてるよ」(トシ)
「信じてればちゃんと生きて戻ってくるって」
春菜がそう言って、瑞樹の片手の上にそっと手を重ねた。
「わたしたちが信じなきゃ」
「うん」
言葉が通じないというか、届かないってこんな大変なことなんだな。実は今その本人が目の前にいるんだけど。しんみりと見つめ合ってる二人を交互に見つつ思う。
「あ、すみません」
すると芽衣ちゃんがトイレから戻ってきました。
「ごめんなさい。今日は。さっきも言いましたけど」
「うん」
二人にそう声をかけつつお弁当の入ってる手提げを机の脇にかけてたのを外し、窓辺の俺が入っているペットを取り上げた。
「芽衣、どこでご飯食べるの?」
「屋上、ですかね?人目のないとこで、ちょっとこれの世話を」
「うん」
「すみません」
***
そして、視点をもう一度、芽衣ちゃんに戻しましょう。
***
屋上には幸いなことに他に学生はいませんでした。だいたい、屋上で一人でご飯を食べる人なんてよっぽどいじめられているとか、或いは人目を避けてイチャイチャしたい彼氏彼女か、わたしのような訳あり人間しかおりません。やれやれと。屋上にはベンチなんて洒落たものはない。飛び降り防止のフェンスの下方にはコンクリのヘリがある。そこに座るしかない。
「疲れた……」
「お疲れ」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「芽衣ちゃんが色々気を揉みすぎなんだよ」
「そんなこと言ったって」
言葉を発せなかったために伝えられなかったことを怒りに任せてつらつらと述べようかと思いました!……が、やめました。なんでって、昼休みの時間は限られているんです。
「できるだけ早く人間に戻りましょう。トシ君」
可愛いけど、色々ややこしいのでさっさと人間に戻してしまおうと思います。
「もともとそのつもりだけど、というか、芽衣はそのつもりではなかったの?」
「で、何があったんですか?」
結局なんだかんだとバタバタしていて、聞けてなかった肝心なことを聞いた。
「ああ……」
トシ君がふと空を見上げる。雲の切れ間から青い空がのぞいている。
「つうか、昼休みぐらい外に出してよ」
「また、そう言ってもったいぶるっ」
「いや、別に勿体ぶってないし。つうか、逃げないから外に出させて」
「はいはい」
蓋を取るとそろそろと出てきて、わたしの手のひらにのっかって嬉しそうに空を見上げた。
「ちょっと乾燥してません?」
「そんなことないでしょ」
「乾燥は敵ですよ」
それで、また、家から持ってきた水を取り出して、チャプチャプとカエルを水浴びさせた。
「芽衣ちゃん、いいお母さんなるかもね」
「そう言われてもあまり嬉しくないですね」
「素直に喜びなよ」
「嬉しくないです」
違くって……
「話を誤魔化さないでくださいよ」
「いや、誤魔化してないじゃん。水浴びさせたのは芽衣ちゃんでしょ」
「で、何があったんですか?」
「ああ……」
カエルが空を眺める。
「つうか芽衣ちゃん、ご飯食べないでいいの?昼休み終わっちゃわない?」
「じゃあ、食べながら聞きますから話してください」
カエルが邪魔なので、自分の手のひらの上からスカートの膝の上に置き直しました。
「今から話す話は、ちょっと信じられない話かもしれないけど、俺の頭がおかしくなったとか思わないで聞いてほしい」
「そもそもカエルが話している時点で信じられない話なので、そこ、気にしないでいいですよ」
「あ、そうでしたね」
「ええ」
「えっと……、うさぎが」
「うさぎが」
「服着てて」
「は?」
「だから言ったでしょ?信じられない話だって」
「ああ、すみません。いいから続けて」
「うさぎが服着てて走りながら、こう、ポケットから懐中時計を出してお茶会に遅れちゃうって」
「……」
しばらくトシ君の言葉を頭の中で整理する。
「って、まんまアリスじゃないですか」
「不思議の国のアリスね」
「それで、そのウサギを追いかけて穴に飛び込んだんですね?」
「いや、飛び込んでないし」
「……」
イングリッシュガーデンの片隅でお昼寝していたら、グリーンな芝生の上をスーツ着ておしゃれしたうさぎが走りぬけ、お茶会に遅れちゃうと慌ててる、のではなく、制服を着た男子高校生が柳川市という福岡県、つまり、ジャパーンな住宅街をてくてく歩いているところにおしゃれなうさぎが現れたわけだ。
「場違いだな!うさぎ!」
「場違いだね」
「で、なんで、そこで追っちゃったんですか!見るからに場違いだし怪しいじゃないですか」
「そんな、突然、アリスのウサギが目の前に現れたのをスルーして、家に真っ直ぐ帰れる?」
「いや、でも、明らかにやばいじゃないですか」
「普通、そんなものが現れて、お茶会に遅れちゃうって言いながら目の前の空き地の方へふっと消えたら、芽衣ちゃんならどうします?」
「いや、だから、やばいもん見ちゃったなと思って、そこから離れ別の道を通って帰ります」
「そうは、なんないっしょ」
「じゃ、どうなるの?」
「なんだ、今の。見間違いだよなと思って追いかけるでしょ」
「……」
ま、そうなるでしょうね。
「追いかけていってそこに何もないのを確かめて、安心してから帰るでしょ?」
「まぁ、そうなるでしょうね」
「で、空き地をのぞいたら何もなかった」
「うん」
「それで、中に入って確かめて何もなかったら帰ろうと思って」
「なんで、そこで中に入るかなー」
片手をこめかみに当てて、軽く目を瞑って開いた。
「いや、なんか気になって」
「ホラー映画とかで進まなきゃいいのに、進んで殺される人ですよ、トシ君は」
「でも、ウサギは別に殺人マシーンとかじゃないしさ」
ま、ホラー映画では、登場人物が前に進んでくれないと、映画が成り立たないんだけどね。
「で、どうなったんですか?」
「何もなかったの」
「はぁ」
「なんだ。やっぱ見間違いだったと思って帰ろうと思ったら」
「思ったら?」
「突然、こうなっちゃったわけ」
「へ?」
お茶会に遅れちゃうってわたしの頭の中でウサギが懐中時計を持ちながらとととと走り回ってます。
「そんなちょっとしか出てこなかったの?」
「出てこなかったって、ウサギ?」
「うん」
「そう」
「チラッと姿を見せただけ?」
「そうなんだよ」
「それなのに、トシ君はこんなことになっちゃったの?」
「うん」
「もっと登場人物はいなかったんですか?魔法使いのお婆さんが何か長いセリフを言いながら術をかけたらカエルになっちゃったとか」
「なかった」
「ええ〜」
ちょっと軽く頭を抱えました。
「どうしたの?芽衣ちゃん」
「いや、なんか、映画で言うところの登場人物をケチって節約しているような感があるというか」
「うん」
「つうか、なんで、そんな、そんな……」
「芽衣ちゃん、しっかりして。つうか、ご飯食べないでいいの?」
「あ……」
そして、会話を中断して手提げから弁当箱を出す。
「こんなかから、なんか食べたいのあります?」
「カエルの体で食べても大丈夫なのかな?」
「たまごなら大丈夫なんじゃないですか」
「カエルって草食じゃなかったっけ?」
「何言ってるんですか。コオロギ食べるくせに」
「ああ……」
カエルの前に小さくちぎった卵焼きをおき、自分も箸を動かす。
「どうせカエルになるなら、もっとドラマティックになりたかったですよね」
「いや、俺はカエルにはなりたくなかった」
「だいたい、アリスのウサギという有名キャラをほんの瞬間見せただけって、どんだけケチなんだか」
「俺、なんでカエルになっちゃったんだろう?」
そこで、トシ君はまたしみじみと素朴な疑問を口にしました。
「トシ君……」
黄色い卵焼きをはむはむしているトシ君に心を込めて言いました。
「トシ君は、こんな人生を変えるような大騒動に巻き込まれて真剣にその意味について悩んでいると思うんですが……。いわば被害者ですね」
「うん」
「トシ君をこんな目に合わせている人、つまり加害者ですが、にはそんな大した理由なんてないんですよ」
「そうなの?」
「そうです。何も考えてないんです。ただ、面白いからとかそんなくだらない理由ですよ」
「え……」
トシ君は顔を真っ青にした。……多分。顔が緑色なので、真っ青になったかどうかは見えなかったけど。
「そんなくだらない理由で、こんなことされても困るんだけど」
「そうですね。警察も動いてるし、みんなめっちゃ心配して心身参ってるし」
母親が入れた鶏そぼろはこぼれやすいなと思いながら箸で下のご飯ごと掬いつつ話す。
「ほんとに俺がなんか罰を受けなきゃいけないとか、そういうことじゃなくて?」
「そんな真面目なノリなら、アリスのウサギなんか出てきませんよ。柳川市にアリスのウサギ出没させるなんて、なんてミスマッチ。趣味が悪い」
「ああ……」
「トシ君がカエルになったら面白いなとか、可愛いなとか、そんなくだらない理由です、きっと」
「か……」
本人、死ぬほどの苦労をしているのでここで、かなりのショックを受けた。
「かわいい……、カエルになった俺がかわいいって……」
「トシ君、カニカマは食べても大丈夫なんじゃないですか?」
「カエルって魚を食べるの?」
「カニカマはカニカマですよ。ほら、食べられそうなものは食べとかないと。体、持ちませんよ」
カニカマの白いところをカエルの前に置く。トシ君、カニカマをはむはむしながら呟く。
「カエルになった俺が可愛いなんて、そんなことはないだろう」
「いや、可愛いですね」
「ん?」
「可愛いです。カエル。アマガエルはかわいい」
「あ!」
そして、突然、本人、素っ頓狂な声を上げた。
「そういえば結構前だけど、妹とカエルの話をしたことがあった」
「へえ、どんな?」
「それはどうでもいいんだけど。でも、それが関係しているのかな?」
「さぁ」
「ねぇ、どうすれば元に戻るんだろう?」
「うーん」
箸を口に咥えながら、首を軽く捻る。しかし、そこで予鈴がなった。
「あ、まずい」
お弁当はちゃんと食べられなかった。しょうがない。食べかけの弁当をしまう。
「さ、トシ君、中に戻って」
なんとなくすごすごとペットに戻る。いつまでこんなことが続くのだろうと心がくたびれているのだろう。そこで励ますことにした。
「加害者が面白がってこんなことしてるなら、きっと簡単に元に戻れますよ」
「ほんとに?」
「遊びなんですよ。呪いとかじゃないんだから」
そして、呪いという言葉で思い出したことがあった。
「あ……」
「どうしたの?」
「あ、いや……」
ちょこんとこちらを見上げてるカエルのボトルに蓋をして、そして、荷物をまとめて手提げに入れた。
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