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First Kiss⑤













   First Kiss⑤













夢を見た。自分がちっちゃくなって、あの空き地にいる夢。広大に続く宅地用に掘り返され、ならされた茶色い地面。裸の自分に雨が容赦なく降りかかってくる。どこか、少しでも雨を避けられる場所を探して、空き地の片隅に切られずに残っている植木を見つけた。そっちに向かって必死に跳ねる。でも、ぴょんぴょん跳ねるのだけど、跳ねても、跳ねても木まで辿り着けない。無我夢中に跳び続けた。


ぱち


そして、目が覚めた。


あー、変な夢見た。カエルになった夢。つうか、トシ君がカエルになった夢も見たな。というか、トシ君が行方不明になったのは夢と現実、どっちだったっけ?


「芽衣ちゃんの寝顔、かわいかった」

「……」


ベッドの上に上半身を起こし、しばらくぼうっとしていると、なんだか話しかけてくる人がいた。窓辺を見ると、元に戻ったトシ君がいた。とはならなかった。やっぱり黄緑色のカエルがいるし。窓辺に近づき、両手で頬杖をついてその小さな生物と見つめ合う。


「朝になったらもしかしたら人間に戻ってるかもと思ったんだけど」

「俺もそう思ってた」

「やっぱりカエルのままだった。夢じゃなかったんだ。トシ君がカエルになったの」

「俺も、起きたら夢だったって笑える気がしてたのに」


ぐっすり寝られたはずなのに、爽やかな朝とはならない、残念なことよ。待てよ。


「人の寝顔、勝手に見てたんですか?」

「なんか目が覚めちゃって」

「だから、見ないでって言ったでしょ?」

「見ないでって言ったのは部屋のことでしょ?」

「ああ言えばこう言う。捻り潰しますよ」

「めいちゃん、今の場合、それ、洒落になんない」

「……」


完全に目が覚めた。ベッドから抜け出る。そして、昨夜用意したものを取り出して、窓辺のカエルを捕まえようとしました。


「なに?」


ぴょんと逃げられた。結構、跳んだよ。窓に貼り付いて顔を捻らせてこっちを見てる。


「ちょっ、逃げないで」

「何する気?」

「いいから大人しくして」


不服そうな顔をしながら、渋々と出された手の平の上に乗ってきました。その手を持っていた容器の口に近づける。


「さ、この中に入ってください」

「なんで?」

「一緒に学校に行くんですよ」

「これで?」

「はい」

「……」


トシ君が寝てしまってから、わたしが用意したフロッグキャリアーとでもいうのでしょうか?通常の2分の1ぐらいの高さで、飲み口の大きい版のペットボトル。中を綺麗に洗って、飲み口に近いあたりに空気穴を開けている。そして、中に庭の葉っぱが何枚か入っています。


「トシ君、家に一人で置いて行って母に見つかったら、まず間違いなく野生に帰れと窓から外に放り出されます。だから、学校に連れてこうと思って」

「……」

「それとも一人で家にいたいですか?」

「……いや」


すごくいやーな顔でにわか版のキャリアーを眺めていましたが、渋々と入り口から中へ入ってゆきました。


「どうですか?」

「狭い」

「まぁ、そんなこと言わないで」


そして、蓋をすると窓辺に立てて置き、自分の本棚から適当な単行本を取り出すと開いてトシ君のペットボトルの前に衝立のように置きました。


「何?朝から、読書しろってこと?」

「違いますよ。着替えるんです」

「え、嘘?」

「こんなんで嘘ついてどうするんですか?」


そして、カラカラとクローゼットを開けて着替えようとすると、言われた。


「芽衣ちゃん、目隠しされて、音とか気配とか感じる方がもっと想像しちゃうんだけど」

「……」


口の減らないカエルだ……。ため息が出た。しょうがなく本をパタンと閉じて傍に置くとペットボトルを持ち上げた。


「あ、ごめんなさい。すみません。もうしません」


何をだよって思いつつ、そのちっこいペットボトルをかちゃりどドアを開けて、出てすぐ脇の廊下にコツンと置いた。カエルがペットの壁を這い上り側面からこちらを見上げてる。


「お母さんに見つかるよ」

「この時間には上がってこない」

「お父さんに見つかる」

「この時間ならもう下で朝のニュースを見てる」


パタンとドアを閉めると、パジャマを脱いだ。


「芽衣ちゃん、聞こえる?」

「……」

「聞こえないのかな?」

「話しかけないでください」

「聞こえるんだ」

「……」

「ね、今、何してんの?」

「だから、着替えてるんですっ」

「じゃ、今、服着てないの?」

「捻り潰しますよ!」

「ごめん、ごめん、もう言わない」


それからやっと静かになった。トシ君、ほんっと、マイペースというかなんというか、カエルじゃない時と言動が変わらないんだけど。そして、ふと時計を見て慌てた。もともと朝は忙しいのである。本来はカエルに構っている時間などないのだ。慌てて着替えを済ませるとトシ君を廊下に放置したままで、とととと洗面所に駆け込み顔を洗って髪を梳かす。それから床からトシ君を拾い上げ部屋に戻ると、リュックとは別にお弁当とかを入れてる手提げにトシ君のペットボトルを入れた。


「お腹すいてます?」

「いや、そんなには」

「ちょっとここで我慢しててね」


それから一階に降りると朝ごはんを食べて、いつもより少し遅れて家を出た。バス停まで歩く間にそっと話しかけました。


「トシ君」

「ん?」

「苦しかったりしませんか?」

「大丈夫」

「何かあったら言ってくださいね」

「うん」


バスの中には他の人がいるので、話しかけるわけにもいかない。一人でぶつぶつ言ってる危ない人になってしまう。バス停にたどり着いた。そのうちバスが来て、バス停でバスを待っていた人とともにガタガタと乗り込んだ。一番後ろの席が空いていたのでそこに座った。


バスに乗って揺られながら、何度も何度も手提げの中を覗き込みました。そこにはちゃんとちょこんと緑色のトシ君がいました。


ほんというと、トシ君を目の届かないところへ置いておきたくなかったんです。自分が学校にいる間にもう一度どこかへ行ってしまったらどうしようという不安がありました。トシ君みたいな若くてピンピンしてる人が、突然いなくなってしまうなんて、わたしにはそんな心の準備はなかった。例えば、髪の白いおばあさんとか腰の曲がったおじいさんを相手にしていたら、少しはそういう覚悟のようなものを心の片隅にそっと積んでいるのかもしれない。


でも、トシ君が突然いなくなってしまう、それがこんなにショックなものだなんて、知らなかった。例えカエルの身だとしても、戻ってきたのが嬉しかったんです。だから、目の見えるところに置いておきたかった。


そして、トシ君が死んでしまったかもと思った時のあの衝動を思い出していた。窓の外に見慣れたいつもの街並みを眺めながら。手のひらで撫でるように、あの時の心の動揺を思い出してました。今まで想像したことなんかなかったけど、いくら若い人だと言っても、事故に巻き込まれるとか、或いは突発性の病気で死んでしまうことだってあるんだよな……。そんなこと、考えたこともなかった。


「あの、芽衣ちゃん」


バスに揺られながらそんな思いに浸ってたら、トシ君が話しかけてきた。バスには他の乗客がいるので返事はせずにそっと近くの人からは見えないように手提げの中のペットボトルを動かしてトシ君と目を合わせた。


「トイレ行きたい」

「へ……」


しかし、声は漏れた。


「そんな、その中ですればいいじゃないですか。カエルなんだから」

「……」


すると、カエルは頑なな表情をする。あ、また、しまったなと思う。ついでに傍の人がちょっと不思議そうな顔をした。誰と話しているのだろうと思ってるのだろう。少し尖ったとでも言えそうな目でトシ君が続ける。


「芽衣ちゃんが俺なら、どうよ。いきなり真っ裸で生活してるからってトイレでもないところでおしっこできる?」

「……」

「しかも、おしっこした後でそのおしっこした上に座れる?」

「……」


何が悲しくて、この若さで彼氏の下の世話をする羽目になってしまったのだろう?引き続きバスの中でカエルと会話するわけにもいかないので、頑なな顔をしてるカエルに向かって親指と人差し指で丸を作ってみせた。やれやれ。


そして、バスがバス停に着くと、おしっこをしたいカエルを抱えているので、荷物をできるだけ揺らさないように気をつけながらのんびり歩く学徒たちの間を早足でスイスイすり抜け学校へ向かう。


「あ、芽衣」

「おはよー」


途中で何人か友達に会った。挨拶だけして追い抜いてゆく。そして、校門をくぐると昇降口の方へは向かわず校舎の陰の方へと向かった。裏庭に植えられた紫陽花のそばで周りを見渡してからかがみ込み、ペットボトルを取り出した。


「さ、トシ君」


蓋を開けて地面に横にしておく。あとちょっとで幼児に問いかけるように、漏らしてないかと聞きそうになった。すると、まだちょっと頑なな顔をしたカエルが不服そうに声を上げ、わたしを見上げる。


「ここ?」

「いや、だって、人間の使うトイレなんて一歩間違って便器に落ちたらどうするの?大体男子トイレにわたし入れないし」

「別に女子トイレでいいじゃん」


たしかに……


「でも、人間様のトイレは落としそうで怖いから嫌っ」


やっちゃダメだ、やっちゃダメだと思いつつ、白い便器の淵にカエルをちょこんと置き、用を足すのを補助している最中に、ツルッと手を滑らして間違って流してしまいそうな気がする。或いは緊張しすぎてカエルの体にむやみに力を加え、間違って潰してしまったらどうする?


「ちえっ」


そして、カエルのくせに注文の多いトシ君は一応納得した。


「さ、遅刻するわけにもいかないからさっさと済ましてきてください」


しぶしぶボトルから出てきた。


「覗かないでね」

「は?」


それから、そんな捨て台詞を吐くと、ぴょんぴょん跳んで、薄紫色の紫陽花の間へ消えた。あ、跳んでるな。やっぱカエルなんだと感心してると、向こうからわたしの様子を見たのかまた言われた。


「だから覗くなって」

「あ、すみません」


それで、しょうがなく背中を向けた。自分だってわたしが着替えてた時に散々揶揄ってきたくせに。大体カエルがおしっこしてるところなんて見たからどうだってのよ。

しばらくイライラした後にふと思う。このちょっとした瞬間にカエルが天敵に攫われたらどうしよう?トシ君は今、ひ弱なアマガエルですが、しかし、アマガエルとしてはあり得ないことに人間を一人味方につけている。だから、野生の天敵に打ち勝つことができるのですが、一時的に無防備です。野外でトイレしてる間に大事なカエルが攫われたら?


天敵、カエルの天敵、へび??へび、いたっけ。ここ。


「トシ君、さっさと終わらせて、行きますよ」

「声、かけないでよ」

「でも、どんな危険が潜んでいるか」

「……」

「ああ、もう、やっぱりわたしが見てた方が安全」

「大丈夫だから覗かないで」


振り向こうとしましたが、怒られた。それでしょうがなく律儀に背中を向けていた。もうちょっとしてから声をかけた。


「終わった?」

「終わった」


それで今度こそ振り向いた。ぴょんぴょんとまたカエルが跳んでくる。安心した。さっさと回収しようと手を差し出したら、その手には乗らずじっとこっちを見上げてくる。


「どうしたの?」

「なんか土にまみれちゃった」


そして、カエルは俯いた。土にまみれた自分を恥じているようです。さっきまで怒っておいてなんですが、そのシュンとした様子に同情した。それで、明るい声を出した。


「ああ、じゃ、体、洗う?」

「え?」

「こんなこともあろうかと家から持ってきた」


そして、もう一つのペットボトルを出した。なんのことはない。水が入っているんです。家から持ってきた水。その蓋を取ると、もう一度トシくんの方に手を差し伸べました。


「ここに乗ってください」


ちょこんと乗ったカエルにそっと中の水をかける。チャプチャプと水をかけられて、カエルは心地よさそうに目を細めました。


「そこら辺の水道水を浴びたらダメだよ」

「なんで?」

「消毒のカルキが入ってるからカエルの体には毒なの」

「これは大丈夫なの?」

「我が家の水は蒸留器がついてるから大丈夫だって」

「へぇ」

「さ、もういいでしょ。遅刻しちゃう」


水の入ったペットボトルを傍に置いて、またカエルキャリアの中に入ってもらおうとペットを近づけると、トシくん、ちっちゃな体でわたしを見上げた。


「どうしたの?」

「芽衣ちゃん」

「ん?」

「ありがとう。いろいろ」


ちょこんとしたカエルがわたしを見上げながらそんなことを言う。


「や、お礼なんていいよ」


なぜかその時、咄嗟に動揺してしまったというか、カッと頬が赤くなりました。カエルはお礼を言うとまたちょこちょことペットに戻り、我が家の庭の緑の葉の間にふさりとおさまった。ようやくカエルとカエル用の水を手さげに戻すと立ち上がる。結構時間をとってしまった。ギリギリだ。


「ちょっと揺れるよ」


手提げを振り回さないようにギュッと胸元に抱えながら走りました。昇降口を抜けて階段を駆け上がる。ギリギリセーフでした。席に座った途端、チャイムが鳴った。


「芽衣、どこ行ってたの?」


前の席の瑞樹ちゃんに聞かれた。なんと答えようか迷ってると、先生が入ってくる。


「起立、礼」


ガタガタと音を鳴らして皆が一斉に立ち上がり、また、ガタガタと座る。ホームルームが始まった。いつもと同じような朝が始まる。担任の声を遠くにききながら、わたしはさっきの胸の高鳴りというかなんというかに思い馳せてました。


トシくんがわたしを見上げて、ありがとうと言った様子を思い出すと、キュンとしたのです。

なんだろう?なんというか、人間の形をしているときには別にありがとうと言われてもこんなキュンとしないのだけど、アマガエルのあの小ささと儚さは罪だなと。守ってあげたいと思わせてしまうのだもの。


「芽衣ちゃん」

「……」


今、話しかけられても、非常に困るのですが、人の思考を遮断して、カエルが話しかけてきます。しょうがなく手提げをそっと覗いてカエルと目を合わせる。


「お腹すいた」

「……」


今、この状況でどうしろっていうんじゃーい!

こそこそ鞄からカエルを出し入れしているのをクラスメイトに見つかったとする。どうなるか?


「あ、先生、中村のやつがカエル持ってまーす」

「なにぃ」


教師、パキッとチョークを折る。そして、同級生男子(想像の中ではなぜか丸坊主)数人がわたしを取り囲む。


「お前、ばか、何やってんだよ。ばーか、ばーか」

「よこせ」

「あっ、やめてー」


しばし、カエル見つかった劇場を頭の中で繰り広げてみたが、流石にこれは小学生のノリだなと、高校生はこうではないだろう。高校生ね。そんな自分の思考を遮ってカエルが甘えてくる。


「ねぇ、芽衣ちゃん」

「……」


トシくん、若干、カエルになってから幼児化してないか?お前は、おしっこーと泣いた後に、お腹すいたーと泣く幼児のようではないか……。

さっきまでの庇護欲はどこへ?ちょっと殺伐とした心境になりました。幼児を抱えたお母さんの気持ちがわかるぜ。しかし、ここは冷静に。


それから、周りを見渡す。幸いなことに、このとき、自分は窓辺の一番後ろの席にいました。角度的には先生から割とみえちゃうとこなんだけど、(知ってた?一番先生の視界から消えるのは真正面の一番前だよ。灯台もと暗しだ)気をつければ他の生徒からは見えない。


そこでそっと鞄からカエルキャリアを出すと、横向きにして机の中に入れました。それから、トシくんに食べさせようと持ってきたお弁当というか、ラップに包んだそれを取り出す。これもまた机の中でぺりぺりと開いた。そして、ペットボトルの蓋を外す。


「あ、なんか、お肉がある」


母親がお弁当に入れたそぼろをお湯で洗ったのとほうれん草のおひたしの醤油をかけていないのをコメと一緒に包んでた。カエルがちょこちょこと出てきてラップの上にのり、コメやそぼろをホクホクと食べている。


なんだろう、癒された……。その光景に。今までに感じたことのないようなあったかい気持ちになった。なんだろう?この感情。


ま、しかし、いつまでもカエルを覗いてる訳にもいかない。クラスメイトに気づかれるかもしれませんから。それで、顔を上げてホームルームを聞いているふりをしました。心、ここにあらずだけど。で、常に景気の悪い顔をしている担任がのそのそピシャリと出て行った後に、また、机の中を覗いた。


「え?」


ところがである。なんと、ちょっと目を離した隙に、カエルがいなくなった。


「うそ。いない、どこ?」


机の中に入れた教科書やノートの陰にいるのかと机を覗き込み、教科書やノートを取り出す。取り出す際にカエルを潰さないかヒヤヒヤしながら。


「どうしたの、芽衣?」


春菜ちゃんが自分の席を立ってこっちに来た。


「あ、いや、その……」


ちょっと泣きそうになりながら春菜ちゃんを見上げる。


「なくし物?」


やっと見つかったと思ったのに、あんなにひ弱な体で、もっかいどっか行っちゃった。どっかで潰されてたらどうしよう?わたしに向かう春菜ちゃんの顔も非常に鬱々としていました。この時期、わたしたち、トシ君のことがあって暗い顔をしてたんです。


その時……


「芽衣ちゃん、ごめん」


ばっと横を見た。学校の窓枠、薄い白いカーテンがかかっているんですが、その陰に鮮やかな緑色の体で恐縮しているトシ君がいた。


「あ、カエルがいる。どっから入ってきた?」


いつの間にか春菜ちゃんの隣に瑞樹ちゃんが来てのんびりとした声を上げた。


「ご、ご、ごめんなさい」

「ん?」

「これ、大事なカエルで」

「え、芽衣のなの?」


二人合わせてキョトンとした顔をされた。わたしは二人に向かって手を合わせて頭を下げた。


「あの、学校に持ってきたこと、秘密にしてください」

「はぁ」

「芽衣ちゃん、ごめん」(←トシ君)

「何やってるんですか?」

「いや、外を見たくって」(トシ)

「どんだけ心配したと思ってるんですか」

「ごめん」(トシ)

「もう。何があるかわからないから中に入っててください」

「狭いのやなんだもん」(トシ)

「芽衣?」


春菜ちゃんと瑞樹ちゃんに呼びかけられる。怒りブチ切れてカエルとつい会話をしてしまいました。二人が隣でそんなわたし(たち)を見つめている。


「あ、すみません。いうこと聞かないので」

「芽衣、カエルと話してるの?」

「あ、いや、大事なカエルなのでつい。言葉なんてわからないのにね。ははは」


明るい顔で、軽く言ってみました。しかし、春菜ちゃんと瑞稀ちゃん、顔に出さないようにしながらあきらかに引いている。くそ。これも何もかも大変な出来事の中心というか当事者なくせに思いの外のんきなこいつのせいだ。


「ほら、早く入ってくださいよ。トシくん」

「ちえっ、刑務所に入ったみたいだな。別に他のカエルみたく教室を跳び回ったりしないのに」(トシ)


ようやくちょこちょことペットに入った。蓋を閉めてやりました。


「ね、ペットに入ったままでいいから窓辺に置いてよ。外が見たい」(トシ)

「……」


そんなことをしていて春菜ちゃんや瑞樹ちゃん以外に見られたらどうするんだよ?と思いましたが、延々とやりとりすることに疲れて、要求の通りに窓辺に置いた。トシ君、ペットボトルの安全な世界からのんびり外を眺め出した。そこで二人を振り返る。


「ごめん。驚かせて。もう大丈夫」

「芽衣……」


その時、春菜ちゃんと瑞樹ちゃんちょっと深刻な顔をしてました。言い訳がましく続けた。


「ちょっとカエルを飼い始めたばっかで要領がよくわかんなくって」

「うん……」

「家に置いといてなんかあったらやだなって思ってつれてきちゃった」

「そっか……」


席につけーと言いながら教師がガラガラと教室に入ってくる。その声に春菜ちゃんも瑞樹ちゃんも、みなばらばらと席についた。授業が始まる。いつもと同じ1日の始まりでした。頬杖をついて教師の話す声に耳を傾けながら、日常というものに思いはせた。


誰かがこの世からいなくなっても、地球は回るし、朝は来る。

このままトシ君がいなくなってしまったら、どうなるんだろう?


ここ重要だぞと言いながら教師が板書した言葉の下に赤いチョークで下線を引いている。教師から視線を外して外を見ているカエルの小さな背中を眺めました。


大半の人がトシ君のことを忘れてしまうと思うんです。でも、その中にもずっと忘れない人たちがいる。心の中に小さな小さな四角いキューブが現れ、年齢を重ねてゆくにつれてきっとそのキューブはもっともっと小さくて硬いキューブになってゆき、でも、消えない。数人の心の中でそんな小さくて硬いキューブになって、そして、トシ君を失った痛みは未来まで存在し続けるのだと思う。


そんな人たちのためにも、この呑気なカエルを保護し、人間に戻るのなら戻さねば。


一限が終わり、二限へと進む。最初は安全な環境で外を眺めて満足していたカエルも退屈しだして、わたしに話しかけてくる。


「ね、あの先生、やばくね。うちにもああいう人いるけど」

「……」

「あの分け目はないでしょ。どんだけ重力に逆らってんだよ。むしろ潔く髪がなくなってしまった部分を太陽に晒したらいいのに」


トシ君が同年齢になった時に髪が同じような状態になってたら、この時のセリフを録音しといて聞かせて反省を促したいなと思いましたが、よく考えたらこのセリフ、音声として響いてきておりません。頭に直接入ってくる不思議なものなので、現在の科学では録音できないわ。


「あ、メイちゃん、それ、間違ってる」

「え、どこ?」


英語の単語テスト中に話しかけられて、思わず口走ってしまった。わたしが言葉を発したので、周りの子たちがちらりとわたしを気にする様子が伝わってくる。しまった。それで、言葉を発さずそっとカエルを見る。どこか教えろという意味である。


「間違っているのは教えた。でも、あとは自分で考えなさい」

「……」


カエルのくせしてなぜか上から目線だった。何か言い返してやりたかったのですが、周りの目があるので、言葉を発せない。そこで、生まれて初めて中指を立ててカエルに見せてやった。意味を知ってはいても大抵の温厚な東洋人はわざわざ使わないジェスチャーだろう。すると飄々と言い返してくる。


「芽衣ちゃん、芽衣ちゃんのキャラにそういうのはそぐわないよね。なんか、俺、ショック」

「……」


言葉を使えない場合の緊急手段だったので、しょうがないと思います。

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