First Kiss②
First Kiss②
その後、午後まで授業を受けると職員室に来るようにと伝言があって、帰る支度をしてそこにいくと、巡査ではなくお昼のあの女の人がいた。
「シートベルトしめてくださいね」
「はい」
女の人は、パトカーには乗っていなかった。覆面パトカーというやつなのだろうか?セダンの助手席に乗せられて、見慣れた柳川の街をゆく。
「捜査ってどうなってるんですか?」
「うーん」
女子高生相手にペラペラと話してはならないことになっているのだろう。わたし、関係者でもあるし。藤浪と呼ばれたその女刑事は車を運転しながら口を真一文字に結んで首を少し傾げた。
「なんとも言えないというか」
「はぁ」
適当に誤魔化されてしまいました。そのうち、トシくんの服が見つかったという建設予定地の空き地につきました。そこにはアパートかなんかが建つのだろう。地面がならされていて、資材が片隅にまとめて置かれている。雨に濡れて劣化しないようにだろう。丈夫な分厚いビニールシートで覆われていた。
「ここにも監視カメラがあれば良かったんだけどねぇ」
「監視カメラにトシくん、映ってたんですか?」
「家に向かって帰る道すがらにちゃんと映ってました。ただ、この付近はもう住宅街だからカメラもないし。あの日はちょうど雨が降ってたから、人通りも少なかったし。通行人もあまり周りを見ながら歩いていないのよ。ほら、傘をさしながら歩いているから」
「ああ」
車を降りて空き地へと入ってゆくそれはL字型の土地で、奥に向かっていくと突き当たりから左手に土地が広がっている。
「この曲がったこの辺りに突然ポンと脱ぎ捨ててあったんです」
わたしは指さされたその場所を眺めました。なんの変哲もない地面が広がってた。しばらくその地面を眺めていた。
「不自然なのよ」
「え?」
「だって、誰かが連れ去るにしても、自分でいなくなるにしても、服を脱いでここに置いていく必要はないでしょ?」
「はい」
「それに、松尾君、全部脱いでるんです」
「全部?」
意味がわからなくて刑事さんの方を見ました。
「上着やズボンだけじゃなくて下着から靴下から、もちろん靴も、全部残ってました」
「……」
「不自然ですよね?」
制服でいるのが問題なのだったら、上着とズボンだけ替えればいい。下着や靴下、はたまた靴まで置いていったのはどういうことだ?
「しかも、なんというのかしら?」
「なんですか?」
「靴の中に靴下、その上にズボン、ズボンの中に下着、中に着てたTシャツ、Tシャツを包むようにシャツ……」
「え?」
「普通、服を脱ぐ時って上着を脱いで、シャツを脱いで、中に着てるTシャツを脱いでってするでしょう?」
「はい」
「全部3枚一緒に脱いだみたいに重なったまま脱ぎ捨ててあったんです。下の方もね」
「はぁ」
「こう、まるで服を着て立っていた人が中身だけ突然消えちゃったみたいに、下から上まで服が重なって残ってたって言えばわかるかしら?」
それでやっと刑事さんの言ってることがわかりました。
「なるほど」
「でも、不自然なのよ。連れ去るにしても、自分で脱いだにしても、そんな脱ぎ方をする。あるいは、普通に脱いだ後にそんなふうに服を残す、意味なんてないでしょ?」
「ないです」
「それに、こんな街中で年頃の男の子が裸になりますか?」
「……」
「どこで誰が見てるかわからないわよね?」
わたしは周りを見渡した。あっちもこっちも、戸建ての家やアパートがある。
わけがわからない。これ、やっぱり、神隠しとかそっち系なんじゃないだろうか。
ちょっと呆然とした。オカルトが嫌いではない。でも、トシくんがいなくなったことに対しては全然笑えない。
空き地の中央に立って、辺りを見回しながらちょっとぼうっとしていたら、藤浪さんがそっとわたしの肩に手を置いた。
「さ、もうそろそろ帰りましょうか。家まで送ります」
それで、その手に促されて空き地に背を向け、立ち去ろうとした時です。
「芽衣」
聞き慣れた声が背中から聞こえた。何も考えずに振り返った。
「トシ君?」
「芽衣、ここ、ここだよ。上」
「え、どこ?」
「ここ、ここ」
声がする方を見る。建築資材がまとめられて、ビニール袋がかけられているあたり。その後ろから聞こえてくるんだと思いました。
「中村さん、どうしたの?」
「トシ君の声がする」
「ええっ?」
驚いた刑事さんをほっといて、わたしの頭の上ほどもある積み上げられた鉄骨やボードのようなものの後ろ側へ回った。
「……」
でも、そこには何もなかった。ただ、やはり平らにならされた茶色い土があるばかりだった。
「中村さん」
いつの間にか背後にきた藤浪さんがわたしの両肩をそっと抱きました。
「今、トシ君の声がした」
「何も聞こえませんでしたよ」
「芽衣、上、上だよ」
「ほら、聞こえる」
それで上を見た。でも、上にも何もない。
「トシ君、どこ?」
もしかして、この資材のビニールで覆われた中に、人が入れるくらいの隙間があるのではないかと思って、どこか覗けるところはないかとぎゅっとヒモで縛り付けられているビニールを引っ張ろうとすると後ろからがっと肩を掴まれた。
「中村さん」
「この中に、隠れてるのかも」
「中村さん」
女の人にしては力が強い。多少乱暴にその資材から引き離され彼女の方へ体の向きを変えられた。そして、両肩に手を置かれてじっと両目を覗かれた。
「しっかりしてください。声なんて聞こえません」
「でも……」
「……帰りましょう。お家まで送ります」
確かに聞こえました。聞き慣れたトシ君の声。でも、姿がどこにも見えない。しょうがなくもう一度空き地に背中を見せて、路上に駐車していた車へと向かう。その時だった。
「芽衣、行かないで。芽衣」
「トシ君?」
やっぱり声がした。振り向いて戻ろうとすると、すごい力で止められた。
「中村さん」
「あそこに、あそこにいるんです」
「しっかりして。何も聞こえません、何も」
止められるのを振り切って振り返る。でも、やっぱり、そこには誰もいない。
その時、思った……。トシ君、死んじゃったんじゃないかって。それで、力が抜けた。
「さ、帰りましょう」
きた時のように助手席に乗せられる。たまらなくなってそこで号泣しました。
「中村さん、大丈夫?」
「トシ君、死んじゃったんじゃないですか」
「そんなことありませんよ」
「でも、声だけして……」
置いてかないでって言ってる。トシ君の体はどっか別のところにあって、死んじゃって、それで、魂だけここにあるんじゃないかって思いました。
「しっかりして。大丈夫ですよ。きっと帰ってきます」
信じられませんでした。じゃあなんで声だけして姿がないの?
しばらく泣くだけ泣いたら、なんだかぼうっとしてしまった。藤浪さんはやっとわたしから家の場所を聞き出して、わたしを家へと送りました。玄関先で母と出会うと事情を話している。自分はぐったりとしてしまって、二人が話しているのをそのままにその横をすり抜けて、二階の自分の部屋へ上がりました。そして、制服のままどさっとベッドに横になった。
耳にまだトシ君の行かないでって言葉が残ってる。それを思い出すと、もう一度涙が出てきました。
母は、刑事さんから事情を聞いたからでしょうか。部屋から出てこようとしないわたしをそっと一人にしておいた。真っ暗な部屋でベッドに横になり身じろぎもしないまま天井を眺めてた。そして、少しずつ冷静になったんです。
突然、確かに、声がした。
あれは確かにトシ君の声だった。
さっきは、邪魔をされたから……。自分も興奮していたし、ちゃんと確認できなかった。
このままじゃ、なんかいけない気がする。そして、ムクっと起き上がった。そして、電気をつけないままでそろそろとクローゼットを開けて動きやすい服を出して着替えた。それから、廊下に出る。階下の様子を探ると、母は台所にいるようだ。
2階のトイレへと行き、洗面台で顔を洗いタオルで顔を拭いた。それからそっと階段を降り、母に悟られないようにできるだけ静かに玄関のドアを開けると外へと滑り出た。明るい夜でした。すっきりとした爽やかな夜だった。自転車を車庫から出して、それに跨った。トシ君の家にほど近い、あの空き地にもう一回行ってみようと思った。




