僕たちのサボタージュ⑨
僕たちのサボタージュ⑨
どのくらいそうしてたでしょうか?芽衣ちゃんのスマホが鳴って、目が覚めた。見るとお母さんの美月さんでした。
「はい」
「ちょっと芽衣っ」
張り裂けんばかりの絶叫。
「あんた、今、どこにいるのっ」
「えっと……」
電話で話している横で、トシくんがモゾモゾと起きた。芽衣ちゃん電話を片手に窓の外を見る。景色からは今どこを走ってるのかわからない。
「どこだろう?」
「誰とどこにいるのっ」
「えーっと」
トシくんの名前を出すかどうか一瞬躊躇する芽衣ちゃん。
「というか、お母さん、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわよ。さっき、先生がいらして」
「え……」
芽衣ちゃんのまだ寝ぼけてた頭が一気に覚醒した。
「にんにく味噌をっ」
「に……」
朝のやりとりを思い出した。まさかほんとに家ににんにく味噌届けたんかーい!
「え、じゃあ、お母さん、先生に言っちゃったの?」
「もうっ」
美月さん怒り心頭である。
「いきなりにんにく味噌持っていらして、風邪にはこれが一番、芽衣さんにもあげてくださいってお母さんも目が白黒したわよ」
「え、じゃあ、お母さん、言っちゃったの?うちの芽衣は朝、ピンピンと学校へ向かったって」
「あんた、学校、サボったの?」
「その前に教えて、言っちゃったの?」
どちらも譲らない。親子である。
「なんとなーくよくわからないけど、とりあえず風邪で伏せてることにしといた方がいいかもって咄嗟に思って適当に誤魔化しました」
「良かったー」
聞きたいことが聞けて、ほっとした芽衣ちゃん。
「ちょっと、芽衣!良かったじゃないわよ。あんたどこにいるの?」
「ね、お父さんは?お父さんはもう帰ってきてる?まだだよね?」
「まだだよねじゃないわよ。とにかくあんた、どこにいるのっ」
やはり堂々巡りである。
「ここはどこだろう?」
「誘拐されてるとかじゃないでしょうね?」
んなわけねだろ。誘拐された娘がこんなのほほんとにんにく味噌のくだりを聞いていられるかって。
「電車の中」
「学校サボって何してたのよ。もう、芽衣ちゃんが、が、学校サボるなんてっ」
今更ですが、お母さん、娘の突然の非行行為に動揺し始めて噛んだ。とうとう反抗期来たのかしらと思う。これが始まりで明日からまさかの非行少女の親になることになったりして。古いところで積み木崩しだ。
「ごめん」
「ごめんで済むなら警察いらないわよ」
「平日じゃなきゃダメだったんだよ。二度とやんないから、ごめん」
「どこ行ってたの?」
「あのね、お母さん、今日わたし、光の道を見たんだよ」
芽衣ちゃんの声がこれでもかと弾む。
「光の道?光の道ってあの光の道?」
「うん。とっても綺麗だった」
その娘のはしゃぐ声に勢いを削がれた美月さん。
「一人で行ったんじゃないよね?誰と一緒なの?」
「あ、それは……」
言い淀む様子に、お母さん、ピンとくる。
「もしかして、あの子?あの顔の綺麗な男の子」
「……」
色々な意味で思うところあり、ため息の出た美月さん。その隙にもう一つ気になっていたことをきく。
「ね、お父さん、まだだよね」
「こんな時間に帰ってくることないでしょ」
「お父さんに内緒にして。お願い。お母さん」
「もう……」
芽衣ちゃんとお母さんは生まれた頃からの付き合いである。お母さんの声音からおそらく落とせるだろうと踏む芽衣ちゃん。
「とにかく帰ってきなさい。駅まで迎えに行きますから。何時に着くの?」
「ええっと、電話切ったら携帯で調べて送るよ」
電話を切って携帯で乗った時間から到着時間を計算していると、トシくんが声をかけてくる。
「お母さん?」
「うん」
「大丈夫だった?」
「ああ、お母さんは、大丈夫大丈夫。こんな遅くなるとは思ってなかったからうっかり適当な話をしておくの忘れてました。というか、適当な話しててもにんにく味噌の件でおじゃんか」
「にんにく味噌?」
「こっちの話です。そうそう、風邪にはにんにく味噌がいいらしいですよ」
「へぇ」
そして、幻のような国から見慣れた駅へと二人でたどり着く。芽衣ちゃんのお母さんは駅の前に車を止めて、娘の帰りを待ち侘びてました。駅の柱の影から泥棒のように覗いて、お母さんの軽の車体を確かめた二人。
「俺も行って謝った方がいいよね」
「いや、かえってややこしいのでいいです」
「ほんと?」
「いいです、大丈夫。うちの親はわたしに甘いので」
じゃあ、行きますねと言って離れようとして芽衣ちゃん振り返った。
「どした?」
「いや、なんでもないです」
「うん」
「また」
「うん、またね」
手を軽く上げて挨拶し合うと、芽衣ちゃん、スカートの裾を翻しながらお母さんの方へ行ってしまった。彼女が車に乗って、その車がロータリーを回って消えてゆくまでトシくん見守っていた。それから、駅の駐輪場においておいた自分の自転車に乗ると家に戻りました。
「ただいま」
「おかえり」
母親が顔を覗かせました。
「あら、トシ。今日、バイトだったっけ?」
「そうだよ。そう言ってたでしょ」
「ご飯食べたの?」
「あ……」
不思議なものだ。お腹が空いたのを忘れてた。
「軽くしか食べてなかった。なんかちょうだい」
「あらそう」
少し待つとカレーが出てきた。
「今日、カレーだったんだ」
「そうね。早く食べちゃって。食器片付かないから」
お母さんはそう言って食卓に息子を残すと食器を洗いに台所に戻っていった。すると、廊下から妹のえりちゃんがカラカラと入ってくる。濡れた髪をタオルで拭きながら。
「あ、お兄ちゃん」
ニヤリと笑って近寄ってくるのを見てなんかやな感じがした。
「今日、学校、風邪引いて休んだんだって」
「誰が言ってたの?」
顔色ひとつ変えずにカレーを食べながらえりちゃんに返すトシくん。
「学校の帰りに偶然圭介くん達にあって。心配してたよ」
「それはお前を揶揄ったんだよ」
「は?」
髪にかけたバスタオルの端っこを左手と右手で捕まえながら、ぽかんとするえりちゃん。
「あいつら、最近意味のない嘘をついて周りの奴らを騙せるかってゲームをやってるんだよ」
「そんなゲームに何の意味があるの?」
「そうなんだけど、やってるんだよ」
「……」
「一杯食わされたな。えり」
眉間に皺を寄せながら、しばし、兄の言葉を頭の中で反芻するえりちゃん。トシ君、そんな妹のことはほっといてカレーを食べてた。
一方、時間を少し戻す。駅前でトシくんに背中を見せてお母さんの車へと向かった芽衣ちゃん。バイバイする前に最後に一言、もう一回トシくんに何か言いたかったのですが、うまい言葉が見つからなかった。後ろ髪を引かれるような気持ちでお母さんの赤い車の助手席に滑り込んだ。
「一人?」
「一人だよ」
「あれ、一緒に行ったあの子は?もう帰ったの?」
「帰った」
「え?一緒に乗せてってあげるのに」
「そういうのはいいんだって。ほら、帰ろ」
シートベルトをさっさとすると母親に車を出すように促す。しぶしぶ車を発進させる美月さん。運転しながらチラチラと横に座ってる娘の様子を眺める。
「芽衣ちゃんが学校サボってデートするなんて……」
「今日じゃないとど真ん中に来ないからしょうがなかったんだよ」
「最初に言っといてくれたらいいのに」
「いや、反対するでしょ?」
学校サボって光の道を見に行きますと言って、許す親はやはりなかなかいないだろうねぇ。
「で、どうだったの?綺麗だった?」
「すごかったよ」
「いいなぁー」
「お母さんも行けばいいじゃない。お父さんと」
「お父さんが平日に会社休むと思う?」
「サボらせれば?たまには」
ふっと二人で笑ってしまった。
「ね、どっちが行こうって言い出したの?」
「ああ……」
尋問のように会話が続く。
「そんなのどっちだっていいでしょ」
「芽衣ちゃんか」
「……」
「あら、彼のほう?」
「そんなのどっちだっていいでしょ」
「あ、彼の方だったんだ。ね、なんで?」
「……」
「そういえばもうそろそろ芽衣ちゃん、誕生日じゃない。もしかして、誕生日のお祝い?」
お母さん、なかなかの推理力ではないか。
「そんなのどうだっていいでしょ。もう一言も話さないから」
「あら」
それから芽衣ちゃん、本当に一言も話さない。こういうところは徹底しているのである。漬物石のように頑固である。
「いいなぁ。お母さんももう一度芽衣ちゃんくらいの頃に戻って、男の子とデートしたいなぁ」
「お父さんと?」
「……」
お父さんともう一度やり直すのなら、めんどくさいから別にやり直さなくてもいいかと思い直す美月さん。そんなこんなしてるうちに家につきました。
一つまずいことが……。お父さんの車が駐車場に停めてあった。
「ね、お母さん、お願い。ね」
「えー、どうしようかなぁ」
必死で頼む芽衣ちゃんとのらりくらりと返しながら庭のスロープを玄関へと向かう二人。
「ただいまぁ」
すると家の中からお父さんが出てくる。
「どこ行ってたの?びっくりしたよ。帰ってきたら二人ともいないんだもの」
「二人でお買い物」
「平日に?」
「そうね」
先に家に上がるお母さんの陰で胸を撫で下ろす芽衣ちゃん。靴を脱いで家に上がる。
「買ったものは?」
そこで二人一瞬ぴたりと止まる。しばらくしてお母さんが口を開く。
「気に入ったものがなくって、何も買わずに帰ってきました」
「平日に?」
「はい」
帰ってきたばかりだったのだろう。ネクタイを緩ませ外そうとしてまだ首にかけたまま、怪訝な顔をするお父さん。そんなお父さんをほっといてリビングに入りかける二人。
「さ、ちょっと遅くなったけどご飯にしましょう」
「出かけてたのにご飯作ったの?」
「……」
もう一度ピタリと止まる二人。今度は娘が口を開く。
「出かける予定があったから早めに用意しておいたんだよね?お母さん」
「そうそう」
「……」
ますます怪しいと思うお父さん。まるで共犯者のようなのである。ただ、相手は愛する妻と娘。この二人が共犯だとしても、抗う術を持たないお父さん。仮に二人が共犯者で夫(父親)を殺害する計画を練っていたとしても、盛大にがっかりしつつ、どうぞそれならと身を差し出しかねない人である。もちろん、そんな計画はないんだけどね。
訝しがりながら食卓につくお父さん。配膳をするお母さんの手伝いをしながら芽衣ちゃんがいう。
「そうそう。お父さん、ニンニク味噌があるよ」
「は?」
「風邪に効くみたい」
中村家の少し遅い夕食が始まる。
2023.12.03
追記
にんにく味噌が風邪に効くかどうかは未確認である。
臭いの我慢して食ったのに治らなかったと苦情を持ち込まれても、作者は一切責任を負いません!悪しからず!




