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僕たちのサボタージュ⑧













   僕たちのサボタージュ⑧













受付を済ました順番に並べられて、早くきた順に席へと案内される。学生の人よりも大人の人や年配の人が多いように思う。もちろん、高校生はいないだろう。大学生というにはちょっと若い二人もそこに紛れて座りました。


「この光の道は……」


みんなが椅子に座ったところで、前方に立って神主さんが光の道の説明を始める。その説明は聞かずに芽衣ちゃん、まっすぐに参道を抜け、向こうの海に目を向けました。


刻々と海へと近づく太陽の光を受けて、水面がキラキラと輝いている。


その時、なぜか不意に亡くなったひいおばあちゃんのことを思い出したんです。思い出したとは言っても、芽衣ちゃんが赤ちゃんの頃に亡くなってます。お母さんのおばあちゃん。母親の美月さんから聞く話の中で知っているひいおばあちゃん。神主さんの声が響く。


「ご先祖さまのいらっしゃる彼方の世と我々のこちらとを繋げる光の道でございます」


死んだ人はどこへ行くのでしょうか?

それはよくわからなかったのだけれど、生きていて時折、ある一定の条件が整えば、この世とあの世が近づくような時や場所があるのだと思います。この光の道が現れる場所は、そういうところなのかもしれません。


ひいおばあちゃんがそばに来ているような気がした。意味もなく。そんなことを考えていたら、隣にいたトシ君が芽衣ちゃんの手をそっと握った。それで一心不乱に前を見ていた目を隣に向けた。


「芽衣ちゃん」

「なに?」

「俺が芽衣をここに連れてきたかったのは」

「うん」

「神様の力で、リセットしてもらいたいというか」

「リセット?」

「今まで芽衣の人生で起こってしまった嫌なこと、全部、今日の光の中で洗い流して」

「……」

「芽衣ちゃんは、汚くなんてない。だから、明日から昨日までの芽衣とは違う新しい芽衣になったと思って、元気に生きてほしい」


その時少しずつ太陽は海に近づいてゆき、まっすぐな橙を帯びた眩しい光が境内にいる人やさらにその下の石段に集まっている人たちを照らしてた。トシ君の顔にもその光は当たっていて、髪の色や目の色が輝いて少し外国人のようにも見える。


「この光には神様の力が宿っているから、芽衣はきっと心の底から元気になれるよ」

「トシ君は……」

「ん?」

「どうしてわたしのためにこんなことをするの?」

「そんなことをわざわざ聞くの?」


ぽかんとした顔をされてしまう。


「言わなきゃわかんない?」


また少しお日様が海に近づいた。そして、光が長くなる。形のない光が分け隔てなくみんなをキラキラと照らしている。そこには上も下もなかった。本来はきっとそう。人間の上にも下にも人はいない。


わたしは……


黒い塊のような人、人、人。一人では大したことできないくせに、徒党を組むと非常に残酷で残虐で、その言葉や行為は日に日にエスカレートして……。わたしが悪かったわけではないのに、でも、正しい感覚や感情を壊してしまった。何が正しくて何が間違ってるのかとか、自分が一体どのぐらい傷ついたのかという感覚さえ壊れてしまったんです。


わたしは……


人が怖くてたまらなくなって、それでもその怖い人たちの間で生きていかなければならない。逃げることだけはしたくなくて、かろうじて踏みとどまったギリギリの場所。でも、本当はずっと耳の奥で、頭の中でがなり立てる声が今も聞こえる気がする。


わたしは汚いって。でも、わたしは、汚くなんてない。


「芽衣、始まった。こっちまで届くかな」


明るい声を上げながら海の方をまっすぐ眺めるトシ君がすぐそばにいて、わたしの肩を抱いた。わたしのすぐそばにいた。


セラピーの先生をはじめ、いろいろな人にわたしは悪くないと何度も言われ、そして、トシ君には芽衣は汚くなんてないと言われてた。それは頭では理解できているのだけど、それでも、傷ついた心には染み付いている。誰かがわたしを指差して、また、わたしは汚いと突然言い出すのではないだろうか。怯えがベッタリと張り付いている。


歓声を上げる人たちの中で、フラッシュバックのように昔の怖い経験を思い出しながら、でも、横に自分を支えてくれる手があった。すぐ横に。そして、形のないもの、光がまっすぐにわたしたちに向かって伸びてくる。


その時、理屈ではなくて感覚で分かったことがある。その光の中に神様とひいおばあちゃんやいろんな自分に繋がる人たちがいるような気がしたんです。それは生きている人や死んでいる人、みんなそこにいた。特に大した理由もなく、きっとただ面白かったという理由だけで、抵抗しない自分を痛めつけた人たち。その真っ黒な、人、人、人。その黒い人たちの影になって見えなかった光の中にいる人たちがいる。


わたしにはわたしを愛し、守ってくれる人たちがいるのだということが、人間は時々見えなくなってしまうんです。その人たちが何度言葉に出して、手を差し出してわたしを救い出そうとしてくれても、落ちてしまった穴から這い上がれない。同じところに戻れない。


声を出すことのできないその光の中の人たちはでも、やっぱり見守ることしかできないのだと思う。愛は、愛には形がない。でも、心の奥までその光が届いたら、自分で立ち上がることができる。自分を愛し守ってくれる人たちのために自分ができること、それは、穴から出て元気に生きることなんだって。


トシ君が、トシ君だけじゃなくて芽衣ちゃんを愛し守りたいと思っている人たちの願いが、神様のお手伝いを得てやっと芽衣ちゃんの心の奥にまで届いたかもしれない。


「トシ君」

「ん?」

「ありがとう、連れてきてくれて」

「うん」

「わたし、がんばる」

「芽衣はもうがんばってるよ」

「うん。でも、もっとがんばる」


時が経つのを忘れて見惚れていたあと、夕陽はその姿を海に消し、暗くなって初めて現実を思い出す。ここ、二人の家から結構離れてるんですよ。


「帰んなきゃ」


慌てて立ち上がった。バスを待つ時間がもどかしくて帰りは30分ほどかかる道を早歩きで歩きました。そこそこの距離なんだけど、この世のものとは思えないような美しい光景を見た後のせいか、それに元々二人は若者だしね。全く疲れを感じなかった。


「なんか今日だけは地の果てまでも寝ないで歩いていけそう」

「その気持ちはわかるけど、意味のない行為だよね?」

「アンパン100個目の前に積まれたら、全部平らげられそう」

「それも全く意味のない行為」


芽衣ちゃんの不思議な発言にいちいちつっこみを入れつつ、駅に着いた。切符を買って座席に収まってから思い出した。


「そういえば夕飯も何も食べてないじゃん」

「食べなくても地の果てまで歩いていけそう」

「はいはい」


芽衣ちゃんを座席に残したままで、出発までの短い間にトシ君が電車を降りて駅の売店で飲み物とお菓子を買ってきてくれました。


「こんなもんしか買えなかった」


適当に買ったお茶とポッキーを半分こして食べる。電車が発車した。二人の住む柳川へと向かう。日常へとゆっくり帰ってゆく。宴の後とでもいうか、祭りの後。その独特の感覚の中にいた。物事というのはいつもクライマックスがある。最高の盛り上がりの後に必ず、それは終わってしまう。その後も人生は続くわけで……。


思うに、今日の光の道を敢えて舞台だと仮定するのなら、舞台と人生というのは別の場所にある。人は舞台に一時身を預け、その舞台で得た感慨を人生という日常に持ち帰る。ただ、その舞台を離れるときに、どうしても薄れてしまう最高の陶酔感を少しでも多く持ち帰りたいなという切ない感覚に苛まれるのです。


「初めてってさ」

「ん?」


ポッキーをぽりぽり食べてる芽衣ちゃんにトシ君話しかける。


「特別じゃない」

「うん」

「将来、芽衣がまた光の道を見ることがあっても」

「……」

「今日の感動の方がきっとおっきいと思うんだよ」

「うん」

「だから、俺と初めて光の道を見たことを忘れないでね」


トシ君が誕生日に欲しかったのは思い出。好きな人の記憶の中にずっと残り続けたいという願望。しかし、祭りの後の切なさの後でポロッと口にした言葉は、芽衣ちゃんの心の中で別の波紋を呼んだのです。


その時、芽衣ちゃん、もう一度光の道の前に立つ未来の自分が見えた。その横にトシ君がいなかった。大人になった自分の横にトシ君がいなかった。その頭の中に見えた風景に、衝撃を受けました。


芽衣ちゃんには心を許せる人というのが少ないんです。

いつのまにかトシ君が自分にとって大きい存在の人になっていたということにこの時気づいた。もし、もう一度光の道を見ることがあるならば……


「なんか疲れたな」


芽衣ちゃんの横で腕を組んで目を瞑るトシ君。その寝顔を眺めながら芽衣ちゃん、思う。


もし、もう一度光の道を見ることがあるならば、その時横にやっぱりトシ君にいてほしい。一人であるいは誰か別の人とあの場に立って、そしてその誰かに思い出話を話す自分の声が聞こえる。


「高校生の時に学校サボってきたことがあって……」


自分の未来にトシ君がいなくて、そして、宮地嶽神社に来て、トシ君のことを思い出している大人の自分。その画がどうしようもなく寂しかったんです。どうしようもないほどに。


目を瞑ってた人が本当に寝てしまった。その人を揺り起こしてこう言えば良かったのかもしれない。もしもう一度ここにくることがあるとしたら、その時はまたあなたと来たいと。


でも、芽衣ちゃんにはもちろん、できませんでした。


その胸を切り裂くような寂しさの感覚を持ったままでトシ君にもたれて芽衣ちゃんも寝てしまった。



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