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僕たちのサボタージュ⑦













   僕たちのサボタージュ⑦













そして、昼ごはんを終えて駅へ向かった。


「どこへ行くんですか?」


駅の名前を聞いて、芽衣ちゃん首を傾げる。


「そんなとこまで行くの?」

「うん」


それは博多駅からさらに1時間ほどもかかる場所だったんです。首を捻り捻り改札を抜け駅のホームに入る。切符を持ったままでその切符を振りながら、駅名を頭の中で繰り返してた芽衣ちゃん。


福間、福間、福間に何かあったっけ?


「あ……」


そして、ふと思い出した。福間といえば……


「もしかして……」

「え、うそ。気づいちゃったの?」


芽衣ちゃんはそんなに出かけ回る人じゃないんですが、地図を見るのが隠れ趣味な人で、いろいろな場所に何があるのか知っている。トシくんに向かって興奮した声で人差し指を振りながら話しかける。


「サボるのがメインってのがそもそも嘘」

「うーん」

「本当は週末ではダメで、平日の、しかも今日じゃないとダメだったんですね」

「ギリギリまで秘密にしたかったのに」

「全然気づかなかった。本当にただサボりたいから今日にしたんだって……」

「芽衣はやっぱ知ってたか。でも、見たことはないよね?」

「初めてです」

「よかった。俺も初めて」


トシ君、芽衣ちゃんの答えにそっと笑った。

電車が来て、二人で乗った。座席に二人で並んで座る。


「でも、人がいっぱいいて今から行ってももう遅いんじゃないですか。確か整理券が出るって」

「詳しいね」

「いつか行きたいなって思って見てたんで」


芽衣ちゃんの隠れ趣味は、地図を眺めることなんです。行くあてのない場所をまるで旅をするような気分で色々調べるのが好きな人。


「心配しないでも大丈夫だよ」

「そうなんですか?」

「晴れてよかったね」


その言葉に芽衣ちゃん、目をキラキラさせながら、窓から覗くまだ明るい空を眺める。


「本当に本物を見られる日が来るなんて思ってませんでした」

「見ようと思ったら見られるでしょ」

「でも、思ってなかった」


芽衣ちゃん……


芽衣ちゃんは窓から覗く空を眺めていて、トシ君はそんな芽衣ちゃんを見ている。そして、声には出さずに話しかけていた。


生きてさえいれば、その気になればいくらでも、いろいろなことを現実という形にできるんだよ。芽衣がその気にさえなれば。


福間駅で降りてバスを待ちました。ここら辺はもう人がいっぱいいた。


「お祭りがやってるはず」

「え、そうなんですか?」

「そうそう。なんか名物のお菓子が参道のあたりで食べられるって」

「そんなことしてたら整理券が」

「だから大丈夫なんだって」

「なんで?」

「俺からの誕生日プレゼント」

「へ?」

「予約したんだよ。お金出して……」

「ええっ」


その時、お昼の2時を過ぎてました。芽衣ちゃんがさっきから騒いでいる整理券は14時から配られるものなんですが、年々人気を博すこのイベント。近年ではその14時から配られる整理券のために午前中から現着する人もいるらしい。


「俺からの芽衣ちゃんへの形のないプレゼント」

「トシ君の誕生日のためじゃなかったの?」

「芽衣ちゃんはひねくれてるからそう言っても来てくれないし」

「……」

「それに一緒に来られて思い出ができたら、それは俺へのプレゼントにもなるし」


かぐや姫的な無理難題を言って、でも月には帰らない芽衣ちゃんへのトシ君の心づくし。これにはひねくれた芽衣ちゃんも流石にちょっとじんときた。


「ありがとう」

「あ、それは、せっかくだから後まで取っておいて」


とし君、笑った。滅多に言ってくれないありがとうは、こうなればもうここぞという時にそっと一回だけでいいから聞かせてくださいよと。


バスに乗って、なんとなく何も話さずに、だけど手をつないで前へ進む。時々、こんなことがある。言葉を交わさずに一緒にいても、気まずくならない人と時を過ごすことが。言葉というのは時に心地よい沈黙を壊すものであるし、また、本来であれば相手とより近づくために発せられるはずの言葉が相手と自分をより遠ざけることだってあるのだし。


この世の中で出会ったすべての人と仲良くなれるわけでもなく、分かり合えているのかもしれないと感じあえるわけでもない。


分かり合えているというのは本当はきっと錯覚なんです。だって、人間は一人一人違う。理解し合うことなんてできない別々の人間なのだから。だけどその現実は孤独感を連れてくる。人はきっと、人にはきっと、この人とわかり合っていると錯覚する瞬間が必要なんです。


生きていくために。自分は孤独ではないと感じるために。


芽衣ちゃんは、かつて決心していた。孤独であることに打ちのめされない自分になろうと。一人でも元気な人になろうと。それは、自分のある一定の距離からこちら側に人を踏み入れさせないことで、完成するはずでした。


「あ、ほら、これ、これ食べよう」


バスを降りるとトシ君が明るい顔で参道脇にあるお店を指差す。店先で注文するとその場で焼いてくれた。


「あつっ」

「思ってたよりおっきい」


それは、松が枝餅でした。餡子をお餅で包んで焼いたもの。10月、秋の高い空の下で、焼きたてのお餅を歩きながら食べた。


「よもぎが食べてみたいです」

「ああ、はいはい」


緑のお餅と白いお餅を半分食べて交換した。本堂に向かって緩やかに登ってゆく。人がたくさんいた。その様子を眺めながら芽衣ちゃんがトシ君に聞く。


「今日が本番というか、一番真ん中に来る日なんですか?」

「そうだね」

「明日とか明後日とか、週末だとそんなずれちゃうんですか?」

「いや、今週1週間はそれなりにどの日もいけてるみたいだけど」

「だけど?」

「やっぱり一番ご利益ある日がいいかなぁって」


石の鳥居をくぐり、石段を一段一段上がる。一番上まで来て二人で振り返りました。


真っ直ぐに伸びる道が海まで続く。それは綺麗というよりは、清々しい。そして神々しいと云うべきなのかもしれません。トシ君と芽衣ちゃんが訪れていたのは、宮地嶽神社の参道、光の道。


「夕日の時間まではまだちょっと時間ありますね」

「せっかくだから、お参りして行こうよ」


本堂の方へと進んでゆくとこれほどかというほどにでかいしめ縄がかかっていた。


「これ、どうやって作るんですか?」

「どうやって作るんだろうねぇ」

「写真で見るよりおっきい」

「そりゃ本物はね」


宮地嶽神社へ向かう参道はまっすぐに神社と海を繋いでいる。2月と10月の一年に2回、海へと沈む夕日の光がまっすぐに道を輝かせ伸びて神社までを結ぶ日があるのです。この神秘的な現象をみるために今では全国から人が集まる。神社では当日整理券を出し、並んだ人から参道の石畳の階段に場所をもらって座るわけですが、参道の上部の方はお金を出して事前に予約ができるのです。


光の道を見られる時期は2月も10月も約1週間くらいの幅があるのですが、その時期の中でも最も中央にくる日がある。その日は平日でした。トシ君、だから、学校を一緒にサボりたいなんて突然言い出したわけで……。


「もうそろそろ受付を済ませた方がいいかも」

「そうなんですか?」


一度本堂から参道へ戻り鳥居の横の受付までゆく。そこにはたくさんの人が並んでいました。


「芽衣、ちょっと待ってて」


芽衣ちゃんを待たせてトシ君が列に並ぶ。受付が終わると今度は本堂の中へと案内されます。


「何があるんですか?」

「祈祷してもらえるんだよ」

「え……」


正確にはこれは光の道の拝観料ではなくて、祈祷料として払っているのです。夕陽を拝む前に祈祷料を払った人たちが本堂へと案内される。その場では、祈祷者の一人一人の名前とその願いが声に出される。


「トシ君なんでお願いしたんですか?」

「そりゃ、良縁成就でしょ?」

「学業成就じゃないんですか?」

「学業成就しても、幸せになれるとは限らないし」


というか、君は、女難の相がでているから、それを払ってもらった方が良かったのではないか。祈祷が終わって皆ゾロゾロと本堂から参道の石段へと続くあたりへと移動する。そこに椅子が並べられていてそこから今夕、光の道を眺めるわけです。ただ、まだ夕陽が落ちるまで時間がある。


「せっかくだから他のところも回ってお参りしようよ」


それで、本堂はもう見たので、本堂とはまた違う奥の宮を見て回ってたのですが、


「トシ君、こんなことしてるともう始まってるかも」

「いや、まだでしょ」

「でも、見逃したらと思うと気が気じゃありません」


芽衣ちゃんが落ち着かなくて、奥の宮の参拝はそこそこにまた本堂の前まで戻ってきて並べられた椅子とは少し離れたところで二人、夕陽が落ちてくるのを待ちました。


「一体どんな理由があって、こんな日がまっすぐに落ちる方角に神社を作ったんでしょうねぇ」

「どうしてだろうねぇ」

「トシ君、世界にはですね。他にもこういう人間が造ったものと自然の光が作り出すコラボみたいな建物があるんですよ」

「そうなの?」

「チチェン・イッツァのククルカンのピラミッドです」

「へ?」

「羽毛のある蛇の姿の神様のピラミッドで、ピラミッドの階段の両脇にククルカンの頭だけが神社の狛犬のように置いてあって」

「うん」


まるで、観光ガイドのように立板に水で説明をする芽衣ちゃんにトシ君、相槌を打つことしかできません。


「春分と秋分の時には光のあたる角度によってその頭につづく体が影になってピラミッドに浮かび上がるんです」

「へー」

「見に行きたいんです」


両手を拳にして力説する様子を可愛いなと思いつつトシ君、あっさりと返す。


「行けばいいじゃない」

「メキシコですよ」

「……そりゃすぐは無理かもしれないけど、いつかは行けるでしょ」

「いや、メキシコですよ」

「行こうと思ったら行けるでしょ。今日、学校をサボったみたいにさ」


ふっと、芽衣ちゃん、噴き出した。


「そういえば、学校をサボったことを忘れてた」


おまわりさんの前を息を止めながら歩いていたあの時が、はるか昔のように思える。


「今更ですけど、思ってたより結構ドキドキしました」

「ワクワクしたってこと?」

「いや、ドキドキしました」


これは、恋の始まりの予感にドキドキするというようなものではなく、横断歩道の階段を上っていて途中で苦しくなるようなそんなドキドキです。監視カメラがどこにあるかを一つ一つ確認しながら、灰色の未来を思ってマスクで顔を隠してた自分を思い出してた芽衣ちゃん。すると、少し前方でざわざわと人が並び始めた。


「あ、もうそろそろ始まるみたい」



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