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僕たちのサボタージュ②












   僕たちのサボタージュ②













その日、結局そのまま誕生日の話はできずに、帰った芽衣ちゃんとトシ君。数日後、とある午後にこれまた突然の愛美ちゃんからの連絡が入る。バイトにこいと一方的にメッセージが入り、虫のいどころの悪かったトシ君。休み時間にコールバックしました。廊下に出て窓際の壁に寄っかかりながら。


「やだ」

「何がだよ」

「だからバイト」

「もう、そんなこと言わないで。ね」

「なんで?今日はちゃんとシフト入ってたでしょ?里奈ちゃんが」

「その里奈ちゃんがさ」


生き生きと話し出す愛美ちゃん。


「里奈ちゃんが?」

「突然、ライブのチケットがあたっちゃって、あの、なんだっけ?あの子の大好きな」

「……それで?」

「福岡に初めてくるんだよ。絶対行きたいって言って発売開始当日に買おうとしたけど売り切れで」

「だから?」

「それが、なんかで当たったか譲ってもらえることになったんだと」

「そんなわがまま」

「バカ、トシ、21世紀になってもな、渡る世間は鬼ばかり*6なんだよっ」


しばし、考える。沈黙。


「いや、違うだろ、それ、文脈から言って」

「あ、間違えた。情けは人の為ならず*7だ」

「つまりは、里奈ちゃんに恩を売ったわけだ」

「そうそう」

「だけどさ、今時の若い子なんて、買った恩を忘れてサクッといなくなるんじゃね?」

「縁起の悪いこと言うんじゃねえよ。じゃ、いつもの時間な」


切れた。MS.横暴と二つ名をつけてやろう。


「誰と話してたの?」


いつの間にか隣に浩史君が来ていた。いつも通り平和な羊のように穏やかな顔をしている。


「うちの猟奇的な従姉妹」

「愛美さん?」

「信じられないくらい一方的で強引なんだけど」

「そうなの?優しいお姉さんって感じじゃない」


浩史君も愛美ちゃんのことは知ってるのです。狭い社会ですからね。ただ、愛美ちゃんの外面しか知らない。


「利用できるものはなんでも利用するおっかねえ人だよ」

「……」


トシの暗い顔を見てちょっと背筋がひやっとする浩史君。


「トシって、女運、悪いんじゃない?」

「……」


ついぽろっと言ってしまった。それが、愛美ちゃんの強引さにはすでに慣れてるしどうでもいいからハートに来ないんですけど、数日前の芽衣ちゃんの一件でめげていたトシ君のハートの中央にすこーんと当たってしまった。軽く流せません。顔が凍った。


そして、うっかりしたところはあるものの、優しい浩史君。


「あ、ごめん……」


本当のことを言ってしまったので、謝りました。すると乾いた声をあげるトシ君。浮ついた笑顔を浮かべながら片手で髪をかきあげる。


「ん、いや、別にいいよ。なんとも思ってないから」

「トシ?」


それから、少し影が薄くなったようにも思えるトシ君、俺、トイレと言ってフラフラとあっちの方へ行ってしまった。……カゲロウのようでした。ハラハラと見送った浩史君。そこへ、いつもの調子の圭介君がくる。


「何やってんの?」

「どうしよう圭介」


折よく寄ってきた友達の腕に縋り付く浩史君。


「どうしようって?」

「俺、トシに言っちゃいけないこと言ったかも」

「なんて言ったの?」

「トシって……」

「うん」

「女運悪いんじゃないのって」

「……」


圭介君、一気に難しい顔になる。たったままで腕組みをして仁王立ちする。


「そりゃ、浩史、まずいだろ」

「だめだったか?」

「本当のこと言っちゃだめだろ。しかも、本人が気づいてなかったのに」

「え?」

「トシはいろんなことに自覚がない人なんだよ。でも、これで、知ってしまったな。自分に女運がないことに」


チーン


「どうしよう?」

「どうしようって言っちゃったもんはしょうがないだろ。取り消せないんだから」

「だって、ほんのちょっと前にポロッと言っただけだよ。時間を巻き戻せないかな?」

「それはかなり高度な……」


ドラえもんだったら楽勝だけどな、しかし、現在の科学では難しいだろ。


「じゃなきゃ、トシの記憶を消せないかな?」

「それもやっぱりかなり高度だし、危険を伴うような……」


ピンポイントで記憶なんて消せないから、危ない薬とか使って現実の認識を危うくさせてはいかがでしょう?でも、それだと廃人になっちゃうよ。


そして、当たり前のことだが、休み時間は終わった。


強引な従姉妹に押し切られ、部活を適当な理由つけてサボり、(父親の収入が足りないので、時々バイトしてるんですと言っている)七星に向かいがてら、トシ君は自分の女運について考えていました。


俺って、女運、悪いのかなと。


そして、女運が悪いとはつまりどういうことを言うのだろうと考える。つまりは、悪い女につかまって、自分の人生を持ち崩すということだろうか。芽衣は俺を破滅に導く女神かなんかだろうか?それから、更にかぐや姫について考えました。自分に求婚した男たちに無理難題を言いつけて、お釈迦様の石の鉢、蓬莱山にある玉の枝、唐の国の火鼠の皮衣、龍の首にある五色に光る玉、燕の巣の中にある子安貝。お金をかけて偽物を作った人はまだいいが、死にかけたり、怪我したりした男もいたはずだ。これは現在の法廷に持ち込んでも(あの男たちが勝手にやったことですと澄ました顔で発言する超絶美女の被告が見える)、かぐや姫を有罪にはできないと思うが、ここに悪意がなかったと言い切れるだろうか?


かぐや姫、元祖悪女伝説について思い馳せながら、バイト先に着いたトシ君。着替えてフロアに入ると従姉妹がいない。


「あれ、愛美は?」

「ああ、牛乳が足りなくって買いに行ってる」


厨房からのんびりとした声が聞こえる。これがディナーに入る人、絵に描いたようなだめ男。しかし、今はちゃんと働いてた。ディナーの仕込みのためにまな板に肉を並べて叩いてました。それをバットに並べると塩コショウを振っている。ガリガリと黒胡椒が削られる音を聞きながら、キッチンとフロアの間のカウンターに頬杖ついて、その様子をぼんやり眺めてた。平日の夕方、お客さんはまばらでした。


「トシ、今日、部活とか大丈夫だったの?」

「そりゃ別にどうとでもなるけど、突然ライブって、里奈ちゃんも勝手だよね」


そこでチラリと顔をあげてトシ君を眺める、ひでさん。ひでさんって言うのね、この人。


「それな」

「なに?」

「結論から言うと、里奈ちゃんはそんな悪くないから責めないであげて」

「なんで?」


そこでバットにラップをかけて冷蔵庫にパタンと入れた後に、厨房とフロアの境目のカウンターに近いところまで戻ってくるとため息をつく。


「だめ元で応募してたチケットが当たったって大騒ぎした後に、ああ、でも、シフトもう入れちゃったしって一瞬引いたんだよ。俺、そばで見てたんだけど」

「うん」

「いいから行っといでって焚き付けたのは愛美だから」

「あー」


まぁ、そんなことだろうとは思ったけどさ……。ため息の出るトシ君。


「そこまでして従業員に媚び売るもの?」

「そうじゃないんだよ」

「え?」


トシ君としては、今回のこの件は、愛美ちゃんが里奈ちゃんに貸しを作ろうとしてのことだと思ってた。違うの?


「ちょっと水ちょうだい」

「はいはい」


ケーキのショーケースがあって、その上にピッチャーが置いてある。その水をグラスに注いでひでさんに渡した。ひでさんは、シンクで手を洗ってから、腰から下に巻いてるエプロンで手を拭く。


「あー、タバコ吸いたいな」

「減らしたほうがいいよ」

「みんないうな、それ」


ごつい指輪をはめた手でグラスを受け取って水を飲んだ後、今日の分の仕込みは済んだのか厨房の中のタイル張りの調理台に軽く寄っかかってグラスを持ってない方の空の手が物欲しそうにしてる。暇な時はいつも勝手口から外へ出て、タバコを吸ってる御仁だ。


「トシが入るとさ、売り上げが増えるんだよ」

「え?」

「たまに入ってるバイトの子ってんで、話題になってるよ」

「は?」

「あ、これ、俺が言ったって秘密な。トシはこういうの嫌がるから絶対秘密にしてって愛美に言われてるから」


人差し指を一本立てて口の前にたてるひでさん。


「なんじゃそりゃ」

「ま、でもさ、時々でいいから入ってやってよ。お客さん来てなんぼだからさ。助けると思って、ね」


両手を合わせてお願いされてしまった。それで、怒りの矛が収まるトシ君。もともとこの子、怒りっぽい人じゃないしね。そんな雰囲気を感じ取ってすかさず話題をかえるひでさん。


「そういえば、この前、彼女と来てたんだって?」

「あー」


一瞬忘れてた、ハートの真ん中にスコンと当たった件が浮上してきてしまった。しばらく、天井を眺めて黙った後で(悲しかったあの場面を回想してた)、口を開くトシくん。


「ね、ひでさんってモテますか?」

「は?なに、急に。君のような人にだけは聞かれたくない質問だな」

「モテますよね?」


この人ね、別にそんなすごいかっこいいわけじゃないんだけど、なんというのかなぁ?するりといつの間にか寝床に入り込む猫のようなところがあるというか……。相手の女性に警戒心を持たせずいつの間にか寝床に入り込んでいる感じでしょうか。


「まぁ、全然モテないってわけでもないか。そこそこ?」


女の人の家に転がり込んで、生活費を浮かし、長くなりすぎない程度で潮時を見定め、出ていってしまう猫のような男です。……恐るべし。


「彼女の誕生日に」

「うん」

「なにが欲しいって聞いたら、形のないものって言われたんですよ」

「は?」


笑われた。


「なんで笑うんですか」

「いや、寧ろ、すごいいい女だなって俺は思うんだけど。金がかからない。俺ならそこで愛を送るけどな」

「……」

「なにを悩んでるの?形のないものを贈れと言われたなら、愛を送っときゃいいだろ、とりあえず」

「いや、喜ばないんで」

「え?」

「そういう人なんです……」


もし、彼氏と彼女で話してて、彼女が甘いかわいい顔で、わたしは形のないものが欲しいと言われたら、そりゃ、愛と一緒に指輪とかなんか女の子が喜びそうなものを贈っておけば良いのでしょう。でも、そういうんじゃないんですよね。


「どういうシチュエーションで、形のないものと言われたの?」

「なんか、形のあるものはややこしいからと言われました」

「あー」


しばし上目遣いで考えるひでさん。


「友達からはもらうけど、俺からもらうのはやだって」

「それって、別れる前提だよね」


チーン


「別れる予定の人から形のあるものもらうと、別れた後に処分がややこしいってやつだよね」

「……」

「……大丈夫?」


敢えて言葉にしてこなかったことを、あっさりと文字化されてしまいました。


「いや、でもさ。ケロッともらっといて、別れた途端に質屋に入れられるのよりいいだろ?そこに愛はあるよ」

「……」


両手を振りつつ妙な力説をするひでさん。それも確かに愛なんだろうけど、そういうささやかな人類みな兄弟みたいな愛ではなくて、もっと普通の愛が欲しいのですが。


「つうか、それ、彼女って言える?」

「……」


何人も女を渡り歩いてきた男は、物事の現実的な側面を見て意見する。


「トシならいくらでも選び放題だろ。別の子にしたら?」

「それはもう何人にも言われてるんですけど……」

「あー」


そこでなぜか、したり顔になるひでさん。顎髭を撫でる。


「なんですか?」

「トシってMなんだね」

「え……」

「俺の友達にもいる。うまくいく子には興味が持てなくて、うまくいかない子に夢中になっちゃうやつ」

「……」

「俺にはその気持ちが全然わからんのだけど、そういう人種がいるのは認めるよ。君はMだ」


チーン


今日、自分は女運が悪いと言われ、そして、自分はMだと認定された。

……何の記念日でしょうか?全く呪わしい。それからトシくん、ため息をついた後に、自分もグラスに水を注いで喉に流し込む。それからおもむろに言いました。


「形のないものって何を贈ればいいんだろ?」

「えっ」


その独り言のようなつぶやきに、ギョッとするひでさん。この人、緩やかなS?相手を困らせてくすぐるプロ。どちらかと言えば芽衣ちゃん側の人間です。そんなひでさんからすると、この発想はわからない。


「そんなわけわかんないこと言ってんだったら、別になにも贈らなくていいじゃん。まだ何かするの?」

「誕生日だし……」


その時、今まで数多の2人の周囲の関係者が感じてきたのと同じ境地にひでさんも至る。こんなかっこいいのに、こんな苦労して、スッゲー可哀想、この人。


そう言えば俺もそれなりに年とっちゃったけど、トシぐらいの頃はこのくらい純だったかなと思う。(ちなみに真実を言うと、ひでさんはトシ君くらいの頃から故意的にSプレイヤーで食えない男でしたが、本人忘れてる)そこでSな男にしては珍しく年下男子にアドバイスを試みる。


「じゃあさ、形に残って処分に困るものがやだって言うなら、なんか食べにでも行けば?」

「へ?」

「綺麗なとこで美味しいもん食べて、思い出には残るけど、形には残らないっていうのなら、その彼女も文句言えないんじゃない?」

「なるほど」


ちょっと目が明るくなった。


その様子を見ながらひでさん、宗教画を見たような厳粛な気分になりました。この純粋な気持ち……。(自分とは違う)尊い物を拝んだ気分になったぜ。自分の利害とは関係ない話なんだけど、トシにはうまくいって幸せになってほしいなと思わず思ってしまう。珍しく。


そして、その日のバイトの帰り道。トシ君は、まだ形のないものと形に残らないものにこだわっていた。まるで数学の証明を解くように、問題文の些細な部分について引っかかってました。


芽衣が欲しいと言ったのは形のないものであって、食事って形があるじゃないですか。口に入れて食べてしまえばなくなるけど。芽衣ってなんか理屈っぽいとこあるし、二人で食事にいったら


「これは、形のないものではないですよね?」


とかなんとかぶつぶつ言って、まず間違いなく割り勘にされてしまいそうな気がするのだけど。


なんかそれって、プレゼントって言える?

それからもしばらくこの問題は、トシ君の頭の中で検討されることになった。


***


*6 渡る世間は鬼ばかり

もともとは渡る世間に鬼はない 世の中には無情な人ばかりがいるのではなく、困ったときには助けてくれる情け深い人もいるものだという諺。それを逆さにひっくり返してつけられたドラマタイトル。原作はおしんの脚本家、橋田壽賀子である。1990年から放映。


*7 情けは人のためならず

人に優しくしてもその人のためにはならない という誤用が多いが正しくは人に優しくすれば最後には巡り巡って自分も人に親切にされることから、人に優しくするのはその人のためではなく自分のためであるという意味の諺。


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