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一枚足りない⑧













   一枚足りない⑧













簡単に言えば、1Bのお化け屋敷は、当初予定していた以上に高いクオリティでもってスタートした。そして、細かな集客プランも立てていましたが、単純な市場である、ただ、お化け姿の芽衣がふらふらと歩くだけで特に捻った宣伝文句を言わずとも次から次へと人が来た。


「1Bでーす。よろしくお願いしまーす」


幽霊役はただ歩くだけ。横のクラスメイト、あの演劇部の吉本さんがクラス名を言うだけ。それで宣伝終了だ。通る先通る先で悲鳴が上がる。とある時など、トイレに入って芽衣とよしが手を洗ってて、後から入ってこようとした女子がその場で腰を抜かし悲鳴を上げて逃げてった。


「ここまですると流石に申し訳ない気が……」

「いや、大丈夫、大丈夫」


しばらくすると、逃げてった子に呼ばれた教師がトイレを開ける。


「ん?」

「先生、ここ、女子トイレ」

「おう」


この話も尾鰭がついて、男性教員がわざわざ女子トイレを覗かざるを得なかったクオリティということで、更にお化け屋敷へ客足が伸びた。


「ね、中村さんも、中やらないと」


幽霊交代の時間である。ずっと校内をうろついていた芽衣。今度は交代で中をやってた春菜か瑞樹と交代しようと教室に戻ってきた。


「どう?」

「まずまずじゃない?」


ベランダ越しに裏方控え室へと回ってきた。出番を待って控えているクラスメイトがご機嫌な様子で迎える。春菜が今は井戸の中にいて、瑞樹がベランダで休んでた。瑞樹に向かってよしが声をかける。


「ね、今度は交代で瑞樹が校内回って」

「え?」


声をかけたよしに向かって、椅子に座って休んでた瑞樹がガンを飛ばした。


「ヤダ、その顔で睨まないでよ、超怖いんだけど」

「……」

「ね、交代制だってちゃんとみんなで決めたでしょ?ちゃんとやってよ。中村さんはもうずっと回ってたんだよ」

「ヤダ」

「え?」


この時、吉本さん、ちょっとやな顔をしてしまった。それを見て、瑞樹ちゃん不意に立ち上がった。


「あんたがやってみろよ」


そして、かぶっていたカツラを吉本さんに脱いで投げつけると、ベランダ越しに校舎に入ろうとして、そして、渡り廊下を歩いてゆく生徒たちを見つめながら立ち尽くす。困って周りを見渡して、そばにあった誰かのジャージを掴むと、頭から被って校舎に入り込むガラス戸を引き開け逃げてった。頭にジャージを被り、浴衣姿で。


「ちょっ、瑞樹?」


慌てて追おうとするよしを芽衣ちゃん、捕まえた。


「中村さん?」


首を振って止める。すると、教室側の引き戸がカラカラと開いた。


「どした?」


芽衣よりは背の高い幽霊姿の春菜が顔を覗かせた。騒いでる声が聞こえたのだろう。


「なんか瑞樹が急に怒って」

「うん」

「逃げてっちゃったんだよ」

「あ、そう」


さっきあったことを興奮気味に話すよしの言葉を聞きながら、瑞樹が消えてったって方向を眺めていた春菜ちゃん。


「ちょっ、春菜、聞いてる?」

「聞いてる、聞いてる」


ぽんぽんとよしの頭を叩いた。それから、春菜ちゃん、傍で固まっていた芽衣の方を見る。


「芽衣」

「はい」

「ちょっとかわって、瑞樹のこと探してくる」

「どこに行ったかわかるの?」

「よくわかんないけど、ま、見つかるでしょ」


それからクラスに戻ると、自分と替わって芽衣が中やるからと簡単に告げると、ベランダを伝って自分も校舎に入ってく。芽衣ちゃんは教室に入らずにその春菜ちゃんの後ろ姿を見ていました。


それは、いつもの春菜ちゃんだった。まっすぐ伸びた背筋。ただ今日は浴衣を着ていて、顔が真っ白。でも、それでも春菜ちゃんは揺るがない。いつもの春菜ちゃんでした。


校舎の中で、春菜を見かけた1年生女子が最初ギョッとして、それからおそらくそれが春菜だと気づいたのだろう。大笑いしながら春菜の腕を取り興奮してる。それを柔らかく返しながら、そっと手をあげて向こうへとゆく。学生たちのわんさかといる方へ。


「ね、中村さん、位置ついて」

「あ、はい」


春菜ちゃんの背中を見ていた芽衣は、そこで教室の中に入った。


幽霊の声はもう録音してあって、音を出すのは他のクラスメイトがやってくれる。芽衣はただ黙って合図を受けたら立ち上がる。立ち上がった自分をライトアップするのもタイミングを合わせて他の子がやってくれる。


暗い中で立ち上がり一瞬、ぱっとライトを当てられるくらいならば、自分が誰かわかる人はいないのではないかと思う。誰がやっていたのか名前をこちらから言わなければ、普段の自分と今日の自分を結びつけられる人はいないだろう。そのくらい、変身した自信はある。


ただ……


この教室を出て、校内を歩き回れば別だ。最初はみんな、それこそ腰を抜かすぐらいに驚き、しかし、しばらくすると恐る恐ると好奇心を持って寄ってくる。喜んで写真を撮ってくるし、一緒に撮ろうと言ってくる。そして、もちろん名前を聞かれた。


瑞樹ちゃん、嫌だったんだ、お化け役。


その時、芽衣はただ合図に従って立つだけだった。何か話したり特に動いたり表情を作ったりする必要はなかった。むしろ、茫然自失の雰囲気でいることは相応しかったのです。


芽衣ちゃん、瑞樹ちゃんの様子を見たショックでぼうっとしてた。


小一時間ほどしてか、春菜ちゃんが帰ってきた。芽衣ちゃん、教室を抜けて出た。


「春菜ちゃん、瑞樹ちゃんは?」

「ああ、バレー部の控え室にいるよ」

「戻ってこないの?」

「あー」


芽衣の方を見ず、ベランダから空を見上げる春菜ちゃん。


「部室で待ってろ、出てくんなってわたしが言った」

「……」

「なんか、ほんとはやだったんだって、瑞樹。女の子なのに化け物なるのとか、顔に傷つくんのとか」

「そんなん、やならやだって言えばいいのに」


すぐ近くにいたクラスの女子がそう言う。


「別に瑞樹がやなら他の子がやるのに」

「そうなんだけどさ……。ま、でも、内心、すごいやだったみたいだから、このことみんなもう瑞樹に言わないであげて」


そう言って春菜ちゃん人差し指をそっと色の失せた自分の唇に当てた。


「今日、瑞樹はなにもしなかったし、なにもなかったってことでさ」

「じゃあ、明日、どうすんの?」

「いや、別に、わたしと芽衣がやればどうにかなるでしょ。ね、芽衣」


そう言って春菜ちゃんが芽衣ちゃんを見た。顔は怖くて、それは表情が怖いのではなくて、カラコンまで入れておばけの顔になってるからですが、ただ、声にはいつもの調子があった。人を安心させるそういう声。


「あ、芽衣。瑞樹は部室で待ってるけど、もうちょっとして落ち着いた頃にさ、行ってあげてよ。メイク自分じゃ落とせないし、あの子」

「うん」


そこまでいうと、傍に置いてあった自分の鞄からミネラルウォーター取り上げて数口飲んだ。ボトルを置く。


「今度はわたしが校内回りますか。芽衣は中ね、じゃっ」

「いや、外ならあたしが」

「なに言ってんの。わたしも少しは見せびらかしてこないと」


そう言って、ぽんぽんと芽衣の肩を叩いた。それから、立ち上がった。


「ね、春菜、聞いて。さっき、村上がさ」

「なに?」


宣伝役の女の子と喋りながら離れてく。やっぱりいつもの春菜ちゃんだった。


「ね、中村さん、もういい?」

「あ、はい」


教室から声がかかる。芽衣ちゃんはもう一度、井戸の中に戻った。


***


それから、更に一時間ほどしてから、校舎を回って戻ってきた春菜ちゃんと交代して芽衣ちゃんバレー部の部室へと急ぎました。浴衣姿の幽霊が脇目も振らずにかけてゆく。しかしこの頃には、1Bのお化け屋敷の幽霊が本物みたいだという評判はあちこちに流れてて、腰を抜かすほどに驚く人はいなかった。代わりにかけてく姿を目で追って、あ、あれが1Bの幽霊かと見送る人たちがほとんどでした。最も、校外から来るお客さんはポカンとしてましたけど。


「瑞樹ちゃーん」


メイク落としを持って部室の入り口の扉から恐る恐るのぞくと、奥にジャージに着替えてメイクだけ落とせていない瑞樹がいた。


「あー、ごめん。芽衣」


恥ずかしそうに笑いながら手を振る瑞樹。でも、その目元のメイクの崩れから、瑞樹が泣いたと知った。そのことにまた芽衣ちゃん少なからず動揺したのですが、ただ、今日の今日だけはその動揺はメイクのせいで伝わらなかった。部室に入り込んで、瑞樹に近寄る。


「今すぐ落としますね」

「助かる。ありがとう。これで外出られる。ここ、暑くって」


結構厚塗りしていたのをメイク落として落としてゆく。なにも聞いてはいけないと思うために、ついつい無口になってしまう芽衣ちゃん。するとしばらくして瑞樹ちゃん、ぽつぽつと話し始めた。


「芽衣ならさ」

「うん」

「学祭終わった後も揶揄われないと思うけど、ほら、芽衣って男子とかに揶揄われるキャラじゃないじゃん」

「……」


芽衣ちゃんの存在は、基本的に女子バレー部以外の人にとっては男女を問わず透明人間のように薄い。


「あたしってなんか男子から見たらなに言われても傷つかないって思われてんのか、結構いろいろ言われるし。こんなおばけの顔を晒したら、それこそ一生言われちゃうからさ」

「うん」

「美人な子なら、言われないんだろうな。こんなことしたって」

「……」

「つうか、美人な子にはさせないか、こんなこと」


その時、お化粧を落とされながら、笑った。悲しい笑顔でした。


「瑞樹ちゃん……」

「ごめん、芽衣、一緒にやろうって言ったのに」


芽衣ちゃん、ブルブル首を振った。


「なんか、気まずいな。クラス戻りにくい」

「誰も気にしてないよ。大丈夫」

「あたしが、こんなこと気にするなんて、誰も思ってもみなかっただろうね」


そして、ポツンとそんなこと言った。芽衣ちゃんなにも言えなかった。


「……夏帆んとこ、行ってみる。ごめん」

「うん」


ちょっとお互い沈黙した後に、瑞樹はさっぱりと明るい声を出した。


「あ、そうだ。忘れてた」


傍のジャージに手を伸ばした瑞樹ちゃん。


「これ、慌てて掴んで持ってきちゃって、よく見たら吉田のだったの」

「あ……」


学級委員の吉田君のジャージでした。


「芽衣から返しといて」

「うん」


幽霊姿の芽衣ちゃん、帰り道はトボトボと、吉田のジャージを若干引きずりながら教室へ帰った。


***


トシ君と顔を合わせた時、芽衣ちゃん、春菜ちゃんと交代交代で幽霊役をこなしながら、絶賛モヤモヤ中だったのです。


そして、場面をトシ君と芽衣ちゃんが迫力のツーショットを撮った直後に戻す。


「どうしたの?」


トシ君が傍で心配そうに芽衣ちゃんのことを見てます。なんでもないと答えればそれで済んだんですけど……。


「……」


なにも言わずにボケッとトシ君の顔を見てた芽衣ちゃん。その時間、数秒。


「あの、すみません」


そこで、トシ君不意に芽衣ちゃんから目を逸らし、傍にいた受付の子と芽衣と一緒に校内を歩いていた子に向かって話しかける。


「はい」

「ちょっと、この子、借りていい?」

「は?」

「あの、しばらくしたらちゃんと返すんで」


ちょっとポカンとして二人は顔を見合わせた。


「まぁ、あの、短い時間なら」

「ありがとう」


それからもう一回芽衣ちゃんに向かって声をかけた。


「芽衣、おいで」


そう言ってとりあえずどっかもう少し人の少ないところへ行こうと数歩前に出たのだけど、芽衣ちゃんぼけっと突っ立ってました。


「芽衣?」


それで、トシ君しょうがなく芽衣ちゃんの手を引っ張った。やっとゆっくり歩き出した。数歩歩いて、芽衣ちゃん、ふと我に返り、トシ君の手をパッと離した。


しかし、しかしですね、みんな見てました。みーんな見てました。


あ、手、繋いだ。すぐ離したけど。


一方、芽衣ちゃんとトシ君、人気のいない場所を探してちょっとうろうろした後に、屋上に上る階段に腰掛ける。


「ちょっと待ってて」


人のこと連れ出しておいて、トシ君がどっか消えてしまう。トシ君が戻ってくるのを待つ間。芽衣ちゃん、階段の踊り場に設けられた窓の向こうの空を見てた。空を見ながら、瑞樹ちゃんの顔と声を思い出してました。


「なんか人の学校ってよくわかんね」


そう言いながらトシ君戻ってきた。手に黄色い飲み物持ってる。透明のプラスチックの容器に蓋がついていて、ストローの刺さった黄色い飲み物。


「ほら、飲みな」

「……」


差し出されたので受け取り、よくわからないがもらったので飲んでみた。


「甘いの?それ」


それで、人に渡した飲み物を横から奪って飲んでいる。


「うわすっぱ」


そして、顔を顰めている。芽衣ちゃん、手を丸く空洞にしたままで、つまりはトシ君に渡された飲み物を持った形のまま、それを抜き取られたままでしばし考える。自分も飲みたいなら二つ買えばいいのに、どうして一つだけ買って人に渡し、そしてその次の瞬間に人から奪うのだろう?


「芽衣、どした?」

「いや」

「あ、返すね」


プラスチックの円筒状の容器を掴むために開けられていた空洞に、トシ君がレモネードを戻しました。自販がどこにあるのかわからず、仕方なくそばのクラスでやっていた喫茶店でテークアウトした黄色い飲み物です。


「あんだけ楽しみにしてたのに、どうしたの?なんかあったの?」


そして、トシ君、黄色い飲み物のことはほっておいて、本題に入った。すると顔色の悪い幽霊さんため息をついた。すぐ横で自分の片膝に肘ついて顎をのせながら芽衣ちゃんを覗いてるトシ君。


「わたしはやっぱりなんか変なんです」

「ほぉ」

「わたしがいろいろしたせいで、うまくいかなくなりました」

「……」

「やっぱりわたしは何もしないでおとなしくしてたほうがいい人間なんです」

「……何があったの?」


結論だけ聞かされるのであれば、こうやって話を聞いている意味がないので、もう一度聞きました。


「瑞樹ちゃんが」

「瑞樹が?」

「それに春菜ちゃんも」

「春菜も?」


それからの話はこうでした。みんなは本当はやりたくないのに自分のせいで幽霊役になってしまったと。


「いや、嫌ならいやっていうでしょ。子供じゃないんだし」

「嫌がってるのに気づくべきでした」

「いや、言わなきゃわかんないよ」

「でも、友達なのに」

「うん」

「気づかないで一生懸命、友達の顔に傷つけちゃった。女の子の顔に」

「ああ」

「わたしが普通の子なら気づいてました。わたしが変な子だから気づかなかったんです。やっぱりわたしには友達とか無理なんです」


恋人どころか友達すら無理になったか……。

困ったな。


とりあえず困ったので、喉が渇き、芽衣ちゃんの手の中から黄色い飲み物を取って喉を潤すトシ君。


「すっぱ」


やはり酸っぱかった。どうしてこの人、二つ買わなかったのだろうともう一度思う芽衣ちゃん。


「あのね」

「また、先生みたいな話ですか?」


話を始めようと思ったら鋭くつっこまれて思わずふ、ふふふと笑ってしまったトシ君。


「なんで笑うんですか?」

「いや、なんか懐かしいなと思って、それ」


しばし思い出に浸る。そうじゃなくて……


「あのさ」

「はい」

「多分、瑞樹も春菜も芽衣のせいだなんて思ってないって」

「……」

「芽衣は、多分過去のことがきっかけで人とぶつかるのが他の人以上に怖くなっちゃっていると思うんだけど」

「はい」

「芽衣のいう所謂普通の人だって普通に人とぶつかるし、芽衣が変な子だから人とぶつかるってことじゃないと思うよ」

「……」

「芽衣ちゃんが人と違うところは、絶対にぶつからないでおこうと思ってるところで、でも、そんなことができる人間なんていないんだけどさ、それで、もう一つ」

「もう一つ?」

「楽しいことなら人と一緒にできるんだけど、嫌なことというか悪いことが起きてしまったら全部一人でやろうとする」

「……」

「瑞樹も春菜も芽衣のせいだなんて思ってないから、自分のせいだなんて思い込まずに二人と話なよ」

「……」

「難しい?」

「わかりません」

「今日は、先生みたいって言わないの?」

「言ってほしいんですか?」

「いや、別に……」


ここで芽衣ちゃんまた窓から外を見た。


「瑞樹ちゃんを傷つけたくなかったです。友達だから」

「うん」

「わたしはどうあるべきだったんだろう?わたしは変だから、普通の人ができるような付き合い方ができないし」

「芽衣ちゃん」

「はい」

「誰も傷つけずに生きていける人なんてこの世にいないし、傷つかずに大人になる人だっていないんだって」

「トシ君がそれを言うんですか?」

「え、だめ?」

「……」


何も答えずまた窓から外を見る芽衣ちゃん。


「というか、ふと思ったんだけど、瑞樹や春菜のことはそこまで気にかけておいて、なんで俺のことは気にかけないの?」

「は?」

「俺のことを傷つけてるかもって一回でも気にかけたことある?」

「……ありますよ、そりゃ」

「今、返事するのに間があったよね」


そして、芽衣ちゃん、ふと思った。確かに。なんでトシ君についてはそういうことを全く気にかけずにきているのだろう。最初っからそうだったわけじゃないはずだ。いつから?


「嫌なら嫌と言ってくれないとわかりません」

「なんでそれ瑞樹と春菜には思わないんだよ」

「いや、トシ君、男だし」

「なんじゃそりゃ」


それから、別に深い意味はないのだけれど、もう一度黄色い飲み物を飲む。


「すっぱ」


どうして、毎回必ずそれを酸っぱいと評さなければならないのか、松尾俊之。


「春菜ちゃん一人に任せっきりにするのも悪いですから、戻らないと」


そして、幽霊さん、すくっと立つ。


「持ってかないの?これ」

「トシ君にあげます」

「芽衣のために買ったのに」

「でも、トシ君の方が飲んでるじゃないですか」

「酸っぱいんだよ。これ」

「とにかく要りません」


階段降りてく芽衣ちゃんと並んで降りようとすると、数段下から芽衣ちゃん上を見上げた。


「一緒に並んで歩かないでください。ここ、学校だし」

「今更じゃね?」

「とにかく並ばないで」


本当に今更だと思うんですけど。トシ君、そこで、こう言った。


「やだ」


芽衣ちゃん、それで、怒った。


「もう」


本当によくできてんな、このメイク。死んで生き返ったみたいだぜと思いながら、迫力のある怒り顔をつくづくと眺める。そんなトシ君をほっといて芽衣ちゃんプイッと踵を返すとスタスタ歩き出した。やだとは言ったものの、芽衣ちゃんに逆らってまで並んで歩く気のないトシ君、少し離れたところから芽衣ちゃんを追いました。教室の表からは入れないから裏手のベランダに回った芽衣ちゃん。ガラス戸を引いてその先へゆこうとしたところで、そっと振り返った。


トシ君がその時、そこにいるって芽衣ちゃん後ろを振り向かなくてもわかってた。トシ君ならさっさと芽衣ちゃんをおいてどこにもいかないって。きっとちゃんと教室に戻るまで見送るだろうってわかってた。


確かに振り向けばそこに、一人でちょっと離れたところから芽衣ちゃんのこと見てるトシ君がいました。芽衣ちゃんが振り向いたら、笑って、それから、じゃあねというふうに手を挙げた。トシ君は気づいてないけど、そんなトシ君を見てる女の子たちがやっぱりちらほらいました。


自分は、変なんです。


人と関わろうとすると、失敗ばっかりして、傷つけたくない人を傷つけてしまうこともある。だから、本当は自分みたいな人間は、みんなから離れて一人で大人しくしてたほうがいいんじゃないかといつも思ってる。


ただ、本当は、一人でいたいわけでもない。


みんなが見てるのはわかってた。だけど、どんなにやな態度取っても、酷いこと言っても、いっぱい間違えても、それでも、ああいう変わらない笑顔でそばにいてくれる、そういう人に対して自分は変わらなければならないんじゃないかと思った。


わたしは、強くならなければならないんじゃなくて、変わらなければならないんじゃないだろうか。よくわからないけれど、きっとわたしは間違った方向に一生懸命頑張ってたのかもしれない。


ちょっと離れて立ってるトシ君に向かって、芽衣ちゃん、ちょこんと手を挙げた。自分から手を振っておいて、トシ君、きょとんとした。いつものように完無視して教室に入っていくだろうと思ってたので。それから芽衣ちゃんは、トシ君にちょこんとだけ手をあげると、次の瞬間にはスルスルとガラスの引き戸を開けてベランダを伝い教室に戻って行った。


一方、トシ君はというと、たったこれだけのことで……、喜んでいた。そして、しばらくそこでしみじみ喜んだ後、自分が他校で一人、黄色い飲み物を持って手持ち無沙汰であることを発見した。よく考えてみると、俺、浩史と圭介とここに来たんじゃなかったっけ?奴らは今どこに?電話をかけてみた。


「はい」

「圭介、今どこ?」

「お前は?」

「どっかの廊下」

「そっか」

「そっかじゃなくて、お前らどこにいるんだよ」

「なに、お前、合流すんの?」

「いや、合流も何も俺ら一緒に来ただろ?」

「しょうがないなぁ」


それから、圭介君、いったんスマホから離れて周りの子にこれからトシが合流するけどいい?と聞いている。そこに浩史君の声だけじゃなく女の子の声が混じっているのをトシ君の耳が拾った。


「じゃあ、来いよ。お前、一人余分になるけどな」

「……」


合コン等で、誰かが突然欠席してしまったり、先に帰ってしまう人が出ると、男2対女3になったり、男3対女2になったりする。あれだ……。


「トシ、場所いうぞ」

「はい」


俺、もう帰ろうかなと思うトシ君。ただ、この流れで帰るとちょっと感じ悪いから、ちょっと顔出してから適当に帰ろうかと思う。


「わかったか?」

「ごめん、もっかい言って」

「なに?」


***


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