一枚足りない⑤
一枚足りない⑤
「まだあるわよー」
「どっから出てくんだよ、もう」
「イロドリミドリだなぁ、わぁ」
「あ、それはダメですよ。派手すぎます」
週末、昼の練習を終えて一旦それぞれ家に帰った後にシャワー浴びてご飯食べてから春菜ちゃんちに集合したみんな。春菜ちゃん、瑞樹ちゃん、芽衣ちゃんに夏帆ちゃん。春菜ちゃんのお母さんが次から次へと出して畳の上に並べる浴衣に歓声をあげていた。
「夏帆、お前、関係ないのになんで来てるの?」
「いいじゃんかよ」
賑やかな様子が気になったのか、奥からちらりと襖を少しだけ開けて顔を見せた人がいる。夏帆ちゃんが目ざとく見つけて手を振った。
「お、光、元気かー?久しぶり」
「何やってんの?」
「浴衣選んでるんだよ」
「ふうん」
開けた襖の隙間からさっと室内の様子を確認すると、
「ごゆっくり」
ささっとさがってゆく。
「なんだよ。つれないな」
「姉の友達なんかとつるまないだろ。弟は」
「昔は一緒に遊んでやったのに」
正確には、どちらかといえば従順な光君をおもちゃにして遊んでいたわけです。大事な飯塚家の跡取り息子なのですが、この人たちにかかれば、可愛いおもちゃでした!
「あー、これ、かわいい」
騒いでるみんなの横で、淡々と浴衣を眺めていた芽衣ちゃん。白い地に薄い藍と紫でほんのりと染められた朝顔の浴衣でした。
「地味だなぁ」
夏帆がいう。
「せっかくだからもっと赤とか入ったほうが芽衣は似合うんじゃね?」
「いや、それじゃ、お菊さんじゃないんで」
それを聞いてた春菜ちゃんのお母さんがため息をつく。
「ほんとにみんなで浴衣着たいっていうから張り切って用意したら、幽霊になるからだなんて」
そして、畳に座っていたのをぱっと立ち芽衣ちゃんの方へ寄りがてら、娘の春菜ちゃんの頭をポンポンっと叩き声を上げた。
「ほら、決まった子から着付けるわよ」
「いや、背丈に合うかどうか確認するだけでいいんじゃないの?」
春菜ちゃんがそういうと、
「せっかくじゃない。みんなで揃って写真でも撮りましょ」
「やった、じゃ、わたし、これ」
「夏帆は関係ないだろ?」
幽霊になるという目的があるため、赤や黄色の生き生きとした色は避け、みな白地に近い姿となる。夏帆ちゃんだけ、好きなの選びました。姿見の前でお母さんに着付けてもらった。
「はい、並んでー」
お母さんが写真を撮ってくれた。さすがに履物までは用意してなかったので、座敷から庭を背景にして。撮ってもらった写真を皆で覗きながらワイワイ言う。
「一番似合ってるの、芽衣だな。やっぱ、わたしたち、柄じゃないな、浴衣なんて」
夏帆ちゃんがそういうと、傍で選ばれなかった浴衣をテキパキと片隅にまとめていたお母さんが横顔で口を挟む。
「何言ってんの、みんな可愛いわよ」
「えー」
「鬼も18って言うでしょ?」
「オニ……」
鬼と言われてさすがにちょっと引いた夏帆。しかし、おばちゃん、続けるぞ。
「あんたたちも照れてるだけで、ちゃんと娘らしいわよ。人生の中で一番綺麗な時にいるんだから。ま、18にはまだちょっと早いか……。でも、ちゃんと可愛いわよ。大事にして、もうちょっと娘らしくしなさい」
話しながらもテキパキと手を動かし、着なかった浴衣を一旦大きな風呂敷に纏め終わったら座敷の傍に置く。
「じゃ、春菜。終わる頃にまた声かけなさい。そうそう、飲み物出してなかったわね。麦茶出してあげるわ」
そして、膝をぱんと叩くと立ち上がった。
「いいよ。自分たちでやるから」
「いいわよ、これくらい」
襖の向こうへ消えてゆく母を追いかけ春菜ちゃんが声をかけていると、入れ替わりに座敷を覗いた人がいた。
「なんだ賑やかだと思ったら」
「あ……」
飯塚家の当主である。みな、思い思いの姿勢でいたのを少し正した。
「お邪魔してまーす」
「珍しいカッコして……」
「うん、ちょっとね」
ゆっくりと座敷の中の娘たちを眺めた後に、傍に立っている春菜ちゃんを眺めるお父さん。
「なに?」
「いや、別に」
それからもう一度座敷の中を覗くと
「ゆっくりしていきなさい」
その声に皆ちょこんとお辞儀する。お父さん、それから家の奥へと消えた。お互いの浴衣の柄を見せ合いながらキャピキャピしているみんなの真ん中で春菜ちゃんが言う。
「さ、始めるか」
「何を?」
浴衣を着て、もう、目的は果たしていたと思ってた夏帆。立ってる春菜ちゃんを見上げる。というか、この人は関係ないんですけどね。
「浴衣着て終わりじゃないの?」
「今日はまだやんなきゃいけないことがあるの、えっと、どこだったっけ?ちょっと待ってて」
みんなを残して一旦部屋を出る春菜ちゃん。
「ね、何するの?」
「お菊の声を取るんですよ。あの、一枚、二枚っていう」
「え?」
「芽衣がやるんだよ」
「そうなんだ」
「あの……」
朝顔の浴衣を着て、突然暗い顔をする芽衣ちゃん。
「どうした?」
「吉本さんは、嫌な気分にならなかったでしょうか……」
「え……」
吉本さんは演劇部所属の女の子で、サバサバとした女子。演劇とバレーで畑は違うけど、わりと付き合いやすい人ですよ。
「だって、吉本さんあんなに演技うまいのに、一番の見せどころを取っちゃったというか……」
「……」
そこで、瑞樹ちゃんと夏帆ちゃん、初めてわかった。
芽衣、やりたかったんだ。お菊を……。そう言えば最初っからノリノリだったよな。
朝顔の浴衣で眉間に若干の皺を寄せて伏目がちに俯く、悩ましげな様子の芽衣ちゃん。
「いや、よし(←吉本さんの愛称)は、演劇でも発表あるし、こんなん気にしないって」
「そうでしょうか」
「つうか、忙しいところを手伝ってくれてサンキュ、だろ」
「はぁ」
多分、春菜は気づいてたんだよな。芽衣がノリノリでお菊をやりたがってるのを。芽衣のことはなんだかんだ言って春菜が一番わかってるからな。2人がそう思ってると春菜ちゃんが戻ってきました。手になんか持ってる。
「なにそれ」
「ああ、マイク。よしに借りたの」
「ええ?」
「スマホでそのまま撮ったくらいじゃ、音声がきちんと入らないんだって」
スマホと繋げて使う。外付けマイクでした。ピンマイクで襟元などに留められるやつです。
「なんか本格的ー」
「じゃ、庭でようぜ。井戸あるから」
「え……」
「知らなかったっけ?うち、使ってないけど古い井戸があるの」
春菜ちゃんちはね、古い日本家屋で敷地もそれなりにあり庭もあるのです。その庭は昔っからみんなの遊び場だったから、そこに井戸があるのは知ってた。知ってたけど……。
「浴衣着て」
「うん」
「もう、夜だし」
「うん」
「井戸のそばでやるって、さすがにちょっと怖いっていうか」
「何言ってんだよ。おねしょしてるような年頃でもあるまいし」
チーン
春菜ちゃんに言わせると、お化けを怖がっていいのは、おねしょをしている間だけらしい。すると、今度は瑞樹ちゃんが声をあげる。
「あれって、音だけでしょ?別にここでやれば?」
明るい座敷で録音している横にいるだけなら、怖くも痒くもありません。しかし、春菜ちゃんに呆れられた。
「何言ってんだよ。画像はいらなくても、できるだけ本物に近い状況でやったほうが臨場感が出るだろ。よくわかんないけど」
「そうですね」
すかさず同意する芽衣ちゃん。それで、嫌がる夏帆と瑞樹を引きずって庭に降りる。今日は浴衣に合わせた履き物がなかったので、飯塚家のつっかけを借りる。
古井戸は家の裏手の方にある。昔のお勝手場の脇にあるのですが、この土間のお勝手は今は物置になっていて普段は使ってないのです。離れた母屋からの光以外に灯りも乏しく、暗い……。
「せっかくだから、開けるか、井戸」
「いや、なんでだよっ」
「だって、井戸から上がってくるんでしょ?」
お菊は殺された後、井戸に沈められるんですよ。その井戸から霊が上がってくるんですね。春菜ちゃん徐に井戸の蓋の辺りを探る。
「あ、ダメだこりゃ」
「ん?」
「なんかコンクリみたいので固められちゃってる」
ほっとする一堂。古井戸なんて間違って子供が落ちたりしたら大変だから、そういうところ抜かりのない春菜ちゃんのお父さんかお爺ちゃんが閉じちゃってたんですね。
「つうか流石にちょっと暗いかな」
「暗いよー」
「これじゃ映らないもんな」
スマホを構えて井戸の辺りを眺める春菜。
「画像はいらないんじゃないの?」
「そうなんだけど、動作もしながら声を録ったほうがなんかわかりやすいかなって。ちょっと懐中電灯持ってくるわ」
「置いてかないでっ」
その場を離れようとする春菜に追い縋る夏帆と瑞樹。片足を前に出した姿勢で振り返る春菜。皆、浴衣を着ている。
「いや、子供の頃から何度も来たことある庭でしょ?なんでそんなびびってるんだよ」
「でもー」
「ああ、はいはい。じゃあ、着いてくればいいよ」
春菜、夏帆、瑞樹の順番で、浴衣着た女子高校生が幼児の電車さんごっこのように連なってる。
「芽衣?」
電車さんの一番後方の瑞樹が振り返ると、芽衣が涼しい顔で言う。
「わたしはここで待ってます」
「え、なんで?」
「ちょっと1人でお菊の気持ちになりたいというか……」
白っぽい浴衣を着て、暗い和風な庭の片隅、しかも井戸のある、で、寂しげに微笑まれる。
なんか、いつも学校で会ってる芽衣とちょっと違うというか……。
「一緒に行こうよー」
片手ではっしと夏帆に捕まりながら、もう片方の手を芽衣に伸ばす瑞樹。
「ああ、もう、そんな地の果てまで行くんじゃなくって、すぐそこの玄関だろ」
秒で寝られる特技を持っているのがのび太くんなら、秒でムードに飲まれる特技を持っているのはこいつらだと思いつつ、現実に引き戻す春菜ちゃん。
それで、浴衣では動きづらい上に後ろの2人が電車ごっこで繋がってくる状態で、すぐそこの玄関に辿り着き、靴箱の片隅に入ってるはずの懐中電灯をゴソゴソと探す。
「何やってんの?」
すべすべとよく滑る木の廊下を光君がまた寄って来た。
「ああ、光、いいとこ来た」
「いいとこ?」
「手伝ってってほどのことでもないんだけど、ちょっと手伝って」
「なにを?」
「夏帆と瑞樹がややこしいから、そばでわたしの代わりに相手してやって」
「へ?」
それで、玄関の外で春菜ちゃんを待ってる夏帆ちゃんと瑞樹ちゃんを見る。玄関の明るい光を浴びて今は人心地ついてます。
「あれ、芽衣ちゃんは?」
「あっちにいる」
庭の奥の方を指さす2人。光くんは自分もつっかけを履いて2人のそばに立って奥を覗いた。
「あんな暗いとこに1人で?」
「そーなんだよっ」
「ああ、あったあった」
懐中電灯を見つけた春菜ちゃん。電車ごっこで先頭に立たされ、しがみつかれるとややこしいのでその役を弟に渡して、懐中電灯つけて先頭を行く。ズカズカと我が家の庭を奥へと伝ってゆく。足元で玉砂利がじゃりじゃりいう。
「ごめん、芽衣、待たせて」
ところがである。
「あれ、芽衣?」
先頭を行く春菜が懐中電灯をつけたままでそんな声をあげる。その声に光君を先頭にしていた電車ごっこの後方の2人がビクッとする。
「あれ、おかしいな」
「どうしたの?」
「芽衣がいない、ここにいたはずなのに」
本編第二弾、芽衣、消える!すみませんね、この人、ちょっと忍者っぽいっていうか……。
「めいー、めいー」
懐中電灯片手に、もう一方の手を口の脇に寄せて芽衣ちゃんを呼ぶ春菜ちゃん。暗い庭に白い浴衣姿が青白く浮かび上がってます。
「めいー、どこいったー」
光君の右と左にそれぞれしがみつきながら、屁っ放り腰で芽衣を呼ぶ夏帆と瑞樹。トシ君をカツアゲ(?)していた時の勢いはどこへやら。
「あ、春菜、あそこ……」
「ん?」
震える指で瑞樹が指さしたのは、くだんの古井戸である。春菜がそちらへ懐中電灯の光を向ける。
「ああ、井戸が開いているぅ」
自分より背が低く、年齢も下の光くんの片腕にこれでもかとしがみつく夏帆!普段から鍛えているので、力が強い。
「ああ、夏帆ちゃん、痛い痛い痛い」
妙齢の女子にしがみつかれているといえばしがみつかれているのですが、全くロマンチックでもなんでもないがな、被害者光。
それはほっといて、懐中電灯の先である。光に照らされてその先に女の手が見える。井戸から手だけが突き出て、天に向かって必死にピンと指先を伸ばしているのである。それから、始まった。
「いちまーい……」
空気を静かに割いてくる、女の冷たい、悲しい声。
「にーまーい……」
残暑の季節、まだ暑いはずなのに、まるで雪女の凍える息を首元にはぁっと吹き掛けられたかのように身体中がひんやりとした。
「さーんまーい……」
そして、ただただ天を向かって必死に伸ばされていた女の手は方向を変え井戸の縁をはしっとつかみ、片手が掴んだかと思うともう一つの手がニョキっと伸びて、その二つの手が渾身の力を込めて徐々に女の体を持ち上げてくる。乱れた髪の浴衣姿の女がその姿を現そうとする。
「でたぁああああ」
「ああ、もう、かほー」
途端に春菜が声を上げた。
「録ってたのに。ごめん、芽衣」
「へ?」
そこで、芽衣がすくっと立った。
「今みたいな感じでいいですか?」
「いい、いい。それ、もっかいできる?」
「たぶん、大丈夫です」
そういってまた井戸の中に戻る。
「なんで、井戸が開いてんだよっ」
「開いてないよ。よく見ろよ」
「へ?」
スタスタと古井戸によってそこから声をかける春菜ちゃん。相変わらず、自分より背の低い光君にガシッと捕まったままの夏帆ちゃんとその反対側にこれもくっついてる瑞樹ちゃん。恐る恐る、そのまま、前へ進む。
「ああ、もう夏帆ちゃん、そんなにしがみつかないでよ」
浴衣着た女子に右と左からくっつかれているが、全くそういうウハウハな状況でもなんでもない光くん。まぁ、でも、3人合体ロボのような状況でジリジリと前に出た。ジリジリとな。
井戸は開いてませんでした。開いておらず、井戸の向こう側にちょこんと芽衣ちゃんが浴衣姿でしゃがんでた。ちょっと髪の毛をボサボサにして。
「あれ、どうかしました?」
「いや、なんでも……」
なんのことはない。井戸の後方でまるで井戸から出てきたように見えるように、芽衣ちゃんが動いていただけ、でもね……。
「芽衣、あんた、音声だけ録音するのに、あそこまでする必要……」
「え、ダメでした?」
「いや、ダメじゃないけど」
「ちょっとあんたたち、もう、騒ぐならあっちで待っててよ」
監督、来ました。春菜監督。
「さ、下がって、下がって」
「ういー」
「ね、もう、離して」
別に好きでくっついてんじゃないが、揶揄うと面白い光君。夏帆も瑞樹も同時にそう思う。阿吽の呼吸である。
「ね、離して」
「なんだよ。嫌なのかよ、光」
「いや、嫌っていうか」
「いいじゃんか別に」
これ、何プレイだろ?と思いながら、右と左から友達の弟を挟んで、下がれと言われたので大人しく下がる。ちなみにナイトが姫を2人守っているというよりは、ナイト2人が王子を護衛しているような様子だがな。
「もう、どこに消えたかと思ったらこんなところで何してんの?」
するとじゃりじゃりともう1人庭に出てきた。
「ああ、お母さん、今いいところだから邪魔しないで」
「何やってるのよ。スイカ切ってあげたわよ」
「終わったら食べるから」
芽衣ちゃん、まだかなーと思いながら井戸の向こうでしゃがんでる。さすがに春菜ちゃんのお母さんの、なんつうか、むっちゃ平和なオーラの横では、お菊の亡霊も霞むし、雰囲気でないなと思いながら。
芽衣ちゃんが1人いないことに気づかないままで辺りを見渡したお母さん。思春期の息子が年上の女性に右と左からガチっと護衛されているのを目の当たりにする。
「あら、光もいたの?楽しそうね」
「……」
今日も結局お姉ちゃんたちに遊ばれてしまった……。
*12 のび太君
野比のび太は藤子・F・不二雄の漫画作品『ドラえもん』に登場する架空人物。0.93秒で眠りにつくことが可能。(Wikipedia参照)




