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St.Valentine’s Day③












   St.Valentine’s Day③













***













   時刻を戻す

   圭介君と浩史君がトシ君とバイバイしたコンビニ

   二人が端っこのイートインのスペースで何やら食べている。












「ピザまんってなんかピザじゃないような気がするんだけど」

「そんなこと言ったら始まらないでしょ」

「でも、ずっと昔っからなんか喉に小骨が挟まっているように気になってて」

「じゃ、食べなきゃいいんじゃないの?」

「でもなぁ」


圭介君はピザまんを食べていて、浩史君はあんまんを食べている。もぐもぐとそれぞれのまんを咀嚼しながら、カウンターの上にドスンと置いてあったでかいビニール袋を眺める圭介君。


もぐもぐ、じろじろ

もぐもぐ、じろじろ


「なぁ、浩史」


深刻な声が出た。やな予感がする浩史君。圭介は、時々厄介なことを言い出す、そして頑固に譲らない、中年男性みたいなところがあるのだ。


「これ、どうしよ」

「食べちゃえばいいんじゃないの?チョコでしょ?」


気軽に言って、手を伸ばして包みに触れようとする。


「ばか!あんまんを食べた手で気軽に触れるな!」

「ピザまんを食べた手ならいいの?」

「もっとだめだ!」


熱くなっている。


「なぁ、浩史」


圭介君がピザまん片手にコンビニの窓から遠くの空を眺める。眺めつつ言う。


「これ、やっぱ、俺らが口にしてはならないんではないかな?」

「じゃあ、捨てっか」

「……」

「もったいないけど」

「……」


あんまんを食べ終わって入っていた紙の包みをくしゃくしゃと丸めました。


「なんでそうなるんだ!浩史」

「へ?」

「食べ物捨てちゃあかんだろ?」


なぜか関西弁、スルーしてください。


「でも、食べちゃダメなんでしょ?」


ピザまんを食べていた手で浩史君の両肩をガシッと捕まえている圭介君。そんな油がついてるかもしれない手で触れられてもなと内心思う浩史君。


「決めた。やっぱりこれはトシに返そう」

「え?」


ほら出た。厄介な事。


「いや、トシんちまで行くの?今から?」

「そうだ」

「明日、学校で渡せばいいじゃん」

「万が一、これを渡した子が」

「大坪さん」

「え?」

「二組の大坪さんだよ」

「ああ、大坪さんが俺らが持っているのを見たらどうする」

「この、袋入れ替えていけば?」

「……」

「もっと目立たない地味なものか何かに」

「それはその大坪さんの包みを一旦開けるということだろう?」

「そだね」

「いかーん」


いかーん、いかーん、いかーん……


「なんかあんまんの次にアイスが食いたくなった」


ストレスを覚えると甘いものが食べたくなる浩史君。げっそりである。自分は一個もチョコをもらえてないというのに。


「もう、別に、大坪さんの愛がトシには渡らなかったって事実を知ってるのは俺ら三人だけじゃん。このまま俺らが食ってまうのでよくね?」


お、やべ、これ、チョコじゃね?やべやべ。ふふふ、ははは。パキッてな。


「いや、でも、神が見てる」


神妙な顔で天を指差す圭介君。


「神が見てたら、俺ら、罰で今後も何ももらえないバレンタインが延々と続くでよ」

「え……」

「続くでよ」


ちょっと一瞬頭が真っ白に。気のせいか今度は東北弁っぽく話してる圭介。


「何事も悪い方向にしか考えないんだから、やだなぁ、圭介」


から笑いして、バシバシ友の肩を叩いてみた。


「いや、続く」


チーン


「でもさ、圭介」

「なんだ?」

「俺らがトシのチョコをわざわざ届けたとする」

「うん」

「そこにえりちゃんがいたらどうよ」

「ん?」

「惨めじゃね?」


二人で一瞬黙る。あそこの兄妹は、どっちも美男美女だからな。


「ダメだダメだダメだダメだあああ」

「だろ?」


えりちゃんを虎視眈々と狙ってるなんておこがましいことは考えておりません。でもね、そういうことにはならなくても、惨めな振る舞いを見せたくはありませんよね?どうも、お兄さんに渡されたチョコ、お届けにあがりました。なんで?みたいなな。相手は七夕の織姫ばりの美少女だぞ。頭を抱えて考え込む圭介。


ああ、アイス、やっぱ食いてえなと思いつつ、我慢しつつ、頭を抱えた友人を眺める浩史君。

不意にムクっと圭介君が顔をあげた。そして、突然スマホを取り出した。


「困ったときの、神頼みだ」


そして、どこかへ電話をしている。


「出ない……」

「誰にかけたの?」

「春菜」


神様って春菜のことかよと。


「ああ、春菜に持ってってもらうの?」

「それがいいだろう。家も近くだし」


女の子が届けるなら惨めにはならないな。


「でも、電話に出ないぞ」

「ああ、春菜なら部活じゃないの?」

「バレンタインにか?」

「春菜たちならバレンタインは関係ないでしょ?」


サクッと春菜と愉快な仲間たちを女子と女子だけどその他の、2番目にカテゴライズする浩史。残酷だが当たっております。


「ね、じゃ、どうする?」

「待とう」

「ええっ!」


うっかりちゃっかりまだ手に持っていたあんまんの紙をくしゃっと握りつぶす浩史。


「もう一個まんを食べるか、何にする?浩史」

「いらねえよっ」


***












   そして、また、場面を飛ばす。

   バレンタインなんてなんぼのもんじゃいと、

   仲良くバス停でクッキーを食べていた飯塚春菜と愉快な仲間たち

   種類:人間、高校生女子、女子だけどその他所属













手や口の周りについてるクッキーの粉をはらわせて、仲間をバスへとあげる春菜、自分も乗ろうとしたその時、電話がかかってきた。


「はい」

「春菜、今どこ?」

「誰?」

「圭介だ」

「ああ、久しぶり」


電話で話している春菜に向かってバスに乗った子が上から声をかける。


「春菜、乗らないの?」

「あ、ごめん、圭介、わたし、バス乗るとこなんだ」

「乗らないで」

「え?」


バスの運転手さんが微妙な顔をする。座席のお客さんも微妙。


「ああ、ごめん。先に行って」


春菜ちゃんが携帯を掲げたまま乗ろうとしていたバスに背中を向けると、プシューと音を立ててバスは出発する。


「どうしたの?」

「ちょっと預かってもらいたいものがあって」

「なに?」

「来たら説明するよ」


怪しげである。そばに実は拳銃を突きつけた犯人がいて春菜に電話をかけさせてるとかか?営利目的の誘拐?曙屋はそこまでは儲かってないぞ。


「なによ、危険なものじゃないでしょうね」

「なんでそうなるんだよ」

「まぁ、わかった」


指定されたコンビニへ行く。中学で同級生だった2人がちょこんと座ってた。そばに拳銃を抱えた犯人などいない。なんだ事件ではなかった。中に入って挨拶を済ますもそこそこに傍の袋を突き出される。


「頼むっ」

「へ、何これ?」

「トシのなんだ」

「トシの?」

「バレンタインでしょ?今日」

「あ、ああ、なるほど」


赤い派手な袋の入ったコンビニのビニール袋を受け取る春菜。


「で、なんで、それをあんたたちが持ってんの?」


かくかくしかじかと説明する二人。呆れる春菜。


「な、そんなん、別に自分で持ってきゃいいじゃん。芽衣はそんなんで怒んないよ」

「でも、トシの世界は中村芽衣を中心に回ってるからさ」

「ほんのわずかなリスクも犯したくないんだよ」


そう言われて、芽衣を中心に周りを惑星のように回るトシを思い浮かべる春菜。太陽系ならぬ中村芽衣系?いや、むしろ、衛星か?地球に対する月のような。


「なるほど」

「でも、本人に渡らないと渡した女の子が可哀想だろ?」

「大坪さん」

「ああ、大坪さんが……」


バレンタインでは脇役たちだった男女三人で、赤い袋を真ん中にしてため息をつく。


「ま、わかった。了解」


軽くそういうと、二人にバイバイと手をあげる春菜。


「ありがとう、恩にきる。春菜」


お地蔵さんに両手を合わせるように春菜を拝む圭介君。


「そんな大袈裟な。いいよ。別に帰り道の途中だし。じゃーねー」


そして、いつもの通学路を今日は一人でたどる。バスを下りてほどなくトシの家に着いた。勝手知ったる他人の家、松尾家の庭を横切り、ピンポンを押さずに勝手に開ける。


「こんばんはー」

「はーい」


えりちゃんが中から出てきた。


「あれ、春菜ちゃんどうしたの?」

「トシ、いる?」

「今、帰ってきたんだけど。またでてっちゃった」

「ええ?」

「なんか用?上がって」

「ああ、いいいい。渡したいものがあるだけ」


そして、手にしていたビニール袋を渡す。渡された袋の中を覗くえりちゃん。


「え、なに、これ」

「今日、バレンタインでしょ」

「お兄ちゃんに?」

「そうそう」


えりちゃんがまじまじとこっちを見ている視線で、何かがおかしいと思う春菜。

はて?


「あ、違う違う。わたしからトシにじゃないって」

「そうなの?」

「そうそう。他の女の子が渡したのを圭介たちが一旦預かって」


エアーの箱を右から左へと渡す動作をしつつ説明を施す春菜。


「は?なんで?」

「ま、そうなんだけど、とにかく預かって、それをわたしが預かってきたの」

「ふうん」


えりちゃんは言われてまた、袋の中をジロジロと眺める。


「じゃ、頼んだよ」

「ああ、うん」


やれやれと松尾家を出て、自分の家へと向かう。


***


しばらくすると、トシ君が家に帰ってきた。早速先ほどの袋を掴んでリビングから玄関先へ出るえりちゃん。


「お兄ちゃん」

「ん?」

「これ、春菜ちゃんから預かったよ」

「え、春菜?」


そして、妹の手の中のビニール袋を覗く。


「ああ、これか。なんで春菜が?」

「圭介君から預かったって」

「ああ、そう」


そして、靴を脱いで家に上がるとそのまま二階へ上がろうとする。妹、慌ててくだんの袋を兄に差し出しつつ、声をかける。


「だから、これ」

「ああ、あげる」

「ええ?」

「みんなで適当に食べてよ。俺、いらない」

「え、でも、それ、ひどくない?」

「ひどくてもいらない。あ、そうだ」


えりちゃんに構わずトントンと二階へ上がったトシ君、しばらくして下りてきてリビングのソファーに座ってる妹にまたバサバサと包みを渡す。えりちゃんの目の前にお菓子の雨が降ってきた。


「ちょっ、な、これ」

「これもいらない。みんなで食べて」

「何個あるの?」

「わからない」


しばらく呆然と目の前の包みを眺めてたえりちゃん。不意にきっとした顔でお兄ちゃんを見る。


「我が兄ながら犬畜生にも劣るやつだな!自分で食べないなんて!」

「……」


妹の顔をつくづくと眺めるトシ君。


「お前、圭介と同期かなんかしてんの?」

「ん?」


定期的なデータの更新時にお互いの情報を共有したりしてるのか?

……まぁ、いい。


「でも、いらないものはいらないから」

「ナニー」


騒ぐ妹をほっといて、2階へと上がりかけるトシ君。目の前のチョコたちを眺めてたえりちゃん、そこに手紙がついているのに気づく。一つや二つではない。やれやれとその手紙やカードを集めると、ピョンと立ち上がる。


「ちょっとお兄ちゃん」


ととととと兄を追ってった。

すると、さっきからなんか騒いでるなと傍で眺めてたお父さんの松ちゃん。さっきまでえりちゃんが座ってたソファーに座り、ローテーブルの上にのせられた包みの山を眺める。


「なんだ、これ?」

「バレンタインなんでしょ」


なんでもないことのようにキッチンで夕飯の支度をしている母親の美津子さんが言う。


「え、あの、女の子が好きな男の子に贈るってあれ?」

「そうでしょ?ちょっと前からスーパーでもなんでもそういうコーナーができてたもの」

「これ、俊之に?」

「そうなんでしょ」


お父さん、しばし、無言でその数を数える。ひい、ふう、みい……


「俊之って本当に俺の子か?」


思わず呟いてしまいました。それを聞き逃さなかった美津子さん。千切りにしたきゅうりに塩を振りかける手を止めてきっとご主人を睨む。


「あなた、どういう意味?」

「いや、そういう意味じゃないでしょ?ここでの文脈は」


時々冗談の通じない人なのである。すると、娘がトントンと二階から降りてくる。娘に向かってお父さん聞いた。


「な、えり、世間の男子高校生は、今日の日はみんな、こんなゴソゴソとチョコを持って帰ってくるものなのか?」


この和風情緒あふれる柳川でも、バレンタインイベントはそんなに盛大なのか?


「そんなわけないでしょ」

「ふうん」


羨ましそうにチョコを眺める父親を見ていると、先ほどまでの兄の傲慢ぶりに比べても、ちょっとほろりとするところのあったえりちゃん。憎めない人なのである。お父さんの松ちゃんは。父に代わりキッチンに立つ母親に向かって声をかけた。


「お母さん、お父さんにチョコあげればいいのに」

「ええ?」

「よく考えたらうちってバレンタインないじゃん」

「バレンタインってキリスト教のお祭りでしょ?」

「ん?」

「うちは仏教徒でしょ?」

「……」


そんなこと言うなら、今日、この日に、日本全国津々浦々でチョコ配ったりもらったりしている人のほとんどが仏教徒だと思いますが、お母様……。


すると、ことの成り行きを見ながら、しょぼんとしている父親。わんと吠えたり噛みついたりする犬ではない、この父親は。ただ、雨の中で濡れそぼれて腹をすかしている捨て犬みたいな顔を時々するのである。それをされるとほっとけないのだ!


「ああ、お父さん、えりがあげるから」

「え?」


別に俺、欲しいなんて言ってないよって顔になる。しかし、先ほどまで絶賛雨に打たれてる捨て犬っぷりを醸し出してましたよね?


「今年はちょっと時間がないからこれで許して。来年からはちゃんと準備するから。はい。ハッピーバレンタインデー!」

「え……」


その時、松尾家のリビングにおいて、父と娘の間に非常に微妙な空気が流れた。


「これじゃいやか。じゃ、こっちはどう?というか、これ全部でもオッケー」

「……」


えりちゃんがお父さんに渡そうとしていたのは、先ほどお兄ちゃんにみんなで適当に処分しろと言われて渡されたチョコの山。


お父さん、やっぱ、圭介君よりの人間というか……。スッゲー頑張ってめちゃめちゃ綺麗な人を射止めた人ですが、時々ついていけないんです。顔の綺麗な人たちの、冷たさというか……。


「えり、でもやっぱ、これをもらうわけにはいかないような」

「だけど、結局、誰かが食べなきゃいけないんだよ?お兄ちゃん、絶対食べないって言ってるし」

「でも……」


じゅーっと盛大な音が上がり、美津子さんが何か揚げ物をしている。


***


そんなプチ騒動が1階で起こっているのを知らないままで、トシ君は2階でベッドに寝っ転がると、春菜ちゃんに電話をしてました。


「もしもし」

「春菜?」

「ああ、トシ?」

「ごめん。今日、わざわざなんか届けてもらったみたいで」

「ああ、いや、別に。通り道だし。それだけ?」

「うん」


そして、ふと春菜ちゃん華やいだ声になる。


「あ、そうだそうだ。今日、ちゃんともらった?」

「ああ、うん。ケーキ」

「よかったね」

「春菜のものだったんでしょ?ほんとは」


チーン


「え……」

「芽衣が喜んでる俺の横で言ってた。本当は春菜にあげる予定だったのにって」

「えー」


普段は元気な春菜が、蚊の鳴くような声をあげている。


「芽衣、それ、言ったの?」

「うん」

「あ……」


良かれと思ってしたことが裏目に出てしまったかもしれません。


「なんか、ごめん」

「いや、春菜が謝ることじゃないし」

「でも……」


ふっと息をつくトシ君。


「最初はね、なんでそんなこと言うんだよーって思ったんだけど。知らなきゃ幸せなのにって」

「うん」

「ま、でも、芽衣が言っても言わなくても、芽衣の中で俺より春菜の方が上だってのは事実だからさ」

「え……」


咄嗟に言うべき言葉が見つからない春菜ちゃん。


「でも、わたしと芽衣はそういうんじゃ」

「そんなんわかってるよ。芽衣にも俺と春菜を比べるなんてどうかしてるって言われたし」

「……」

「挙げ句の果てにはこんな気のきかない女と付き合うのやめたらって言われるし」

「え、ケンカしちゃったの?」

「うん、まぁ、そうかな」


電話を持ったままで、がっくしと頭を下げる春菜ちゃん。


「ねぇ、トシ」

「ん?」

「芽衣が嫌いでこうゆうこと言うんじゃないけどさ」

「うん」

「他の女の子にしといたら?」

「春菜までそういうのか」

「みんなに言われてるの?」

「毎日のようにね」

「芽衣って悪い子じゃないんだけど、独特の難しさがあるっていうか」

「春菜」


ちょっと真面目な声を出したトシ君。


「今はまだ負けてるけど」

「ん?」

「未来まで負けてるつもりはないから」

「え……」


やめとけばという言葉は素通りされて、突然の勝利宣言である。


「確かに芽衣には難しいところがあるけど、それは十分わかってるし」

「うん」

「それに俺、春菜が知らないこと知ってるし」

「え?」


ちょっときょとんとした。春菜ちゃん。


「それって、芽衣について?」

「うん」


よく考えればそんなこと当たり前なんだけど。いくら親友とはいえ、親友と彼氏は違うし、彼氏の方が近くなる部分もあるだろう。だけど、今まで全く考えたこともなかった。トシの方が芽衣に近いなんて。


「ちょっと焦った?」

「え、なんで?いや別に」

「だから、今日は無理だったけど、将来では芽衣の中で春菜より俺の方が上になるから」

「あ、うん。がんばって」


むっちゃ前向きじゃないですか。ちょっと見ないよね、ここまでそっけなくされても何度でも立ち上がる恋愛超ポジティブ体質というか、ん、待てよ……。


「なんかトシって」

「ん?」

「顔はおばちゃんに似てるんだけど」

「あ、それ以上言わないで」


ところが話を遮られた。


「え、言わせてくれないの」

「なんか自分でもちょっとそう思うから。言わないで」

「遺伝ってあるんだな。こんなものまで」

「それ以上、言うな」


禁句となってしまいました。そして、厳しい声を出した後にふいっとトシ君、ゆるゆるの声を出す。


「ま、でもさ」

「ん?」

「今日、結構ひどいこと言われたけど、後で謝ってくれたし」

「そうなの?」

「それに、ありがとうって初めて言われた」

「え……」


ほのぼのと語るトシ君の言葉を聞きながら、携帯持って固まる春菜。初めて言われたって……。君たち付き合って何ヶ月よ。


「いや、普通にありがとうって言われたことはあったよ。こう、物とってあげてとか」

「はい」

「ただ、一緒にいることに対して春菜ちゃんに言われてしょうがなくみたいなのがずっと続いてたけど」

「……」


普通、そういう状態で何ヶ月も続くことなんてあり得ないのではないでしょうか。


「初めて、芽衣の方から俺が隣にいるってことに対してありがとうって言われた気がする」

「そうなの?」

「うん」


かなりギリギリのところがずっと続いてたんだな……。そして、さっぱりした声でトシ君は言いました。


「だから、俺らうまくいってるから心配しないで」


それを、うまくいってると表現するのか?トシ。おそらく電話の向こうでニコニコ笑ってるであろう幼馴染の笑顔を思い浮かべながら、背筋を凍らす春菜。しかし、とりあえずこう言っておきました。


「それはよかったね」

「夕方、もらったケーキを本当は春菜にあげるつもりだったって言われた時は」

「うん」

「ミサイルを直接くらったらこんな感じなのかなとふと思ったけど」

「……」

「でも、その後、ちゃんと謝ってくれたからさ」

「よかったね」


普通、恋愛中に彼女の言動や行動をミサイルに例える必要はないと思う。しかし、その異常さに全く気づくことのないトシ君。どうしよう?芽衣と付き合うことで、トシがなんだか壊れていっているような気がするのは気のせいだろうか?それとも、今まで恋愛中のトシを見たことがないから知らなかっただけで、この人、元々、こういう人だったのだろうか。


「あ、なんか、飯できたって。じゃあ、またな。春菜」

「ああ、うん」


そして、ちょっと引いてる春菜ちゃんをよそに、軽やかな声で電話は切れた。

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