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幕間②












   幕間②













   それは北九州のとある高校の授業中のことである。

   とある女子高生、中村芽衣の前の席に座っている、

   これまたとある女子高生の飯塚春菜が黒板に板書している教師の隙を窺って

   振り向いて小声で言う。













「芽衣、シャーペン2個もってたよね?一個貸して」


そう言われて、筆入れを開けて中を覗き込み、傷ひとつない新品のシャーペンを取り出した。


「はい」

「サンキュー」


授業が終わって春菜が声をかけてくる。


「ね、芽衣のこのシャーペン、すっごい書きやすいよね。びっくりした」

「ああ、うん、そうだね」

「なんでいっつももう一個の方を使ってるの?」

「ああ、いや、別に深い理由はないんだけど……」


ちょっと考え込む、芽衣。


「先入先出*1かな?」

「なんじゃそりゃ」


説明がめんどくさいなと思っていると、春菜ちゃんも説明を聞くのはめんどくさいなと思っているようなのでスルーする。


「それ、気に入ったのならあげるよ」

「え?」


春菜ちゃんが言われて手元を覗く。


「いや、いいよ、いいよ。持ってるのが壊れちゃったから、今日だけ貸して」

「あげる」


もう一度言った。


「もう、芽衣は、春菜にいっつも捧げてんな」


瑞樹ちゃんに言われる。


「そんなことないよ」

「ほんと、いいって。なんかこれ、高そうだし」


そして、ふと思い出した。そう、これ、貰い物だった。でも、つい勢いであげると言ってしまった。どうしよう?そこでチャイムが鳴った。


授業が始まる。中年教師の眠くなる声を聞きながら、芽衣ちゃんは淡々と考えてました。そう、あれは筆入れに入れたまますっかり忘れてましたが、トシ君にもらったものだった。それを、他の人に譲っていいのだろうか?


「そこで、ここで中臣鎌足はな」


鎌足が何をしたかなんてこの際、どうでもいいのである。そして、ダイレクトにこの問題について取り組んでみようではないか。ポイントはここだ。


トシ君にバレるだろうか?バレなきゃいんじゃね?


家族以外から物をもらった経験が極端に少ない自分でも、人からもらったものを人へ譲るというのがいささかばかり褒められた行為ではないということぐらいはわかる。例えば、とある日、春菜ちゃんに捧げたプレゼントのハンカチを、別の子がトイレで使ってて、なんでと聞いたら、春菜がいらないからくれたって言われたらどうする?


それこそ、ガビーンである!


「そして、中大兄皇子、後の天智天皇が」


中大兄皇子もこの際、どうでもいいのである。


自分の身に置き換えてみて、自分がうっかりいつもの調子で春菜ちゃんにあげると言ってしまったけれど、ちょっとまずいことをしてしまったかなと思う。


ずき……


別にそんな意地悪な人でもなく、良心も持ち合わせているが、なぜか、トシ君に対してはその良心が発動しない芽衣でも、ちょっと良心が疼いた。ここで、また思う。


でも、バレなきゃいんじゃね?


相手が春菜ちゃん以外なら、やっぱ返してねと即言える。というか、春菜ちゃんでなければこれちょうだいと向こうから言わない限りはあげるとは言わなかっただろう。芽衣ちゃんは春菜ちゃんに関してだけは、常に尻尾を振りまくっているので、何も考えずに欲しいならあげると言ってしまったのだ。


だから、トシ君と春菜ちゃんを天秤にかけると、トシ君に申し訳ないという気持ちより、一度あげると言ったものをやっぱり返してという春菜ちゃんへの微妙さの方が重いのである。


「そして、その時、隠れていた皇子と鎌足が」


何を思ったか日本史の教師は黒板の前で寸劇を始めている。お疲れ様なことである。


ここで芽衣は両手を合わせてその両親指に自分の顎をかけ真っ直ぐに前を見つめ、ぱっと見には歴史教師の渾身の寸劇を一心に眺めているようでいて、頭の中ではもらったシャーペンをまるっと譲ってしまった件について、松尾俊之青年?少年?ま、どっちでもいい、が、気づくかどうかの可能性について真剣に考察していた。


隣の高校であって、この高校に来ることはまずないし、同中の仲間とそこらで出くわし、立ち話をしたりすることはあるが、その話題がわざわざ文房具の話に及ぶこともない。結局は、文房具を使って一緒に作業するというシチュエーションがなければバレないだろう。


トシ君と一緒にどっかで勉強するとか?

……


しばらく頭の中で自分が世間一般の彼氏彼女みたいに机を並べて仲良く勉強している様子を思い浮かべてみた。これは、このままいくと場合によっては起こりうるかもなと思う。想像の中でトシ君がニコニコしながら聞いてくる。


「そういえばさ、あれ、使ってくれてる?」

「ん?」

「シャーペン、買ってあげたでしょ?」


その後、なんて言おう?3択である。


A)春菜ちゃんが気に入ったからあげちゃった

B)意外とボロくて壊れた

C)落としてなくした


よくわからないけど、どれを言っても、ガビーンとなる気がする。よくわからないけど。やっぱりこれはちょっと、打たれ強いトシ君が相手である事実を差し引きするとしても、非人道的行いではないだろうか?


しかし、それでも一度あげると言っていたものをやっぱりごめんと言って、春菜ちゃんのわたしに対するポイントを減らしたくはないなと思う芽衣。春菜ちゃんに対しては、いつでも超最高のおもてなしを提供し、ウェルカム!な状態でいたい芽衣。


「このようにして大化の改新はー」


歴史教師が教卓の上でのたうち回りながら熱弁をしている。そんなことはどうでもいい。


もう一度、最初からこの問題に対して考察をする。

トシ君が自分でわたしにそんな物を贈ったことを忘れてしまう可能性は?忘れてしまう原因として、まず、送ったものはそこまで高価なものではない、そして、送った相手はそこまで自分にとって大切な人ではない、それから、なんだ?うーんと、うーんと……

そうそう。お金持ちでハッピーな人なので、常日頃から贈り物をしまくっている。からの、若年性痴呆症である。


前から順番に、1、2、3、4として、1⚪︎2?3×4?


トシ君は隠れお金持ちでプレゼントしまくってる?これはないな。それでは、実は若年性痴呆症だろうか?この点について真剣に考察する。今まで噂で実はトシは若年性痴呆症だなどと聞いたことがあっただろうか?皆無である。では、一緒にいた瞬間で、この人、大丈夫?と思うくらい色々なことをスパスパ忘れてしまったことは?


……(しばし経過)


っない!


むしろ、そこまで仲良くない時のトシ君の印象より、実際時々話すようになってからの印象では、トシ君って割とポイントによっては細かいところにこだわる人のような気がする。


つまりは、自分があげたものはちゃんと覚えていて、どっかでちゃんと使ってる?と聞かれそうな気がする。その時、使っていると言ったら、しれっとじゃあ見せてと言われそうな気がする。そして、そこでしょうがなく春菜ちゃんにあげちゃったと真実を伝えたら……、


拗ねそうな気がする。

チーン


そうすると、鋼鉄のハートを持った自分も流石に、非人道的行いに手を染めたと思い、良心に呵責を覚えるのではなかろうか……。


「じゃ、来週はここの部分で小テストするからなっ」

「えー」


そんなことはこの際どうでもいい!

歴史の授業の間中、松尾俊之青年?少年?青少年!からいただいたシャーペンをうっかり譲ってしまった件について考察していた中村芽衣君、ここで人の脳みそを利用することにした。


「委員長」

「はい」

「男子である立場と、優秀である頭脳でもってお答えいただきたいのですが」

「はぁ」

「例えば……」

「例えば?」

「例えばですよ」

「勿体ぶらないで言って、中村さん」


学級委員長の吉田君、メガネをきらりと光らせて芽衣を促す。


「ティファニーの指輪をとある男子に贈られたとします」

「うん」

「それをうっかり誰かにあげちゃった女子がいます」

「うん」

「で、とある日にその男子にあの指輪は?と言われたらどう返事すれば丸く収まりますか?」

「……」


律儀な吉田君、腕を組みながら少し遠いところを眺める。


「それはどう考えても、丸く収まらないのでは?」

「それではですね、ティファニーの指輪ではなくて、それがもうちょっと安価なものだったら?」

「はぁ、どのぐらいの?」

「こう、文房具とか?」

「うーん」


ここでまた、律儀な吉田君。顎を傾げて思考する。


「ここで問題になるのは、値段だけではなくて2人の関係性だと思うんだよね」

「はい」

「軽い気持ちで、軽い関係性の間で贈られたものなら」

「はい」

「別にどうってことないんじゃない?」

「……」


黙る芽衣。


「ただ、そこに思いが込められているのなら、値段に関わらずもらったものをひょいっと他の人にあげちゃうというのは、なぁ」

「ダメですか?」

「その人が気の毒です」


チーン


「でも、もう、手元になくてどうしようもなかったら?どうにかして丸く収めないと」

「ううーん」


休み時間が終わりそうである。この吉田君、一応このクラスの成績トップです。何か捻り出してくれるはずだ。芽衣、期待する。すると、不意にパッと目をあけて芽衣を見る吉田君。


「もう一個、買えばいいんじゃないの?だって、文房具でしょ?」

「あ……」

「そんな高いものじゃないのなら、譲った事実を無かったことにすればいい」

「なるほど!」


なんだ簡単じゃん!あんなに長い時間かけて悩む必要なかったな。芽衣、笑顔になりちょっときゃっきゃとする。その嬉しそうな笑顔を見ながら、吉田君、言う。


「中村さんの話?男の子からもらったもの、誰かにあげちゃったの?」

「……」


ついうっかりと馬脚を現した。しまったと思う。


「いや、まさか、委員長。このわたしにそんな浮いた話があるわけはなかろう」

「そっか」


なぜだか戦国時代の武将のように堅苦しく返事をしながら、自分の席へと戻る。やれやれ。それ

から、そっとワクワクした。なんだ!難題でもなんでもなかったな。今度、母親が福岡へ行くときにくっついて行って同じものをもう一本買ってしまおう。


そして、その翌日。


「芽衣、ごめん。これ、昨日返すの忘れてた」

「え……」


春菜ちゃんから例のシャーペンを返された。


「あげるのに」

「新しいの買ったし、大丈夫だから」

「……」


そう言って、手に木目のシャーペンを戻された。


「もっとどうでもいいようなのならいいけど、使いやすいものもらっちゃったらなんか芽衣のもの取り上げたみたいで気分悪いし」


そう言って春菜ちゃん、笑った。


授業中に特に意味もなくシャーペンを取り上げて眺めた。


なんか、戻ってきたな……

新しいの買って誤魔化そうと思ってたけど、戻ってきた。変なものだ。


なんかこのシャーペン、トシ君に似てるな。放り投げても、放り投げても弧を描いて戻ってくるブーメランみたいなんだよな。


それから、カチカチカチ、と芯を出して板書された内容をノートに写す。


あら、書きやすい……。


ふと手を止めて、もう一度シャーペンを見直す。その落ち着いた木目のシャープペンシルは、もちろんただのシャープペンシルですので何も言いません。しかし、芽衣ちゃんの手の中でしれっとしています。


そのしれっとした様子を見て再び思う。なんか、トシ君に似てる。


そして、その日から別に何がどうしたというのではないですけれど、観念して、中村芽衣は先入先出のポリシーを棚にあげ、その新品のシャーペンを棚から下ろしました。


2023.09.10


*1先入先出


倉庫に保管されている商品を古いものから順番に出庫し、保管する期間をできるだけ短期間に抑えて、商品が劣化しないようにする管理方法のこと。

(参照:https://www.spool.co.jp/service/logi/fulfillment/)

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