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幕間①ー①












   幕間①ー①












   それは、本当にプライベートな瞬間でした。







「中村芽衣さん」


最寄りのコンビニにお菓子を買いに来て、支払いを済ませた後に雑誌コーナーで今週の星占いだけ見て帰ろうとして手を伸ばしかけた時だった。いきなり名前が呼ばれて、心底びっくりしました。伸ばしかけた手をビクッと振るわせたくらい。


「あら、ごめんなさい。驚かせちゃったかしら?」


その女の人は、しかもサングラスをかけていた。こんなとこで日本人女性がサングラスかけてたら、そりゃ……。


わたしの頭の中で今まで見倒してきた火サスの情報の蓄積庫から、サングラスかけてた日本人女性がどんな役回りだったかが次から次へとピックアップされていく。これがもし欧米系女性だったらただの観光客なんだけどな。


高そうなワンピース(普通の女子高校生だったらワンピというんでしょうか?)を着て、イギリスの貴婦人が被りそうなつばひろな帽子を被って、ほんわかと高そうな香水の香りまで漂わせている。普通、火サスの情報庫によると、こういうお金持ちそうな女子がサングラスをかけてたら、それは女たらしな犯人に利用されている可哀想な女である。終盤でその主犯の男に殺されるか捨てられて、警察の男に慰められて涙を落とすのである。


しかし、なぜ、そんな女性に声をかけられねばならない?わたしが?


そんなわたしの様子を気にかけることもなく、するりと彼女はグラサンを外した。(普通の女子高生だったら、サングラスをグラサンと言わないのでしょうか?)


「ん?」

「なにかわたしの顔についているかしら」

「いや……」


子供でした。子供と言っても自分と同じぐらいのね。いかん、分析をしなおさないと。これは主犯に捨てられるにしては若すぎる。カチカチカチ(芽衣の頭の中で情報庫が検索される音)すると、そんなわたしの様子をすっ飛ばして、にゅっと手が出た。いきなり両手を掴まれた。


「ちょっといいかしら?」

「へっ」


エステの勧誘かと思ったぜ。しかしだな、この若さでビジネスはしてねだろ。こりゃ、女子高校生だろ。女子大生にしては化粧っ気ないし。


「別に場所は変えなくてもいいわ。ほら、あそこに座って。ちょっとだけだから、ね」


人の手を握ってすみっこのイートインスペースへ誘おうとする。


「あ、あの」

「はい」

「だれ?」

「あ……」


そこで、女史、片手を口にあて、もう片手でつばひろの帽子の端っこをちょっとつまみ、笑い出した。


「オホホホホ」

「……」


芽衣は、オホホと笑う女子高生を初めて見た。


「わたくしとしたことが失礼しました。D高の井上と申します。井上真央、井上真央でございます」

「……」


芽衣は、選挙演説のように自己紹介する女子高生を初めて見た。そんな芽衣の様子は気も止めず、真央はちゃっかり芽衣の背中に手をあてると、コンビニの端っこを指さす。ボディタッチの激しい人だ。


「ま、こんなところで立ち話もなんだから、あっち行きましょう。あっち」

「はぁ」


D高と言われたあたりから、火サス路線は消えたなと、眉の辺りを曇らせながら促されるままにそちらへ向かう。


「さ、何を飲む?コーヒー?」

「いや、コーヒー、飲めないんで」

「じゃ、紅茶なら飲むの?」

「はぁ」

「それともジュース?」

「いや、紅茶で」


すると、芽衣をそこに座らせたままで、ツカツカとコンビニの飲料コーナーへと歩み寄り、しばし、ケースの前で仁王立ちしてた。それから、ぱしーんと冷蔵庫のドアを開けると……


「え……」


ピッピッとレジの音が響いている間に、芽衣はそっと店内から駐車場の辺りを見渡した。このお嬢様の連れが駐車場の辺りにでもいるのかと。例えば黒い覆面バンのような……


「さ、どれがいい?」


駐車場を探っていた芽衣の前に、どん、どん、どん、どんと紅茶のペットボトルが並べられる。


「とりあえず、紅茶と名のつくものは一通り揃えたわ」


チーン

誰かに配る分じゃなかったんかーい!

ちょっと愕然とした後に、恐る恐ると一本指差した。


「じゃ、これ……」

「オッケー」


芽衣が、その並べられた中から午後ティー*2のミルクティーを選ぶと、真央は余った紅茶を二人の目の前から脇にごとごとと退けた。


「それ、どうするの?」

「ん?」

「その余ったの」

「そんなことはどうでもいいのよ」

「……」


それから彼女は不意に腕時計を眺める。


「ごめんなさい。あまり時間がないの。こう見えてもわたし、忙しいもので」

「はぁ」


ウルトラマン*3のように、3分後にはどこぞの星へ帰らなければならないのだろうか?シュワッ!


「中村芽衣さんよね?」

「はい」

「あの松尾君を振り回している中村芽衣さんで間違いないわよね?」


チーン


正直、なんと答えたらいいのかしばし言葉に窮しました。


「いえ、そういった事実は誤解というか」

「違うの?じゃ、別に松尾君が追っかけている女の子がいるってこと?おかしいな」


そして、おもむろにスマホを取り出してどこかに電話をかけようとしている。サーっと芽衣の顔から血の気が下がる。ややこしい、ややこしいことです。本当に。


「あ、あの……」

「ん?」

「その、振り回しているかどうかは別にして」

「うん」

「知人ではあります」

「そんなこと言うなら、わたしだって知人よ」


チーン

何も言えずに午後のミルクティを前にして浮かない顔をしている芽衣を見ながら、真央はゆう。


「誤解しないで」

「誤解?」

「そりゃ、顔がいいから一回告ったけど」

「こく……」

「でも、わたしの在庫はいっぱいあるから、松尾君にこだわってどうのこうのということはないの。あくまで好奇心」

「ざい……」


はっきり言って真央のペースについていけない芽衣。これが卓球の試合だったら、すでに完膚なきまでに叩きのめされて負けているところだ。


「ね、松尾俊之のどこがダメなの?」

「へ?」

「ね、何が嫌でそんなグズグズとしてるの?」

「……」


おーほほほほほ!

卓球の試合で、井上真央はナルト*4ばりの影分身を作り出し、あちこちからピンポンを打ち込んでくる、打ち込んでくるぞ!


「飲まないの、それ」

「あ、はい」


ピキ、午後ティの蓋を捻りました。ピキピキ、ゴクゴク。


「で、何が嫌なの?」

「……」


たかが飲料とはいえ、餌付けをされてしまいました。少しはコメントを返すべきでしょうか?


「しつこいところ」


つい思わず真実をぽろっと。


「へー、しつこいんだ。松尾君」

「はぁ」

「じゃあ、嫌いなんだ」

「……」


反射的に嫌いとは言えませんでした。芽衣ちゃん。そこで、真央、ニヤリとした。そして、傍に寄せた紅茶シリーズから一つ取り寄せ、ピキッとな。


「まずっ」

「……」


それから、一口しか飲んでないそれを脇へ避けると別のレモンティを取り寄せ、開けている。次から次へとよくもまぁ……。貧乏ではないですが、ここまでお嬢様ではない芽衣、ちょっと唖然とした。


「これはまだいけるわね」

「そうですか」

「ね」


急にぐいっと真央が顔を寄せてくる。香水の香りがまたする。


「中村さんって一見地味そうに見えて、実は、隠れ奥義みたいの持ってるでしょ」

「は?」

「恋の駆け引き的な」


チーン


「な、な、な、な、な、な」

「な?」

「何を言ってるんですか?」

「違う?」

「わたしはそういったものとは全く無縁な人間です」


つうか、恋愛ドラマ出演者ではなくて、きのこハンターなんです。


「わざとやってるんじゃないの?」

「何をですか?」

「いい?本当に嫌いなら完璧にやだってシャットアウトすれば済むことじゃない。隙を与えてるってことは結局好きなのよ」

「いや、しつこいんですよぅ」

「ふ、ふふふふふ」


笑われた。


「うまくいきそでうまくいかないのが一番、頑張っちゃうのよね、男って」


パッと芽衣から目を離し、駐車場見ながら横顔で粋にペットボトルのレモンティを飲む真央。ここは彼女が未成年でなければ本当は、何かカクテルをぐいっと飲ませたいところであった、残念。


「いや、だから、わたしは断ってるんです」


まるで手玉にとってるみたく思われるのは心外である。


「でも、心底やだとは思ってないでしょ」

「……」

「そりゃそうよ。松尾君をやだと思う女なんて、女じゃないわよ」


そして、真央は手首を翻す。


「あら時間だわ」


アリスのうさぎ、再びである。


「じゃ、これ、あげる」

「へ?」

「じゃあね、楽しかった」


颯爽と立ち上がり、颯爽と出てった。


「ええっ」


ゴロゴロと買われた紅茶たち。そのうちの二つはどちらも数口ずつ口を付けられている。唖然としながらそのどこぞのイギリスの貴婦人のような後ろ姿を見送る。すると、コンビニの出口あたりによく見ると、バイクに乗った男性がいる。


「へ?」


真央が近寄るとメットを渡すのである。そこで真央はつばひろの帽子を脱ぐと形が崩れるのも厭わずぐしゃぐしゃっと丸めてバッグに突っ込み、メットを被り、お嬢なワンピなくせにその男の後ろに乗っかるのである。


「な!」


ブロロロロ……


行ってしまった……。


芽衣は思う。あの人は、火サスでは測りきれない人だなと。


*1 火サス

火曜サスペンス劇場は、1981年9月29日から2005年9月27日までの24年間にわたって日本テレビ系列で放送された2時間ドラマ枠の名前。本番組初期のプロデューサーだった小坂敬は「哀しくなければサスペンスじゃない」が最初のコンセプトであるとして、「単なる謎解きに終始せず、きっちりとした人間ドラマを作ろう」ということで、登場人物はみんな何か重いものを背負っていることをじっくり描くことが最大のテーマだったと話している。(Wikipedia参照)


忘れられないあの音楽!|ω・)子供の頃、こんな感じで覗いてた気がする。(つまりはそんなものは見ずに寝ろと追い払われていた)


*2 午後ティー

キリンビバレッジ 午後の紅茶

届けたいのは紅茶の幸せ。「アフタヌーンティー文化のように手軽に美味しい紅茶を楽しんでほしい」その思い出誕生して35年以上(参照キリンHP:https://www.kirin.co.jp/softdrink/gogo/)


*3 ウルトラマン

円谷プロダクション制作の特撮テレビドラマ。M78星雲光の国の宇宙警備隊員である。身長40M。(Wikipedia参照)


*4 ナルト

岸本斉史による漫画。週刊少年ジャンプ連載。主人公のうずまきナルトは体内に九尾の妖狐を宿していて、影分身の術を出します。(Wikipedia参照)

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