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St.Valentine’s Day②













   St.Valentine’s Day②













***


からの……、待ちに待った放課後である。飛んでいきたいトシ君。


「ごめん。俺、先行くね」

「あ……」


さっきまで刻々とオーラの薄まっていた姿は何処へやら、荷物を片付けるとぴゅっと教室を飛び出してゆく。


「恋する人の背中には翼が生えているな」

「それ、フランスの詩人かなんかの言葉?」

「さぁ」


自分たちへの奇跡は今日も起きそうにないなやれやれと思いながら、荷物を片付けて立ち上がる圭介君と浩史君。しかし、背中に翼が生えていたはずの人に廊下で追いついた。


「あの、すみません。俺、ちょっと急いでて」

「もらってください」

「あ、はい……」


え、いや、ここ?


多分、帰宅のために廊下に出ている学生達皆が思ったはずだ。


ふつー、こんな、みんなが見てる前で渡すか?昨今の大和撫子は、アメリカナイズしたんだろうか?この行為自体がアメリカっぽいのかどうかはよくわからんが、衆人環視の状態で?


そして、受け取ったトシ君、ヒジョーに困った。でかいのである。鞄に入らない。


「トシ……」

「あ」


廊下の真ん中で、困っている人に話しかけた人がいる。


「どうしよ、これ、カバンはいらない」


しかも、真っ赤な袋に金色のリボン、今日のこの日、どっからどう見てもそれだわな。


「圭介、お願い。これ、持って帰って」

「ば……」


圭介君、この人ね、なんというのかな?一般庶民代表?男性の一般庶民にも、女性の一般庶民にも優しい愛すべき名脇役でございます。


「みんなの前で渡すな。渡した子に伝わるだろう」

「でも、これから芽衣に会うのに……」

「わかった。とにかく学校を出よう」


右に浩史君、左に圭介君、なぜか護送しているような様子で並んで歩きつつ、ボソボソと喋る。


「な、トシ、むしろ、中村のようなとぼけた人には、こういうのわざと持ってって、見せつけたら?ショック療法だ」

「え、絶対やだ。どう思われるかわからないのに」


ま、そういうと思いましたけどね。そして、校庭に出た三人。


「あの、松尾君」

「え……」


そこにもまだ、新手の女の子がいた。本人を含め、皆思いました。え、まだ来るの?まだ?しかも、衆人環視アゲイン。


「ごめん、俺、急いでるんだけど」


そしてまた、剣もほろろな受け答えを。


「トシ、そんなこと言うな。あっち行け、あっち」


通りすがりのみんながジロジロと見てゆくのを気にして、端っこを指差す圭介君。それで皆の流れから外れて傍へ寄った二人。グラウンドと門から登校口までの境目に植えられた桜の木の下に立つ。それでも、ジロジロと見られていたが、二人がどんな話をしているかまでは聞こえてこない。それを離れてみている男子二人。


「すげえな、トシ。今日、トータルで何個もらったんだろ」

「俺らとは住んでる世界が違うな」

「なのに、彼女であんなに苦労してるなんてな」

「本当にすごいのは中村芽衣かもな」

「違いない」


結論が出ました。


短いやりとりが終わって、こちらへと戻ってくるトシ君。その腕には今の女の子にもらったのではない、さっきの女の子がくれたでかい真っ赤な袋を抱えてる。


「な、圭介、ごめん。これ」


そして、その派手な袋を渡そうとする。恋する人の背中には翼が生えている。トシ君は今にも駆け出してゆきたいのです。


「まあ、待て。焦るな。トシ。とにかく校門を出よう」


逃げないようにとトシ君の腕を捕まえて、非行少年を補導したおまわりさんのように淡々とつれて行く圭介君。校門を出たところで、非行少年またそわそわとする。


「もういい?」

「まだだ」

「え、まだ?」

「まだみんないるし」


トシ君、ため息ついた。そんなトシ君をチラリと見た圭介君。


「な、トシ」

「ん?」

「中村のことで頭がいっぱいなのはわかるんだけどさ」

「うん」

「そんなお前なら、お前のことで頭がいっぱいな女の子の気持ちだって想像つくだろ?」

「……」

「気持ちに応えろとは言わないけれど、無闇に傷つけない配慮ぐらいはしろよ」


さっきまでのソワソワとした顔がちょっと真面目な顔になった。その顔を確認した上で圭介君、続ける。


「中村のことなんて、待たせとけ。こんだけお前のこと待たせたんだからさ」

「……」

「いつまでも俺らの知ってるトシでいてくれよ。やなやつになるなよ」


ちょっと殊勝な顔をした。トシ君。


「……ごめん」


そして、もうちょっと行ったところで、コンビニに寄りました。コンビニでレジで大きめの袋をもらい、そこに派手な袋を入れた。


「ありがとな」


綺麗な笑顔で手を振ると、待たせとけと言ったのにやっぱりかけて行くトシ君。その背中を見送る男子二人。


「圭介」

「ん?」

「お前って、ほんっといいやつ」

「そうか?」

「なんで、お前みたいないいやつがチョコの一つももらえないんだ?」

「みんな見る目がないな!」

「だな」


でもね、みなさん、大人になったらイケメンばかりがモテるわけじゃありませんからね。それまで、ファイトです。


***


芽衣ちゃん達の高校の前を通り過ぎてゆく。芽衣ちゃんの高校は柳川城の城跡の一角に建てられてるんです。芽衣ちゃんがお城と言ったら、二人でいつも会ってる場所がある。どう考えても今日は待たせちゃったよなと息せききってかけてくトシ君。いつもの場所にちょこんと芽衣ちゃんが座ってた。向こうの方にY高校のグラウンドが望めるところです。


「ごめん。待たせちゃって」


するとくるりとこちらを向いた。


「どう考えてもトシ君がわたしより早くくることは無理でしょ。うちの高校の隣なんだから」

「そうだけど……」


呼びつけているのは芽衣である。喜んで飛んでくるけどな。


「はい」

「……」


色気も素っ気もなく紙袋をドンと渡す芽衣。え、いや?朝は可愛くハッピーバレンタインなどと言い、皆から天使と言われていたのに……。反射的に紙袋を受け取ったトシ君。ずしりとな。脳が思考を停止した。


これは、芽衣に貸してた本とかなんかだっけ?


「これ、なに?」

「ケーキだよ」

「え、なんで?」


人間というのはおかしなものである。朝から、何ももらえないんじゃないかとビクビクとしていました。チロルチョコでいいから欲しいと思いながら、命を薄く削るような気分でおりました。だから、チロルチョコどころか、ずしりと重いケーキを渡されると、それがバレンタインとつながらないのです。


芽衣ちゃん、じっとトシ君のことを見た。


「トシ君は、バレンタインとか祝わない派か」

「え、うそ」


やっと繋がった。切れた回路がつながった。チロルチョコの何十倍の成果に、下手したら泣いちゃうんじゃね?この子。と思うくらいほのぼのと自分の手の中の紙袋を覗くトシ君。


「芽衣が焼いたの?」

「うん」

「まじで?」


じーんと感動している彼氏の横で、余計なひと言を言う中村芽衣。


「春菜ちゃんにあげる予定だったんだけどね」


……その言葉に一気に天国から地獄へ突き落とされた。しばし、沈黙した後に弱々しい声を出すトシ君。


「……春菜に?」

「うん」

「でも、それが俺の手に渡ったのはどうして?」

「春菜ちゃんが、わたしじゃなくてトシにあげなって」


ズゥウウウン……


やっぱりな。芽衣が俺のためにせっせとこんな大きいケーキ、焼いてくれるわけないじゃん。天地がひっくり返らない限り、ねえわぁ。


やべ、俺、今日こそ折れてしまいそう。


「つまり、その」

「うん」

「春菜が俺に渡せと言ったから、今日、芽衣は俺にバレンタインのケーキをくれたわけで、それがなかったら何もなかったってことだよね?」


瘡蓋がきちんと乾いていないのに剥がすと痛いということがわかっていても、人は時々それを剥がす。それに似た行為に走るトシ。芽衣がじっとトシ君の顔を見る。芽衣ちゃんが答えるまでの間、自分が無期懲役か無罪かの判決を待つような気分でいたトシ君。


「いいや」

「なかったんだ!」

「いや、違うって。ちゃんと用意してました」

「……ほんとに?」

「ほんとだよ。忘れてないって」

「……」


芽衣はいつもこうなんだよ。生かさず、殺さず……。時々、本気で殺してくれと思う時があるのは気のせいだろうかと思うトシ君。


「何よ、その顔。ちゃんと忘れてないって」

「うん……」

「ちゃんと残さず食べてね」

「残すわけないじゃん」

「そう」


さっきまでの喜びから、結構ズドンと落ちて。そうだな。地上30メートルぐらいからは落ちたかな。景気の悪い顔で芽衣ちゃんを眺めるトシ君。


「ちなみに、春菜にはケーキを準備したのだけど」

「ん?」

「俺には何を用意していたの?」

「ああ、クッキー」

「クッキー」

「クッキーはケーキの代わりに春菜ちゃんにあげちゃったからないんだけど」

「……」

「え、なに?クッキーも欲しかったの?」

「いや、別に……」


若干、自分が幼稚園児扱いを受けたような気がするのは気のせいだろうかと思うトシ君。

不意に寒気を覚える。そりゃ寒いわな。二月だ。首元のマフラーに顔を軽く埋める。なんか、機嫌悪いなとトシ君を眺める芽衣ちゃん。ちょっと逡巡した挙句、意を決して顔をあげるトシ君。


「あのね、芽衣ちゃん」

「はい」

「もしも」

「うん」

「芽衣が春菜にケーキをあげたのを知らずに」

「うん」

「俺がクッキーをもらったとする」

「はぁ」

「めっちゃ嬉しい。手作りだし」

「あ、そう」

「あるいは、実は春菜にあげるつもりだったケーキをもらったとする。というかもらってるんだけど」

「うん」

「それも、めっちゃ嬉しい。どっちでもめっちゃ嬉しい。ものじゃないんだよ、わかる?」

「……」


一応考える。中村芽衣。


「よくわかんない」

「あのね、実はこのケーキは春菜にあげるものだったという事実を」

「事実を」

「俺に伝える必要ってある?」

「……」


一応考える。中村芽衣。


「でも、それが事実なわけだし」

「時には、嘘も有効なんだよっ」

「もうちょっとわかりやすくいって」

「たとえばクッキーを渡して、でも実は春菜の方はケーキだったとか」

「うん」

「あるいはケーキを渡して、でも実はそれは春菜のケーキだったとか」

「はい」

「がっかりするよね?知らなければがっかりしないじゃん」

「なんで?」


チーン


「芽衣ちゃんの中で、俺は春菜より下なわけ?」

「えっ!」


芽衣はその時、思った。トシ君、何をいってるの?そんなの当たり前じゃない。

しかし、かなり一般的な感覚とずれている宇宙人のような芽衣ですが、地球に来てからそれなりに時間も経ってるし、当たり前じゃない、なんていったらまずいなと流石に思いました。


何せ、ほら、春菜ちゃんにはトシを傷つけるなと口を酸っぱくして言われてますし。


「そんな、春菜ちゃんと自分を比べるなんて、どうかしてる、トシ君」

「そうかな?」

「わたしの春菜ちゃんに対する好きはそういう好きじゃないから」


堂々とここに宣言する。そういう好きじゃなーい!ところで、そういう好きって、どういう好き?それでも拗ねた顔をしている彼氏を見ながら、


「なんか子供みたい」


ついぼそっといってしまった。


「すげー今のぐさっときた」


やべ、傷つけた。春菜ちゃんとの約束がと思った芽衣ちゃん。しかし、その反面、芽衣の入れてはならないスイッチが入る。


「だから、前から言ってるじゃん」

「なにを?」

「わたしみたいな気のきかない女なんかやめて、他の女の子と付き合えば?」


トシ君、しんとした顔で芽衣ちゃんを見た。その顔を見て、あー、またやっちゃったと思う芽衣ちゃん。どうしていっつも言わないでおこうと思うのにこういう言い方をしちゃうんだろう。


「芽衣はそれでいいわけ?」

「……」


いいんだろうか?


「だってわたしみたいな人と一緒にいると、疲れるでしょ?」


でも、こういう時、口が止まらなくなっちゃう。なんでだろう?わたし、他の子に対してはこういうこと言わないのに、トシ君に対してはいっちゃうんだよなと思う中村芽衣。


「また始まった。芽衣のわたしなんか」

「え?」

「そういうの、直すって言ったでしょ?」

「言ってない」

「言いました」


それからトシ君傍の紙袋をそっと持ち上げると立ち上がった。


「帰ろ。動かないで座ってると寒い」


そう言って片手を差し伸べてくる。自分に差し伸べられた手をしばらく眺めた後で、その手に自分の手を重ねた。ゆっくりとバス停に向かって歩き始める。


「芽衣ちゃんは今、リハビリ期間中だから」

「リハビリ?」

「リハビリが終わって、わたしなんかって言わなくなって、それで、別の好きな男ができたっていうのなら、考えてもいいよ」

「なにを?」

「それまでは離さないから」


お父さんやお母さんじゃなくて、他の人、それも、男の子と手を繋ぐのって、やっぱりなんかちょっと違うものだよな。手を繋いで歩きながら、さっきまでやめようと思っても止まらなかったざわざわとしたものが収まって、そして、芽衣ちゃんちょっと反省してました。


本当はわかってる。この手の温もりに救われてるってこと。

だけど、そういうことを真正面から見つめて、そして、認めることができない人というのもこの世にはいるのです。


わたし、顔だけじゃなくて、心までブスだなと芽衣、思う。

というか、心がブスだから、顔もブスになるんだろうか。


バス停が近づいてくると、繋いでた手をそっと引っこ抜いた。これもいつも同じ。ここらには三つ高校があって、このバスに乗る高校生は多い。二人の共通の知り合いや友人に出くわす事も多い。みんなに手を繋いでいるのを見られるのが、芽衣ちゃんは嫌なんです。


二人でバスに乗ったら座席が一つだけあった。


「芽衣、座ったら」


言われて素直に座った。


「それ、持つよ」

「いや、いい」


大きな紙袋を持ったまま、芽衣ちゃんの前に立つトシ君。今日、いろんな女の子にいろんなものをもらった。すっごい大きいものもあったよね。あの大きい赤い袋と、結局芽衣ちゃんにもらった紙袋、どっこいどっこいなくらい大きいわけ。


バレンタインに男の子と女の子が一緒に帰っていて、で、なんだかあからさまに荷物がおっきいなと。トシ君はここらでちょっと目立ってる子だし、その光景を見てヒソヒソと言っている子たちがいる。明日には噂になるかもしれません。でも、それはトシ君にとっては問題にならない事でした。周りの人なんてどうでもいい。


この紙袋だけは自分で持ちたい。好きな女の子からもらったものだから。


なんとなくしょぼんとした気持ちでバスに揺られてた芽衣ちゃん。

いつもは、人を怒らせたりしないかと内心ビクビクとしてて、気をつけている人間なのに、どうして、トシ君にだけは嫌な口の利き方をしちゃうのかな?なんかまた怒らせちゃったかも。わたしってやっぱダメだなと思ってました。


冬の日の夕方の時間が嫌い。こんな憂鬱でどんよりとした日がいつまでも終わらないような気がするから。黙ってしまった芽衣ちゃんに合わせて自分も黙ってたトシ君。あっという間に自分が降りるバス停に着いた。


「芽衣」


俯きがちになってた彼女を呼ぶと、彼女が顔を上げた。


「これ、ありがとう」


紙袋をちょっと持ち上げると綺麗な顔で笑った。


「じゃあね」

「うん」


手を振ると、とんとんとバスを降りて自分の家の方に歩いていく。バスが動いてそのトシ君を追い抜いてゆく。それを上から眺めてました。


怒って……なかったな。


そして、後ろを覗き込んでた姿勢を元に戻して、淡々と考えました。トシ君って笑顔が綺麗だなと。もともと顔立ちが綺麗な人だけど、それだけじゃなくて、心も綺麗だから綺麗な笑顔ができるんだなと。


わたしと違う。


自分のバス停についててくてくと歩く。家についてドアを開けた。


「ただいまー」

「おかえりー」


歳の割に若いというか、でも、これは外見のせいだけではなくいつもテンション高いからだよなと常日頃思ってる、芽衣ちゃんのお母さんが出てきます。


「ね、どうだった?バレンタイン」

「みんな喜んでくれたよ」

「もう、みんなはいいの。トシ君、どうだった?」

「どうだったって、喜んでくれたよ」

「ほんと?ちゃんと渡してくれたのね?」

「ん?」


ニコニコしてる母親の顔を見ながら、ゆっくりと思い出した。


「あ……」

「え?」


ガサガサと自分の学生鞄の他に持ってってる手提げを引っ掻きまわす。そしてシックで美しい小さな包み、光沢のあるリボンのかけられたそれを取り出した。


「すっかり忘れてた」

「もうっ!めいー」


悲鳴のような声をあげる母親。


「どこの世界に自分の娘の彼氏にチョコ贈る母親がいるのよ」

「いいじゃない、別にいたって。お母さんなんか、若いかっこいい男の子の知り合いいないんだから」

「お父さんに渡してたらいいでしょ?」

「それはそれ、これはこれなの。もー、一応あんたを立てるために、ちっちゃいさりげないチョコにしたでしょ?」


でも、お母さん、大人の余裕を醸し出すために、超高級チョコ買ってました……。一粒だけど、極上。


「もう、いいじゃん。食べちゃおうよ」

「な、なに、言ってんのよ!自分だけいい思いしてたらママのことなんてどうでもいいんだ?」

「……じゃ、明日、渡すから」

「明日はバレンタインじゃないでしょ?」

「もう、めんどくさいな」

「あ、いいわよ。もう」


不意に落ち着く母。諦めたかと思う娘。


「トシ君の家の住所、教えて」

「は?」

「お母さん、自分で届けてくる」


その時、芽衣ちゃんの頭の中にどーもー、芽衣がお世話になってますなんぞと言いながらトシ君の前に立つ母親の姿が浮かんだ。いつでも、どこでも、相手がどんなに引いていても、自分はディズニーランドのエレクトロニカルパレードばりにガンガンバリバリテンションの高い人なのです。流石にそれは、背筋がぞくっとした。


「わかりました」

「なに?」

「わたしが届けてきます」

「だからいいって。お母さん行くから」

「ママ……」

「ん?」


芽衣ちゃん、そっとお母さんの片腕に自分の片手で触れる。


「やめて」

「あら……」


それで、自分の部屋に戻ると動きやすい服に着替える。パーカーにジーンズ。そして上からもう一度さっきまで着てたダッフルコートをはおった。車庫から自転車を出していると、父親が車で帰ってきた。車からばたんと下りてくると芽衣に声をかける。


「おや、芽衣ちゃん出かけるの?」

「うん、ちょっと」

「こんな時間に?」


腕を伸ばしてからコートの袖から出した腕時計を眺める父親。


「うん」

「なんで?車で送ってってあげるよ」

「……」

「危ないから。どこまで行くの?」

「パパ」


片手でぎゅっと父親の手を握った。


「芽衣はもう、小学生とかじゃないんだよ」

「……」


やれやれ……。一人っ子にもね、一人っ子なりの苦労というものがあるのですよ。芽衣ちゃんはぶつぶついう父親をほっといて自転車に跨った。


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