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松尾君は絶対勘違いしています11












   松尾君は絶対勘違いしています11












   松尾俊之













「なぁ、えり」

「なあに?」


一階に降りていって呼びかけると、妹は、風呂上がりの濡れ髪を乾かしもせず、バスタオルをそのまま肩にかけたままの状態で、某会社のヨーグルト、一人一人用の小分けされたものではなく、ファミリータイプの大きいやつ、に直接スプーンを突っ込んで食べながらテレビを見ていた。


「……」

「なあに?」


先に髪を乾かしなさい。それと、そのヨーグルトはお前専用のものなのか?と言いたい気持ちを抑えた。


「たとえばだ、たとえば」


抽象的に、抽象的に。


「俺の友達の話なんだけど……」

「圭介君か、浩史君?どっち?」

「……」


どっちにしようかしばし迷う。しかし、一応、2人の名誉を重んじることにした。


「いや、あいつらじゃなくて別の友達が」

「はぁ」

「一度告って、ちょっとうまくいきかけたのだけど結局断られた相手に」

「なに、恋バナ?」


ヨーグルトを持ったまま目がキラキラとした妹。心なしかヨーグルトの容器がスプーンを突っ込まれた状態で斜めっています。


「えり」

「ん?」

「悪いこと言わないから、それをどっかに置きなさい」

「ああ」


ことんとヨーグルトをテレビ前のローテーブルに置いた。安全確保である。


「で、ナニナニ?」

「それでも諦められなくてもっかい会いたがってんだけど、これってやばいと思う?」

「やばい?」

「ストーカーみたいなもんか?」

「んー」


濡れ髪のままで腕を組んで目を瞑り考えこむえりちゃん。


「お前がその相手の女の子だったとしたら、どうだ?断った相手がまた会いにきたら」

「いや、困るな。迷惑」

「ストーカーか?」

「なんで、そんなまだ会いたいの?」

「いや……」


抽象的に……


「なんかまだ望みがありそうというか……」

「すごい自信家だね、その友達」

「……」


状況をもう少し説明しないとその判断が。


「その、断る理由というかなんかが曖昧で、はっきり嫌いと言われてないんだと」

「ああ……」


妹はさもありなんという顔をして可哀想な人を見る目になった。そして、おもむろにまたヨーグルトを取り上げる。そして、食べながら続けた。


「それは、その女の子の優しさだよ」

「へ……」

「例え自分にとって興味のないカエルをうっかり拾ってしまったとしても」

「か……」


カエル?


「それが、殿様カエルとかガマガエルとか、一部の両生類好きの人以外にとってはギャっと叫んで放り出したいぐらいのカエルならまた別の話だけど、アマガエルならまだ平気じゃない。可愛いものよ」

「告ってきた男子はアマガエルなのか?」

「まぁ、そうよ。アマガエルは憎からずよ」

「ああ……」


そして、芽衣の文面を思い出す。あなたを利用してしまったと。俺、憎まれてはいないと思うんだよな。


「わざわざ地面に叩きつけて、踏みつけて内臓を引きちぎってしまおうなんて思わないでしょ?」

「……」


チーン


「だから、その女の子のその曖昧なお断りの文面は、つまり、アマガエルをそっともといた田んぼの中かどこかわからんけど、戻してあげた行為ってわけ」

「その憎からずのアマガエルがもう一度来たらどうなる?」


兄の言葉に食べかけのヨーグルトから顔をあげて(くう)を見上げる妹。


「仏の顔も三度まで」

「……」


三度という言葉に勇気をもらう。二度はいけるぜ。二度は。


「ね、それ、ほんとに友だちの話?」

「ん?」


妹がじっと下から立ったままで話していた兄を見上げてくる。


「友だちの話だよ」

「ふうん」


えりを適当にあしらい、2階に上がる。


自分はアマガエルである。アマガエル……。

女子にとって告ってきた男子は、それがヒキガエルやイボガエルでなければ、憎からずのアマガエルなのである。つまりは付き合うには値しなくても、自分の崇拝者というのは気持ちを盛り立てる存在である。

迂闊に近づいたりしなければ、地面に叩きつけられて内臓を無惨に道路に曝け出すこともないぞ。


その日の夜、自分がアマガエルになって、芽衣と対峙する夢を見た。傘をさした制服姿の芽衣は僕に向かってそっとしゃがみ込む。


「カエル君、あっちに行って他の人と遊びなさい」


そう言って芽衣は小さな僕の体をそっと持ち上げて、僕の方向を変える。僕はだけど、カエルの体で回れ右をした。芽衣が傘をさしながらしゃがんだまま大きくため息をつく。僕はカエルなので人間の言葉が話せずにただ芽衣を見上げてた。


次の瞬間、場面が切り替わって僕はこの柳川の街の一角で人間に戻っていて大人になっている。僕の腕に誰だかよくわからない女の人が腕を絡ませくっついている。道路の向こう側を僕らとは反対方向に自転車を漕いでゆく大人になった芽衣が見える。風に髪を靡かせながら。


芽衣は前しか見ていなくて、僕らには目もくれない。僕は芽衣が現れたところから、横を通り過ぎ視界から消えるまで立ち止まって彼女を眺めている。


「ねぇ、何見てるの?」


僕の脇の女が尖った声を出して僕の腕を引っ張るのにも構わずに、僕は芽衣を見ている。芽衣は前しかみていない。前しか……


その時、夢の中で自転車に乗りながら彼女が振り返って僕を見た。僕たちは2人見つめ合った。


そこで目が覚めた。


***


僕らの通うD高校と芽衣たちの通うY高校は、徒歩10分ほどの距離で地理的にも近く。もともとは同じ中学だった奴らがいたりして、人の行き来や交流が盛んなのである。中にはクロスオーバーで付き合ってる奴らがいる。周囲の目を気にせずに公然と付き合う人たちは、時に一緒に帰ろうとして相手の高校の門前で彼女、あるいは彼氏を待つ。


高校に入ってから初めての中間試験、芽衣たちの高校も俺らと時期をほぼ同じくして試験期間に入った。試験期間は部活がない。この時なら確実に芽衣に会えると思った。


Y校の門前で同じように誰かを待ってる人たちの群れに混じって芽衣を待った。えりの三度という言葉に励まされて来たけど、内心、刻一刻と迫りくる死刑宣告を待つような気持ちだった。


僕がここでひけば、僕たちは通り過ぎてしまう。芽衣と通り過ぎずに一緒にいるというのは、きっととても難しいことなんだろう。でも、あんなふうにいつか大人になって、彼女が僕に見向きもせずにいってしまうのをただ眺めているだけなんて、耐えられなかった。


考え事をしていたのがふと我にかえる。ゾロゾロと通り過ぎてゆく奴らがジロジロと僕を見てゆく。そりゃそうだ。この年齢、どこの誰が誰と付き合ってるのかとか興味津々だろう。その中に芽衣の姿を探してた。これだけの人がゾロゾロ歩いてたら、見逃してしまいそう。


「松尾?」

「あ」


ところが、知り合いに見つかってしまった。そりゃそうだ。同じ中学からこの高校に進んだ奴らはゴロゴロいるんだから。


「何やってんの、こんなとこで。誰を待ってるの?」

「あ、いや」


ニヤニヤしながら話しかけてくる元同級生の男子に応対している時だった。


なんでだろう?テニスの試合をしている時だって、これほど自分の動体視力というかなんというか、働いたことはなかったと思うのだけど。目では元同級生を見ながらその目の端に、芽衣が映った。一瞬、ちょこんと芽衣が視界に入った。それが分かった。人と人の間に。


僕は芽衣の方を見た。同時に芽衣は僕に背を向けて、またあの日のようにいってしまう。一度出て来た校舎の方へと回れ右して戻ってしまう。


絶望的な気持ちになった。

俺は地面に叩きつけられはしないけど、近寄ってもらえないのかと。


やっぱり、もう……


その時、僕のカバンの中で携帯が震えた。僕は携帯を取り出した。

その発信者の名前を見た時……


その発信者の名前を見た時、後から思い出しても思う。あの瞬間は僕の人生の中でわりと比較的、ベスト10に入るくらいのレベルの瞬間だったんです。


それが何の瞬間だったかというと、つまりは、瞬間にタイトルをつけるとすれば……

つまらないからやめよう。名前をつけることできっと僕のあの瞬間の感動は色褪せてしまう。


「あ、ごめん」


話しかけてきた元同級生に背中を向けて僕は震える携帯に応えた。


「はい」

「何やってんですか」


興奮した芽衣の声が耳に飛び込んできた。


「ごめんなさい」


その後、芽衣が怒って何か言いたててるのが耳に入らない。

ただこう思ってた。


芽衣ちゃん、頼むから俺のこと好きになって。それで、俺の人生の中にいてほしい。俺のそばにいてほしい。













   中村芽衣













「ああ、だるい」


登校口にゾロゾロ向かう廊下の途中で誰かが口火を切る。


「だるい二乗」

「スーパーだるい二乗」

「スーパーハイパーだるい二乗」


どんどん膨らんでゆく。トイチの借金*9もここまでは一気に膨らみはしないだろうに。


「これ以上の上級表現が思いつかないよ」

「いや、何かまだある」

「英語じゃないとダメ?」

「ダメではないが、せっかくだからカタカナでいこう」


しばらくみんなで、ない頭を寄せ合いうんうん唸る。


「わかった!」

「なんだ?」

「スーパーハイパーマキシマムだるい二乗」


おー、皆が感心する。


「ていうか、単純に最後の2乗を3乗にすればよかったのでは?」

「それでは芸がないだろう」

「あんたたち」


黙ってた春菜ちゃんが口を開く。


「そんなことに頭を使ってないで、勉強して」

「ウエー」

「赤点一つでも取ったら、補習参加で部活出られないんだからね」

「だりー、勉強、だりー」


シャーペンを握ってノートに何か書いたり、問題集を解こうとすると、頭が割れそうなほどの頭痛が始まる持病をみんなが持っている。


「赤点とったやつは全員にかばアイス*10、奢りね」


それでみんなはたととまり、(くう)を見つめる。まず間違いなく、何味にしようと思い、誰か赤点とってくれないかなと思っているに違いない。そんな時、我々のすぐ近くを女の子がパタパタと通り過ぎてゆく。こらこら廊下を走ってはならないぞ。彼女はちょっと前方の別の女の子に追いつくとキャピキャピと興奮した声で話しかけた。


「ね、校門のところにD校の松尾君が来てるってよ」

「え、うそ」

「ほら」


スマホの画面を取り出して見せてる。


「何これ、誰が撮ったの?」

「あけみが撮って送ってくれたの」

「やだ、誰を待ってるの?」

「ね、近くまで行ってみようよ」


そして、2人でキャピキャピと廊下を走っていった。注意する気も怒らない。別のことに気を取られていた。


「ね、今、松尾って言わなかった?」

「え?」

「松尾ってトシ?」

「聞き間違いじゃないの?」


そして、ゾロゾロと歩いてゆく。その中で、まさかねと思いながら、わたしは徐々に突然下痢にでもなってしまったように、体全身の熱が冷めてゆくというかなんというか、冷や汗をかいてました。足が重い。


みんなで下駄箱で靴を履き替えて、校門へとゾロゾロ向かう。みな、視力がいい。年がら年中ボールの行方を目で追っているからかもしれない。少し離れたところですでに気づいた。


「あれ、本当にトシじゃね?」

「なにやってんの?トシ」

「え、誰か待ってんの?彼女できた?」

「うそ。うちの子?誰だろ。聞いてみようぜ」


その時、我々とトシ君の距離約30m。やばい。わたしは身を翻した。一番後方にいたので、わたしがいなくなったことに皆気づかない。一旦校舎の方に戻り中には入らず脇へと逸れる。人目につかない校舎のかげに隠れるとリュックからスマホを取り出した。画面をスクロールする手がちょっとわななっている。松尾俊之、あった。


電話をかけるとほどなく本人が出た。


「はい」

「何やってんですか」

「ごめんなさい」

「ごめんなさいで済めば警察は要りませんよ。前から言ってましたけど、トシ君は自分がどんだけ目立つのかに無頓着すぎますっ」


かばアイス10個を賭けてもいいが、盗撮すらされていることに本人は気づいていないだろう。すると、30mの距離を軽くダッシュでもしたのか、聞き慣れた人たちの声が電話の向こうから聞こえてくる。


「トシー」


時間がない。


「いいですか。トシ君」

「はい」

「春菜ちゃんたちに適当に合わせて、でも、自分が誰に会いに来たのかは誤魔かして予定が変更になったと言って」

「はい」

「左へ進んでください」

「左?」

「はい、左。お城跡のできるだけ人のいないところにいてください。少し経って人の流れが落ち着いたら行きますから」


電話を切った。


*9 トイチの借金

金利が「10日で1割」の割合であることを意味しております。10万円借りたら、10日後に利息が1万円。違法な超高金利。違法なため契約自体が無効。返済の必要がない。(参考マネージャーナル:https://sure-i.co.jp/journal/household/entry-425.html)


*10 かばアイス

福岡県柳川市にある椛島氷菓によるアイスキャンデー。オンラインショップあり。ご興味ある方、ぜひどうぞ。ちなみに中国への配送はされてませんので、作者は食べることができません!(椛島氷菓:http://anrifarm.shop-pro.jp/)(ㅠ︿ㅠ)

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