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松尾君は絶対勘違いしています⑤












   松尾君は絶対勘違いしています⑤












   松尾俊之













僕はあの日、芽衣の連絡先を聞いていて、連絡を取り合う仲になりました。電話をすると嫌がるので、メッセージを送る。毎回その返信が限りなく遅かったです……。だから、僕たちの会話は、なんというのかな?うーん。1万メートルの間をあけてピンポンしているような気分だった。これは流石に言い過ぎかな?だけど、たとえば朝の7時におはようと入れたら、11時におはようと返ってくるようなイメージです。かろうじて、午前だったみたいな。ちなみに僕はこの間に何十回と返信がないか携帯を確認しているわけです。


わざとやってるのかなとそのうち思うようになった。


ああ、もういいっ!こんな返信の遅い女っ!


って言わせてとっととけりをつけようという作戦ではないだろうか。そんな作戦にのってたまるかと。これはもうどっちが粘り勝ちするかという持久戦だなと思うようになった。


こういうことになるまで、自分で自分のことをよくわかっていなかったのだけど、俺って結構、しぶといというか、図々しい?普通だったらここまであからさまに嫌われているというか嫌だというシグナルを送られたら、めげるものではなかろうか。しかし、不思議と頑張れる自分がいる。


誰かに似ている気がする。あまり認めたくないけど、誰かに……。


とある日、周りに父も妹もいない時に母に聞いてみた。


「ね、母さんさ」

「なあに」

「昔、結婚する前に父さんにしつこくされた時、やじゃなかったの?」

「何を言い出すの、突然」


テレビを見ながらアイロンかけてた手を止めてぽかんとする。


「ね、かなりしつこかったんでしょ?やじゃなかったの?」

「もう、誰に聞いたの。そんな話」

「ここらじゃ有名な話だって」

「やあねぇ、そんな古い話を、それも息子に聞かれるなんて」

「やじゃなかったの?」

「うーん、そうねぇ」


母はアイロンをかけている服を一旦持ち上げて、むきを変えてアイロン台に置き直す。シュッシュと霧吹きを吹く音がする。


「正直いうと、困ってはいたかしら」

「どうしてOKしようと思ったの?」

「忘れちゃったわ」

「思い出してよ」

「変な子ねぇ」


母は笑い出した。ひとしきり笑うとまたアイロンをかける手を動かしながら語り出す。


「ま、とある日に、まだ結婚する前よ」

「うん」

「お父さんじゃない別の男の人に誘われて、まぁ、一緒にご飯を食べるというかデートをしたの」

「うん」

「そしたらねぇ」


母はため息をついた。


「そしたら?」

「あら、おかしいわ。全然楽しくないって思って」

「へぇ」

「気づいたらお父さんとその人を比べてるのよ、頭の中で」


アイロンをかけ終わった服を脇へよけて、今度はハンカチを取り出した。


「なんかお父さんと一緒にいる時の方が楽しいなと思っちゃって。それがきっかけかしら。世の中にはいろいろな男の人がいるけれど、そのすべての人が自分を一生懸命大切にしてくれるわけじゃないしねぇ」


しみじみと言ってる母親の声を聞きながら、思わず感嘆の声が出た。


「頑張ったな、父さん」


アイロンをかける手元をみてた母が突然まっすぐこちらを向く。


「なんでそんなこと聞くの?」


するとドタドタと今ここでどんな会話がされていたかを全く知らない父がリビングに来る。冷蔵庫にまっすぐ歩いてゆく。


「ビールあったっけ?」

「まだ飲むの?」

「風呂上がりにちょっと一杯」

「冷やしてませんよ」

「ええ?なんで?」

「明日にしてください。もう、毎日、毎日」


父がそっと僕の方を見て、肩をすくめてみせた。


「飲ましてあげたら?」


ちょっと援護射撃をしてあげた。


「ほら、俊之だってこう言ってる」

「毎日はダメよ」


冷蔵庫の前で、肩にタオルをかけたままでため息をついた。その様子が可愛かった。ちょっと笑いながら立ち上がると、父の横を抜けてリビングを出る時に肩を叩いた。


「長生きしてね、父さん」

「ビールを減らしたくらいで長生きなんてできないよ」

「まぁまぁ」


今度は自分が風呂に入ろうとリビングを出た。寝巻きを取ろうと階段を上がって自分の部屋に向かいながら、母の前で必死に右往左往する若い父の姿を想像する。断られても冷たくされてもニコニコと母を追う若い父の姿を。


それが若干、今の自分と重なってくるから不思議なものである。


***


それから約1ヶ月後

トシくんの部屋、

ベットに寝っ転がった姿勢でスマホで電話をかけているトシくんがいる


「もしもし」

「ああ、春菜、久しぶり」

「久しぶり」

「今、電話大丈夫?」

「ああ、大丈夫。どした?」


いつも通りの春菜の声を聞きながら、ため息が盛大に出た。


「ちょっとお願いがあるんだけど」

「なに?」

「たびたびすみませんね」

「いいから早くいいなよ。なに?」

「こう、たまにでいいから写真を送ってくれないかなぁ」

「は?」


そんなことを言われるとは思ってなかったらしい。声を上げた後、しばらく間があった。


「写真って芽衣の?」

「うん」

「そんなんわざわざわたしからもらわないでも、2人で撮れば?」

「だって会えないんだもん」

「え?」


電話の向こうで春菜が黙る。その様子からすると、春菜は本当に知らないのだろう。


「全然聞いてないの?」

「いや、だって、あの子、根掘り葉掘り聞いたら嫌がるだろうと思ってさ」


ふっと苦笑いが漏れた。自分の部屋の天井を意味もなく眺める。


「会えないってなんで?」

「あのね、暇な時に会えませんかと言ったら、はいとくる」

「うん」

「いつ暇ですかと言ったら、ちょっと考えますとくる」

「うん」

「そのまま待てど暮らせど返事が来ないので、こっちから何月何日は暇ですかと聞くと」

「聞くと?」

「かくかくしかじかでその日はすみませんがと断られる」

「はぁ」

「それじゃ、いつなら暇ですかと聞くと、しばらく無理、暇になったら教えると」

「ああ……」

「だから、結局、春菜が中村を連れて来てくれた日から、一回も会ってない」

「は?だって、もうあの日から……」


春菜が絶句する。僕の口からため息が漏れた。


「1ヶ月以上たったね」

「えー」


のらりくらりと完全に避けられてました。


「だから、顔が見たいから写真が欲しいんです」

「あー、ちょっと待って後で送る」

「ありがとう。変なこと頼んでごめん」

「あ、いや、まぁ、いいよ。こんなことなってるなんて全然知らなかった」

「中村、学校でどうしてる?」

「いや、普通。前と変わらない」

「すっごい忙しいの?」

「あ、いや……」


ふっとまた苦笑いが出た。そんなことだろうと思ったよ。


「大丈夫?トシ」


春菜が恐る恐ると聞いてくる。


「いや、このくらい想定内だし」

「え、そうなの?」

「絶対に、自然消滅狙ってるよね。ていうか、まだ何も始まってないけど」

「……」

「普通だったらもうとっくにメッセージ送るのやめてるだろうなぁって思うよ」

「……」

「ここまであからさまに嫌がられてるのに、あんまりしつこく連絡するわけにもいかないしさ」

「うん」


なんだろう?愚痴っぽくなってしまって、次から次と言葉が出てくる。


「それで、こう、どのぐらいの間隔なら許されるんだろうと思いながら、流石にもう中村も連絡してこないだろうと思っているような頃に連絡入れてさ。送信のボタンを押す前に、もしかしたら俺のメッセージ見て、チッとか舌打ちしてたらどうしようって不安になるよ」

「いや、それはないでしょう。もう、そんな相手の反応が読めないのやめて、電話したら?」

「や、それは着拒されるから」

「ええっ!」


春菜が再び絶句している。また、意味もなく自分の部屋の天井を眺める。


「最初、電話したら出ないで、すみませんお風呂入ってましたとか後でメッセージが入るの。それで、そのメッセージが入った直後に電話しても出ないの」

「……」

「あ、これは、電話はしてくるなってことなのかなと」


僕の人生の中で、こんなあからさまに着拒されたのは初めてだった。


「なんか、実はその電話の持ち主は既に殺されていて、殺害犯がなりすましてメッセージを送ってるので、電話に出られないみたいだな」


春菜が何を思ったか明後日な方向へ話を進める。


「縁起でもないこと言わないで。本人全然ピンピンしてるでしょ?」

「うん。ピンピンしてる。毎日学校来てる」


ふっとまた苦笑いが漏れた。そんなことだろうと思ったよ。すると電話の向こうで春菜がキッパリと言った。


「あ、トシ、わたしからいうから。うん」

「でも、それ、奥の手というか最後の手段だよね?」

「でも、もう、話を聞いているとどうにもならない状態だと思うけど」

「そうかな?」

「いや、そうでしょ。大丈夫。芽衣はわたしのいう事なら聞くから」


自信満々に言い切る春菜。でも、それは確かにそうなのである。


「……すみません」

「いや、ま、それはいいんだけど、大丈夫?」

「大丈夫って?」

「こんな、なんというか、びくともしない人、思い続けられるの?」

「うーん」

「トシなら別に、芽衣に拘らなければ他に女の子ならいくらでも」

「……」


なんか似たようなことをいろんな人に言われているような気がするのは気のせいだろうか。


「だけど、他の女の子には興味が湧かないんですよ」

「ああ」

「中村に似たような子ってなんか、いない気がするし」

「ああ……」


春菜がか細い声を電話の向こうであげる。


「いそうでいないなぁ」

「いないよね」

「ぱっと見はそうでもないんだけど、よくよく見ると結構マニアックなんだよなぁ」

「本人自覚ないけどね」

「……トシ」

「なに?」

「こういうのもなんだけど、結構重症だね」

「……」


そして、電話を切った後に、春菜は約束通り大量の写真を送ってきてくれた。そこにはみんなと一緒に笑ってるいろんな芽衣がいた。部活の時や、部活帰りになんか食べてたり、移動中の車中で寝てる顔を撮ったのもあった。

サンキュー春菜と思いながら、もらった写真を何度も見返しながら、若干、俺、今、ストーカーの何歩か手前にいる人みたいじゃね?大丈夫だろうかと思う。

写真をスクロールする手を止めて、自分の部屋の天井を見上げる。自分の行動や思考を思い浮かべる。よくわからんが、このまま進んでいくとやばい気がしないでもない。本人の知らないところで写真を手に入れて見ているなんて……。


じゃあ、削除する?

……

とりあえず、とっとくか。でも、間違ってもこの写真を持っていることがバレないようにしよう。


そして、この密告のような電話をしたその次の日には早速効果が出たというか、珍しく芽衣の方から連絡が来た。傘も借りっぱなしだし、何度も断ってたからと言った後に、とある日曜日が指定されて、この日なら会えるという。


でも、僕たちの住んでる柳川では無理だと。なら久留米かというと久留米も微妙。で、わざわざ福岡まで行くことに。僕としては別に芽衣に会えるならどこでもよかったけど、お互いにあまりよく知らないこの状態で、わざわざ福岡まで行くんですかと。でもね、せっかくだから福岡まで行きましょうとかそういう話じゃないんです。残念ながら、これは。


芽衣としてはただ、知っている人に見られたくなかっただけ。

福岡が一番安全だったってわけ。


そして、同じとこから電車に乗るのに、待ち合わせは福岡を指定されました。

念には念を入れるなと。せっかく久しぶりに会えるのだから、ちょっとでも早く会いたかったんだけどなと思いつつ、しかしですね、ま、会ってもらえるだけでも贅沢言っちゃいけないかなと思うのだから不思議なものである。拒否され続けて自分の精神もかなりやられてて、正常な反応が起きなくなっていた、この時。


福岡に向かう電車に乗る時、ホームで芽衣の姿を探したのはいうまでもない。待ち合わせ時間から逆算して、同じ電車に乗る確率は高いわけで。彼女の姿が見つかれば、柳川を出てどこか途中で、彼女が人目を気にせずにいられるようなとこで隣に座ろうかなと。


しかし、いませんでした。


しょうがないので、一人で電車に乗る。1時間程度、ソワソワというか、ドキドキというか、僕の足は地についてませんでした。会ったら、何を話そうとか。でも、会う前に何を話そうとか考えていると、返ってうまくいかないような気がするなと。途中で考えるのをやめた。


待ち合わせの場所に芽衣はいなかった。じゃあ、僕より遅い電車に乗ったのかなと思って、スマホでメッセージを送った。


待ち合わせ場所着いたんだけど、遅れてる?


「松尾君」


すると、横から呼ばれた。


「え……」


一瞬、知らない人に話しかけられたと思った。


「え、中村さん?」

「こんにちは」

「こんにちは」

「行きましょうか」


そう言われて、僕たちは歩き出した。


「映画を見るってので良かったんですよね」

「あ、はい」

「わたしが調べた映画館で、わたしが見たい映画でいいの?」

「あ、いや、いいけど」

「なに?」

「その、眼鏡なんてかけてたっけ?」

「ああ」


そこで、彼女はぴたりと足を止めて、かけていた黒縁のメガネをパッと外した。


「安物の伊達メガネです」

「え、なんで?」


もう一度かけて僕を見上げる。


「それに、なんか帽子かぶって、なんかいつもと雰囲気が……」


その日、芽衣は眼鏡をかけて髪は一つに結んで野球帽の中に隠して、で、ジーンズにTシャツ着て上からシャツを羽織ってた。そして、背中にリュック。芽衣は自分で自分の格好を見回すともう一度僕を見ていった。


「普段はこんなかっこしないです」

「じゃ、なんで?」

「歩きながらでいいですか?」

「ああ、はい」


芽衣ってどっちかっていうと、スカート履いているイメージなんだけどなと思いながら並んで歩く。


「松尾君と一緒に歩くと」

「うん」

「目立つんです」

「どゆこと?」

「通り過ぎる女の子にチラチラ見られるんですよ」

「へ?」


芽衣はチラリと下から僕を見上げた。


「自覚ないんですね」

「自覚……」

「通り過ぎ様にまず、松尾君を見て、それから必ず隣にいるわたしをジロジロ見るんです」

「はぁ」

「それで、彼女として点数をつけられるんですよ。頼んでもないのに」

「……」


点数をつけられるのなら、スカート履いてた方が点数高いんじゃないかなと思うんですが。


「でも、これなら妹かなんかだろと。デートしてるようには見えないでしょ?」


チーン

そんな理由だったのかよ。


「それに、万が一知り合いに見かけられてもわたしだってバレない」

「つまり変装なわけだ」

「準備してる時、ちょっと楽しかったです」


くくくと笑ってる。


「じゃあ、俺も、メガネとかかけた方がいいの?」

「そんなん、どっかの芸能人みたいじゃないですか。いらないです」


あっさり切られました。


「周りがどう思おうがそんなの知ったこっちゃないじゃん。スカート履いてきて欲しかったなぁ」


僕がそういうと、芽衣ちゃん、ぴたりと足を止めて僕を見た。


「もっと目立たない顔に生まれてくれば良かった」

「なんてこというんですか。なんて傲慢な」

「だって、なんか得してないし、損してる」

「聞く人が聞いたらすっごい嫌味なこと言ってますよ」

「でも、損してる。芽衣のスカート姿見たかった」

「め」

「め?」


立ち止まって芽衣が僕をじっと見つめていて、僕も芽衣を見つめてた。


「名前でよんだ」

「いや、みんな呼んでるし、春菜とか、みんな」

「でも、松尾君は……」

「俺のことも名前で呼んでもらって構いませんが」

「……」


道で立ち止まってそんなこと話してた。ふと腕時計を見る。


「時間、大丈夫?」

「あ……」

「行こうよ、こっち?」


本当は手を繋ぎたかったです。でも、やめておいた。芽衣が嫌がるだろうから。ただ、そんなふうにいつまでも嫌がるからと何もしないでいても逃げてってしまうだろう。何せ春菜の助けがなければ会ってすらもらえないんだから。


芽衣がその日に選んだのは、ちょっと不思議なお話の洋画で、絶滅したと思われていた恐竜が実は親子で生きていて、それを守る人間たちと奪おうとする人間たちの話でした。*2 最後はその親子をより安全な海域へ逃がすことに成功するのだけど、その過程で、主人公が子供の頃から一緒に育ったイルカがいて、敵に撃たれそうになる主人公を庇って死んでしまうんです。


芽衣はそこで泣いていた。暗闇の中で、他にもすすり泣きの音をさせている人たちがいて、僕の彼女もそのうちの一人だった。


僕は、強引な女の子というのは好きではなくて、支配的な女の子というのも。では、どんな子が好きなのかと問われたら、映画館の暗闇の中ですすり泣きしちゃうような女の子だと答えるかもしれません。この日、僕の他にも何人かの幸運な男の人が、こんな場面で思わず泣いてしまうような優しい女の人の横に座ってたのかもしれない。


芽衣は、男の子みたいな格好をしながら、でも、綺麗なハンカチを取り出して涙を堪えてた。そこは女の子らしかった。


*2 遠い海から来たCOO 景山民夫 1988年

1993年にアニメ映画が配給されていますが、私は調べるまで知りませんでした。本で読んでおります。作中の映画は、本のあらすじから連想した実写版の映画(実際は存在しない)を想定して書きました。また、この作品の時代設定は実は未来でしてそういった意味では私の作品の年代と参考にした本の出版された年代がずれております。

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