St.Valentine’s Day①
人が恋に落ちる瞬間ってどんな時なんだろうなぁというのがずっと昔から絶えず気になっている疑問で、で、今回は、トシ君に好きになって追いかけられている後、芽衣ちゃんがトシ君を本当に好きになる過程について考えていました。
どんなふうに心が動いてゆくのかなぁと。そして、何に惹かれるのかなと。
恋愛というものは追う方と追われる方に分かれる。追う方には最初から相手が好きだという感覚があるのですが、追われる方は割と自分が相手のことを本当に好きなのかどうかわからない。こんな状態になることも結構あるのかなと。
追われてる芽衣ちゃんは一体どんな時にどんな風に心が動くのかなと。そして花が綻ぶように心を開くのかなと。
そして最終的には、好きって一体、どんな感情なんだろう?と、好きの解体をしておりました。
答えは……
次ページから続く本編でお楽しみください。^^
自分自身が既に十分に大人で、普段は大人の人が出てくる作品を書くことが多いものですから、10代の子を書いても大人っぽく仕上がっちゃうとこがありまして。そんな上手く書けない10代をそれでもああでもないこうでもないと試行錯誤しながら描くのが楽しかったです。
2023.05.26
汪海妹
自宅より。そして、戦場より
St.Valentine’s Day①
春菜ちゃんとその周りにいる女の子たちは、基本、毎日を部活に勤しんでいる。青春を仲間と部活に捧げていると言っても良い。純粋な10代の女の子たちなのです。結構有名な柳川という情緒あふれる観光地に育ち、ボールをひたすら叩く毎日を送っているわけですが、そんな和風な街にもバレンタインデーはある。
いつもは一心不乱にボールの行方を追っているこの子達も、ちょっとそわそわするわけです。仲間とボールを打つことに忙しい彼女たちにはもちろん、彼氏を作って彼氏と遊ぶなんて心の余裕も時間の余裕もない。
というか、ぶっちゃけ、ほんというと、彼氏なるものが簡単にできたら、忙しい合間を縫って会う時間ぐらい作るかもしれない。しかし、皆様、知ってますか?彼氏というのは自動で発生するものでもないし、ある日、いきなり筍が生えるようにね。或いは、国から戦時に食べ物が配給されたように、配給制で支給されるものでもない。一人、一個……。
配給されたらどんだけ、便利かね?
しかし、その配給は届いた時に気に入らないからと言ってチェンジは効くのだろうか?
そんなことをぼんやりと考えていたかもしれない、飯塚春菜と愉快な仲間たち。
バレンタインの朝です。心なしか学校がキャピキャピしている気がする。
しかし、自分たちはそのキャピキャピにおいていかれている気がしないでもない。
……しないでもない。
これが一心不乱に後先考えずにコーチや監督のいうままにボールを叩いてきたつけだろうか?
顔には表さずどんよりとしていたかもしれない。
そんなドンよりの中でふと周りを見渡すと、愉快な仲間たちの一人が足りない。
「あれ?なんか、芽衣いつもより遅くない?」
「ああ……」
すると、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャン。(こんな古いネタわかる人いるんだろうか?)
「おはよー」
芽衣ちゃん登場。パタパタと駆け込んでくる。
「はい!ハッピーバレンタインディ!」
「おおっ」
さっきまでドヨンとしていた女子一団、俄然盛り上がる。
「みんなの分あるよー」
「めい〜、天使〜」
可愛くラップピングされたクッキーを配っています。
「アイシングクッキーだから」
「なんだそりゃ」
「あ、かわいい」
「食べんのもったいないな」
ハートや星やクマ型のクッキーに模様が描いてある。もらった彼女が笑顔で芽衣に返す。
「ホワイトデーにお返しするね」
「……それは男のすることじゃ」
「本当はわたしたちも今日準備しといて、交換するのが女子なんじゃね?」
「でも、用意してないし」
「こんなん作れないし」
ワイワイガヤガヤ、にぎやかな皆さんの真ん中で春菜ちゃんが机に座って頬杖をつきながら、立っている芽衣ちゃんを見上げる。
「芽衣、わたしのは?」
「ないわけないでしょう?」
へへんとドヤ顔になった芽衣ちゃん、みんなに渡したのとは別に紙袋を春菜ちゃんに差し出す。
「ハッピーバレンタインデーイ」
「あ、差別だ。贔屓だ」
「でかっ」
みんなに渡したのはクッキー、しかし、春菜ちゃんのこの紙袋の大きさは。受け取った春菜ちゃん、紙袋の中を覗く。
「これ……」
「チョコケーキだよぉ、ガトーショコラ」
満面の笑みで解説する芽衣ちゃん。芽衣ちゃんはね、歳をとっても乙女なお母さんに育てられ、女子力高いんです。
「もう、芽衣の本命はやっぱ春菜だな」
「やった、春菜、これ、昼休みにみんなで食べよっ」
この時、さっきちょっとバレーボールにばかり青春かけすぎてるかもなと、ちょっとどんよりしてたみんなリカバッた。彼氏は配給制ではないし、我らはやっぱ彼氏より仲間だなと。みんなで楽しければそれでいいじゃん。例え、世間一般が自分たちとはちょっと違っても。
しかし、ね、皆さん。春菜ちゃんは友達想いなんですよ。
「ね、芽衣、トシのは?」
「ん?」
そして、手作りのガトーショコラを前に小躍りしていた諸君、フリーズする。
すっかり、うっかり、ちゃっかり忘れてた。配給制で彼氏が配給されないのかなと思ってるみんなを差し置いて、実は一人彼氏持ちがいたんだった。
……いたんだった。
「わ、忘れてないよ。ちゃんとあるもん」
「見せてみ」
「……」
そこで、芽衣が恐る恐ると取り出したものは……
「え、うそ……」
みな、芽衣の手の中にあるものと、自分の手の中にあるものを見比べる。
「同じやん」
なぜか関西弁。スルーしてください。芽衣ちゃん、彼氏に渡すものとみんなに渡すものが同じ。愛らしいアイシングクッキー。
春菜、ため息をつく。
春菜ちゃんはね、友達想いなんです。ここでの友達は幼馴染のトシ君ですが。
「わたしにそれをちょうだい。で、これは、トシにあげな」
「ええっ!」
芽衣、愕然とする。目を見開いた。
「時間かけて焼いたのにっ」
「だから、それは彼氏にあげなって」
「……」
芽衣ちゃんの本命は……。まぁ、いい。渋々と自分の手にあったクッキーを紙袋と交換した芽衣ちゃん。
一方、春菜たちのいるY高校から徒歩10分前後の場所にあるD高校のとある教室
「な、今日、何の日か知ってるか?」
「何の日だっけ?」
「彼女持ちは余裕だなぁ」
涼しい顔をしているトシ君の前でため息をつく圭介君。
「今日、家に帰り着くまでになんかの奇跡が起きないかな」
「奇跡……」
「1個ぐらいは欲しいよね」
話に混ざってくる浩史君。
「うちは、帰ったら母親に聞かれるんだよ。もらったかって」
「うちは姉ちゃんに聞かれる」
友達の圭介君と浩史君の話を聞きながらそういうものなのかと思うトシ君。
「大変だな」
「いいなぁ、彼女持ちは余裕でぇ」
「いや、うちは仏教徒だし」
「そんなん関係ないだろっ!クリスマスとバレンタインはなっ!」
「はぁ」
すると、自分の机の脇にかけられた学生鞄をかちゃりと開けてガサゴソと中を探るトシ君。
「じゃあ、これ、持って帰れば」
バサリと無造作に綺麗な紙に包まれたいくつかの包みを机に載せるトシ君。
「な……」
「あげる」
金魚が金魚鉢の中の酸素が少なくなってパクパクとするような顔になった圭介君。傍でじっと机の上の包みを若干青い顔で眺める浩史君。
「トシ、お前、犬畜生にも劣るやつだな」
「へ?」
「いいから、はやくしまえ」
まるで、麻薬取引をしているのを見られでもしないかとでもいうふうに、慌てて包みをトシ君の学生鞄に戻してかちゃりとカバンを閉じる圭介君。心なしがぜいはあしている。
「心を込めて贈られたものをまるっと人に譲るなんて何様のつもりだ?」
「あ、ごめん」
朝から説教を受けてしまいました。一方まだ青い顔をしている浩史君。
「……朝の時点でそんなにゴロゴロと」
「なんか下駄箱入ってた」
「どうしてこの世って不公平にできてるんだろう」
世の不条理を嘆く浩史君。ちょっと注意をしてやらねばと義憤にかられる圭介君。
「トシ、いくらモテるからって図にのって酷いことしてると、いくらお前でもその人気に翳りがくるぞ」
「別に構わないけど」
そして、朝だというのにダラーっと机にねそべる。続けて説教してやろうと思ってた圭介君、ちょっと出鼻を挫かれました。
「なんでそんなにテンション低いんだ?バレンタインの朝にこれだけ快調に飛ばしているというのに」
「欲しい人からのじゃないし」
「それは後でもらえるのだろう?」
寝そべったままでふっと笑うトシ君。
「え?」
「わかんねぇ」
「え、わかんねえって何がわかんねえの?」
「何ももらえなかったらどうしよう……」
「……」
「今度こそ、折れてしまう気がする。チロルチョコでもいいから欲しい」
チーン
「え、だって、お前らって正式に付き合ってるのだろう?彼女って呼んでるじゃないか」
「そう呼びたいから呼んでる」
「え……」
それって、とっても寂しくて若干やばい人なんじゃないの?と思う圭介君。
「なんでバレンタインなんてあるんだろう?」
「いや、お前がいうのかよ。それを」
不意にムクっと起き上がってそんなことをいうトシ君に突っ込む圭介君。
「だってそうじゃないか。こんなイベントがあるから試されるんだよ」
「何を?」
「今日、何ももらえなかったら、俺って、やっぱ、芽衣の彼氏じゃないの?」
チーン
「こんなイベントがなければこんなこと考えないで済むのに」
両手で頭を抱えながら前を見ながらぶつぶついう。いや、考えろよ。
「いや、でも、君たち、もう結構時間経ってるんじゃ……」
「怖くて肝心なこと聞けないんだよね」
「え……」
傍で二人の会話を聞いてた浩史君、無邪気に聞いた。
「そんな付き合ってたら、彼氏と彼女らしいことするでしょ?」
「彼氏と彼女らしいこと……」
「それならわざわざ聞かなくても彼女だってことじゃないの?」
「浩史」
圭介君がトシ君に見えないように浩史君に、目を軽く瞑って頭を小さく左右に動かしかぶりを振る。少しいっちゃった目でトシ君が浩史くんを見る。
「彼氏と彼女らしいことをするって一体どんなこと?」
「へ?」
じいっと浩史君を見ているトシ君。
「どんなこと?」
「いや、わざわざ説明いる?そこ」
それから、しばらく無言で浩史君を見つめた後で、トシ君、また、机にべたっとうつ伏せた。べたっとうつ伏せてるトシ君の上で、圭介君が声を出さずに浩史君に訴えかける。
ばかっ、お前、聞いちゃいけないこと聞いてんじゃねえよ
へ?(←伝わってない)
地雷踏んでんじゃねえよ。
なに?
***
時間は朝から放課後へ移る。
そして、場所はD高校からまたY高校へ
春菜ちゃんに言われてケーキを渡すために、今日は部活に付き合わなかった芽衣ちゃん
部活が終わって着替えて帰るみんな
「ね」
「なに?」
「恋人いない歴=年齢って、何歳までシャレになる?」
「……」
ジャージ姿でゾロゾロとバス停まで向かう傍、みな、黙る。
「つうか、何歳からシャレにならんのかな?」
「どうだろ?」
「なんか、努力した方がいいのかな?高校卒業まで何もないってやばい?」
みな、黙る。
「卒業後、高校の時にいたことにしちゃえばいいんじゃないの?」
「え、詐称するの?」
「1ヶ月ぐらいで別れたことにしたら、罪は軽いんじゃね?」
そして、みな、一瞬、一心不乱に恋愛遍歴詐称の罪の深さについて考える。
「それだといささか良心の呵責を覚えるので、既成事実を作った方がいいのでは?」
「どうやってだよ」
「先方にもこちらと似たような動機がある人と契約する」
「け?」
「最近、流行ってるだろ?あの、契約……」
「契約婚」
「そうそう、それ。それの恋愛版だ」
「恋愛遍歴をでっち上げるための契約だな」
「そうそう」
「それで、短い時間、付き合ってるふりをして、既成事実を作る」
「既成事実ってなんか言葉、やらしくね?」
「変なツッコミ入れるなよ」
「ウチらみたいな動機のある人ってそれ、イケメンかな?」
一人そんなことを言った子がいて、みな唖然としてその子を見る。
「馬鹿か。お前は。そんな動機のある男子がイケメンなわけないだろう。イケメンは置いたら売れるんだから」
特売の卵かなんかか?イケメンは。
「えー、イケメンじゃないの?」
「馬鹿。そんなこと言ってると、お前、彼氏いない歴=享年になるぞっ」
「きょうねん……」
「死んだ歳のことだよっ」
愕然とした顔をして仲間を見る。名前はまだない。脇役Aちゃん。
「そんな言葉知ってるなんて、頭いいね」
「そっちかよっ」
賑やかなり。女子高校生。
「ね、春菜、どう思う?」
みな、絶対最後には春菜ちゃんにまとめを頼む。これは幼い頃からの習慣である。
「そんな、今からそんな焦んなくても」
「そう?」
「別に高校生のうちは、いいなという人がいなければそういうことがなくてもいいんじゃないの?」
「ほんと?」
「いい人がいれば頑張ればいいと思うけど。無理に誰かを好きになる必要なんてないよ」
「そっか!」
「そうそう」
みな、地獄でお釈迦様に出会ったようにぱぁあっと顔が晴れる。
「そっか!」
「そうそう」
もう一度繰り返しました。とりあえず、彼氏いない歴=18歳までは許されるらしいじゃん。いやっほう。執行猶予付きました。
「なんか、安心したら、お腹減っちゃった」
「芽衣にもらったクッキー食べるか」
「あのかわいいの、食べちゃうの?」
「かわいくっても食べなきゃダメだろ。食べ物なんだから」
ゴソゴソとカバンを探るみんな。バス停について皆でバスを待つ。
「バスの中ではやめてよ」
「はーい」
春菜の声に良いお返事をする皆さん。
「芽衣、ちゃんとトシに渡したかな?上手くやってるかな?」
もぐもぐと口を動かしながら、のたまふ。粉を飛ばすなよ。
「芽衣はうまくやろうだなんて思ってないだろ」
「トシ、気の毒だな」
「気の毒だな」
「あんなに頑張ってるのにな」
「もうちょっと上手くいって欲しいな。野次馬としては」
「そうだな」
みな一様にもぐもぐと口を動かしながら、のたまいあふ。粉を飛ばすなよ。バス停のベンチに座ってクッキー食べてるみんなを自分は食べずに立ったまま眺めてる春菜ちゃん。
「春菜、食べないの?ほら」
「ん」
一枚差し出したのを口で受け取る春菜ちゃん。
「美味しいじゃん」
「芽衣って、お菓子作るのうまいよね」
「お母さんが上手らしいよ」
「芽衣のお母さんってきっとフリルのエプロンが似合うよな」
「何を勝手なことを」
すると、バスが滑り込んでくる。
「あ、キタキタ」
「バスの中ではやめなよ」
「はーい」
食べかけのクッキーの袋を鞄にしまって立ち上がる。
そして、時間がまた戻る。
場所がY高校からD高校へ
その日、表面上は何食わぬ顔で授業を受けているトシ君。しかし、内面は穏やかではなかった。本当は、圭介君が朝言い出す前から、トシ君にはずっと今日がバレンタインデーだってことはわかってた。それこそ1週間ほど前からそわそわしてました。それが、だんだん不安というか恐怖というか焦りというか……。なんでかっていうとですね、芽衣ちゃんからバレンタインに会おうという言葉がなかったからです。
普段もいつもほぼ100%にちかい確率で、自分から会おうと言っている。しかし、バレンタインは違うだろと。女の子から言うべきだろと。ある意味、表面上は涼しい様子を装いながら、実は、バレンタインに相当かけてたんです、この人。
チーン
付き合い、始めたのか?どうかよくわからないが、一応、定期的に連絡し合い、会ったり二人で出かけたりする関係で、お互いの周りの人たちは二人を彼氏彼女だと認識しており、そう、扱うのですが……。このビミョーな関係が、本当に世間一般でいうところの彼氏彼女なんだろうかと思わないでもない今日この頃。
しかし、そんな食欲を失いそうな疑問が立ち上がるたび、トシ君、自分にこう言い聞かせる。
これは、歴史的にも長いマラソンなんだと。ロングアンドワイディンロードの末にきっと、幸せな未来が待っているのだよと。だから、普通の距離のマラソンを走っている人と自分を比べるな。く、ら、べ、る、な!ある意味、片想い男子の鏡ともいうべき、超ポジティブな精神。一歩間違えればストーカー。
にしても、今日、何回スマホの画面眺めたでしょうか。当日の朝になっても昼になっても午後になっても、彼女から今日会おうという連絡が入らないのですが。やはりまさかの、バレンタインデーに付き合っている(はずな)のに、彼女から何ももらえないんだろうか……。
「空が青いな」
「空は前から青かったよ」
「そっか」
「おい、トシ、あの……」
「なに?」
なんか、なんだろう?幽霊のように消えていきそうなほど、刻一刻とオーラの弱くなっていくトシ君を前に、気の毒すぎて何も言えない圭介君と浩史君。
「気を確かにしろよ」
「へ?」
「もう、中村のこと諦めて他の女の子にしたら?」
「あ、ばか、浩史、それは……」
一堂がそんな話をしている横で、机の上に置いていたトシ君のスマホがピコンと音を立てる。
「あ……」
メッセージの受信を通知する画面が立ち上がったせいで、3人一緒に見た。中村芽衣からの連絡。
今日、放課後、お城に来られますか?
「すげ、短え」
「無味乾燥」
「これが、愛する彼氏への連絡か?」
「ハートマークねえな」
彼女がいたこともないくせに、散々文句を垂れる二人の前で、自分のスマホを両手で捧げ持ちじっと眺めるトシ君。通知を眺めるだけでは飽き足りず、わざわざスマホを開き、メッセージアプリを開いてもう一度読んだ。でもね、こんだけ短いメッセージだとメッセージ着信の通知だけで全文見られているんだけどね。アプリを開いてからもしばし無言で食い入るように、これが、本当に中村芽衣からのメッセージであることを確認するトシ君。別の中村からの着信ではないか?しかし、知人友人の中に中村は、芽衣ちゃん一人だけですが。
からの……
大丈夫
「あ、速攻で返信した」
「トシ、俺らがいうのもなんだけど、こんだけ、こんっだけ、ギリギリまで焦らされておいて」
「ん?」
あと1限を残すあまりでもう放課後となろうとしているような時刻である。
「お前もちょっとは相手を待たせたらどうだ?お前ほどの男が」
「いや、でも、芽衣にそれやったら速攻で切られるだけだから」
チーン
ちょっと、暗殺計画を立てている最中のプロの殺し屋のような殺伐とした顔になるトシ君。
「あいつ、いまだに俺を切る機会を虎視眈々と狙ってる気がする」
「なんでだよっ」
「でも、そんな隙は与えないけどね」
ガラガラガラ
「席、つけよー」
先生が入ってきました。授業が始まります。その授業の内容をトシ君が聞いていたか?まさか。先ほどまで、瀕死の重体でした。でも、命を取り留めました。ああ、空が青いな……。先ほどまでとは全然違く見える青空。生きているって素晴らしい。太陽に手のひらをかざしてみたい気分です。真っ赤に流れる、僕の……
「松尾、ここ、読んで」
「はい」
反射的に立ち上がりつつ考える。どこだろう?先生って心ここにない生徒を敏感に見分けるものだな。やれやれ。
「えっと……」
教科書を持って立ったものの、そもそも開いているページが違うページでした。
「松尾君、ここだよ」
「ああ……」
女子の援護に事欠かないトシ君、隣の女子に教えてもらって教科書を捲る。