表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小さく気持ちを

作者: 高内優都

 昔から鳥のグッズを見ると反射で手に取ってしまう。インコでもスズメでもシマエナガでも種類を問わずなんでもだ。あの小さなゆるふわとしたフォルムが大好きで、身の回りのものはほとんど鳥グッズと言っても過言では無い。そんな私の鳥好きは周知の事実で、旅行などのお土産で鳥グッズをもらうこともある。

 だから、今ちょっと気になっている芝さんが鳥のノートを私にくれたのも、きっと他意はなく親切心なのだろうと思っていた。しかし、

「このノートを見かけてまるちゃんを思い出して」

などと言われたら、少しでも期待してしまうのが乙女心というものではないだろうか。渡されたノートは、ページごとに異なった鳥のイラストが描かれている凝った造りになっていた。何に使おうかとワクワクしながらノートをパラパラとめくる。

「どうもありがとうございます」

「そんなに喜んでもらえたら買ってきた甲斐があるよ」

 そう微笑みながら、まるちゃんの笑った顔はかわいいなぁなどと歯の浮くようなことを言う。

「やめてください、そんな事言われたら期待するじゃないですか」

「別にしてもいいよ? 今日の仕事終わり、空いてる?」

「……え?」

 その日、私は死ぬ気で仕事を定時で終わらせ、芝さんと、会社から少し離れた場所にある居酒屋ののれんをくぐった。芝さんは、前からまるちゃんのことかわいいと思ってたんだよね、などと言いながらふわっと私の髪に触れる。そんなことをされたら私の心臓の高鳴りは急上昇で、我ながら本当に単純だ。私たちは少しお酒を飲み、そのままホテルへ向かい一晩を共に過ごした。今日が金曜日でよかったと、本当に思った。

 それから私と芝さんは、仕事終わりにたまに飲みに行くようになった。飲みに行った後は、必ずホテルか私の家で身体を重ねた。芝さんは実家住まいで、両親が家にいるらしくなので芝さんの家には行ったことが無かった。仕事終わりだけじゃなくて休みの日も会いたい、とねだったが、親の介護で忙しくて……と困った顔で言われると、それ以上何も言えなかった。少し寂しかったけど、芝さんと付き合えるというだけで幸せだった。

 ある日の休日、私は妹と一緒に県内になる大きなアウトレットへ出向いた。妹にどうしても欲しいものがあるから車を運転してくれ、などとごねられ半端無理矢理付き合わされた。鳥グッズがあるお店にも行っていいから! と引きずられ、連れてこられたアウトレットは人でごった返しており、人混みが苦手な私はうんざりし早くも帰りたい気持ちと戦っていた。

 そういえば芝さんも人混みは苦手だと言っていたな……などと考えていると、視界の端に芝さんのような人影が目に入った。そんな馬鹿なと思い振り返るとその姿はやはり芝さんで、能天気な私は嬉しくなり声をかけようと近づいた。

 しかし、それよりも早く小さな人影が芝さんに抱きついた。小学生低学年くらいの男の子が、芝さんにパパー! と叫びながら飛びつく。

 ……パパ?

 思わず私は立ち止まる。芝さんはニコニコしながらその男の子を抱き上げ、ママはどこだ? などと言いながら私に気付かずどこかに立ち去っていった。

 子どもはあまり好きじゃ無いんだよね、と苦笑いで話していた芝さん。

 休日は両親の介護と家事でへとへとだよ、とため息をついていた芝さん。

 まるちゃんの顔は癒されるね、と私の頭を撫でる芝さん。

 きれいだよかわいいよ、と言いながら私にキスをする芝さん。

 様々な芝さんが走馬灯のように脳裏をよぎった。

 お姉ちゃんここにいたの! と言いながら妹が駆け寄ってくる。そして私の顔を見て息を呑んだ。顔真っ青だよ、ちょっと休もう? そう気を遣ってくれる妹に、私は黙って頷くしかなかった。

 そして月曜日、どんなに出社したくなくても会社には行かなくてはならない。私は重い身体を引きずるように家を出た。

 あれから落ち着いて考え、私は気付いた。私は芝さんに、「好きだよ」とも「付き合おう」とも言われたことが無かった。舞い上がっていたのは私だけだったのだ。私が芝さんにとって都合のいい女だったのはわかっている。芝さんの顔も今は見たく無い。しかし、それでもまだ私は芝さんのことが好きなのだ。

 私は、勿体無くてずっと使うことが出来なかった芝さんから貰った鳥のノートを取り出した。会社のデスクにずっと入れっぱなしにしており、引き出しを開ける度ににやにやして眺めていたそれを廃棄用の書類の間に挟み、シュレッダー行ってきます、と席を立つ。

 書類をシュレッダーで細切れにする作業は、機械に餌をあげるようで私は好きだった。不要な書類と一緒に、私はノートをビリビリに破いた。

 私の気持ちを小さくするように、細かく引き裂き、それをシュレッダーにかけた。もちろんそんな事で私の気持ちが消えてなくなるわけではない。

 でも、もう一緒にご飯に行くのはやめよう。これ以上は私が辛くなるだけだから。

 私自身を守るために、私は芝さんの連絡先をブロックし、少しだけ泣いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ