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汝を除て 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山黎
エピローグ
1/68

葬儀

『瀬原集落聞書』シリーズ、『相生の松』『緑色の空』『同じ顔』前日譚です。少し性描写が多くなるかもしれませんが、上手く調節できるようにしてみます。

 理佐(りさ)が死んでしまった。


 ()だ十七歳だった。


 死因は伏せられた。噂によると自殺らしい。遺体も、顔を見せてはもらえなかった。




 坂本(さかもと)(はる)(いち)は、集落の伝統である、白い装束を着て、幼馴染の、()(ばる)()()の葬儀に参列した。


 通夜には間に合わなかった。


 あの、溌溂(はつらつ)としていた理佐が、十七で命を落としてしまうとは、治一には、()だ信じられない。




 集落の外で仕事をしていた治一が駆け付けた時、治一の親友であり、理佐の夫である、実方(さねかた)(みち)(あき)は、放心した(よう)に、一歳になる息子を抱いて、立っていた。


 話し掛けても、(ほとん)ど反応は無かった。

 顔色が、紙の(よう)に白かった。


 岐顕とても、()だ二十歳なのであった。

 此れから、如何(どう)やって息子を育てていくのだろう。


 一歳になる息子は、(りゅう)(けん)という名前だった。


 産毛が次第に生え変わってきて、ふさふさとした髪が、艶々と鳶色(とびいろ)に輝いている。


 愛らしい顔立ちだったが、あまり岐顕には似ていないな、と思った。


 (りゅう)と呼ばれている其の子は、ニコニコと治一に手を振ってきた。

 小さい歯が、口元から見える。

 ()だ自分の母親が亡くなった事など、何も分からないのだろう。

 其の、罪の無い笑顔が(あわ)れで、治一は、思わず泣いてしまった。




 治一は、理佐の事が好きだった。

 あんなに美しい娘は居ないと思っていた。理佐の持つ、大輪の牡丹の花を思わせる(よう)な華やかさが、時折、治一の胸を焦がした。




 其れでも、結婚する事が出来ないのは、初めから分かっていた。


 此の瀬原集落(せばるしゅうらく)では、瀬原家の当主、(おさ)と呼ばれる人間が、『水配り(ミックバイ)』という婚姻制度の元、婚姻を決定しているのである。


 『水配り(ミックバイ)』に参加すれば、集落の中での立場が良くなるし、ダメ元で参加したが、やはり駄目だった。


 家柄などを考慮すると、(おさ)に言われる前に、大体、自分の結婚相手は察しがついているものであるが、理佐は、(おさ)の妹であるという事もあってか、早々に婚約者が決まっていた。

 オマケに、理佐は、岐顕の事が好きだったのである。

 最初から、何処にも、治一の入り込む隙間は無かった。


 そんな事は分かっていたが、やはり、理佐が結婚してしまうのは悲しかったし、其処から一年も経たずに理佐に死なれてしまった今となっては、治一は、もう、如何(どう)していいのか分からない気持ちになった。


 誰に此の気持ちをぶつければいいのだ。


(みち)に?何故、理佐が死んだのかって?…まさか。


 親友の岐顕が、どれ程傷付いているか。其れに、其の親友の岐顕に抱かれている幼児の、あまりのいとけなさを見てしまっては、其の父親に何か言う事など、とても出来そうに無かった。




 溜息をつきなら、辺りを見渡すと、驚くべき事に、参列者の中に理佐が居た。


―あの髪の長さは見間違わない。


 此の集落に、何人と居ない。本家筋の娘の印だからだ。


 思わず駆け寄ると、横顔を見せていた其の人物は、ゆっくりと此方(こちら)を振り返った。


 其れは、理佐ではなく、理佐の妹の、瀬原早佐(せばるはやさ)だった。


 最後に会ってから、十年近く経っていたので、見違えた。

 もう十五歳だろうか。

 病弱だという事で、(ほとん)ど表には姿を現さない娘なのだ。




 美しい髪が、膝丈程も有って、(ほとん)ど太陽と親しくなった事など無い(よう)な白い肌に、白い喪服を着ているので、一瞬、理佐かと思ってしまったが、よく見ると、顔立ち自体はあまり似ていないし、全体的に、色素も随分薄い。


 其の点では、甥である龍顕とは似ているかもしれない、と、治一は何と無く思った。


 理佐には、華やかな、何処か凛々しい美しさが有った。しかし、早佐も美しい娘だが、何処か儚げな容貌をしている。


 通常なら、人目を惹きそうな姿であるが、目は赤く、傍目からも、気の毒なくらいに萎れてしまっていて、何だか、存在感までもが希薄に感じる。


 早佐は、治一に向かって、丁寧に一礼して、言った。

(はる)様ですか。御久し振りです。此の度は、姉の葬儀に御越しいただいて、誠に有難うございます」

 早佐は、治の事を覚えていたらしい。


「いえ、此の度は…」

 其処から治一は、言葉が詰まってしまって、何も言えなくなってしまった。

 思わず、涙が零れる。


 早佐は、治の顔を、ぼんやりと眺めていた。


 空気の中に、何か、目には見えない悲しみが充満してしまっていて、其れを一呼吸吸う度に、涙が出るような、(つら)い空間だった。何せ、理佐の遺体は、もう荼毘に臥されていて、あの美しい、華やかな姿を目にする事は出来ないのだ。


 自殺だったのだと言う。しかも、首吊りの。とても、見せる事が出来ない状態だったらしい。

 集落の有力者の妹でも無かったら、本来は密葬にされていたかもしれない。




 葬儀は進み、理佐と早佐の異母兄であり、此の集落での権力者、瀬原(せばる)(れい)(いち)の弔辞で、葬儀は幕となった。




 ふと気づけば、岐顕と早佐は、真っ直ぐに令一を見据えていた。




 治一は、其の視線の揺るぎなさに、少しだけ、違和感の(よう)なものを感じたが、何も言わず、黙って、此の悲しい時間が過ぎていくのを、ただただ耐えた。

 気を緩めれば、泣き伏してしまいそうな自分が居た。


 ―こんな気持ちは、家族を全部失って以来だ。十五の時に。


 あの時まで、は、かけがえのないもの、という意味が、よく分かっていなかったのだと思う。欠けて、無くなってしまったら、代りが居ないもの、という意味なのだ。


 治一は、実際に失ってみて、初めて其の重さを思い知った。


 死んでしまった家族の代わりも、理佐の代わりも居ないのだ。


 だから、こんなに悲しくて、如何(どう)したらいいのか分からないのだ。


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