スマホ中毒の幼馴染のスマートな解決法
「スマホを見てしまう」
深刻な顔をした幼馴染の第一声だった。
まだテストには遠いけど。
「スマホの中毒性を、新書で読んで学んだんだけど、やっぱり我慢なんて無理。ということで、スマホを預かってね」
以来、幼馴染のスマホを、隣の家の窓越しに受け取ることになった。しかも、彼女はロックしない。緊急の用事もあるかもしれないから、と。あまり、僕を信用するなよ。何もしないけど。
「タイマー式のボックスでも買えば」と言ってみると、ムリ、絶対ムリ、わたしには、そんな無機質な箱に、スマホを入れる気はないとか。
僕は有機質な箱のようです。
まぁ、別にいいけど。幼馴染のスマホを毎夜預かり、毎朝返す。そんな日常が続いていた。
ある日。通知を切るのを忘れていたのか、幼馴染のスマホが、着信音を鳴らしていた。最近、よく聞くポップな曲だ。
僕は、向こうの窓に届くように、電話だぞ、と呼びかけた。
幼馴染が窓を開ける。
「ほら」
「あ、ありがとう。ごめんね、切ってなくて」
「いいよ、別に」
窓が閉まる。
「えええぇぇ!!ち、違ッーー」
何か、衝撃の事実でも。
他人の電話って気になるなぁ。
そして、しばらくして、幼馴染が窓を開けて、スマホを渡してきた。
「なんだったんだ」
「ん、ただの友達同士のおしゃべり。何でもないよ。ただ……」
言いづらそうに、言い淀む。チラチラとこちらを向いては、困ったように斜め下をみる。
「えっと、彼女のスマホを取り上げるモラハラ彼氏、と思われました」
それは、僕がっ!?
無理やりスマホを受け取らされていたのに。
「ごめん。なんか、通話ボタン、渡すときに押されてたみたい。男の声が、って言われて、幼馴染って言ったらーー。ごめん。つい、スマホ依存症の解消中って言えなくて。今まで、夜中に連絡できないのも……」
もれなく、僕が原因となったわけですか。
いや、誤解は解消しておいてくれよ。別にダイエット中ほどは恥ずかしくないだろうし。モラハラクズ男がスマホを取り上げているなんて悪評、流させないでくれ。学校が別とかだったら、まだ我慢するけど。針の筵じゃないか。
「明日には、言っておくから。誤解がないように」
そのとき、僕は理解しておくべきだった。
デジタルな世代の速度は、あまりにも速いと。火消しは、すぐにでも行わないと、集団グループで拡散して、デマはもう、どうにもならないことになると。
「幼馴染、モラハラなんだって」
「やめときなよ。すぐに別れた方がーー」
「いや、でも家、隣なんでしょ。危なくない。自然消滅というか、いつのまにか距離をあけるみたいな方が」
スマホを預かることとモラルになんの関係があるのだろう。
僕は、ただ、ゲームをやりすぎる子供から、ゲーム機を預かる父親みたいな役なのに。しかも、自発的に向こうから預けてきたのに。
「誤解だよ、誤解。本当に、スマホは、わたしがつつきすぎるから、預かっているだけで」
「ま、マインドコントロールされてる」
「普通、そんなことしないって」
「言い訳に騙されている。ヒモ男に引っかかるよ」
ああ、焼石に水。バケツ競争では、空襲の火を消すのは、難しい。
というか、そもそもの誤解に、僕は彼氏じゃない。幼馴染というだけで、家が隣というだけで、恋人関係なんて築いていない。
「そんなことないから、大丈夫だって。わたしは、健全な付き合いをしています」
だから、それだと彼氏だって言っているようにしか聞こえないのに。
招集。僕の部屋。
丸い机を間に向かい合う。
幼馴染のスマホが真ん中で、鎮座している。
「誤解が、全く、消えてないんだけど」
「ごめんね。頑張ってはいるけど。なんか、勝手に解釈されちゃって」
「まぁ、この際、僕のモラハラクズ彼氏疑惑はいいけど」
「い、いいんだ」
「どうせ、クラスの女子と話すことなんかないし。実害は、誰にもない。コワモテの男子が、ヤバい奴らと関係があると勘違いされるのと一緒だ」
全く、噂は好きなのに、こっちに確認を取りにはこないんだから。僕のクラスイメージは噂だけで形成されているようなものだ。
対象を直接観察してみないと、物事は分からないと、科学で習わないのか。顕微鏡を持ち出してから、人間を判断するべきだ。冗談だが。
「人は外見だけで判断したらダメだよね」
「いや、まぁ、外見も少しは大事だと思うけど。コホン、それより、当初の目的が達成されたら、スマホは、この部屋に格納しなくて良くなるんだから。どう、スマホ中毒は治りそう。まだ、一日中つつきたくなるか」
「え、えーと、そこそこ」
煮え切らない返事だな。
まぁ、中毒というのは、本人の自覚に頼るのは難しいのかもしれない。気づけばやってしまうのが、中毒だ。糖質しかり、課金しかり、エロ的なものしかり。酒とタバコは、現時点でやっていたらヤバい。
「スマホ中毒っていうのは、社会性から来るんだろう。人とコミュケーションを取っていたいって。誰かから、連絡が来てないかな、って、ちょっと期待しながら見るから問題なんだ」
「おー。そう、だね」
「ということで、誰からの連絡が気になるんだ。クラスのグループとかだったら困るけど」
チラチラと顔を上げて、僕の方を見る。
なんだ、言いづらい人からなのか。
ああ、好きな男子とか。察しはいい方だ。
いや、好きな男子がいるなら、もっとメールなりアプリなりで、連絡を取り合った方が良くないか。恋の力で、何かに集中できるかもしれないし。
んー、まぁ、受験だとカップルができると、女子の方が落ちるとも聞くし。微妙なところか。
「よし、わかった」
「ひゅえ、な、なななな、何が、分かったのっ」
「簡単だ。好きな人からの連絡が気になるなら、その男と連絡する時間帯を決めればいいんだ」
「えっ、か、彼氏でもないのに」
あ、そうか。しまった。
そうだよ。男友達なら、連絡する時間帯を決め合うのもいいけど。異性だと、なんか、しづらい。そこまで連絡したい、となると、もう半分好きと言っているみたいな。
いやーー。
「連絡を返せる時間を言っておけばいいんだ。それで解決だな。モラハラクズ男に、スマホを取られていない時間を教えておけば」
「も、モラハラクズ男は、彼氏扱いでーー」
「そうか。ダメだな。とにかく、その時間しか返信できないと、そういう設定で。親が禁止していると言っておけば」
「噂、広がってるよ」
ああ、面倒な噂が広まっているなぁ。75日で消えるだろうなぁ。ネット世代はデジタルタトゥーとか言って、残り続ける危険もあるからな。忘れられる権利ってものを忘れている。
「まぁ、好きな奴にだけは、別に彼氏じゃないって伝えておけばいいんじゃないか」
「ねえ、それはもう、なんか、告白と同義っぽいよ」
ああ、くっ。こいつの好きなやつなんて、この世からいなくなればいいのに。
そうすれば、スマホ中毒から解放されるはずなのに。
「なぁ、ところで、今は、スマホをつつきたくならないのか」
「え、どうして……。あ、そうだね。すごくつつきたいかなぁ。我慢するの、大変。誰かから、連絡来てないかなぁ。通知は〜」
サッと、幼馴染よりも先にスマホを取り上げる。
ロックはしていない。
とにかく、よく使われる連絡用アプリを確認する。
固まっている幼馴染を無視して、友達欄をザッと見て。
「で、どこの男子から、連絡が来るんだ」
そう。
実際、幼馴染が男子と話しているところなんて見たことない。教室でもその他でも。女子によく囲まれているけど、異性の友人なんて知らない。
「僕の名前しかないわけだが。男子っぽいのは」
「お、お父さんとか」
「そ、そうか、頑張れ。ちょっと、そっちの母親に話をしてくるから」
「じょ、冗談だって。えー、えーっと、スマホ中毒なんて嘘でしたぁ」
覇気がなく尻すぼみになる幼馴染。
さて、この幼馴染を向こうの窓へと飛び移らせるか。
なんだよ、僕がスマホの中身を見ないか、試したとか、そういう遊びだな。ロックもかけないあたり。
「でね。本当は…好きなのは……分かるよね」
「わ、分からない」
「うわー、ここまで言わせといて」
「言わせてない。僕はモラハラクズ彼氏だからな」
そんなレッテル貼られた状態で、付き合い始めたくはないからな。
後日、カーテンを開けて、向かい合ってテスト勉強をする二人の姿があった。
「なんで、わたしのネットの検索履歴とかあさりたくならないの。『幼馴染 好き』『幼馴染 アプローチ』とかあったのに」
「僕はプライバシーを重要視するからな。モラハラだから。ちゃんと、預かることができるんだ。スマホの中身を見たら、破綻するのが信頼関係だし」
「お互いに履歴を見せ合わない。今から」
「30分後なら」
「ちょっと、ふだん何を検索しているのかな」
お読みくださり、ありがとうございます。