3人の歪んだ関係~子爵令嬢と第一王子と公爵令嬢~
春の爽やかな風が教室に入り込む。その風に吹かれて、紙吹雪が舞う。その紙吹雪は何かを祝うものではなく、元は教科書だったものだった。
「今度は、また分かりやすいものが狙われたわね」
「なにを他人事のように冷静に分析してますの。これは明確な苛めですのよ」
バラバラになってしまった教科書の持ち主は憤慨しているイネス――ではなく、その横で冷静に、その様子を眺めているソフィアの持ち物だった。なぜ、そんな嫌がらせをされるのかは本人は分かっていた。
そんなソフィアは学園でも有名な2人と懇意にしていた。一人目は、いまソフィアに横にいるイネスはフランクール公爵令嬢の金髪巻き髪の美女。2人目は、銀髪碧眼の男性ながらに美しいという言葉が似合う王国第一王子のレオナルド。ソフィア自身はマリオン子爵令嬢で栗毛のサイドテールで異性よりも同性に慕われる凛々しさがあった。身分的にはソフィア自身は下の立場ではあったが、その身分を超えて、3人は幼馴染の関係として仲良く過ごしていた。その関係を妬み、面白くないと思っている人たちは多くソフィアは度々、嫌がらせを受けていた。
(公爵令嬢と王国第一王子と幼馴染の子爵令嬢っていうのは、妬まれるのは仕方ないわ。そういう意味では歪んだ関係なのかもしれないわね)
「そうやって、イネス様に守ってもらおうと自作自演なんじゃないの」
誰の声とも分からない言葉が聞こえてくる。
「いま、仰ったのは誰ですの?」
「まあまあ、イネス。私は大丈夫だから、いつも私の為に怒ってくれてありがとう」
「もっと怒ってもいいはずですのに、ソフィアは優し過ぎますわ」
イネスは怒りの感情のこもった、ため息をつきながら少し乱暴に椅子に座る。自分の教科書を広げて、ソフィアの机へと寄せる。そんな自分の事のように怒ってくれる親友の姿にソフィアは嬉しくなっていた。そんなイネスの存在の大きさに比べれば、嫌がらせなど些末なこととソフィアは思っていた。その嬉しさを表現するようにソフィアはイネスに抱きついた。
「怒ってるイネスも絵になるなって思って」
「な、なにをいってますの」
「なんでもなーい」
2人が、じゃれ合っていると授業開始の鐘の音が鳴った――
昼休みの中庭に、笑い声が響いていた。少し品のある笑い声の主は、王国第一王子のレオナルドだった。
「直接、手を出せない時点で大した連中ではないし、私にはイネスがいるから、他に嫌われても問題ないわ」
「流石、ソフィアは逞しいね。ただの着飾った貴族令嬢じゃなく王国騎士団長の娘だけあるね。あと、僕をその他からは外してくれよ」
冗談交じりにソフィアとレオナルド王子が話しているとイネスが割って入ってくる。
「笑い事じゃないですわ、深刻ですのよ」
「私に嫌がらせをしても、イネスとレオが将来、婚約するのには変わらないのにね」
「それは親同士の話になることだし、僕としては実感はないけどね」
「そうですわね。わたくしたちは、幼い頃から3人で兄弟のように育ってきて、レオが婚約者って言われてもピンときませんわ」
ソフィアとレオナルドが楽観的、イネスは、それを注意するまとめ役というのが長年、3人の立ち位置になっていてソフィアは、この3人の間には身分も男女の関係もない心地よさが大好きだった。
「んっ?あれは……」
ソフィアが、自分たちを遠くから見ている一人の女生徒に気付いた。その女生徒はソフィアと目が合うと、不敵な笑みを浮かべて、その場から離れて行った。その颯爽と黒髪をたなびかせて歩き去る姿は遠目からでも自信に満ち溢れていた。
「ねえ、イネス。いま、あそこを歩いてる黒髪ロングの子って知ってる?」
ソフィアが目線を送った相手をイネスが視線を重ねる。
「あの方は、コルネイユ家の伯爵令嬢、オリビアさんですわ。私たちと同い年ですわね」
「その、オリビアがどうかしたのか?」
「ううん、なんでもない」
今朝の嫌がらせのタイミングからソフィアは恐らく、あのオリビアが嫌がらせをしている人物だということに見当をつけた。おあつらえ向きに、2人と一緒にいるときに、あの芝居ががったような不敵な笑みをわざわざソフィア自身に見せつけてくるっていうのは警告のつもりなのかもしれない。2人に言えば、心配をかけてしまうと思ったソフィアは、このことは自身の胸だけにしまっておくことにした。
「あー、良いストレス解消になったわね」
ソフィアは日課である剣の稽古を終えて、寮へと帰ろうしていると、何の気なしに視線を教室の方へやると、誰かが残っている影が目に入った。ちょうど、その影が立っている位置はソフィアの座席のあたりだった。もしかしたら嫌がらせをしている犯行現場に遭遇できるのかもしれない、それがオリビアだと突き止めるころができるかもしれないと思い、教室へ向かった。
教室にいる人物にバレないように、音を立てないよう静かに近づく。すると、ちょうど教室から出ていくオリビアの姿を目にした。
(私が思った通り、やっぱりオリビアだったのね。今度は何をしていたのかしら?)
ソフィアは教室を窓の隙間から覗いてみた。自分の机を確認するが、傍目からでは何も変化はなかった。オリビアは他のクラスの人間。ましてや、誰もいない放課後に他の教室に忍び込んでるだけでも怪しい。しかし、肝心な犯行の瞬間を押さえたわけではなかったので、ソフィアは仕方なくオリビアの後を追いかけることにした。
そのあと、オリビアは周囲を気にしながら、校舎裏へと向かっていく。オリビアが校舎裏にあるゴミ集積所に何かを捨てていたのをソフィアは目撃した。そのあとは、そのまま寮へと真っすぐ帰ったのを確認してからソフィアはゴミ集積所に戻ってきていた。
(オリビアは、一体なにを捨てていたのかしら)
調べると、そこには誕生日プレゼントに貰った万年筆が捨てられていた。
「これは、レオが誕生日に私にくれた万年筆……」
ソフィアは、その万年筆を大事に拾い上げる。万年筆についたほこりを払いながら、オリビアが嫌がらせの犯人だと確信を深めた。ふと見ると、万年筆とは別に小さなメモが捨ててあるのにソフィアは気づき拾い上げる。
そのメモには、嫌がらせの証拠となることが書き記されていた――
次の日の朝、そのメモに関することでソフィアはレオナルドを呼び出していた。
「ソフィア、おはよう。朝が弱いソフィアがこんなに早い時間に呼び出しなんて――」
いつものようにレオナルドは、軽い口調でソフィアに声をかけようとしていた。しかし、ソフィアの真剣な面持ちに、その緩んだ表情を硬くした。
「嫌がらせをしていた犯人が分かったの」
ソフィアは、端的に伝えると、レオナルドから誕生日に貰った万年筆を取り出す。
「それは、僕がプレゼントしたものじゃないか」
その万年筆は、一見、普通の万年筆だが、ちょっとした装飾が凝っていたりしている鮮やかな青の万年筆だった。王国第一王子がプレゼントするということで、派手になってしまうとソフィアが、また嫌がらせをされる。でも、地味過ぎても第一王子が贈ったものが貧相であるという風にみられても駄目というのをレオナルドがよくよく考えて誕生日に贈ったものだった。
「そう、これを放課後に私の机から盗んで、ゴミ集積所に捨てたのはオリビアだったわ」
レオナルド王子は、察しよく感じ取って口を開いた。
「だから、あのときにオリビアの名前を聞いていたのか。でも、嫌がらせの犯人が分かったなら本人に問いただして、これで解決だね」
レオナルドは、ソフィアへの嫌がらせ。その犯人が判明したことへ安堵した。しかし、ソフィアの表情は明るくなかった。
「でも、オリビアが犯人だと分かったのに、どうして僕を朝に呼び出しを――」
レオナルドは、なぜソフィアに呼び出されたかの真意が分からずにソフィア自身に聞こうとした矢先にソフィアは視線をレオナルドの後ろへとやる。そこには、こちらに歩いてくるイネスがいた。
「イネスまで、一体どういうことなんだい?」
「その答えは、これよ」
そう言ってソフィアはレオナルドに1枚のメモを渡した。それは万年筆と共に捨てられていたメモだった。
そこには――『机の中にある青い万年筆を盗んで捨てなさい』とだけ書かれていた。
「まさか!?」
「そう、そのまさかよレオ。オリビアに万年筆を捨てさせたのも、教科書を破らせたのも――」
ソフィアとレオナルドの2人の視線は、こちらに歩いてくるイネスに注がれていた。
「イネス、貴方の仕業だったのよね?」
そう問われたイネスは、なにか誤魔化すこともせずに真っすぐな眼をしたまま答えた。
「ええ、そうですわよ。わたくしの指示でオリビアにやっていただいたの」
「イネス、どうして君が!」
レオナルドが問いかけても、イネスは目線すら合わせず、真っすぐな眼はソフィアを捉えていた。
「ねえ、ソフィア。どうしてわたくしの差し金だと分かったのかしら?」
イネスはバレたことの焦りなどではなく、純粋な疑問としてソフィアに投げかけた。
「それはオリビアに指示したメモの紙でイネスの仕業だと分かったわ」
そう答えるソフィアの答えにレオナルドは理解ができていなかった。いま、手にしているメモに改めて目をやる。さっき見たメモには単純な指示しか書かれていなかった。メモの紙自体も何か特徴的な材質やデザインや装飾のない無地のメモだったのに、どうしてイネス本人だと特定したのかが分からずにいた。
「そのメモに書かれた筆跡でイネスだと分かったわ」
「筆跡!?」
そう言われて、もう一度、メモをみるがレオナルドは、その筆跡からイネスだとは分からなかった。特にクセのある書き方でもない。これを筆跡からイネスだと分かるには難しいとレオナルドは戸惑いを感じていた。それとは対照的にイネスは、その答えを予想していたかのように動じずに静かに聞いていた。
「私は幼い頃からイネスが書く綺麗な字が好きだったから、ひとめでイネスの字だとスグに分かったわ」
そう強く言い切るソフィアは断定的に話す言葉の強さとは、逆に寂しさと苦しさが混じった表情を浮かべていた。
「ソフィア、その通りですわ」
イネスは大きく息を吐くと、達観した落ち着いた口調で話す。
「イネスとソフィア、2人は親友同士だったはずじゃないか……どうして」
落ち着いてる2人に対して、当事者以上に困惑しているレオナルドが投げかける。
「それは、レオのせいですわ」
「僕のせいなのか?」
不安そうなレオを一瞥すると、イネスはすぐにソフィアに向き合って話を続けた。
「レオはね、ソフィアに惹かれていましたの。身分の差はあったけれど、ソフィアの了解さえ取れれば大丈夫なように、その外堀を埋めて婚約できるようにとレオが密かに動いていたのも、わたくしは知っていましたわ。そこに、わたくしは危機感を覚えましたの」
「「なっ!?」」
ソフィアは思いもよらぬ言葉に、レオナルドは隠していた秘密が暴かれたことに、それぞれの想いは違っていたがイネスの明かされた秘密に2人は思わず驚きの声を漏らす。
「…………」
ソフィアは、イネスの言葉を否定しないレオナルドを一瞬、チラッと気にしたようにみえたが、すぐイネスに視線を戻す。
「万が一、私とレオが婚約の運びになっては困るから、そこから遠ざけたくてイネスが嫌がらせをしたっていうことね」
ソフィアが漏らした声は、事実確認として淡々とした言葉だったが、こういう状況になってしまったことを悲しく感じてしまっているのは、声のトーンとソフィアの表情からも窺えた。
「2人に婚約されるのは困るのは間違ってませんわ。でも少し誤解していますわね」
何か覚悟を決めたようにイネスがソフィアに近づいていく。イネスは両手に凶器のようなモノは一切持っていなかったが、その顔をみた、レオナルドは、なにか危険を感じて、2人の間に入ろうとするも間に合わなかった。
「誤解って、どういう――」
そうイネスに向かって言いかけて、ソフィアの口は塞がれてしまった。イネスの唇によって。
「――っ!」
イネスは眼を閉じてソフィアに口づけをしていた。ソフィアには一瞬、何が起こったのか把握できていなかった。ソフィアの視界にはイネスの長くて綺麗なまつ毛が眼に入ってくる。イネスにキスをされている、そのことに気付くまで時間がかかった。
実際には刹那の時間だったが、ソフィアには眼を閉じることもできず、その時間が長かったのかも短かったのも分からないうちに、イネスの唇は離れていき、頬を覆っていた両手も名残惜しそうに遠ざかった、そして最後に眼を静かに開けて、イネスが僅かに微笑んだかのようにソフィアにはみえた。ソフィアは、その様子を瞬きをすることなく眼に焼き付けていた。
「こういう意味ですわ」
(私、ファーストキスなのにイネスとしちゃったの)
ソフィアは、頭では到底、整理できずにいたが主導権を握らせたくないのと恥ずかしさを紛らわすために、イネスのぬくもりを感じる唇を拭ってから口を開いた。
「ど、どういうつもり?」
「その反応、可愛らしいですわね。それもそうですわよね、ソフィアのファーストキスだったのですから」
ソフィアは全てを知られてしまっている幼馴染にして親友のイネスにそう言われて顔が赤くなっていくのが分かった。レオナルドは呆気に取られ過ぎて動けずにいる。
「イネスはレオが私に取られると思っていたんじゃないの?」
「まだお分かりになりませんの?逆ですわ。わたくしが愛してるのは、ソフィア。貴方ですわ」
ソフィアは、イネスにキスをされた時点で、そうだろうと自覚はしていた――はずだった。
「わたくしは、幼い頃からソフィアを愛していましたわ。でも、わたくしは友人として親友として、この歪んだ関係のままでも構わないと思っていましたわ」
イネスは楽しい思い出を語るようにソフィアをみながら話し始める。
「でも、レオが水面下でソフィアと婚約できるように動いているのを察知いたしましたわ。それと同時期に、学院でソフィアに対する嫌がらせも表面化してきましたの」
イネスの表情が、先ほどの穏やかな顔から今度は険しい表情へと変わっていく。
「わたくしの愛するソフィアを苛めるなんて許せませんでしたわ。でも、その時にわたくしが話を聞いたり、対処する度に、感謝してくれる、ソフィアのその笑顔の虜になってしまいましたの。そのときに、思いついたのです」
両手を広げたイネスは――
「嫌がらせがなくならないのなら、わたくしが主導すればダメージコントロールできますわ。ソフィアは、わたくし以外の貴族には不信感を抱いて、わたくしを頼ってくれる。もし、ソフィアがレオに気持ちがなかったとしても、レオと婚約することからは距離を取るはず。そう考えるようになりましたの」
ソフィアは親友だと思っていたイネスの裏の顔を知って肩を落とした。
「そうだったの……ね」
「そんなの狂ってるぞ!イネス!」
それまで、口を閉ざしていたレオナルドが叫ぶ。それをみて、イネスは動じることもなく不敵な笑みを返す。その微笑みは狂喜をはらんでいた。
「わたくしは最初から、こうだったわけじゃない。レオ、貴方の行動も、こうさせた原因の一つということをお忘れなきよう」
言い返すことが出来ずにレオナルドは唇を噛むことしかできなかった。
「そ、そんな……わたしは、ただ3人で、いつまでも兄弟のように今までのように過ごしていたかっただけなのに――」
ソフィアは怒りとも悲しみともいえない感情になっていた。その行き場を失った感情は涙となって頬を流れる。
「ごめんなさい、ソフィア」
その涙を拭ってくれたのはイネスだった。その佇まいは、昔から知っている優しく大好きだったイネスがソフィアを抱き締める。
「ソフィア、これだけは信じて欲しいの、わたくしは貴方を傷つけましたわ。でも憎かったわけじゃないわ。ソフィアを愛していたと、独占したい気持ちがそうさせたのだというのだけ信じて欲しいですわ」
意を決したようにイネスはソフィアから離れた。
「でも、それもここまでですわ。この事実も、お父様にもお話をします。そして、2人の前には二度と姿を現さないとフランクール家の名に懸けて誓いますわ」
ソフィアは、イネスと喧嘩をしたいつもの時のように、どちらからともなく謝り、元通りの関係になるとさっきまでは考えていた。
でも、ソフィアはイネスの眼を見ると、覚悟を決めた目をしていた、一度、こうと決めたイネスの選択は変えることは今まで一度たりとも出来なかった。
「こんなことをされてたと分かって、イネスは最低で大っ嫌いになったわ――でも、助けられて大好きだったことも嘘じゃない」
ソフィアからイネスを静かにしっかりと強く抱きしめた。これが最後の抱擁になるのを知っていたから――
「ありがとう……そして、さようなら」
「こんなにも傷つけたわたくしに、もっと怒ってもいいはずですのに……ありがとうなんて、ソフィアは優し過ぎますわ」
それが2人が交わした最後の言葉になった――イネスは踵を返すと歩き始め、レオの横で止まる。
「どこの馬の骨とも分からない方にソフィアが嫁ぐくらいなら、貴方が振り向かせてみせなさい」
レオナルドは無言で一度だけ頷いた。それを確認したイネスは、そのあと一度も振り返ることもなく歩き続け、その後ろ姿がソフィアとレオがみた最後のイネスの姿となった……
2人は、しばらく茫然としていたが、ソフィアが自らの頬を叩いて鼓舞する音が、その沈黙を破った。
「私も強くならなくちゃ、泣いていられないわ。イネスはもういないんだから」
「そうだね」
「忙しくなるわよ。イネスが一番、嫌だと思ったことを実現して、私たちを裏切ったことを後悔させてやるんだから。どこにいても、そのことが届くようにね。それが私のイネスへの復讐ね」
「う、うん。え!?それって――」
レオナルドが、すべてを言い終える前にソフィアは歩き始めた――
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