[09]彼らの戦いは続く……
§――――――――§
「……良くやったな、翠戸」
ミフネが変身を解除して笑い掛ける。
「……ふふ」
差し出された拳にレイも自らの拳を合わせて勝利を祝った。
レイの『紛い物の異才』の効果は〝他人の能力の模倣〟である。
ミフネが『虚飾のレガリア』によって複製した無印を模倣し、ミフネが注意を引き付けて作った隙に合わせてレイが背後から奇襲したのだ。
目配せ一つ無くタイミングを合わせられたのはこれまでも幾度と無く、それこそセイクリッドシンズとして一緒になる前から二人が協力する経験を積んで来たからである。
「ふん、人を助けに来ておいて助けられてちゃ様ぁ無いね」
「俺が居なければ死んでいた癖に減らず口だな」
軽口を叩きながらレイ達は周囲を見回す。
主が死んだとすれば捻じ曲げられていた空間は崩壊し、元の場所に戻されるのがお決まりの流れだ。
だが見渡す限り、崩壊の予兆は見られなかった。
「どう言う事? まさか、こいつは此処の主じゃなかったとか?」
レイがチラリとウォルフラムの頭部を見やる。
「……待て、〝何でこいつの死体が残っている〟んだ?」
ミフネが俄かに焦り出した。
「え? ……怪人の死体が残ってる訳ない! と言う事は!」
慌てて距離を取るレイの前でウォルフラムの頭が浮き上がり、独りでに立ち上がった胴体と再び合わさる。
異様な気配と共にギョロリと眼が開いた。
「……やってくれたな、貴様ら。余を弑した罪は……死を以って購う他無いぞ……」
ウォルフラムの鈍色の鎧は黒色のロングローブに変わり、左手に握っていたレイピアは切っ先の無い処刑人の剣へと変わっている。
「この反応、アブソリュート……!?」
セイクリッドシンズと敵対するイルミナティが目の前に居ると言う事を感覚的に理解し、レイは冷や汗を垂らした。
そして何より、万全の状態の自分が百人居たとしても勝てる訳が無いと言う程の威圧感に膝から崩れ落ちる。
存在としての格が違う。
ミフネは辛うじて敵を鋭い眼光で睨み付けているが、その顔には戦えば負けると言う事を理解した死相が浮かんでいた。
「余は死刑執行人、咎人の罪を刈る者……。この卑しい姿を見せるつもりは無かったが致仕方無し。悔やんで死ね――」
「――超 憤 怒!!」
「グハァッ!?」
突如空から、正確には天井から降って来た男がウォルフラムを殴り飛ばし、レイ達の前に着地する。
ウォルフラムは五十メートル以上も吹き飛んで玉座が有った場所に落下した。
「ミフネ! レイ! お前ェら無事だったか!?」
流星の如く突然に登場した男の外見は短髪の赤髪に屈強な肉体。
即ちセイクリッドシンズのラースであるアサヒである。
「……アサヒ? お前、どうやって此処に……」
変身もせずに現れたアサヒにミフネが困惑した表情を見せる。
ミフネが戦車で突入した為、この空間への入り口は塞がっていた。
「それは私が説明するわ……」
アサヒの後を追って降りて来たハクヤがフワリと着地する。
ハクヤもアサヒもセイクリッドシンズとしてのコスチュームを身に纏っていないが、高さ二十メートルの天井からの落下で欠片もダメージを負った様子は無い。
「ハクヤさんまで……」
レイの顔から緊張感が抜けた。
上から落ちて来た際に見えたスカートの中が肌色一色だった事はこの際、秒速で忘却する。
「天宮君が変身した事を管制室がキャッチしたの……。変身したまま信号が途絶えたから、何か有ったのかと思って来たわ……」
いやそっちじゃなくてどうやって亜空間に入ったのか、と言う疑問がレイの脳裏に浮かぶ。
「此処に、天宮君とレイの気配を感じたから……、邪魔しちゃ悪いと思ったんだけど……、アサヒが〝敵の臭いがする〟って言って……」
「邪魔しちゃ悪いって何が!?」
「わざわざ、亜空間の入り口を、戦車で塞いでまでヤってるんだから……、随分ハードなプレイをしているんだろうな、って……」
「どう言う思考か分からない!! いや説明は要らないけど!」
ハクヤの色欲を司るラストらしいピンクな発言にレイが頭を抱えた。
「水臭ェじゃねえか。レイを助けるってんなら呼んでくれりゃ駆け付けたのによォ」
赤い短髪を掻き上げて、不満そうにアサヒが文句を漏らした。
「呼んで無くても来ているだろうが」
「確かに! ハハハ!」
笑って誤魔化すアサヒを見て肩の力が抜けた様子のミフネが溜息を吐く。
「……で、どうやって此処まで来たんだ? いきなり上から降って来て驚いたぞ」
「天宮君が無理矢理に扉をこじ開けたでしょ……? 此処は霊脈の歪みに作った結界みたいな物なんだけど……、合意じゃなくても一度股を開いた結界なんて、ガバガバの緩々よね……」
「セ、セクハラ! 君は部下にセクハラするオッサンか!?」
顔を赤くしながら怒るレイを見てハクヤは幽玄に微笑んだ。
「怒る顔も最高ね……」
微笑みながらサムズアップに見せかけて、右手の人差し指と中指の間から親指を出すフィグサインを作る。
「ハクヤさんは最低だね!?」
見た目は深窓の令嬢だと言うのに余りに酷い中身とのギャップにレイは憤りを隠せなかった。
飼い主であるアサヒにどう言う躾けをしているのかと非難の視線を向けるが目を逸らされる。
ハクヤは生まれながらの異能者であり、その能力は呪術師や巫女と言った類に近い。
更にセイクリッドシンズに入隊する以前は魔法少女として活動しており、その研鑽により変身しなくとも並みの術者とは比較にならない実力を持っている。
ユラリとウォルフラムが起き上がった。
「……またしても闖入者か。礼儀を心得ぬ愚か者共め、貴様ら纏めて……」
「おっと、まだ死んでなかったのか。おい、テメェがオレのダチに手ェ出しやがった野郎だな」
離れた距離にも関わらず頭の奥に響く台詞を遮り、アサヒが睨み付けた。
「無礼者めが。余を誰と……」
「久々にブチギレたぜ。怒髪天を衝くって奴だ、覚悟しやがれ」
バキバキと指の関節を鳴らしながらアサヒが無造作に歩いて行く。
「……巫山戯るなよ、貴様ァ!!」
二度に亘って自らの言葉を無視されたウォルフラムが激怒して剣を振り被った。
駆け出した瞬間に床が強烈な力で圧縮されてクレーターを生じる。
砲弾の如き勢いで黒衣の死刑執行人が断頭剣を振るった。
アサヒは拳を握り締め、只々シンプルに構える。
――――嘗てオーバーワンと言う存在が居た。
大枉津市で最初に活動したヒーローであり、変身機構を必要としない異能者が超人と呼ばれる様になった由来だ。
余りに強大なその力から〝凶星〟とも渾名された彼には一人の息子が居た。
そして、此処にその息子当人が居る。
「超 々 憤 怒 !!!!」
アサヒの右拳が剣を砕き、ウォルフラムの腹にめり込んだ。
常識を無視したパワーが炸裂し、衝撃は貫通する事無くウォルフラムの全身を駆け巡る。
超音速で殴り飛ばされた怪人は途轍もない轟音を奏でて壁に衝突し――――爆発した。
「たーまやー」
「汚い花火だな」
レイとミフネが冗談を言っている間に、波打つ石壁が端から崩れて解けて行く。
「ハッ、ダチの借りは返してやったぜ。百年早ェんだよドアホが」
中指を立てて吐き捨てるアサヒへとハクヤが寄り添った。
「お疲れ様、アサヒ。これで、レイ達も仲良くなれるかしら……?」
「……さあな。だけどミフネの奴も中々やるじゃねえか。これでちっとはレイに振り向いて貰えたんじゃねえの?」
外野が口出しする事でもねえだろうが、と一言添えた上でアサヒ達はレイとミフネをチラリと見る。
疲れて立てなくなったレイにミフネが肩を貸しており、其処に何時ものいがみ合う様子は無かった。
空間の崩壊が進み、周囲が光に包まれる。四人は無事に元の世界へと帰還した。
§――――――――§
ウォルフラムとの死闘から三日後、レイは平穏な日常生活を送っていた。
「きゃー! 翠戸様よ!」
「体調を崩されてらしたとの事だけど、お元気そうで何よりだわ」
レイは黄色い声を上げる下級生に愛想を振り撒く。
「おはよう、皆」
女性としては高い身長と中性的な容姿が相俟って、学園では女生徒から憧れの先輩と言う扱いをレイは受けている。
本人は捻くれているので「そう言うポジションとして僕が丁度良かっただけ」と考えているが、そんな事はおくびにも出さない。
「ご機嫌良う、翠戸さん。お加減は如何ですか?」
後ろに花を背負っていそうな美少女がレイに話し掛けて来た。
ほっとした様子でレイは声を掛けて来た女の子に駆け寄る。
彼女は名前を天宮麗韻と言い、ミフネの血の繋がった妹である。
レイが安心したのは純粋培養のお嬢様な彼女と一緒に居れば下級生達に群がられたり、逆恨みで喧嘩を売ってくる男子生徒などとも遭遇せずに済むからだ。
「おはよう、天宮さん。身体はもう問題無いよ、有難う」
「丸一日意識不明でしたでしょう? 紅葉ちゃんも心配なさってましたの。事情はお兄様からお聞きしましたが、随分とご苦労されたようで……」
優美な眉を寄せる天宮を見て、どうしてあんな性格の悪い兄にこんな良く出来た妹が居るのかとレイは思っていた。
「えーっと、ルビエル……じゃない、夜刀さんか。てっきり僕は嫌われてる物だと思ってたんだけどな」
ジュエルズエンジェルに変身した状態での会話は決して友好的な雰囲気では無かった事を思い出し、レイは首を捻る。
夜刀紅葉は〝お嬢様〟と言うより〝御嬢〟と言うタイプの少女であり、ご実家はヤの付く自由業である。
普通ならば天宮と仲良くなる筈も無いのだが、天宮の人柄に負けて何時の間にか親友と言う間柄となっている。
「紅葉ちゃんはちょっと素直になれない子ですので。それに、正体を隠して横合いから敵との間に割り込まれると言う事に怒っていたので、理由さえ分かればきっと仲良く出来ると思いますの」
「そ、そう。僕も仲良くなれたら嬉しいよ」
天宮の微笑みに負けて、レイは目を逸らした。
ポーラが無邪気な天使だとすれば、此方は清廉な女神だ。
美しさのレベル的には他にもゴールドバーグ司令やハクヤが居るが、あちらは多分に邪気や魔性を帯びた物である。
逸らした視線の先、窓の外で何か騒ぎが起こっている事にレイは気付く。
「我が名はヴァーディグリース! ジュエルズエンジェルよ! 前王の仇を討ちに来たぞ!!」
校内へと侵入した怪人が名乗りを上げた。
青緑色の肌をした鬼を見て、慌てた様子で教師やガードマンが生徒達に校舎の中へ入る様に指示を出している。
「翠戸さん!」
「あー、良いから良いから。倒しに行かなくて大丈夫」
サファエルへと変身して出て行こうとする天宮をレイが止めた。
視線の先ではガードマンや生徒のSPが吹き飛ばされている。
「ですが……」
天宮が抗弁しようとした所で奇妙な格好をした男が校舎から出て来た。
「あーあ、面倒だなおい。どーしてこう平和を乱す輩ってのは見境無く現れるのかねえ」
現れたのはカウボーイハットにウェスタンシャツ、インディゴブルーのジーンズと言う時代錯誤なカウボーイスタイルのガンマンだ。
腰に吊り下げているのは二挺のシングルアクションアーミーである。
「貴様! 死にたいのか!? 死にたくなければジュエルズエンジェルを出せ!!」
如何にも知性の低そうな青緑色の怪人が要求を叩き付けるが、男には全く功を為さない。
「これも仕事だから仕方無いか……。OHA所属午前零時、またの名をピースメーカー。これより特定外来敵性存在の代理討伐を行う」
レイジは怯えも躊躇も無く回転式拳銃を抜き、ヴァーディグリースに向かって構える。
「そうか! 死にたいのならば殺してやる!!」
牙を向いて襲い掛かる怪人へガンマンは銃を撃った。
当然の如くヴァーディグリースは銃弾を避け……、そして空中で軌道を変えた銃弾に呆気無く頭を撃ち抜かれて倒れる。
ヴィランとヒーローとの戦いを注視していた生徒達から悲鳴が上がり、ヴァーディグリースは塵に還った。
「あらまぁ……」
その光景を見ていた天宮の口から何とも言えない声が漏れる。
「僕は暫く変身するなって言われてるし、上司に護衛を付けて貰ったんだよね。まぁあの人も上司みたいな物なんだけど」
レイはセイクリッドシンズに於いて『怠惰』の大罪を担っている男を眺めて肩を竦めた。
ゴールドバーグ司令の知己であると言う彼はセイクリッドシンズの他に正規でヒーローを行っている。
隠れて複数のヒーローをやっていたレイはその危険性について甚く叱られた。
「それなら安心ですね。翠戸さんがまた厄介事に巻き込まれたらお兄様が慌てて飛んで来てしまいますもの」
天宮がそう言ってころころと笑う。
「ふん、どうせ来たって役に立たないから来なくて構わないよ」
「あらそうなのですか? お兄様も愛する翠戸さんにそう言われてしまっては形無しですのね」
天宮の言葉にレイは露骨に嫌そうな顔をする。
「冗談は止めてくれよ……」
「はぁ……、可哀想なお兄様……。一時は翠戸さんが変身のし過ぎで死ぬんじゃないかと姿を潜めて見守っていたと言うのに……」
よよよ、と泣く真似をする天宮の前でレイが固まった。
「……え、待って? ひょっとして僕ストーカーされてた?」
天宮がピタリと泣き真似を止めると同時に授業開始五分前を知らせるチャイムが鳴る。
「……あら、予鈴です。ゆっくり話し過ぎましたわね」
「ちょ、ちょっと!? 答えて欲しいんだけどー!?」
「うふふ、今は教えて差し上げませんわー」
天宮を追い掛けてレイは慌てて走り出した。
世は並べて事も無し。此処には一時の平和が訪れていた。
だがゴールドバーグ司令の妹であり、セイクリッドシンズのグラトニーであるポーラが黄玉のネックレスを拾い、新たなジュエルズエンジェルが誕生する時と同じくして、レイの運命は再び転がり始める事となる。
レイは未だ、その事を知らなかった。
お読み頂き有難うございました。