[07]アークヴィラン、ウォルフラム
「――――『変身《Emerge》』」
その声はレイの一撃よりも先に発せられている。
故に、レイは驚愕する事となった。
「馬鹿、な」
高い音を立てて命中したピッケルはウォルフラムの頭蓋を砕く事が出来ず、その表面、〝仮面〟の部分で止められている。
「落胆したか? 渾身の一撃が容易く防がれて」
蜂の特徴を有した仮面レイダーが嘲る様に笑った。
緩く両手剣を振るい、杖で防いだレイを吹き飛ばす。
魔力を攻撃に集中させていた為に呆気無く杖は真っ二つに折れ、ジュエルズエンジェルへの変身が解除された。
「はぁ、はぁ……。仮面レイダー、だと……!? 怪人が、それも魔法少女の敵が、仮面レイダーに変身するなんて……!」
三度の変身と激しい戦闘の疲労で雨に降られたが如く汗を流すレイに、ウォルフラムが朗々と自らの考えを説く。
「何を驚く事が有る。余とてこの街に来てヒーローの歴史を学んだが、魔法少女とやらの最初の敵は人間だったそうではないか。なれば、魔法少女の敵である余が人間と同じ様に仮面レイダーへ変身出来てもおかしくは無かろう?」
魔法少女の第一世代は確かに人を殺す為に生まれた。
正確に言えば、復讐をする為に。
復讐は最も正しい悪の法である。
害為す者は害されるべきであり、殺す者は殺されなければならない。
だがそれは新たな殺人者を作る行為であり、決して善でも正義でもない。
復讐と言う正しき悪を為す者は人道から外れ、魔の道に入る。
〝魔〟の〝法〟にて復讐代行を生業とする〝少女〟、人は彼女達を〝魔法少女〟と呼んだ。
「戯言を……!」
当然ながらジュエルズエンジェルは魔法少女の系譜ではあるが、復讐を目的とした存在ではない。殺人ではなく、対怪人の異能者としてその存在は確立されている。
「さて、余がそなたへ我が軍門に下るよう言ったのはこれが理由である。ジュエルズエンジェルのエメラエル、セイクリッドシンズのエンヴィー、そして……仮面レイダーカヅノ。様々な力を持つそなたは魅力的だ。先程の答え、考え直すと言うのなら余は寛大な心を以って赦そう」
「はっ、一々癇に障る言い方をするね。何であろうと答えはノーだ、僕は正義の味方を止めるつもりなんて無いよ。……『変身』!」
レイがベルトのバックルに手を当てて叫ぶと、分解された鎧兜が空中に出現し、自動的に装着された。
「強情者め……。仮面レイダースガル、行くぞ」
鈍色の雀蜂が翠色の鍬形虫と対峙する。
「……」
双方構えた得物は剣、距離は十メートル程、先に動いたのはウォルフラムだった。
「『ヘヴィチャージ』!」
力を篭めた両足が硬い火山岩の床を踏み砕き、爆発的な加速を生む。
質量と速度を掛け合わせた正に〝重突撃〟の威力がツヴァイヘンダーに乗せられた。
「シッ!」
レイは怒涛の如き一撃をまともに受ける事はせず、素早く回避しながらウォルフラムの脇へとシミターで斬り付ける。
「むゥん!」
表面を傷付ける程度の攻撃など意に介さぬとでも言う様に、距離を詰めたウォルフラムは自らの剣を振るう。
「ハァアアアアッ!!」
ゴウ、と巨石が崖から落ちる様な音を耳元で聞きながら、レイは両手のシミターで対手へと連撃を放った。
サイカティスやカヅノの鎧と比べて薄く脆そうな胸甲には刃が立たず、ただその表面を滑るのみに留まる。
「……ふむ、この剣では当たらぬか。ならば、此方だな」
両手剣での大振りな斬撃では避けられるばかりと見たウォルフラムが軽く手を振ると、その手に握られていたツヴァイヘンダーが細剣へと姿を変えた。
「なッ……」
思わずレイは絶句する。
レイピアは刺突用の片手剣であり、ツヴァイヘンダーとはリーチも違えば構えも違う。
先程までと同じ様に踏み込めば間違い無く身体の何処かに風穴が空けられる事だろう。
「そら、行くぞ」
ウォルフラムが軽く踏み込んだ。一メートル二十センチの刀身と半身の構えはそれだけで既にレイを射程圏内へと収める。
「チッ!」
レイはシミターを構え直し、相手の動きを注視した。
「フッ」
レイピアが突き出される。
二度、いや四度、いや八度。
剣先どころか剣を握る手すら霞む高速の連撃がレイの装甲を傷付けた。
「痛ッ」
辛うじて間に合った防御が直撃こそ逸らした物の、幾つかの攻撃は鎧を貫通して肌を裂いている。
だがそれでも受け切れない訳ではない、とレイが思った瞬間の事であった。
「ハハハッ、まだまだ!」
ウォルフラムが更に半歩踏み込み、斬る構えへと移行する。
「クッ!?」
先程までのツヴァイヘンダーの剣撃から重さと鋭さを無くした代わりに手数を増やした様な連撃がレイを襲った。
瞬く間にカヅノの装甲が傷だらけとなり、堪らずレイは後ろへと退く。
レイピアとは刺突用の剣でこそあるが、刃が付いていない訳ではない。
良くしなる柔軟な刀身は通常の長剣と斬り結んだとしても容易く折れる事などなく、重さではなく速さを乗せた斬撃を放つ代物である。
「……弱いな、そんな程度の強さで正義の味方に執着するのか?」
ポツリと呟かれたウォルフラムの言葉がこれまでの全ての攻撃よりも深くレイの心を抉った。
「……弱くちゃ悪いのかい」
ダラリとシミターを持った両手が垂れる。
変身する事で一時的に疲労は無くなっていたが、ダメージを負う事で段々とレイの身体に疲労が戻って来ていた。
「正義の味方には、弱くちゃなれないのかい」
一日四度の変身は間違い無く無茶の範囲に入る。
戦闘も無く、変身機構に備わった特殊能力を使っていなければ別だが、レイの場合は激しい戦闘とダメージに加えて強制変身解除まで有る。
「僕は、誰よりも弱い。それに、善人でもない」
レイはセイクリッドシンズの中で最も弱い。
そして嫉妬の深さからシンズの一人として選ばれたレイは我欲の塊であり、ヒーローとなった大きな理由の一つは承認欲求だ。
「でも、僕はヒーローだ。ヒーローになったんだ。なのに……、お前なんかに、負けてられるかよッ!!」
レイが吼え、一対の曲剣を逆さに結合させた。
片手で剣を保持し、装甲の隙間から取り出したカードをベルトのバックルにセットする。
「『甲速飛翔』!」
レイの装甲背面でブースターが点火した。
青白い炎が噴出し、爆発的に加速する。
「ふん、哀れな女だ。……『時間停留』」
ウォルフラムの主観世界で一秒が何倍にも引き伸ばされ、エメラエルの時とは比較にならない速度で飛ぶレイの動きがスローモーションになった。
甲速飛翔とは神経加速により遅滞化した時間の中で移動する為の手段を時間停留から独立させた物である。
神経に無理をさせない分だけ負荷は少ないが、時間停留を使う相手に有利を取れる訳ではない。
原則的には、だが。
「あああああ! 『甲速飛翔・双』!!」
更に追加で一枚、エイフィドを倒した事により手に入れたカードを追加し、レイは限界を超える。
瞬間、何も無い空間が壁の如くレイの行く手を阻むが、翠の流星は衝撃波と共に突き破った。
「ほう……」
ウォルフラムが構えを取る。両腕を顔の前に盾の如く並べ、攻撃へと備えた。
「『レイダースラッシュ』!」
神経加速を前提としたスピードへと更に上乗せした超高速はほんの僅かにでも方向やタイミングを間違えれば壁に衝突してクラッシュし兼ねない。
その状態でブースターを微調整し、レイは回転を掛ける。
「『ヘヴィブロッキング』」
ウォルフラムが防御を固めた。
音速の独楽が銀色の盾にぶつかる。
釘を入れたミキサーの音を百倍煩くしたようなけたたましい金属音が鳴り響き、通り過ぎた。
「……」
推進力を九割九分斬撃に乗せたレイはウォルフラムから数メートルの位置で止まる。
「……」
ウォルフラムが静かに剣を下ろした。
レイピアの先端からぽたりと血が垂れ、黒い床に吸い込まれる。
「……カハッ」
ダブルシミターからパキンと言う微かな破砕音が響き、レイが倒れると同時に仮面レイダーの変身が解けた。
腹部に空いた穴からジワリと血が漏れ出す。
「矢張り、弱い。失望したぞ。全力を振り絞ってこの様か」
ウォルフラムは芝居染みた素振りでレイを嘲った。
「……ぅ」
ウォルフラムの腕と前面装甲には無数の傷が付いている。
秒間六十回転の刃の渦が作り出したその傷の数は優に百を超す。
しかし、本体であるウォルフラムの防御性能を基にした余りに頑強な装甲を超える事は出来ず、逆にカウンターの一撃は容易くレイの鎧を貫いた。
「教えてやろう。弱さは罪だ、負けたそなたに正義は無い」
コツリコツリと靴底を鳴らし、ウォルフラムがレイへと近寄る。
「負け、た……?」
レイは変身と戦闘により、起き上がるどころか息をする事すら億劫な程の倦怠感に包まれていた。
流れ出る血は多くないが、確実に肉体が熱を失って行っている。
「然り。それともまだ足掻くか? セイクリッドシンズへと変身し、余と戦ってみるか?」
エンヴィーはエメラエルやカヅノと比べて直接戦闘能力に欠ける。
レイが持つ力の中で最大の威力はカヅノのレイダースラッシュであり、それを防がれた以上は勝てる方法が存在しない。
「……」
「ふん、それで良い。余に刃向かった事を謝罪せよ。己が間違いを認めれば命だけは赦してやろう」
沈黙を肯定と見たウォルフラムが尊大に言い放った。
(謝罪? 間違い? 何を言っているんだこいつは?)
ぼんやりと霞掛かった思考でレイは考える。
レイの中で間違いと言えるのはヴァーミリオンが近付いて来た時に隠れて逃げる事を選択しなかった事位であり、ウォルフラムに大人しく従わなかった事は此処この時に至っても正しいと判断している。
「……命が要らないと見える。其処まで愚かだとは思わなかったが、要らぬのであれば余が貰い受けよう」
ウォルフラムのレイピアが悍ましい紫色に染まった。
「この毒は全身を麻痺させ、目も耳も口も鼻も利かなくさせる。殺しはせん、その力を移すまでは死なれては困る故な。常しえの闇に沈んだ者の心は三日と持たずに壊れるが、それまで精々自らの過ちを後悔せよ」
仰向けのレイはその声を聞いてただそのままに受け入れる。
思うのは〝ああ、また勝てなかったのか〟と言う事だけ。
納得にも似た諦めが心に満ち、レイは目を閉じた。
「さらばだ、弱き者よ」
ウォルフラムの声を聞き、彼女は毒の闇が訪れるのを静かに待つ。
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